孤高の聖夜(裏)
12月25日 水曜日。
今日はクリスマス。今日だけは特別な日。ある人とっては、家族と楽しいひと時を過ごす日。ある人にとっては愛する大切な人と甘いひと時を過ごす日。そして――私にとっては一世一代の大切な日です。
私はこれから憧れ、思い焦がれている先輩に告白するのです。これを一世一代の大仕事と言わず、何と言うのでしょう!
と、勢いに乗ってたのに、その人の前に出てみれば、それもどこ吹く風。私はカチコチに緊張してしまいました。
「大丈夫だよ、ゆっくりでいいから。俺はちゃんと待ってるから」
ああ――なんて優しい人なんでしょう! やっぱり先輩を好きになって本当に良かった! 神様、この人と出会わせてくれてありがとう!!
なんて、まだ告白もできてないのに、その優しい言葉だけで、お恥ずかしいことに私は舞い上がってしまったのです。
「好きです、真藤先輩! 私と付き合ってください!!」
ついに言っちゃいました。もう後戻りできません。そうです。後戻りできないのです。返事がイエスでもノーでも、きっと先輩との関係はこれまで通りとはいきません。
私は先輩の返事を固唾飲んで待ちます。
「ありがとう……でも、ごめん。俺は君とは付き合えない」
ああ――終わった。その返事を聞いた瞬間、私は頭の中が真っ白になってしまいました。もう絶望です。私の恋は儚く散ったのです――なんて、そんなに簡単に諦めきれる訳がありません。納得いきません!
なので、付き合えない理由をあろうことか尋ねてしまいました。ちゃんと良く考えれば、聞かない方が絶対良いことなのですが、それでも今の私にはそんな余裕はなかったのです。
結果、私は見事に打ちのめされました。先輩には好きな人がいたのです。しかも、先輩から語られたその人のイメージは私とは正反対でした。おまけに、その人とはもう会うことができないけれど、まだその人の事が好きなんだ、と涙ながらに吐露されてしまったのです。これはもうどっからどう考えても、完全に脈なしなのです。
私は涙を吞んで潔く身を引くことにしました……したんですけど、何故か、意味もなく、その人の名前を知りたいという好奇心に駆られ、先輩に尋ねてしまったのです。
すると先輩は困惑した表情を浮かべました。当たり前でしょう。いくらなんでも踏み込み過ぎです。でも結局、先輩は快く教えてくれました。やっぱり先輩は優しいです。良い人すぎます。
「その人の名前は――」
その人の名前を聞き出した後、私は捨て台詞を吐いて、その場から離れました。
さようなら、私の甘く切ない恋。さようなら、先輩。
こうして今年のクリスマスは、私にとって悲しみに打ちひしがれる、最悪なクリスマスになってしまったのでした。まる。
なんて思っていたのですが、人生何があるか分かりません。そんな告白して振られたぐらい、まだまだ序の口でした。今日の私はどうやら本当に運が悪かったようです。
そう――ここからが、私にとっての本当のクリスマス。おそらくは今後の人生の中で、こんなクリスマスを過ごすことは絶対ないと言わしめる程、最悪なクリスマスの幕開けです。
*
私の名前は橘理奈。如月学園に通う、うら若き女の子です。所謂、女子こーせーというものです。
左記に語ったように、この日、私は大好きな先輩に振られ、恋に破れました。これでもかという程木端微塵に。
そんな事があったからでしょうか、先輩と別れた後、私はいつもなら絶対にしないような行動に出てしまったのです。ほとんど自暴自棄なっていたのです。と言っても、ただ単に夜中に出歩いていただけなんですけどね。
私は夜の繁華街をフラフラと歩いていました。
やっぱり女子高生だからでしょうか、色んな人から声をかけられました。ちょっと怪しい人もいました。イケメンな人もいました。
けれど、いくら自暴自棄になっていたとはいえ、流石にそんな人たちにホイホイと付いて行くほど、私は軽い女ではありません。私は声をかけてくる人全部無視して、街を徘徊したのでした。
そして、気づいた時には人気のない狭い路地にいました。所謂、路地裏です。
流石にちょっと怖いです。入ってきてはいけない場所に入ってしまったと思ってしまいました。なので、すぐに路地から出ようと思いました。そう思っていた時でした。
「ねぇねぇ、そこのキミィ? 俺達とあそばな~い?」
突然、後ろから声をかけられました。
あまりにも突然だったので、私はびっくりして、振り返ってしまいました。
もしこの時、振り返らず走って逃げていれば、その後の展開は変わっていたかもれません。でも、私は振り返ってしまったのです。そこには、いかにも危なさそうな若い男の人達が立っていました。
「お! カワイイ娘じゃん!! しかも、女子こーせーかよ! ラッキーだな!!」
「へへ、こりゃあ、今夜は楽しめそうだな」
「おいおい、今度は女子こーせーかよ! お前ら、鬼畜だねぇ」
「けっ。良く言うぜ! 喜んでるくせによ!」
男の人達は口々に何か好き勝手な事を言っています。でも、はっきりと分かることがあります。この人達とは絶対関わってはいけないという事です。
そんな私の思いを余所に彼らは私に近寄ってきます。
「な、なんですか、あなた達は!?」
私は敢えて、大きな声を出して牽制します。けれど、彼らはへらへらと笑うだけです。
「そ、それ以上近寄ると、悲鳴、上げますよ!」
「へへ、そんなに恐がらなくても大丈夫だって。俺達は単に君と遊びたいだけだから」
「そうそう、楽しく遊びたいだけ」
どんなに牽制しても、彼らはへらへらと卑しく笑うのです。
「ほ、本当に叫びますよ!!」
「いいよぉ、叫んでも」
「え……」
「でもねぇ、叫んだところで、こんな路地裏には誰も助けに来てくれないとおもうなぁ」
「そ、そんなこと……」
ないと言い切れません。むしろ、助けが来ない可能性の方が高いです。逃げなきゃ……。
「おっと、逃げようとしても無駄だよ。もう、俺ら君と朝まで遊ぶって決めたんだから。ここでね?」
彼らの一人がそう言うと、何か先の尖ったものを取り出しました。それは、見たことがあるものでした。注射器です。でも、病院と見るものとは違います。小さくて、中に透明な液体が入っているようです。
「おいおい、ここでそれ使うかよ? 鬼畜だねぇ」
別の男の人が笑いながら、注射器を持った男の人にそう言いました。
あの注射器は一体――。
「ん? これはかい? これはねぇ、使うと、とっても楽しくて、気持ちよくなれるクスリだよ」
え――それって……。
「じゃ、ちょっとチクッってするけど我慢してね!」
そう言うと、その人は私の腕を掴みました。
「や、やめて! やめてください!!」
私は必死に抵抗します。これでもかと暴れます。
「チッ! 暴れたら手元が狂うだろ! おい、お前ら、ちょっと押さえてろ!」
男の人は怒鳴るようにそう言うと、他の人が私の手足を押さえてきました。もう身動きが取れません。
「いや! やめて! いやあああああ!」
「じゃ、いっきまーす!」
どんなに悲鳴を上げても虚しいだけでした。男の人は意気揚々と注射針を私の腕に――。
「何してるの、あなた達!!」
もうダメだと思った時でした、そんな声が聞こえてきました。
「あん? なんだ?」
男の人達もその声に動きが止まります。
私はその声が聞こえてきた方を見ました。そこには、一人の女の人が立っていました。
その女の人は、見た目は私と変わらないように思えます。ただ、とっても綺麗な人です。
「お! 女かよ! しかも、こっちの方がさらに上玉じゃん!!」
「ヤッホウ! 今日はなんてツイてんだ! 二人も相手できるなんて最高だぜ!!」
彼らはそう喜び合うと、その内の一人がその女の人に近寄っていきます。
「ねぇねぇ、そこのお嬢ちゃん! 君も俺達と楽しいことしないかい?」
「警告するわ。それ以上、近寄るなら手加減しないわよ?」
彼女は毅然とそう言い放ちました。それは確かな意志の籠った言葉です。けっして、私のような恐怖からくる脅しとは違います。
けれど、男の人達はそれが分からないようです。彼らは私の時と同じようにへらへらと笑っています。
「おおっと、恐いねぇ……最近の娘は威勢が良くていいねぇ。だが――」
男の人は彼女の警告を無視してまた一歩彼女に近寄り、腕を伸ばします。その瞬間――。
「ガッ!」
男の人はうめき声を上げると同時に地面に叩きつけられていました。
一体何が起こったのか分かりません。一瞬の出来事でした。男の人が彼女に触れようとし瞬間、彼は宙を舞い、半回転して頭から地面に突っ込んでいました。そのままその人はぐったりと倒れています。
「て、てめぇ! 一体何しやがった!?」
男の人達は突然の出来事に驚くと同時に、怒っていました。
「チッ! おい、お前ら! この女は後だ。まずはあの女をやるぞ!」
「ああ!」
「そうこなくっちゃ!」
「オッケー!」
注射器を持っている男の人がそう言うと、彼らは私の拘束を解き、彼女の方へとむかっていきます。
「なにやったか知らねぇが、今度はそう簡単にはいかねぇぞ? 四人相手だ。身動きとれねぇようにして、まずはお前にこれを打ち込んでやるよ」
そう言うと、男の人は注射器を彼女に見せびらかします。
「それは?」
「これか? これはな、投与されると、どんな刺激も快楽に変えてくれるっていう優れものさ」
「快楽……に?」
「ああ、すげぇぞぉ! どんな痛みも快楽に変えてくれんだ! こないだ使った奴なんて、生きたまま体を切り刻んでやっても死ぬ瞬間まで恍惚とした表情を浮かべてやがったぜ!!」
男の人はまるで得意そうに、人間とは思えない言葉を発しています。というか、もう人間じゃないです。人間の皮を被った悪魔です。
でも、次の瞬間、私は本物の悪魔を見ることになるのです。
「そう――そういうこと。この間の事件はあなた達の仕業だったの……」
恐いと、正直に思いました。その女の人は凄く冷たい眼で、彼らを睨んでいました。それは私でも分かる殺意でした。
「ああ、そうだ! とっても良かったぜ! お前もその快楽、味わってみたいだろ?」
「冗談言わないで、この腐れ外道が」
「あ? なんだと?」
「まったく……奴が戻ってきたと思って、出張ってみれば、こんな連中の仕業なんて……笑い話にもならないわ。いいこと? さっさとこの場から消えなさい。でないと、そこのぼろ雑巾のようになるわよ?」
「ケッ! 可愛いのは見た目だけかよ……まあ、いい。すぐにだらしねぇ顔を晒すようにしてやるよ! やっちまえ!」
その言葉と共に、彼らは一斉に彼女に襲いかかりました。
「仕方ないわね……それじゃあ、全力で殺してあげるわ」
それはもう一瞬のことでした。彼女がそう言った次の瞬間、彼らは宙に舞っていました。そして、そのまま地面に叩きつけられ、起き上がることはありませんでした。
「だから言ったでしょ? ぼろ雑巾のようになるって」
私は呆気に取れていました。それもそうです。見た目屈強そうな四人の男の人が一瞬にして、やられてしまったのですから。
「そこのあなた、大丈夫?」
彼女は私に視線を向けると、そう言葉をかけてきました。
「え、あ、はい! だ、大丈夫です!」
「そう、それは良かった――って、その制服……ま、いいわ。あなた、さっさとこの場から離れなさい。後は私が処理しておくから」
「しょ、処理って……」
なんだかとっても物騒な言葉です。そういえば、さっきも「それじゃあ、全力で殺してあげる」なんて言って、凶悪そのものでした。
「ああ……心配しないで。殺してなんかいないから。それに殺すつもりはないわ。こいつらを警察に引き渡すって話よ」
「そ、そういうことでしたか……す、すみません! 勘違いして……」
私が謝ると、彼女は「別に気にしてないわ」と、優しく微笑んでくれました。
よかった。どうやら、恐い人ではないようです。どちらかと言うと、今の印象は優しい人です。
「さ、早く家に帰りなさい。普通の学生がいていい場所でも、時間でもないわ」
「は、はぁ……で、でも……」
それはあなたも同じじゃないですか? と言ってしまいそうになり、言葉を吞みこみました。それに、ちょっと一人で帰るのは不安です。
「ん? どうしたの?」
「え、えっと……」
「あ、そっか。こんな事があった後ですものね? 一人じゃ帰れないわよね?」
「……す、すみません」
「んー……いいわ! じゃあ、私が家まで送ってあげる!」
「え!? で、でも……」
「大丈夫よ。こいつらはちゃんと警察に引き渡すように手配するから」
そう言うと、彼女は携帯電話を取り出し、どこかに電話を掛け出しました。警察にでも通報しているのでしょうか?
「あ、間島? こんばんは、私よ」
違ったようです。どうやら知り合いのところに電話しているみたいです。
その後、彼女は二、三分会話すると、電話を切りました。
「さ、それじゃあ、行きましょうか?」
「えっと……本当に大丈夫なんですか?」
私はチラリと倒れている男の人達を見ます。
「ええ、大丈夫よ。どうせ、朝まであのままでしょうから。それに今から知り合いが警察を引きつれて来てくれるから、心配いらないわ」
「そう……ですか……」
私はその言葉を信じることにして、彼女と一緒に、私の家へと向かいました。
「ところで、あなた、何であんな場所にいたの?」
家に向かっている道中、彼女からそう尋ねられました。
「えっと……お恥ずかしい話なんですけど、今日実は好きだった先輩に振られまして……それで、もうどうでもいいやー、みたいな気持ちになって、フラフラしてたら……」
私、何を話し出しているんだろう? こんな初対面の人に向かって……。でも、なんでだろう? この人にはなんでも話せてしまう気がするのです。
「ふぅ……そうなの……それはあんまり良い事とは言えないわね?」
「す、すみません……」
「別に責めているわけじゃないわ。ただ、もうちょっと、自分を大切した方がいいと思うわよ?」
「そう、ですよね……反省してます」
ホント反省です。私の人生においての汚点です。二度とないようにしないと……。
「ところで、あなた、如月学園の生徒よね?」
「え? あ、はい……そうですけど……」
突然の話題転換に驚きつつも、私は素直に答えます。
「ふぅん……」
彼女は私の返答を聞いて、ちょっとなんとも言えないような顔をしていました。とっても複雑そうな顔です。言葉では説明しようがありません。
「どうか、しましたか?」
「え? ああ……私ね、一年前までは如月学園の生徒だったから、懐かしくって……」
「え? 卒業生なんですか?」
「いいえ、違うわ。転校したの」
「え!?」
転校――しかも、一年前に? それって――。
「どうかした?」
「あ、あの! その、お名前、教えてもらっていいですか?」
「え……なんで?」
「そ、その……せっかく助けてもらった人の名前も知らないのも、失礼ですし……」
「べ、別にいいけど……私は――」
その先を私は固唾飲んで待ちます。
「私は、一ノ宮怜奈よ」
「――やっぱり……」
思った通りです。予想通りです。この人はあの――。
『その人の名前は、一ノ宮怜奈って言うんだ』
あの時、先輩から聞いた名前と同じでした。そして、一年前に転校したって事実も。
間違いありません。この人は先輩の想い人です。
「えっと……どうかした?」
怜奈さんは不思議そうな顔しています。
「い、いえ! なんでもありません! あ! あの、もうここで結構です」
「え? でも……」
「だ、大丈夫です。家、もうすぐそこなんで」
「そ、そうなの……」
「はい! あの、助けていただいて、本当にありがとうございました!!」
「いいえ。気をつけてね?」
「はい! 怜奈さんもお気をつけて!」
私はそう言って、駆け出しました。
走って走って、走り続けました。しかも、涙をながしながら、笑いながら。もう何が何だかわかりません。悲しいような、嬉しいような。
私は先輩が好きな人に出会いました。それはもう衝撃的な出会いでした。とてもじゃないですが、怜奈さんは普通の人とは思えませんでしたから。
でも、先輩の言う通りの方でした。気高く、孤高で……そして、どこか憂いを帯びた顔が印象的で。先輩がこの人を好きになった理由が分かってしまったのです。
「はぁ……完全に恋破れちゃったなぁ……」
だってあんな人に勝てっこありません。完全に敗北です。けど――。
「なんだか、スッキリしちゃった!」
私の心は晴れやかでした。失恋したけど、最悪なクリスマスだったけど、心は晴れやかです。
こうして、私こと橘理奈の恋とクリスマスは終わったのでした。まる。
孤高の聖夜 了