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無縁の少年  作者: 氷室冬彦
おまけシナリオ
19/19

『旅人は去り』

 この国で青空を見たのは、いったい何日ぶりのことだろう。気が滅入る天気の続いたのちに、ようやく晴れたロワリアの空は、なんだかとても久しく感じられた。前を歩く探偵の後ろを歩きながら、秋人は空を見上げた。吸い込まれそうなほど、どこまでも澄んだ青。清々しいほどの快晴だ。


 早川春斗が帰国した翌日のこと、秋人は探偵とともにリチャン国へと向かっていた。リチャン国は中央大陸の西部に位置する国家であり、探偵と秋人の知人が住んでいる国でもあった。二人がリチャンへ向かうのも、その知人の様子を見に行くためである。時間に少しばかりの余裕ができたため、死んでいないかだけ確認しに行く――と探偵は言うが、要はその友人の様子が心配で気になるから、定期的に会いたいのだというふうに秋人は解釈している。


「た、探偵」


 探偵は歩くのが速い。元より脚が長く歩幅が大きいというのも理由のひとつだが、脚を動かす速度自体も速いのだ。そのため、彼の歩行速度は常人の二倍以上はあるだろう。秋人のようなのんびり者は、気を抜くとすぐに距離を離されてしまう。はぐれないようについていくのがやっとだ。追いかけてもすぐに遠くなりそうになる背中に、息を切れたことを悟られないよう注意する。


「探偵、お前はいつ気付いたんだ?」


 早川春斗の依頼についてだ。


 早川家の人々の殺害。春斗の兄である敦志の失踪。レスペル国で起きていた連続殺人。これら三つの事件を、探偵は依頼を受けた二日後に解決した。無論、答えに至ったのはそれよりもっと前だろう。彼にとって今回の謎は、少なくとも秋人を手伝いに呼んだ時点で、既に謎ではなくなっていた。


 秋人は人間ではない。いや、秋人自身は自分は人間であるように言い張っているが、まわりがそう思っていない。かくいう秋人も、心の底では自分がバケモノである自覚はある。当然だ。死んでも生きている人間などいない。たとえ元々は人間だったとしても、姿かたちは人間と同じでも、生態がここまで変異しては、もはや正常な生物ではあるまい。


 対する探偵はまだ人間だ。いや、人間としての機能は備わっているので、ひとまず人間なのだろうと捉えているだけで、人間離れしているところはときどきある。彼のまわりには寿や秋人のような、人ならざる者が多く集まっている。ギルド員ではない。ギルドの外にいる彼の知り合いは、ほとんどが人間ではないのだ。なので探偵からは、その周囲の者たちから移ってしまったのであろう獣のにおいが、かすかにする。そのせいで、秋人は探偵を人間でないものとして扱ってしまいそうになるが、本来、彼と秋人はあらゆる意味で住む世界が違うのだ。


 太陽の光に照らされて、探偵の髪は毛先のほうが紅茶のような色に見える。探偵の問いに探偵は答えない。まるで秋人の声など聞こえていないかのように悠然としている。この距離ならたしかに聞こえている。そのはずだ。まさか生態が違うと――住む世界が違うと――声すら届かなくなるのかと、一抹の不安がよぎる。


「無視するなよ」


 謎の焦燥感に駆られ、秋人は探偵に駆け寄った。


「聞こえている。私がいつ、事件の答えに至ったのか――だろう」


 聞こえているなら返事くらいしてくれ――おそらく、この男にそんな苦情を言ったところで無駄だ。探偵はそんな秋人の心情を悟ったかのように、ふん、と鼻で笑った。後ろからでは彼の表情は見えないが、きっとまた人をバカにしたような顔をしているのだろう。


「愚問だな。わざわざ言わないとわからないか? そんなことは問うまでもないだろう」


 探偵が急に足を止め、振り返った。茶色い肩掛けがふわりと舞う。彼は目を細めて秋人を見下した――ように見えた。


「――最初から、すべてわかっていた」


 当たり前のように答えるその態度に、秋人はわずかながらうろたえた。そんな秋人を無視して、探偵は再びこちらに背を向けて歩き出す。


 最初――というのは、いつのことだ。


 調査を開始したその日のうちか。早川春斗から依頼を受けたときか。


 あるいは――その、もっと以前から?


 そんなことは――いや、探偵ならば、あるいはそれも、ない話ではないかもしれない。


 しかし、それでも。


「い、」


 いつの間にか止めてしまっていた足を前に踏み出した。


「意味がわからな――!」


 どん、と強い衝撃が肩から全身に伝わった。思わず前によろけ、はっとして振り返る。


 真っ黒な髪の青年が、秋人と同じくよろめいていた。


「す、すみません。大丈夫ですか」


「ああ、いえ……こちらこそ」


 黒髪の青年はそれだけ呟くと、軽く頭を下げて去って行った。顔はよく見えなかったが、黒い目をしていた。黒い髪に黒い目とは、珍しい。この世界ロドリアゼルではあまり見ない色だ。


 それにしても――


 秋人は遠ざかっていく青年の後ろ姿を見つめた。襟足は少し長く、黒い髪は太陽を青白く照り返している。


 ――まるでカラスのようだ。


「……って、探偵いないし!」


 急に思い出してあたりを見回すが、あの茶色い大きな背中はどこにもない。


 ……どうやら、とうとう置いていかれたらしい。

2017.8.26 改稿。

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