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無縁の少年  作者: 氷室冬彦
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16 無縁の少年

 神社を出るころには日も暮れて、あたりは真っ暗になっていた。その日、兄は神社に、僕と柳季はギルドに泊まることになり、兄と別れた僕は緊張の糸が解けたのか、また泣いてしまい、ギルドに着くまでその涙を止めることができなかった。赤くなった目で食事を摂り、シャワーを浴びたあと、寝る前に柳季が僕の部屋を訪ねてきた。


「春斗、明日には帰ることになるから、忘れ物がないように準備しておけよ」


「わかってるよ。……ありがとう、柳季」


「大げさなやつだな。さては、帰る用意をまるでしてなかったな?」


 そうではない。そうではないが……はっきり言うのも気が引けた。


「そんなところ。寝る前にちゃんと荷物をまとめておくよ」


「あ。……なあ、春斗」


「なに?」


「お前、これからどうするんだ?」


「どう、って」


「だから、その……敦志さん、自首したいって言ってたし……しばらくは、また離れることになるだろ?」


「ああ……」


「当分は施設にいればいいけどさ。そのあとのことも、ほら、ちゃんと考えておかないといけないだろ? いきなり現実的な話だけど、実際、これから生きていくのに、避けては通れないことだし」


「そうだね。僕もなんとなく、これからのことも考えなきゃダメだとは思ってた」


「いろいろ大変で、考える時間なんてなかっただろ」


「うん、でも……これからちゃんと考えていくよ。兄さんが帰ってきたとき、支えてあげられるように。僕がしっかりしてないといけないから」


「春斗――お前、なんか変わったか?」


「え、どうして? 僕、なにか変なこと言った?」


「……いや、なんでもない。お前が一人でもしっかりやっていけるように、俺も協力するよ」



 *



「春斗くんはこれからどうするつもりなんだ?」


 翌朝、司令室へ挨拶に向かったとき、奥のデスクから礼が問いかけた。眼鏡をかけているので、今は僕の思考が見えていない。僕が答えにためらっていると、礼がひとつの提案をする。


「なんだったら、このままここに住んでもかまわないよ」


「え?」


 唐突な提案に、郁夜が後ろから詳しく説明する。


「ここはな、今のお前みたいになにかしらの事情があって、身寄りもなく、まだ一人で生きていくのが難しい年頃の子どもだけで結成されている組織なんだ。ああ、いや、探偵や秋人みたいな例外は何人かいるんだが。だから、お前さえよければ、ここで働いて、ここで暮らすといい」


 ああ――だから、ここは子どもばかりなのか。ということは……もしかして、礼と郁夜も? そう思ったが、口には出せなかった。家族を失った子に住む場所を与え、仕事を与え、友を与え、笑顔でいられるような環境を整える。ここはそんなにも悲しく、優しい組織だったのか。


「それは……すごく、ありがたい話ですけど」


「すみませんが、大事な親友をこんな物騒なところに住まわせるわけにはいきませんよ。こいつは俺が引き取りましょう」


 柳季がはっきりと答える。礼は一瞬、きょとんとした顔で僕たちを見たが、すぐに笑った。


「あはは、そういうこと」


「……昨日、寝る前に柳季と話し合ったんです。これからどうするか。僕は施設を出たあと、柳季の家のお店で働きます。住むところは……すぐには都合できませんけど」


「それまでは俺と一緒に暮らします。ちょうど余っている部屋があるんで」


 せっかくのお話ですけど――僕が申し訳なさそうに言うと、礼はそうか、と微笑んだ。


「いい顔をするようになった」


「いい、顔?」


「うん。ここに来たばかりのころはさ、言っちゃ悪いけど、そのうち自殺でもするんじゃないかと心配してたんだよ。まあ……仕方のないことだとは思うけどね。探偵は君を陰鬱だと言ったけど、それもあながち否定できないくらい沈んだ顔をしてた」


「そ、そこまでですか」


 たしかに、心の片隅では自殺の文字がちらついてもいたが。無論、今の僕にその気はない。


「その男に自殺をする度胸などあるものか。せいぜい、一度手首を浅く切る程度のことしかできないだろう。未遂にもならない」


 鼻で笑う声に扉のほうを見ると、あの探偵がいた。服装はいつものスーツと肩掛けは置いてきたのか、今日はラフなワイシャツ姿だ。


「た、探偵さん」


「早川春斗よ。今回の事件、貴様の兄に非はない。言うまでもなく、罪を犯したのは早川敦志ではなく斬人であるからだ。しかし世間はそうは思わないだろう。それはわかるな?」


「は、はい。斬人は、もうずっと昔に滅んだ種族だから、ですよね。今さら、その斬人の仕業だと言われても……」


 僕がおずおず答えると、探偵は頷いた。礼や郁夜には慣れたが、やはりこの人はいつまで経っても怖い。柳季が隣で解説する。


「斬人が滅んだとされたのは今から約五千年前。そのうえ、斬人という存在が世間に知られるようになったのはその五十年ほど前からなんだ。つまり、斬人というカルセットが――人々に知られているという意味で――この世に存在していたのは、約五十年の短い間だけだ。当然、現代でその名を知る者もほとんどいない。今回の事件はいろいろな意味で衝撃だったよ」


「五千年前じゃレスペルも知らないね。私も知らなかった」


 ロアが部屋の奥で本棚に向かいながら言った。おそらくその「レスペル」とはレスペル国の化身のことだろう。


「ところで……柳季、ずっと気になってたんだけど。なんで柳季は斬人のことを知ってたの? すごい詳しいし。あと、結局このギルドとはどういう……」


「え、あ、いやあ、それは……趣味、っていうか、なんていうか。悪趣味な自覚はあったから、お前には言いたくなかったんだけど。ギルドとの関係に関しては、そうだなあ、ここに友達がいるのは本当」


「それだけじゃないんだろ? 探偵さんの伝言の件とかもあるし」


「うん……ここって、いろんな人がいるけどさ、俺よりカルセットに詳しい人はいなくて。だから、そっち方面でときどき協力したり……いや、本当にときどきだけどな? うーん、外部協力者って感じかな」


「柳岸柳季のカルセットに関する知識は非常に役立つ。私も知り得ないような情報を持っている貴重な存在だ」


 探偵のお墨付きとはおどろいた。柳季は背筋を伸ばして探偵に向き直ると頭を下げた。


「き、恐縮です」


「まあ、なにはともあれ、一件落着ってことでいいのかな?」


 礼の言葉に僕が頷くと、また扉のほうから声がした。


「ハッピーエンドでめでたしめでたし、とまではいかんけどやな。おとぎ話とちごうて、こっからがまた始まりなんやさけ」


 つかつかと僕の隣まで歩いてきた龍華は、立ち止まると僕の頭を乱暴になでた。


「ま、あんじょうやっていけらよ、なあ!」


 痛い。


 でも――暖かい。


 やっぱり彼の独特な言葉遣いには慣れないし、なにを言っているのかもわからない。兄も、ここまで力強くはないけれど、よく僕の頭をなでてくれた。僕がなにかをがんばったとき、よくやったと言って褒めてくれるのだ。なんだか、そのときのことを思い出した。


「は、はい。兄さん」


 口にしてからはっとする。兄のことを思い出して一人しんみりするうちに、ついうっかり間違えてしまった。訂正しようと龍華を見上げる。


「お? あっはっは! そうかいそうかい、お前の兄ちゃんになったつもりはあらへんが、まあええわ」


「す、す、すみません、間違えちゃって!」


「おう、かまわん、呼べ呼べ! これから寂しなるやろもんに。いくらでも呼んだらええ! 家ん外に兄ちゃんがもう一人おってもバチはあたらんわい!」


 龍華は愉快そうに笑い飛ばしたあと、機嫌よさげに探偵を見た。


「そいだら、探偵。もうひと仕事、手伝てつどうてもらうで。むしろ、あんさんにとったらこっからが勝負やろ。鈴鳴としての助力は任せい。警備隊と全面戦争じゃ」


「せ、戦争?」


 物騒な物言いに思わず口をはさむと、二人の代わりに郁夜が答えた。


「これから警備隊にお前の兄貴の身柄を引き渡すことになる。探偵と龍華が敦志の身の潔白を証明するために付き添う、ということだ」


「ああ……あの、兄は大丈夫、なんでしょうか」


「意外と落ち着いとるわ。今は神社で玲華とジオが様子見とるし」


「龍華、そうじゃなくてさあ」


「ん? ああ、なんや、そっちか。心配いらんよ、まあ、レスペル部隊のことやからなあ、世間体もあるやろし、そのまま釈放とはいかんかもしらんな」


「かも――っていうか、確実にそうなるだろうな」


「兄さん……」


「おい、なにを落ち込む必要がある?」


 気弱になる僕に探偵が鋭い声で一喝する。


「私は真実を告げる者だ。あの男を有罪になどするものか。たしかにレスペル部隊はいけ好かない連中だ。世間体もある。我々がなにを言おうと、必ず形だけの投獄生活は課せられるだろう。しかしそれが最低でも三日以上だと言われたのなら、きっちり三日で解放するようにしてやる。辛気臭い顔をするな。貴様には、この私がついているのだからな」


 彼の言葉に思わず涙ぐみそうになる。ぎゅっと目をつぶって涙を抑えた。探偵の声が、目つきが、態度が怖くて泣くのではない。彼の、非常にわかりづらい、棘のある優しさにはっとしたのだ。


「兄のこと……どうか、よろしくおねがいします。あなたにお願いして、本当によかった」


 僕が頭を下げると、探偵は、ふ、と小さく笑った。


「当然だ、私を誰だと思っている」


 その表情を見る前に、探偵は身をひるがえして歩き出した。


「すぐに支度する。来い、鈴鳴龍華。鈴鳴の権威と私の腕の見せどころだ。お互い、自らの名にかけて、あの無能連中をまるめ込むぞ」


 探偵と龍華が司令室を去っていくと、礼がくすくす笑い出した。


「いつになく機嫌がいいな、あいつ。……さて、名残り惜しいがそろそろ列車が来る時間だね、春斗くん。なにか困ったことがあってもなくても、またいつでもおいで。我々は君を歓迎しよう」


「はい、ありがとうございました!」



 *



「晴れたな」


「そうだね」


 昨日までの曇り空とは打って変わり、ロワリア国の空は雲ひとつない晴天だ。僕は今日、はじめて晴れたロワリアを見た。駅に着いたとき、歩いてきた道を振り返る。これがこの、明るく賑やかな国の本来の姿なのだろう。


 レスペルを飛び出し、ロワリアを訪れてから四日目の朝。長かったような、短かったような僕の旅はこれにておしまい。柳季が窓の外を眺めるので、僕も一緒になって、流れゆく景色をぼんやり見つめた。あの凄惨な事件から、まだそれほど日は経っていない。すべてが夢だったらよかったのに、これはすべて現実だ。この先、僕がどうなるのかは、僕自身が考えればいい。


 僕はこれから、どうなりたいのだろう。


 願わくば、兄が帰ってきたときに、笑顔で出迎えられるように。そんなふうに強くなれたら。


 そのために、まずは柳季のお店で精一杯がんばるとしよう。


 ……いや。


 まずは施設に帰って、三日間の無断外泊に対する説教を受けなくては。

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