表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無縁の少年  作者: 氷室冬彦
+ + +
16/19

14 探偵の推理と全ての真相

「な、なんで、兄が犯人なんですか!」


 思わず立ち上がり、大きな声を出した。納得がいかない、というより信じたくないというのが本音だった。なぜか僕は、兄を犯人呼ばわりされたことに怒りなどは感じず、代わりに、居ても立っても居られないような焦燥感を強く感じた。僕は兄を信じている。兄はそんなことをするような人ではない。


 兄が、そんな。


 ああ――。


「ど、どうして、そう言えるんですか。僕の兄は、兄がそんなことを、するはずがないのに」


 声は震え、だんだん小さくなっていく。探偵はわざとらしく鼻で笑い、僕を睨みつけた。その鋭い目つきに思わず身がすくむ。


「それは、貴様とそこの秋人が身をもって確認したはずだが。秋人に至っては死んでまでして証明したことだ。早川春斗よ、それは貴様もその目で見たはずだろう」


 探偵が秋人を殺したと、咄嗟に錯覚したあのとき。


 探偵から逃げた僕は。


 あのとき。僕は。


「なん、で――兄が……兄さんが、そんなことを」


 金属のぶつかる甲高い音。力強く踏まれた土が靴の底に擦れる音。目の前に広がった黒い服が、その向こうから伸びた刃を受け止めていた。あの少年。ジオが僕に向かって迫った刃を防いでいたのだ。


 そして、ジオの肩の向こう。


 そこに兄がいた。


 夢ではない。


 すべて現実だ。


 全身から力が抜け、倒れるようにソファに座り込んだ。柳季が隣で僕を支え、そっと背中をなでてくれる。


「私は早川敦志の行方を探す傍ら、警備隊からの依頼でレスペルの事件を解決するための助っ人として呼ばれていた。そして秋人を手伝いに呼んだ。捜す相手は早川敦志、ただ一人だったからだ。柳岸柳季がここにいるのは、私が秋人への伝言を頼んだ故のこと」


「ああ、やっぱり。食堂に用があるように見えなかったから、そうじゃないかと思っていたんだ」


 ロアが納得したように言う。話を聞く限り、おそらく僕が起床する少し前に、柳季はギルドを訪れてロアと顔を合わせていた。僕がロアと会ったとき、既に彼女は柳季が来ていることを知っていたのだ。探偵のことを僕に話したとき、柳季がここに来た理由に思い当たったから、あのとき唐突に柳季の名前が出てきた。


「秋人は早川敦志と親しい仲であったので都合がよかった。早川春斗がロワリアへ向かったことを早川敦志は知っている。レスペルの連続殺人は、現時点で十一人の被害者が出ているが、早川春斗よ。早川敦志の最大の目的は貴様だったのだ」


「は――?」


 わけがわからない。


 なぜ、兄と親しかった秋人が探偵を手伝うと都合がいいというのか。


 なぜ、兄の目的が僕だったというのか。そもそも兄の目的とはなんだ。


 結局、連続殺人と家族が殺された件との繋がりも見えないままだ。


「合流地点はリワンだった。そこから秋人に今回の事件について説明しながらラウの森へ向かい、私は秋人から少し距離をとって身を隠した。私は私の推理のもとに、早川敦志は必ず秋人の前に姿を現すと確信していた。そして現に、やつは現れた。その時点で捕えるはずだったが、どこかのバカな誰かさんは、あれほど用心するようにと言っておいたのに、まんまと殺されたのだ。さらに想定外だったのは、早川春斗がその場に迷い込んできたことだ。それでも私がいれば変に手出しもできないはずなので、あのまま一緒にいたほうが貴様の身を守ることにも繋がったのだが――早川春斗よ、貴様は逃げ出したな。いや、それ自体は仕方のないこと。責めているつもりはない。秋人はどうせ死んでいるので放置して後を追ったが、私が貴様に追いつくと同時に、早川敦志も貴様に追いついた」


 探偵はそこで言葉を切った。


「はじめに來坂礼から、依頼者が来ていると連絡があった時点で、ロワリアの護衛であるラウを借りておいて正解だった。早川春斗よ、そこの二人の協力がなければ、貴様は今ごろ死んでいたぞ。あれにはさすがの私も肝が冷えた。依頼主に死なれては探偵の名折れだ」


 理由はわからない。まるで見当もつかない。まだ半信半疑だ。だが、それでも、あのとき、兄が僕を殺すために刃を振ったのは、まぎれもない事実。全身から血の気が引いていく。そうだ。僕は、殺されるところだったのだ。


「貴様は私が、ギルドでじっとしていろと言ったのを忘れたのか?」


「わからないな、探偵。ちゃんと説明してくれないか。早川敦志が春斗や秋人を狙った理由。それに、なぜ自分の家族を殺した挙句、遺体をバラバラにしたのか。一番大事な部分をもったいぶるなよ」


 怪訝そうな郁夜の問いに、礼が代わりに答える。


「刈人は罪を犯した者を斬る。でも、斬人は取り憑いた人間の愛する者を斬る――ということさ」


 瞬間、部屋の中が静まり返った。


「家族ともなればその愛情の深さは計り知れない。だからより凄惨に、より残酷に、よりむごたらしく、殺したんだろう」


 探偵がそのとおり、とため息をつく。礼は神妙な面持ちで続けた。その声は低く、どこか重々しい。


「君のお兄さん、早川敦志は斬人に憑かれていた。だから家族を殺し、敦志本人と親しかった人々を殺し、春斗くんを殺す機会を伺っていた。周囲に誰もいない、逃げる場所もない、そんな場所に君が一人で立っているような、絶好の機会を」


「ああ――」


 僕はなんだか、納得してしまった。


「そうか。図書室でお前と会ったとき、事件の記事を見て、被害者の名前に覚えがあると言っていたのは……お前の兄貴の友人の名前だったから、見覚えがあったということか」


 郁夜が気付いて僕を見る。そのとおりだ。報道紙に名前が載っていた十一人の全員を知っているわけではないが、その何人かは兄が呼んでいたのを聞いたことがある名前だったのだ。ロアがつまり、と言って簡潔にまとめる。


「春斗を殺す機会を伺っている間に、秋人を見つけた。どこに隠れていたのかはともかくとして、リワンからラウまで、大通りを歩いてきたなら目についてもおかしくはない。いや、探偵のことだ。目につくように歩いてきたんだろう。斬人がどのようにして獲物の気配を感じ取るのか、私は知らないけど、愛する者、ひいては親しい者を殺すという斬人の習性のとおりに、早川敦志――いや、敦志に取り憑いた斬人は秋人の前に現れた。ということだね」


「まあ、そういうこと。俺はいつも護身用も兼ねてナイフを持ち歩いているんだけど、襲って来る斬人に対抗する手段として出したはずなのに……いや、はは、参ったな。実は、そのナイフを奪われて刺されちゃって……」


 秋人は気まずそうだ。体質が特異なだけで、戦うことに関しては斬人に劣るらしい。斬人がどれほどの腕を持つのかわからないが、あの気迫は並々ならないものだった。


「兄に……その、斬人というのが取り憑いたのは、なぜですか?」


「偶然だよ。これは偶然が生んだ悲劇だ」


 ロアがはっきりと答えた。探偵も、ああ、と同意する。


「この事件は非常に単純。たまたま、現代まで生き残っていた斬人が、たまたま、貴様と別れた直後の早川敦志に取り憑いた。ただそれだけのこと。連続殺人がはじめに起こった日と、早川春斗、貴様や貴様の兄の行動を照らし合わせてみろ。一人目の被害者は、早川敦志が待ち合わせをしていたという友人。その直後に早川一家の殺害。施設に移動し、しばらくなりをひそめていたのは、そこで貴様や面会に来た者をその場で殺してしまえば、すぐに騒ぎになるからだ。斬人は刈人ほど理性的ではないが、人間に取り憑けばそれ相応の知性を持つ。殺したかったからこそ、殺さなかったのだ」


「……ん? あれ、そ、それじゃあ、実は俺も危なかったということになりませんか?」


 柳季が慌てた様子で探偵に確認すると、探偵はなんでもないような顔でそうだな、と言った。


「早川敦志はお前のところの洋菓子店こそ知っていたが、お前がどこに住んでいるのかは知らなかった。これも偶然だな、一歩間違えば、お前もその雑誌に名前が載ることになっていただろう」


「ひ、ひえ……」


「記事をよく見てみるがいい。二人目の被害者は施設の近くで発見されたとある。早川春斗、その者に心当たりは?」


 言われるがままに雑誌を覗き込む。


「え、えっと、施設の近く。……あ。こ、この、名前。この人、その日……その日、兄さんの、面会に来ていた……」


 雑誌を手に取り、食い入るように記事を読み進めた。改めてしっかりと事件の概要を知るのは初めてだ。一度目は公園近くの林のなか。被害者は一人。二度目は施設の近くの草むら。被害者は二人。三度目は路地裏。被害者は二人。これは兄がいなくなったすぐあとの犯行だ。四度目は一人、その次は二人、最後に、同じ日にレスペルで二人、リワンで一人の被害者が出て、合計十一人。


 視界の外からまた別の冊子が飛んできた。南大陸の地図だ。ロワリアとレスペルのページが開かれ、連続殺人の遺体が発見されたおおよその場所にペンで印が書かれている。五度目の殺人までは僕がいた施設を中心としているようだが、それでもまだ規則性は見られない。だが、最後の三人はレスペル国の西部から、リワンまでの道筋で殺害されているように見えた。


 ロワリア国のリワンで十一人目の被害者が出たのはちょうど、僕がロワリアに来た当日のことだ。


 僕を追ってきている。


 僕はロワリアに来てから、何度か外を出歩いていたが、あれはかなり危険な行為だったらしい。さきほどの探偵の言葉によれば、僕が今、無事なのは森で出会ったあのジオという少年が、僕のことを陰で護衛していたから。僕が森で迷っても、一人で出歩いても何事もなくギルドへ帰って来れたのは、すべて彼のおかげだったのか。僕はギルドに来てからの行動を監視されていたのではなく、ただ守られていただけなのだ。


「私が、二つの事件が同一犯によるものと考えたのは、凶器が同じであったからということもある。早川春斗の自宅は現在、現場検証に入っていた警備隊も退去し、血痕もほとんどが拭き取られていたが、壁や床についた刃物の疵はそのままだ。切り疵、刺し疵、それ以外にも連続殺人の傷口や、早川家の者の傷の断面など、武器の形を特定するに足るサンプルが採れた」


 そして――言いながら探偵が寿にアイコンタクトを送る。寿は奥の部屋へ引っ込み、手に棒状のなにかを大きな布で包んだ物を手に戻ってきた。それをテーブルに置くと、また部屋の隅に座り込む。


「それは早川敦志が持っていた物だ。早川家の疵や被害者の傷から採れたサンプルと、そこから導き出される刃物の形状に一致する。それは検証済みだ。おどろくほどよく斬れるので、取り扱いには気を付けるように」


 ロアがそれを手に取り、包みをほどくと鞘に納められた刃を抜いた。刃の部分が奇妙な形をしているが、刀――なのだろう。あの森のなかで、僕の首を狙った、あの刃だ。ロアはその刀身をしばらく見つめ、そのまま立ち上がると、人がいないほうを向いて二度ほど軽く振った。僕は思わず肩をすくめる。


「ああ、たしかにこれは――いいね」


 そう言って刀を納めるロアはこちらに背中を向けている。なにがどういいのかわからないが、とにかく彼女からするといいものらしい。扱いやすい、あるいは斬りやすい、ということだろうか。とにかく武器としては上等、という意味なのは間違いないだろう。そんなことより、僕にはもっと気になることがあったのだ。


「あの……兄さんは、兄は……どうなったんですか?」


 僕がおそるおそる尋ねると、探偵は脚を組み替え、小さく息をつき答えた。


「早川敦志の身柄は、すでに拘束済みだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ