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初恋は突然

 私には幼馴染が居る。

 幼馴染といっても物心ついた頃からお隣さんというだけ。幼いころならともかく学校に通うようになり性差が出るようになれば距離ができたし、特別心を許すような友人関係でもなかったと思う。

 もっともそんな風に思っていたのは私だけのようであり、彼はいつまでたっても子供のように奔放で、何か困ったことがあると私を頼る癖が抜けなかった。


 教科書を忘れたから貸して。

 宿題見せて。

 用事を頼まれたから手伝って。


 中学に入ったあたりから増え始めたお願い。

 最初は私も仕方ないなと思って引き受けていたのだけれど、あまりの頻度に呆れ、一年もするころには全て断るようになっていた。

 そもそも忘れ物は仕方ないにしても、他は彼のためにならない。そう告げた私に彼は「えーなんで、いいじゃんか」だの「璃音が冷たい!」だの「俺のこと嫌いになったの!?」だのグチグチと付きまとってきた。


 よくないって言ってるでしょ。

 中学にもなって馴れ馴れしく名前を呼ばないでよ。

 そもそも仲良かったのはせいぜい小学校低学年までだし。


 そんな言葉を飲み込んで我慢する私は、友人によると中々愉快な顔をしていたらしい。

 生真面目ながらもいつも穏やかな優等生の顔面が仁王になっていると、クラスメイトの大半は戦慄していたとか。


 それでも何とか耐えていた私の心は、幼馴染の友人だという男子の「聞いてあげなよ。可哀想だろ」という言葉で決壊した。


「……そうだね。ごめんね」


 なんかもう面倒くさい。

 そう思い諦めた私の顔は、見事な能面だったらしい。


 即座に幼馴染を教室から蹴り出す友人。

 目も虚ろな私に必死に呼びかけるクラスメイトたち。

 そんなちょっとした修羅場の結果、私はクラスメイトの女子たちから厚い保護を受けることとなり、敵と認定された幼馴染はその女子たちの厚い壁にブロックされてしばらく姿を見なくなった。


 いくらなんでもやりすぎではないかと思ったけれど、友人はおろかただのクラスメイトまで動いてしまうほど私の様子はヤバかったらしい。

 逆に言えば、そんな私の様子に気付かない幼馴染とその友人はどんだけ鈍いのかと、クラス中から呆れられていた。

 もっとも、私と直接関係のないクラスでは、お調子者だけど顔がいいのでそれなりに交友関係は良好だったらしいけれど。


 そんな感じで中学時代の後半は穏やかに過ごすことができたのだけれど、高校に入ると再び私は表情筋がストライキする事態に陥っていた。


 入学してからしばらくは平穏だった。

 まず我ながら真面目だったせいか風紀委員に勧誘される。


 風紀委員って実在するんだとまずその存在に驚いたけれど、やることは生徒会と連携しての朝の挨拶運動だとか、服装チェックや放課後の戸締りチェックなど。

 中学まであった生活委員という名の委員会とそう変わらない活動だった。

 それでも風紀委員をやるからには他の学生の模範であることが望ましい。

 そう言われて風紀委員になることを受諾した私だったのだけれど、何というかその活動は予想外に活発というかある意味面白いことになっていた。


 まずうちの高校は校則がゆるい。染髪だってよほど派手でなければ禁止されていない。

 故に風紀委員のチェックだってゆるいものなのだが、何事にも限度といったものが存在する。


 その筆頭――生徒会長と副会長。


 金髪縦ロールがゴージャスな悪役令嬢系な生徒会長に、銀髪ゆるふわカールなヒロイン系副会長。

 二人が並ぶと、ここは現実世界ではなく乙女ゲーもしくはギャルゲーの世界なのではと疑いたくなる程の存在感だ。

 実際常識人である我らが風紀委員長は二人と会うたびにつっこみを入れていた。


 いくら染髪が禁止されてなくてもそれはないだろうというお二方の姿だが、驚くべきことに生徒会長のそれは地毛だという。

 それでも流石に派手すぎないかという話だが、生徒会長も副会長も何か凄い家の出らしく、先生方も強くは言えないらしい。


 そのためいつも辛酸をなめさせられている風紀委員長は、彼女たちを金角銀角と呼んでいた。

 そんなことを言ったら二人のファンに袋叩きに合いそうなものだが、風紀委員長は風紀委員長で顔がよく、一部から鬼畜眼鏡と人気なので直接的な被害にはあっていない。

 そのせいで私はこの学校は乙女ゲーの舞台だと確信した。

 きっとそのうち生徒会長が副会長をいじめ始めるに違いない。


 そんな風に周りがある意味面白いことになっていた私だが、入学してから一か月ほどしてから自分自身が愉快な立場になる。


「よっ。久しぶり璃音」


 ある日の放課後。

 校内の見回りをしていた私に、ここ一年以上ほとんど姿を見ていなかった幼馴染が声をかけてきた。


「風紀委員やってるんだって? 璃音らしいなあ」


 そして相変わらず意味の分からない馴れ馴れしさを発揮するやつの頭は、風紀委員なめてんのかという程に赤かった。


 そしてその日から始まった幼馴染の謎の攻勢。

 待ち合わせをしたわけでもないのに登校時間を合わせてくる。

 昼休みに学食に行くと勝手に隣に座る。

 私に近づく男子生徒に威嚇をし、まるで私が自分のものでもあるかのように主張する。

 中学時代の友人は居らず、クラスメイトの大半も違う学校やクラスになっていたので、奴を止める者は居なかった。


 ここまで来ると「もしかしてこいつ私に気が……?」とか思っても仕方あるまい。

 だがそう思った上で「うわこいつ面倒くさい」と思った私は間違ってないはずだ。

 

 そして忘れてはならない。

 彼は頭は残念だが顔はいいのである。


 巻き起こる嫉妬の嵐。

 調子に乗ってんじゃないわよという意味の分からない罵倒。

 女子生徒から孤立する私。

 そして孤立したせいでさらに寄って来る幼馴染。


 何かもう疲れた。

 他の人に確認したわけではないが、このころの私は限界を越えた中学時代と同じように無表情になっていたことだろう。

 それでも意地で普段通りに行動していたのだけれど、放課後校舎のそばを歩いていたところに、頭上から大量の水が降ってきたことで張り詰めた糸が切れた。


「……」


 水に遅れてガコンと音を立てて落ちてくる青いバケツ。

 誰がやったのかと上を見上げる気力もなく、私はそのまま崩れるように膝をついた。


「……ハハ」


 馬鹿らしくて笑い声が漏れた。


 何やってんだろう私。

 何で私がこんな目に?

 何か私悪いことした?


「……ッ」


 蓋が壊れて押さえつけていた感情が溢れだした。

 恐くて、悔しくて、情けなくて、納得いかなくて。

 色んな感情が混ざり合い、胸が裂けそうで、叫び出しそうだった。


「どうしたの大丈夫!?」


 そんな私に、あの人は慌てたように声をかけてきた。


「ああこんなに濡れて。着替えは……ないわよね。保健室に行きましょう。あそこならタオルくらいはあるはずだから」


 そう言って私の手を引いて立ち上がらせてくれたのは、生徒会副会長――古雅稜さんだった。


「先生は……いないわね。とりあえずタオルで拭いて……着替えとか置いてないかしら?」


 成すがままの私はベッドに座らされ、慌てて保健室を物色する古雅先輩をぼうっと眺めていた。


 綺麗な人。

 素直にそう思った。


 見た目もそうだけれど、慌てたように動く今もその動作の一つ一つが美しく、不思議な品のようなものを感じる。

 内面から育ちのよさがにじみ出ている。そんな印象を受ける人だった。


「タオルあったわ。ああ、もうこんなに濡れて」


 そう言って古雅先輩は何枚かのタオルを私にかぶせると、そのうちの一枚で私の頭をごしごしと拭き始めた。

 タオルの隙間から覗き見た顔は、本当に心配そうで、同時に何かに怒っているようだった。

 この人は本当に私のことを思ってくれている。

 そう気づいたら、自分でもわけのわからないまま涙が零れた。


「はい。髪は終わり。……頑張ったわね」


 そしてそんな私の顔を隠すように、古雅さんは私を抱きしめ、労わるように頭を軽く叩いてきた。


「……ぅ」


 それに何だか落ちついて、何だか嬉しくて、私は知らず声を抑えて泣いていた。


 誰も私のいうことを聞いてくれなくて。

 誰も私を見てくれなくて。

 誰も私を認めてくれないその中で、この人は私を見るという当たり前のことをしてくれた。


 それはきっとただの偶然。

 私が助けを求めれば、きっと他の誰かが助けてくれた。


 だけど私は我儘で、プライドが高くて、不器用で。

 結局誰にも助けを求めることができないまま、ここまで来てしまった。


 そんな私を、この人は見つけてくれたのだ。

 ただそれだけのことが、私には奇跡のように思えた。


「……ありがとうございます」

「うん」


 自分でも気づかないうちに出た言葉に、古雅先輩は綺麗な笑顔で応えてくれた。


 その笑顔に私は救われた。

 人に甘えることを知らなかった私は、初めて無条件で信頼できる誰かに出会えた。


 だからそれはおかしなことだけれど、仕方のないことだったのかもしれない。

 私にとって古雅稜という人は、誰よりも憧れる人となった。

 そして恋をしたことのなかった私は、その憧れがどうもおかしなところへ繋がってしまったらしい。


 わたくし山田璃音は、古雅稜先輩に恋をしました。


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