お出かけ
「ねー愛理。明日買い物行かない?」
桐生さんがそんなことを言い出したのは、放課後に風紀委員として見回りをしている最中だった。
未だ監視兼護衛継続中な蘇芳くんはともかく、何で桧さんと桐生さんが見回りに付いてきているのかと言えば、桐生さんが何故か付いてきたがりそれに桧さんが巻き込まれたから。
私は勿論だけれど桧さんも大概桐生さんに引きずられて行動することが増えている気がする。
桐生さんの人を振り回す才能とでも言うべきその吸引力は侮れないかもしれない。
「はあ? 何でいきなり」
「それが聞いてよ。リオンってば私服にスカート一つも持ってないんだって。女子としてありえないっしょ」
「……」
「何でそこで黙るし!?」
どうやらいきなりの買い物宣言は私の女子力が欠如していたせいらしい。
しかしそれを聞いて目線を反らし黙り込む桧さん。そんな桧さんを見て、それまで我関せずと黙っていた蘇芳くんがにやりと笑って言う。
「おまえも私服はズボンばっかだもんな。そりゃ山田のこととやかくは言えねえわ」
「うっさい! いいだろ私がスカートはいても似合わないんだから!」
拳で軽く胸板を叩く桧さんと、それを笑いながら受ける蘇芳くん。
確かに檜さんにはズボンの方が似合っているかもしれない。ボーイッシュとはまた違う男性的なカッコよさがある女の子だから。
「でも何で山田さんスカート持ってないの? それこそ山田さんってワンピースとか似合いそうじゃん」
「何着ても『似合わない』って言われるから、着るものとかどうでもよくなった」
「んなこと誰に……ってごめん言わなくていい。聞いたら殺意抱きそうだから」
どうやら私に何があったのか察したらしく、頭を抱える桧さん。
こうやって何気ない会話の中で幼馴染の異常性を再確認すると何だか落ち着くようになってきた。ああやっぱり私は間違っていなかったんだと。
「だからリオンを着せ替えに行こうよ」
「いや私より先に山田さんに聞けっての。山田さん時間もだけどお金とか大丈夫なの?」
「ん、大丈夫」
おこづかいはほとんど使うことがないので貯まりっぱなしだし、お年玉も残ったままだ。
「じゃあ決まりね!」
「だから待てっての! 私は午前中道場の方出るから、行くなら午後になるよ」
「マジで。じゃあ迎えに行くから住所教えて住所!」
「アンタほんっとうに遠慮なく踏み込んでくんな!?」
ぐいぐいと迫る桐生さんを苦笑しながら引きはがす桧さん。
何というか桐生さんってやっぱ凄いなあと思った。
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「うっわ地味」
次の日。
土曜日ということで学校もなく朝からだらだらし、昼頃になってから待ち合わせ場所の駅前で出会った瞬間に言われた言葉がこれである。
自覚している事実を言われても案外胸に来るということを、私は今日学んだ。
ちなみに私がズボンに白シャツ、黒いジャケットと語るまでもなく地味なのに対し、桐生さんはホットパンツにシャツ。そして黒いカーディガンという出で立ちだった。
色合いは同じなのにこの差は何なのだろうか。
というか桐生さんはそんなに足を丸出しにして恥ずかしくないのだろうか。
「え? ほら、私って美脚だし」
そう言って足を見せつけるようにポーズをとる桐生さん。
何だか女としての格の差を見せつけられたような気がするけれど気にしない。気にしないったら気にしない。
それにしても、先ほどからちらほらと周囲の目を集めている気がする。
これは桐生さんが目立つのもあるけれど、一緒に居る私とのギャップのせいかもしれない。
傍から見たら私たちは一体どういう関係に見えるのだろうか。
「んー、でも地味って言っても地味なりなコーディネートってあると思うわけよ。リオンって素材はいいし……うん。こりゃ楽しめそうだわ」
そう何やら納得し、楽しそうに笑う桐生さん。
この人は私を一体どうするつもりなのだろうか。買い物を承諾したのは早まったかもしれない。
「じゃあ愛理迎えに行こっか。道場って臭そうだよねー」
そんな失礼なことを言いながら、スマートフォンのナビを出して歩き出す桐生さん。
全国の武道家のみなさんごめんなさい。
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桧さんの実家兼道場は駅からそれほど離れていない場所にあった。
ナビに従い歩いていく桐生さんに連れられて、住宅街を歩くこと数分。
たどり着いたその場所を見て、私と桐生さんは軽く度肝を抜かれた。
「でか!? というか広!?」
桐生さんの言う通り、ナビに示されたそこには高い瓦塀に囲まれた武家屋敷があった。
実家に道場があると聞いていたから敷地がそれなりに広いのは予想していたけれど、まさか家まで大きいとは。
一般的な住宅なら五、六件入るのではないだろうか。
「うわー……何? もしかして愛理ん家って金持ち?」
「先祖代々の土地とか? 資産があるという意味ではお金持ちなのかもしれないけど」
古武道なんてものを脈々と伝えているのだから、恐らくはこの道場もそういった古いものなのだろう。
今目の前にある門からして、年季の入った木製で趣がある。知り合いの家でなければ近付きづらいほどだ。
「愛理すぐに出てくるって。さーて、どんな格好で来るかな」
そう言ってニヤニヤと笑う桐生さん。駄目出しする気満々だ。
そしてそんな桐生さんの待ち構える門を開いて現れた桧さんは、デニムにシャツだけというある意味期待通りの姿だった。
「アンタもか!? せめてアクセくらいつけなよ!?」
「はあ? 嫌だよ面倒くさい。大体私にんなもん似合うわけないだろ」
そう言って胡乱な目を桐生さんに向ける桧さんだけれど、その姿はやはりどこか男性的な格好よさがあって素敵だと思う。
一体この差は何だろうか。スタイルの差だろうか。
「それと悪いけど一人追加でいい? 山田さんの着せ替えするなら私より向いてる人が丁度いたから」
「はい?」
追加で私の着せ替えに向いた人員がもう一人。
一体誰かと疑問に思っていたら、どうやらそれまで奥に隠れていたらしい人が門の影から現れる。
その人を見て私は予想外すぎて固まった。
「こんにちは。山田さん。桐生さん。二人とも私服も可愛いわね」
現れたのは、生徒会副会長な古雅先輩。
白のトップスに水色がかったテールスカートという、どこぞのお嬢様かと思わせる姿でそこに居た。
「おー! 副会長大人っぽい! そのショルダーバッグどこのですか?」
「ああこれ? 知り合いからのもらい物なのだけれど……」
そんな古雅先輩を見てテンションが上がってる桐生さんと、勢い込んで迫られても平常運転な古雅先輩。
さすが古雅先輩素敵です。でも何でここに居るんですか。
「いや古雅先輩も今日は午前の稽古に出ててさ、午後から特に用事ないらしいから誘ってみた」
私の疑問を察して答えてくれる桧さんだけれど、疑問なのはそこじゃない。
何でそこで古雅先輩が普通に私の服を買いに行くのに付いてくるのか。
「山田さんを着せ替え人形にできると聞いて」
「古雅さん見ての通りというか可愛いもん好きだから、大人しく着せ替えされてやってくれ」
どうやら私は予想以上に古雅先輩に気に入られていたらしい。
今まで見たことがないくらい目を輝かせる古雅先輩に、私は喜ぶよりも前に着せ替えられまくる未来を思ってテンションが下がった。