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前編

母さんは真っ黒な手で、小さな私の頭を撫でながら言う。

「とっても綺麗な髪。」

腰まである私の髪は、全体に淡い光を放ちながら、根元から毛先へ流れるように色を変える。緑、黄、赤、茶、黒、そしてまた緑へ。途切れることなく色が流れる。

見上げても、背の高い母さんの顔はよく見えない。ただ、その口元はいつも優しく笑っていた。


皆と違うことは物心着く頃から分かっていた。他の人の髪は黒なら黒、茶なら茶で色は変わらない。光らない。私は特別だった。


私の母さんの手は、文字通り真っ黒だ。白い肩と対照的に、肘の少し上から指の先まで真っ黒だ。黒いのは手だけではない。服も前掛も真っ黒だった。母さんに抱きつくと黒い布に包まれた。そして、温かい手が私の頭をなでてくれた。

「とっても綺麗な髪だわ。」


綺麗と言ってくれるのは母さんだけだ。父さんは触りもしない。村の人達は見もしない。だから、私は生まれ育った村を出た。



村を出て一週間が経った朝、街道沿いに新しい村を見つけた。村に寄って食べ物と水だけ手に入れようと思った。それ以上のことは望まなかった。


村に入る手前で声を掛けられた。

「そこの君。」

声は村の入り口にある家の中から聞こえた。薄茶色の土壁の堅固な造りの小さな一軒家だった。開け放たれた粗末な木の扉の向こうに、薄暗い中、小柄な人間が一人座っていた。

「そう、そこの君。こっちに来て。」

声から察するに少年らしい。その小柄な人影と明るい声に気を許して、私は近付いた。

「さあ、入って入って。」

戸口まで来たのはいいが、初対面の人の家である。流石に中に入るのは気が引けた。躊躇する私に少年は言った。

「君、星の欠片の子でしょう?」

星の欠片の子。その響きに私は言葉を失った。そう簡単に分かるまいと思っていた。

「さあ、入って入って。」

大きな秘密を人質にとられ、私は恐る恐る足を踏み入れた。


中は暗かった。目が慣れるまで戸口に立っていた。佇む私を少年は静かに待っていた。


まず、部屋の真ん中に一片半尺程の正方形の木のテーブルがあった。そして、その手前に置かれた木の椅子に少年がこちらを向いて座っていた。褐色のサラサラした短髪の下で、茶色の大きな目が人懐っこそうに笑っていた。

「大丈夫。誰にも見えないし聞かれない。外を見ただろう?僕の家は他の家と少し離れてるんだ。」

薄暗がりの中、私は黙って立っていた。人のよさそうな子どもでも弱身を握られている以上、油断はならなかった。


少年は清潔で動きやすそうな服を着ていた。長袖のシャツの上に素肌のままの左肩が覗き、長いダボダボのズボンを履いた脚を椅子の上で組んでいた。ズボンの裾から身体の割に大きな素足がニョッキっと二つ突き出ていた。


部屋の奥に向かって左手の壁に大きな麻布が下げてあり、その裏から僅かに日の光が漏れていた。それと私が今入った戸口から入る外光が、この部屋の明かりの全てだった。部屋の右奥には閉ざされた木の扉がもう一つ見えた。


そして最後に、少年の右手があるはずのところに、人の顔ぐらいの大きさの黒い袋が付いていた。私は合点がいった。


「あんたもなのね。」

「うん。君の星の力はそこだろう?」

少年は迷うことなく、私の頭の上を指差した。あの奇妙な色をした発光する髪を、束ねて黒い布に包み頭の上に縛ってあった。黒い布ときつく縛った飾り紐が、色も光も隠しているはずだった。

「分かるかしら。」

声は平静を装っても、微かに震えた。

「ううん、そうでもない。僕が同じだからだと思う。」

明るい少年の声に他意はなかった。安堵する私に少年は黒い大きな袋を振って見せた。

「あなたの星の力はそこ?」

「うん。」

少年はこちらを向いたまま、照れ臭そうに袋を左手で隠した。器用に人を騙すタイプの人間には見えなかった。

「君、名前なんていうの?」

「あんたは?」

「テグ。」

「私はオチバ。」

本名ではない。きっとテグもそうだ。何処の誰とも特定されないように偽名を使う。初対面の相手には無難な選択だ。


テグの大きな目をみながら考えた。名前の次は私を呼んだ理由を訊こう。そして合間をみて、あの黒い袋の中身を訊かなければならない。星の力の中には危険なものもあると、そのとき既に私は知っていた。


「なんで私を呼んだの?」

テグは、理由を尋ねられるとは全く予期しなかったのだろう。呆気にとられた顔で辺りを見回した。

「何でっていってもさ。初めてだったからさ。」

左手で右手の黒い袋を何度もさすっていた。動揺したときの癖なのだろう。

「初めて?」

「僕以外の星の欠片の子を見るのは初めてさ。」

そう言われれば自分もそうだ。それが如何して理由になるのか理解に苦しんだが、隠す必要はないことに思えた。

「私もよ。」

無論、私が産まれた後も毎年星の欠片は降っている。私の村では私の後に二人の星の欠片の子が産まれたと聞く。最も二人ともその後の消息を聞かない。殺されたのだろうと勝手に思っている。


「そろそろ時間だから、こっちの部屋に隠れててくれよ。」

テグは椅子からひょこっと立ち上がると、身軽に駆けて行ってもう一つの扉を開けた。扉の向こうには窓がない部屋にベッドが一つ置かれていた。ベッドには真っ白でしわ一つないシーツがかかっていた。


あっという間だった。扉から部屋の中を覗き込んだところを背中から押され、よろけて部屋へ入ると、背後でバタンと扉が閉まった。振り返ると眼前で、古めかしい木の扉が勢いで揺れていた。

当の本人の返事も待たずに閉じ込めるなど、信じられなかった。頭に血がのぼった私は扉を開けた。鍵はかかっていなかった。安堵する私の視界に、正面の壁にかかる麻布を引くテグの背中が入った。引かれた麻布の下から、硝子のはまった木枠の窓がのぞいた。


歪んだ硝子越しに人影が二つ、この家へ向かって坂を降りて来る。明るい日差しの中を歩いて来る影は、両手に大きな荷物を抱えていた。私は反射的に扉から離れ、窓の向こうからも、玄関の扉からも見えない部屋の壁を背に隠れた。


程なく大きな足音が二つ、木の床を軋ませた。

「おはよう。今日はバセルンさんのところなんですね。」

テグが陽気に話しかけた。

「おはよう。昨日の夜から用意したんだ。どうだい、豪華だろう。」

答える男の声にも屈託がない。話しながらガザガサと包みを開く音がして、テグが歓声をあげた。

「美味しそうです。ありがとうございます。」

「今日は麦のパンがとてもいい出来なの。是非召し上がって。」

女性の声だった。ふたり連れは男と女らしい。

「おばさん、ありがとうございます。」

「で、最近、あいつのうちはどうだ。」

男が少し低い声で言った。物騒な話だろうか。土壁から冷気が背筋を上って来るのを感じた。

「マクガリーおじさんですか?」

「そうだ。この前の水曜が当番だったろう。」

「すごかったので、覚えていますよ。」

テグが興奮した高い声で返した。

「どう凄かったんだ?」


「そうですね。これにチーズがふた切れと豚のモモ肉のハムが二枚ついてました。」

「朝からそんなに!」

男の声は驚きに上ずっていた。食べ物のことらしいと分かった私は安堵した。

「どおりであいつの店は繁盛するんだな。よし、夕食はもっと凄いからな。楽しみにしといてくれ。」

「楽しみにしてます。」

嬉しそうなテグの声を後に、足跡は小さな家を後にした。


「食べましょう!」

こちらから出て行く前に、扉の隙間からテグの顔が覗いた。満面の笑みと、食べるという響きに私は毒気が削がれた。

「朝ごはんなの?」

「うん。毎朝村の人が当番で持って来てくれるんだ。」

テグは誇らしげに言った。


テーブルの上を見て、私は息を飲んだ。丸い真っ白なパンが五つ、緑の美しい大きな葉物野菜の山、そして赤い林檎が二つ。声なく立ち尽くす私にテグは笑った。

「これは供物だからね。」

「夢みたい。あなた、何者なの?」

乾パンを毎朝一枚ずつ大事に食べていた私に、目の前の食べ物の山は眩しかった。自然と声は高くなり、胸の前で組んだ手に力が入った。他方テグにとっては、私の新鮮な驚きが眩しかったらしい。

「星の欠片の子によいことをすると、幸せを呼び寄せることが出来るんだ。当たり前だと思っていたけれど、君の村では言わない?」

「言わない。」


後にしてきた自分の村での光景が脳裏をよぎった。私が村を歩くと大人達は聞こえよがしに悪口を言い、子ども達は石を投げてきた。

『どうして殺さないのかしらね。』

『あの子も生きてて恥ずかしくないのかね。』

耳を閉じても鋭い言葉が胸に刺さった。


「私の村では星の欠片の子が生まれたら、殺すのが普通なの。」

自分がどんな顔でそう言ったのか私には分からないが、対するテグは大きな目を歪めて苦しそうな顔をした。

「ひどいな。」


「わ、悪くならないうちに食べちまおう!」

テグが無理に声を張り上げた。

「うん!」

私も負けじと声を出す。小さな木の椅子に飛び乗って、つかえる胸に押し込んだ白パンは、なんとも言えない小麦の甘さと一緒に口の中いっぱいに広がった。私もこの村に生まれれば幸せだったのにと私は思った。


そのときの私はまだ、その供物の真の意味に気付いてはいなかった。

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