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潜水艦狩り

推進音は遠く、それでもこちらへ向かっている。杉本は悪臭に塗れて久しい艦内を司令塔へ走った。


「潜航急げ、ダウン20、モーター全速!!」


飛び込んで来た杉本の声に副長は身を浮かせながらも、すぐに司令塔要員に命令を反復した。

潜航急げ、つまるところの緊急潜航だ。


「ダウン20、第一第二ベント開け!」


司令塔要員が各々の操作をこなすと、伊七〇一はグンと艦首を下げた。垂直方向の水中機動性ならどの潜水艦にも負けない自信が有る。

通常の潜航では1つしか使わないベントを2つ用い、海中深く潜航することを試みた。

全速では艦首にぼっかりと居座る聴音機の性能は激減するが、深度30mはぼんやり潜航するには浅すぎる。


「深度100まで潜れ、前進半速」


「前進半速!」


聴音手は探知した音源を測定器に掛けていた。この機材には周辺国海軍艦艇のあらゆる推進音が記録されている。

仮想敵国の米英露……測定器は即座に答えを導き出した。


「艦長、ロシア海軍カーラ型巡洋艦!」


「対潜艦か――微速へ、艦内静粛」


カーラ型巡洋艦、ロシア海軍では1134B型大型対潜艦と呼ばれる艦である。ソ連時代に建造され、黒海艦隊と太平洋艦隊では対潜部隊の主力として活動している。


しかし、ロシアの対潜艦ごとき何程の事が。かつて列強米英軍を東亜から追い払った帝国海軍の威信は、杉本の思考をいささか楽観的にさせた。


「ロシア艦は?」


「減速しました」


演習の一環なのか、監視者への威嚇なのか、カーラ型巡洋艦は速度を落とした。今頃艦内では聴音手がヘッドセットを耳に押し当てて周囲を探っているのだろうと考えるとおかしく思える。


「着水音」


「なに、魚雷か?」


しかし謎の爆発音が聞こえただけで、その後は何の音沙汰も無いらしい。

杉本も副長も顔を見合わせ怪訝な表情で黙り込んだ。もしかしたら威嚇の為に発射した魚雷が早爆したのかも知れないが、続く魚雷の発射は無かった。


「不明です」


ヘッドセットを装着したまま聴音機のマイクを指向させる。聞こえる音は、カーラ型巡洋艦の機関音とスクリューが水を裂くゆっくりとした騒音、後は伊七〇一自体の騒音である。


「左舷10度着水音――魚雷です、距離2000!」


杉本の頭脳を衝撃と恐怖心が鷲掴みにした。どういう事かを気にする暇も無く指令所内に指揮を飛ばす。


「面舵一杯アップ20、全速!! 前部バラスト排水!」


騒然とする司令塔の中で杉本は立ち尽くしていた。追尾魚雷なら探知範囲を超える角度に逃げれば追尾はされない。

それ以上に、半世紀以上平和を保って来たロシアからの攻撃が彼を驚かせた。


「魚雷、来ます!」


魚雷が接近すると機関音が聞こえるらしい、生まれて初めての経験が艦内を沈黙させた。汗を拭い、聴音手がヘッドセットを外す。


「命中します」


伊七〇一が海中で壁に叩き付けられたと錯覚し得る衝撃を受け、潜望鏡にしがみ付く杉本は艦の傾斜で転げ落ちそうになった。照明が割れた艦内で、何人かが懐中電灯を照らす。


「報告、機関室全損、浸水止まりません!!」


膝下まで浸水した艦内で浮上の試みは続けられたが、伊七〇一はみるみる傾斜を増し震度計だけが正確に機能する。

あちこちから海水が噴出する艦内で、圧搾空気をバラストタンクに押し込み注水していた海水を押し出さんと足掻く。


「緊急浮上、全タンク排水!」


程なく伊七〇一は日本海の底深くへと引き込まれて消えた。生存者は後に至るまで発見されていない。

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