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無縁の少年  作者: 氷室冬彦
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1 ロワリア国、真夜中のギルド内にて

 街灯の光だけが白く浮かんで見えるだけで、窓の外は真っ暗だった。目を凝らしてガラスの向こうを見つめてみるが、黒々とした闇が広がるだけでやはりなにも見えはしない。空が曇っているせいだ。分厚い雲が空一面を覆い、月の姿を隠してしまっている。故にわずかな月の明かりすらなかった。


 雷坂郁夜らいさかいくよが窓の外を見張っているのに深い理由はなかった。別に外になにかがあるわけでもない。ただなんとなくで外を眺めていた。単なる気まぐれだ。


 郁夜が現在所属するロワリアギルドは、ロワリア国で最も存在感のある組織だ。ギルドなどといかにも格調高そうな旗を掲げてはいるが、していることはただのなんでも屋である。外部からあらゆる依頼を受け、あらゆる方法で解決する。それだけの商売だが、意外にも繁盛している。人員は豊富なようで少ないような、なんともいえない規模の組織である。それでいて、ロドリアゼルという名称のついたこの世界において、このギルドはロワリア国の象徴的存在であるといわれ始めたほどには知名度を持っている。


 この世界ロドリアゼルの南大陸に位置するロワリア国は、はるか昔に吸収合併した亡国リワンと、国内部にもともとあったごく小さな領地ラウ、そしてここロワリアの、三つの領地で構成されている。ロワリアギルドにはここロワリア支部のほかに、ラウ支部、リワン支部があり、とはいえ組織としての形を保っているのはロワリア支部だけで、ラウ支部などは資料や情報を保管するための保管庫としてのみ機能している状態だ。なので、この国でギルドといえばこの建物なのだ。


 大きな建物の一階は食堂や物置部屋などが多く、客人を招き入れる応接室などは二階に、三階以上はここに所属するギルド員たちが寝泊まりする生活区域となっている。つまり、二十四時間、どんなときもこの建物から人がいなくなることはない。事情があって、ここで働いているギルド員たちはほとんどがニ十歳以下の少年少女ばかり。歳で言えば郁夜とてまだ二十歳になったばかりのの若造である。まだあどけない従業員たちが集うこの組織は、日の高いうちはどこにいても賑やかだ。


 そのため、夜の静けさはまるで別世界にやって来たかのような錯覚を受けるほどの変貌を感じさせる。郁夜はかなり長い間ここに勤めているが、それでも夜のひんやりした空気にはいつまで経ってもなじめなかった。石材造りの建物はあらゆる音を跳ね返す。足音も話し声も、転んだ際の痛みも。いくつもの声が音が反響し、複雑に混ざり合って絶え間なく雑音を生み続ける。夜になれば当然、話す者も歩く者もない。そうなれば、なにも跳ね返す音のなくなった壁や床は静寂に静寂を跳ね返し、絶え間ない沈黙を生み出す。そうなれば余計に、自分の足音が大きく聞こえてしまうのだ。


 出歩いている人間が一人もいないわけではない。今いる二階の廊下にひと気がないだけで、歩いていればときどき誰かしらとすれ違うことがあるし、図書室にこもって調べ物や読書に没頭している者もいる。食堂に行けば、ただの休憩だったり夜食を摂るためだったり、目的はさまざまだが高確率で誰かに会えるだろう。司令室にはこの組織を仕切っている支部長がいるはずだし、そもそも住居になっている三階にある談話室に行けばまだたむろしている者が必ずいる。ここにいるのは寝ろと言ってもすぐには従わないような年頃がほとんどなのだ。


 ともあれ、そんな静かな廊下で、郁夜は立ち止まって外を見ていた。先に述べた通り理由はなく、休憩というわけでもない。いつからこうしていたのかもはっきり覚えておらず、いわゆる無意識にただぼうっとしていただけなのだ。それは生真面目な彼にとって珍しいことだが、一日の疲れがたまっているのだから無理もないだろう。そういえばかすかに眠気を感じる。本当ならすぐにでも自分の部屋に戻って眠ってしまいたいが、まだ戸締り確認の仕事が済んでいない。今夜の見回り当番は郁夜だったのだ。


 司令室の扉は開いていた。


 そこから中を覗きながら開いたままの扉にノックする。小さく硬い音が床に天井に跳ね返り、部屋のなかで反響する。司令室は無駄に広い。部屋の手前、扉から近い位置に低めのテーブルと、二人掛けのソファが向かい合わせにあり、部屋の壁に沿うように大きな本棚がずらりと並び、なにかの資料や書類がぎっしりと詰め込まれている。それらが有効的に使われているところを郁夜はあまり見たことがない。本棚に入りきらなかった書物などがその周辺の床面積を占拠しているためいくらか狭く見えるが、それでもこの部屋は広い。


 部屋の奥には一組のデスクがあり、そこに無気力そうにだらけた様子で腰掛ける青年がいた。独特な色合いをもった綺麗な青髪。穏やかだがすべてを見透かしているような大きな紫の瞳。童顔だが顔立ちは整っている。背は郁夜より少し低い。眼鏡をかけているがレンズに度は入っていない。あまり似合っているわけではないので、容姿の見映えだけに重点をおいて言えば眼鏡はかけないほうがいいと郁夜は思うのだが、彼がそうしているのにも一応の理由がある。


 なぜ伊達眼鏡などかけているのかと尋ねると彼は「なんとなく」と答えるだろう。郁夜が聞いたなかだとその答えが最も多い。この質問には他にもいくつかの決まった回答パターンがあり、礼はその選択肢のなかから適当に答えを選ぶのだが、そのときの気分で理由をでっちあげることもある。気まぐれな男だ。本当の理由は、まあ、たいしたことではない。


「眠そうだな、礼」


 弊ギルドにおける最高責任者。ロワリア支部の支部長でありギルド長、來坂礼らいさかれいは郁夜が声をかけると大きなあくびをした。郁夜もそれにつられそうになるが、奥歯を噛んで押し殺す。


「そりゃまあ、今何時だと思ってんのよ、いつもの礼さんならオネムの時間なんだぞう」


「十一時……もうすぐニ十分か。たしかに、普段ならとっくに寝ている時間だな。よほど事務作業が長引いたと見える。居眠りでもしたか」


 なにも知らない人からすれば、上司に対してその態度はいかがなものかと心配になるだろうが、郁夜はこのギルドの副支部長、副ギルド長であり、礼とは同い年の同期であることもあって最も彼に近い存在なのだ。とはいえ部下であるに変わりはないが、むしろこの態度は礼からの命令でもある。改まった態度や敬語などは使わなくても構わないから、自分の話しやすいように話し、自然体で接すること。それがここでのルールのひとつだ。だからといって誰も彼もが無礼講な無法地帯ではない。皆、ある程度の礼節は弁えているし、礼に対してフレンドリーに接していても一定の敬いを持っている。それは郁夜も同じだ。


 礼はもう一度大きなあくびをして、目元をこすりながら郁夜を見る。


「なんだ、郁も眠いのかあ?」


 礼がそう言うので思わず、殺しきれなかった小さなあくびが出た。ああ、まあな――と曖昧に返事をすると、礼はそうかと言ってなぜか楽しそうに笑った。なにか笑うことがあっただろうか。この男が変なのはいつものことなので、大して気には留めないが。


 郁夜は感情があまり顔に出ない。誰と話していようと、なにをしていようと、基本的には無表情のままだ。なのでなにを考えているのかよくわからない――という旨の言葉をよく向けられる。そんな郁夜のそのときの心境をずばり言い当てられるのは礼くらいのものだ。気付いていないだけで本当に眠そうな顔をしていたのかもしれないが、今回に限らず礼は郁夜のことをよくわかっている。


 礼は郁夜の微妙な心境の変化をも見抜くことができる。しかし郁夜もまた、礼の言葉の裏にある感情などをなんとなくだが読み取ることができる。とくに彼の嘘については敏感だ。そのことは礼もわかっているだろう。つまり、郁夜と礼の間では嘘は存在しない。通用しない、というほうが正しい。


 ちなみに礼が言う郁というのは郁夜の愛称だ。例外はあるが皆、彼のことをそう呼んでいる。郁夜自身、そう呼ばれることに抵抗はなかった。しかし依頼人や初対面の相手の前でもそう呼ばれると、それが本名だと勘違いされることがままある。ごく少人数だが、ギルド員のなかでも郁夜の名前を勘違いしている節のある者がいるのだから困りものだ。


「そっか、今日は郁が見回りか」


「ああ、疲れているから、早く終わらせたいんだがな。ちょっと、休憩だ」


 はあ、とため息をつく。眠気のせいで頭がぼんやりする。集中を欠いている。これ以上の勤務は体にもよくない。礼はなげやりに笑った。


「一晩くらいさぼってもいいと思うけどなあ、俺は」


「仮にも組織の長であるお前がそんなことを言っていいのか」


 礼が奥の部屋から二人分のコーヒーを運んで来た。司令室は廊下への扉と奥の方にもう一つ、本棚の陰に隠れるようにして扉が設置されていて、その奥が礼個人の部屋になっている。郁夜は一度もそこに入ったことがないので、どんな部屋なのかはわからないが、これといって興味があるわけでもないので気にしていない。郁夜だけに限らず、誰も礼の部屋には入ったことがない――と、以前に礼本人がそう言っていた。おそらく本当だろう。


「最近は雨が多いな」


「うんうん、昨日は晴れてたんだけどなあ。今日も昼頃にはパラッときてたし、雨ばっかりじゃジメジメしてくるし、明日はすっきり晴れるといいんだけど」


 テーブルを挟んで向かい合わせに座る。郁夜が座った隣に今朝届いたと思われる報道紙が放置されていた。礼がそれを読んだかどうかはわからない。手に取ってみると折りたたまれた報道紙の束がふたつ。ひとつはここ、ロワリア国のものだが、もうひとつは――。


「ああ、それレスペルのやつ」


「レスペル。なんでまた隣のを」


「いや、深い意味はないんだけど――ちょっとね」


 礼にしてはいまいち歯切れの悪い返事だ。郁夜はまだ少し熱いコーヒーに口をつけ、ふうん、と適当な相槌を打った。


 レスペルというのはロワリア国の隣国のことだ。ロワリアは国土が狭いため、レスペル国とはお互いに隣国というより隣町くらいの感覚なのだが、それでもそちらの報道紙を取り寄せることは珍しい。そもそも国土が狭く、平和なこの国の報道紙など、同じ大陸内にある国を中心に、世界ロドリアゼル各国でのトップニュースをピックアップして載せているだけのことがほとんどなので、なにか特定の気になる事柄があるわけでもないのなら、わざわざ他国のものを取り寄せる必要などないのだ。


「気になることでもあったのか」


「うん? ……いや、特には」


 嘘だ。


 礼の曖昧な返事にそう直感したが、郁夜がそのことに関してそれ以上言及することはなかった。そこで会話が途切れたので、郁夜は窓に目を向けた。先ほどまでと変わらず――夜なのだから当然だが――外は真っ暗だ。一向に見えることのない夜の曇り空を遠目に眺めながら、郁夜はぽつりとつぶやく。


「……最近は雨ばかりだな」

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