冬至 柚香は平穏に暮らしたい
主人公視点の一人称視点です。
書きたい所だけ書いたのでさらっと読んで頂ければと思います。
私、冬至 柚香は現在修羅場に巻き込まれています……。
「いい加減、マスターにつきまとうのをやめて頂けませんか」
「は? 別にあたしはつきまとってないし? ただユズが素直じゃないからあたしが来てるんだし?
むしろあんたがなんなワケ? あたしとユズの邪魔しないでくんない?」
私の前にいるのは二人の美人さんです。丁寧な口調ながら体から怒気を滲ませるのは私がブラッドと名付けた美女で、もう一人の今時な感じの話し方をする若干ギャルテイストの入った美少女がクラスメートの勇美 輝さんです。
「あ、あの……二人とも、そんなに言い争わないでください」
私がおどおどしながら声をかけると、二人はこちらへきっとつり上がった目はそのままに振り向きます。
「マスターは黙っていてください」
「ユズ、口挟まないで」
「ひっ、す、すすすいません」
怖いです。スクールカースト底辺の私には美女と美少女の視線は恐ろしいです。
おまけにブラッドはコウモリの羽根と犬歯が特徴的な吸血鬼さんなので怖さは倍増です。
勇美さんも『光の戦乙女』というジョブスキルを持っているので神々しさに目が潰れてしまいそうです。
ちなみに吸血鬼やジョブスキルというのでわかるかもしれませんが、今現在私達は異世界にいます。
魔王とやらを倒す為に、私達のクラスは召喚されてしまったのです。
え? 私のスキルですか?
……『拡大の召喚調教師』というスキルです。
ちょっと『拡大』の意味がわかりませんよね?
私も、勇美さんも召喚したお城の人もわからなくて困りました。
ええ、『拡大の召喚調教師』には他の攻撃手段を全く使えなくする効果もあったので、「足手まといだな」と王様に言われて捨てられる程度の能力ですよ。
『拡大』の意味を理解した今ではそこそこ強い能力かな? なんて思ってますが。
「ああ、すみません、マスター。泥棒猫の威嚇で怯えさせてしまいましたね。もう大丈夫ですよ」
私の目が盛大に泳いでいたからでしょうか。ブラッドが私を労る表情で抱き締めてきます。
ブラッドはこの世界の吸血鬼さんですが、今では私のテイムモンスターなのでこうやって私をたくさん甘やかしてくれます。
正直、私を捨てたこの世界では辛いことが多いのでとても嬉しいことです。
「ちょっと! 泥棒猫はそっちだし! ユズはあたしのトコ帰りたいんだよ! なのにアンタが邪魔するんでしょ!
モンスターのくせに! さっさとユズを解放しなさいよ!」
「何を馬鹿なことを。先に切り捨てたのはあなた方でしょう。異世界で捨てられたマスターのお気持ちがぬくぬくと城で守られていたあなたにわかりますか」
勇美さんにびしっと指を突きつけられて怒鳴られても、冷静に話すブラッドはすごいなぁと尊敬してしまいます。
私の言いたいことを全部言ってくれたブラッドに感謝の視線を送ると、彼女は血色の目をうっとりと細めて頭を撫でてくれます。
ふふっ、これじゃあどっちが主人だかわかりませんけど、お姉ちゃんができたみたいで嬉しいので私は構いません。
「って、ユズとイチャイチャすんなし! ねぇ、ユズ。あたしのトコに戻りたいよね? あたしといたいよね?」
泣きそうな目で勇美さんが私を見つめますが……正直、何故ここまで執着されているかわかりかねます。
確かに幼稚園から高校二年までの腐れ縁ですが、家が近いわけではないのでクラス以外では全く接点はありません。
スクールカーストの底辺と上位(もちろん私が底辺であちらが上位です)なので友人グループが重なるわけでもないですし、一日二言程度話せばいい方です。
こんな状況なので、ここまで懇願される理由が全く浮かびません。
「えぇと、はっきり言って帰りたくないです。慰み者にされかけたり殺されかけるのはもううんざりです。
魔王もどうでもいいです。私はここでブラッド達と穏やかに暮らしたいんです。弱いからって捨てられるのはもう嫌なんです。
帰れなくてもしょうがないと思うので、私のことは捨て置いてくれませんか」
自分の意見を言うのはとても怖かったですけれど、ここでうやむやにしたらやっと平穏になった生活がまた荒れると思い、必死に自分の気持ちを話します。
その間、ブラッドの手をぎゅっと強く握ってしまったのはご愛敬です。
ブラッドが嫌がってなさそう(むしろ嬉しそうに見えるのは気のせいでしょうか)なのでいいのです。
「もう大丈夫なんだって! 王様はもうあたしに逆らえないから!
っていうか慰み者って何! ちょっとボコしてくるから犯人教えて!」
「うちのマスターに近寄らないで頂けますか。
……マスター、今から従魔総出で『狩り』に行きますので獲物を教えてください」
「え、えぇぇ……二人とも落ち着いてくださいぃ」
王様が逆らえないって勇美さん何したんでしょう?
ブラッドもブラッドで、とても綺麗な笑顔でテイムモンスターを緊急召集させるベルを持っています。
もう私の中では終わった話なので気にしないで貰えると嬉しいんですが。
「いいえ、だめです。私は今聞いたので終わりにはできません」
「ちょ、ちょっとブラッド!」
心読まないでください!
ブラッドは私が止める前に、りぃいいんと、ベルを鳴らしてしまいました。
ここは私の家なのですぐにみんながぞろぞろ集まってしまいました。
「なになにー? どしたの、ブラッドちゃん?」
「くだんないことで呼んだなら掃除当番代わって貰うかんね」
まず現れたのはラミアのネーブルとアラクネのバレンシアです。
他にも話せませんが、スライムのライム、一角兎のみかん、スケルトンのダイダイも現れます。
あ! ゴーレムのバンペイユまで! 門番のお仕事を放って来ちゃってます!
「みなさん、ご苦労様です。これからマスターに不埒なことをしかけた下種共に襲撃をかけますよ」
「おお、任せろ!」
「わぁ、それは一大事ねー」
ブラッドの言葉に返すのは半魚人のタンカンと人魚のシトロンです。
タンカンがシトロンを抱っこして登場ですね。流石ラブラブカップルです。
ちなみに名前は私が「柚香」なのでみんな柑橘類で揃えてみました。
「な、ななな、モンスターの大群!」
ぞろぞろ出てくる私のテイムモンスター達に驚いた勇美さんが剣を抜いてしまいました。
ああ、いけませんね。
「剣を納めてください。この家では乱闘を禁止しています」
私がそっと剣を握る手へ触れると、勇美さんの頬がたくさんのモンスターを見た興奮でか赤くなります。
私は勇美さんの手を離し、ブラッド達へ振り返ります。
「ブラッド達も。悪ふざけが過ぎますよ」
「ふざけてはいないのですが」
ブラッドが少し拗ねたような顔で答えます。
その表情が幼く見えて、とても可愛らしく、つい許してしまいそうになりますが、ここは主人としてぐっと我慢です。
「ブラッド」
「……申し訳ありません」
じとっと睨むとブラッドは気まずそうに口元を手で隠して謝ってきます。
暴走とは言っても私の為ですし、あとでフォローはしっかりしましょう。
「勇美さん、私は帰りません。いい感情を持たれない所へ戻るよりも、私は大好きなみんなと一緒にいたいんです」
「……ユズ……」
きっぱり私が言うと、勇美さんは私の名前を呼んで考え込みます。一度目を伏せ、少ししてから目を開くと「わかった」と静かな声で答えました。
「勇美さん……」
私は、彼女がわかってくれたのかと思いました。
「ユズはあたしがそこのモンスターより弱いと思ってるんだね? だからあたしが王様達からユズを守れないと思ってるんでしょ?
わかったよ、それならあたしが世界最強の勇者だってとこ、見せてあげるよ」
ですがどうでしょう。自信満々に剣の柄を握る勇美さんは全くわかってくれませんでした。
「……勇美さん」
思わずさっきとは違う声音で彼女の名前を呼んでしまいました。
「任せて、ユズ。さあ、ここで一番強いのは誰?
そこの吸血鬼? それともラミア? アラクネ?」
なんでこの人はわかってくれないんでしょうか。
「うちで最強はマスターですよ」
呆然とする私のすぐ後ろからブラッドが話しました。
「ぶ、ぶらっど! なに言ってるんですか!」
「マスター、何故謙遜なさるのですか。最強はマスターですよ」
あわあわする私へ、にっこりとブラッドは微笑みます。
「は? 何言ってんの? ユズは攻撃スキルないでしょ?」
きょとんと勇美さんは首を傾げます。
確かに城を出る前の私しか知らないなら、そうなりますよね。
一応、今ではそこそこ戦えますが……あ、と言ってもブラッド達には負けますよ、絶対!
「そう、思いたければ、どうぞ。
ですけど、言っておきますがマスターの前では私達など“まな板の上の鯉”ですよ」
あ、ブラッド。だから煽らないで。
「ふぅん」
ほら、勇美さんがにやっと、何か悪そうなことを考えている顔をしています。
「それならユズ、決闘しようよ。
痛めつけたりなんかしないから、一瞬で決めてあげる。
万が一、ユズが勝ったらもうお城に来いだなんて言わないよ。
まあ、あたしが勝った時には来てもらうけどね?」
あああ、ほら、めんどくさいことになりましたぁああ。
「望む所です。
うちのマスターの実力を見て腰を抜かしなさい」
って、なんでブラッドが返事しちゃうんですかー!
というわけでなし崩しに私と勇美さんの決闘が決まってしまいました。
『拡大の召喚調教師』以外は『料理スキル』くらいしかないんですが……。
うぅ、『光の戦乙女』に勝てる気がしません。
「ブラッド、あとでお仕置きですよ……」
「楽しみにしています」
恨めしく言う私に清々しい笑顔で返すブラッド。
うぅ、ブラッドにも勝てる気がしません。
* * *
試合会場はうちの庭に作ってある訓練場です。
勇美さんは光輝く鎧をつけ、聖剣を構えています。
正に『光の戦乙女』って感じです。
対して私は一応急所を守るようなサポーターと気休め代わりの革のエプロンをつけてはいますが、着てるものはいつもの普段着です。武器はまだ持っていません。
舐めているわけでなく、『拡大の召喚調教師』の効果で攻撃スキルが持てないので、鎧なんかを装備できないんです。
「じゃあ、試合内容は一試合時間無制限。
あたしかユズが「参った」と言うか気絶したら試合終了。
殺すのは当然なし。
そっちのモンスター達が棄権を示すのはあり。
これでどう?」
すらすらと勇美さんがあらかじめ決めていたのか試合のルールを説明します。
私もブラッド達も特に異議はないので頷きます。
「それにしても、そんな装備で大丈夫なの? 武器もないじゃない」
「大丈夫です」
と言うかこれが一番防御力が高いんですよ。
それを知らない勇美さんは、私の言葉を聞いて「へぇ、すごい自信」と笑いました。
「じゃあ、合図はそっちがしていいよ。そこの吸血鬼、アンタがやって」
「それが人に物を頼む態度ですか」
やれやれとブラッドが首を振り、緊急召集のベルを持ちました。
「では、行きますよ……始め!」
りぃいいいん、とベルが鳴ります。
全く覚悟が決まらないのに、いきなり試合開始です。
「『聖雷斬』! 威力弱め!」
「ひぇえええ!」
勇美さんはいきなり技を放ってきましたよ!
刃全体に聖なる雷をバチバチまとわせて私へ向かってくる斬撃は威力が全く弱く見えません!
必死に体を横へ動かして何とか避けます。
わ、私も早く技を出さないと……!
「まだまだぁ! 『神聖火の衝撃』! 威力弱め!」
「にゃぁー!」
今度は炎の衝撃波が横凪ぎに振られた剣の軌道上に現れて、私に襲いかかります。
今度はしゃがんで避けますが……そんな隙だらけの私を見逃してくれるほど勇美さんは甘くありませんでした。
「もらったぁ!」
五メートルくらい離れた私へ一足跳びに勇美さんが迫ってきます。
剣が輝いているので技で決める気なのでしょう。
だけどこの一瞬が私の技を出すチャンスとなりました。
「さ、『召喚』! コモンスキル『料理!』
「とどめのぉ……えっ!」
大上段に剣を振りかぶった勇美さんは私のエプロンが輝いたのに驚いたのか技名を唱えるのを止めてしまいました。
大きな隙を私は貪欲に利用します。
「取付、鮪包丁『紫火斬』」
輝く革のエプロンの大きなポケットからは、物理法則を無視した日本刀に似た包丁がずるりと現れます。
私は『紫火斬』を鞘から抜き、振りかぶられた剣を弾きます。
包丁と剣はぶつかると、きぃんと澄んだ音を立てました。
「なに、それ」
後ろに跳び勇美さんと距離を取ります。
勇美さんは呆然と私の右手に掴まれた『紫火斬』を見つめます。
「ユズは、武器も防具も装備できないはずでしょ!」
「勇美さん、包丁は料理道具ですよ」
私が答えると勇美さんははっとした表情になりました。
「でも、たかが包丁にあたしの剣が弾かれるなんて!」
「ヒヒイロカネとアオイロカネを混ぜて作った包丁なので」
『紫火斬』は「どやぁ」と言っているようにその紫の刀身に陽炎を揺らめかせます。
「っ! それでもあたしは負けないし! 『料理スキル』くらいにあたしの『剣スキル』が負けるわけないし!」
あ。
勇美さん、言っちゃいけないこと言いましたね。
その発言で何度、うちの子達がボコされたことか。
かくん、と私の体が『紫火斬』に引っ張られるように動きます。
「“マスター、びゅんびゅんとうるさいマグロはさっさとシメてしまいましょう”」
「なっ!」
私の口が勝手に動き、女性の機械音に似た声を流します。
手は私の意志には従わず、縦横無尽に勇美さんへ『紫火斬』を向かわせます。
勇美さんも流石勇者です。うちの子達だと五合辺りでギブアップする打ち合いを十合以上結んでいます。
「ま、『マーマレード』! 落ち着いてくださいぃ!」
私は情けない声を出したあと、すぐに機械音を発します。
「“了承できかねます、マスター。
このマグロはマスターが武器も防具も装備できないと知りながら決闘を申し込みました。
卑怯千万極まりないマグロには、少しばかり痛い目が必要だと愚考致しました”」
「勇美さんはマグロじゃないですよぉ!」
「い、いったいなんなのよぉ!」
さっきから二重人格のように独り言で会話する私に、勇美さんは苛立ったように斬り結びながら尋ねます。
「“申し遅れました。
ワタクシ、マスターの一番の懐刀。コモンスキル『料理』、名を『マーマレード』と申します”」
「はぁああ?」
『マーマレード』の説明に勇美さんは口を開けてぽかんとする。
呆気に取られながらも手を止めないのは流石です。
「“マスターのジョブスキルに余りご理解がないようなのでご説明致しますが、マスターのジョブスキル『拡大の召喚調教師』はその名前の通り召喚と調教の効果を拡大するスキルです。
モンスターはもちろん、スキルや道具すら使役する素晴らしい能力なんですよ”」
「あっ!」
説明しながらも『マーマレード』は容赦なく剣撃を叩き込んでいきます。
説明に気を取られたのか、勇美さんの聖剣が宙に飛びました。
ちなみに私は勝手に動く体に振り回されないよう必死です。
「“装着、肉叩き器『K・P・M・T』”」
「くっ、鎧装『戦乙女の聖装』!」
『マーマレード』が『紫火斬』を手放すとエプロンのポケットから、ぽんっとナックル型の肉叩き器が飛び出します。『マーマレード』はすぐに装着すると勇美さんへ向けて強烈な二連撃を叩き込みました。
ですが、勇美さんも驚異的な反射神経で技名を叫び、拳を光の鎧で防御しました。
ガキィンともの凄い大音量に私は顔をしかめてしまいました。
「“なるほど、かなりの堅さですね”」
「ちっ……リターン、『ブリュンヒルデ』!」
勇美さんは吹き飛んだ聖剣を呼び戻します。
『マーマレード』は『K・P・M・T』をポケットにしまうとまた新たな包丁を取り出しました。
「“装着、鯨包丁『勇魚崩落』”」
それは幅広の刀身に美しい竜が彫られた黄金色に輝く巨大な包丁でした。
鞘から引き抜かれたそれを見て、ごくりと勇美さんが喉を鳴らします。
「“『勇魚崩落』はどんな固い皮膚も裂き斬る名包丁です。マグロの鎧如き、簡単に裂きますよ”」
「うっさい、絶対ユズは連れ帰るんだ。アンタに邪魔はさせないし」
「“残念です”」
『マーマレード』の言葉に、ぎりりと勇美さんは歯を噛みます。
ふぅ、と『マーマレード』は駄々をこねる子供を見るようにため息を吐きました。
勝負は一瞬で決まる、そんな予感がしました。
「“技、『腹開き』”」
「技! 『戦乙女の行進』!」
『マーマレード』による下からの斬り上げと勇美さんによる突進しながらの斬り下ろしがかち合います。
「“くぅ!”」
「がぁあああ!」
火花を散らす互いの刀身。
間近にある勇美さんの顔には必死さが滲んでいます。
「……勇美さん、ありがとうございます」
私は言葉を交わすべきでない鍔迫り合いで、思わず話しかけてしまいました。
勇美さんはそれ所ではないからか、目だけで「なに?」と聞いてきます。
火花を散らすほどの鍔迫り合いでそれができるだけでも、勇美さんがどれだけ凄いのかがよくわかりました。
「役立たずと言われて捨てられた私を探してくれて、帰ろうと言ってくださって、ありがとうございます。
それだけでも、私はみんなから疎まれていたわけじゃないと知って嬉しかったです」
ぐっと、『勇魚崩落』を握る手に、『マーマレード』の力だけでなく『私』の力がこもります。
「だけど私はあそこに帰りたくないんです。
あの息苦しい生活はもう嫌です。
逃げと言われてもいい、大好きなみんなと一緒にいたい。
だから……邪魔しないでください」
「ゆ、ず」
すっと勇美さんの力が緩みます。
私と『マーマレード』はその隙を逃さず、一気に斬り上げました。
『腹開き』の名の通り、鎧は縦に裂かれ聖剣『ブリュンヒルデ』は空へ飛んでいき、輝さんは尻餅をつきます。
「ずるいよ、二人がかりで勝てるわけないじゃん」
「それが『召喚調教師』の戦い方ですよ」
『マーマレード』を私の精神に返し、私は勇美さんに答えます。
実際にうちの子全員でかからなかっただけ誠実だと思うのですが。
「あーもー! 負けよ、負け! あたしの負け!」
「すいません、鎧を壊してしまって」
「大丈夫、自己修復あるから」
負けたのに勇美さんはすっきりした顔をしていました。
鎧を脱いで、にこりと私に笑いかけます。
「ね、ユズ。もう城に戻れなんて言わないからさ。お願い聞いてくれる?」
「なんでしょうか?」
「勇美さん、じゃなくて、名前で呼んで欲しいな」
少し照れくさそうに「ずっと名前で呼ばれたかったんだ」と話す勇美さん……いいえ、輝さんに私は後悔しました。
スクールカーストなんてものを気にせず、輝さんに歩み寄っていたら、もう少し違う未来があったのかも、と。
……タラレバで考えても仕方ないことですね。私は従魔の子達と過ごす未来が嫌なわけではないですし。
私はそこまで考えると、輝さんへ手を差し出し立たせました。
「ユズ?」
「改めて、輝さん。私がそちらへ行くことは無理ですが、あなたがこちらへ遊びに来るのは歓迎しますので……良ければまた来てください」
「っ……来ていいの?」
「もちろん」
驚いて大きい瞳を更に大きくする輝さんに私は笑って答えました。
「輝さんは、私の大事なお友達ですから」
「……」
それを聞くと輝さんは何故か無言になり、力が抜けたようにしゃがみ込んでしまいました。
「輝さん?」
「……アピール効いてないかぁ」
「え?」
「何でもないよ」
途中の言葉が聞こえず聞き返す私に、輝さんはふるふると首を振ります。
それから今度は自力で立ち上がると、にっこりと可愛らしい笑顔を私に向けたのでした。
「あたし、頑張るから!」
「え? ああ、はい……」
頑張るのは魔王退治でいいのでしょうか。
急な宣言に内心首を傾げながら、私はこっくりと頷きました。
「そうだ。お茶をごちそうしますので、また家に上がりませんか?」
「いいの? うん、上がるー」
私が提案すると輝さんは笑顔で頷きます。
私はお茶の用意をしようと駆け足で家へ戻りました。
後ろでブラッドと輝さんが何か話してるのはわかりましたが、内容までは聞こえず、ただもう仲良くなったんだなぁと嬉しい気持ちになりました。
「うちのマスターは自分への好意にはひどく鈍いですよ」
「うん、今日思い知ったし」
「まあ、今日のことであなたの必死さも伝わりましたし、『お友達』は認めますが『それ以上』はだめですからね」
「認めないとかまだユズは誰のものでもないし。『家族』だからってそこに口出す権利なんてないし」
「……負けませんからね」
「こっちこそ」
お読み頂きありがとうございます。