緊急潜行
“見よ皇軍の意気、見よ皇軍の底力――鉄部隊の鉄牛が、盟邦ドイツ連邦の精鋭並び無き機械科部隊と合同演習を行いました!”
2008年5月22日
大日本ニュース[渡洋協調2008演習報告]
2014年 7月7日
日本海
「潜望鏡深度へ、逆探揚げ!」
帝国海軍潜水艦、伊七〇一はロシア海軍の大規模演習を監視する任務に従事していた。
全長80mの伊七〇〇型潜水艦は日本の潜水艦として最も水中での騒音が少なく、最新の聴音機器が水中からの潜望鏡無しでの雷撃を可能にしている。
「逆探揚げました、感無し」
レーダーの電波を受信する逆探に反応は無かった。ロシア軍の演習海域が近いのだから、誰も居ないという事も無いだろうが。
それにしても艦内の酸素とバッテリーの充電に余裕が無い。
「水中充電器揚げ、動力切り替え!」
「水中充電器揚げます!」
艦橋の横からするすると水中充電器、いわゆるシュノーケルが揚がる。これで換気しながらディーゼル機関を動かすことで、浮上することなく充電と吸気が行えるのだ。
ようやく頭痛から解放された乗組員達が汗を拭って安堵する。艦長の杉本は本来の仕事にかかろうとしていた。
「聴音、感は?」
「遠過ぎて正確には測定出来ませんが、水上艦が複数――恐らく、ロシア海軍かと」
彼らと同じく演習監視の任務にあたっていた伊七〇〇号潜水艦からの定時連絡が途絶えていたのだ。
伊七〇〇型潜水艦の性能ならロシア海軍に発見される謂れも無いのだが……杉本は潜望鏡で周囲を見回しながらそんな事を考える。
「艦長、警備府からの通信です。朝鮮海警のフリゲート艦が行方不明」
「なんだと?」
朝鮮海上警備隊、通称朝鮮海警。朝鮮国の海上警備機構だが、帝国海軍と同様に演習監視の任務にフリゲート艦を出港させていた。
司令塔での議論が続く中で、聴音手はハンドルを回しながら周囲の警戒を行う。
「――まぁ良い、水中充電器下げ。動力切り替え」
充電を終えた伊七〇一は通信筒を放出して潜航した。通信筒は定時連絡用の機材で、登録された通信内容を放出後1時間で発信し4回発信すると自動で海没する。
「或いはロシア海軍にやられたのでは? 故意かは別として」
副長の発言に溜め息をし、杉本は潜水艦向きと言われた小柄な体格を活かして薄汚い艦内を進む。聴音室がもう少し司令塔に近ければ、というのは日ごろからの愚痴だ。
「聴音、何かあるか?」
「今のところ、接近する艦は……いえ、右舷30度、推進音!」
杉本は司令塔に駆け戻った。音源の正体は不明だが、深度を深く取る必要を感じたのだ。