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無縁の少年  作者: 氷室冬彦
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12 1つの納得と理解

「なあ、探偵さん」


 ロワリア国、リワンにて。前を歩く紅茶色の男に、秋人は声をかけた。気安い口調で呼ぶにもかかわらず敬称をつけているのは、いささか妙だがこれはわざとだ。秋人はついさきほどまではギルドの地下室でくつろいでいたのだが、この友人からの伝言でここまで出向いた。秋人の仕事は主に探偵の手伝い。つまりは助手のようなものだ。なのでこれは普段どおりの勤務と言える。


 秋人の呼びかけに、探偵は、なんだ、と不機嫌そうに返した。この男が不機嫌なのはいつものこと、むしろこれが彼の常態とも言えるのだから、今さら気にする必要はない。


「捜査を手伝ってほしいって言うから来たんだけど」


 怒ったような声で言う。肝心なところをまだなにも聞いていないのだ。彼からの伝言を任された柳岸柳季からおおまかな説明は受けているが、それはつまり、おおまかにしか聞かされていないということだ。具体的には、人捜し。そうとしか聞いていない。手駒として利用されるのは構わない。だが、それならそれで、もっときちんとした説明をしたうえで使ってほしい。秋人がそう思って、そのような言い方でこのようなことを言ったことくらい、探偵であれば理解しているはずだ。


「手伝うために来たのだろう? ならば、お前は私の指示したとおりに動けばいい」


「その前にちゃんと説明してよ。俺、なんにもわかってないんだけど?」


「そんなことはわかっている」


「なら、はやいとこ、どんな謎を解くために、どこで、なにをするのか、探偵の作戦を聞かせてよ」


「急かすんじゃない。……お前はどこまで聞いている?」


「人捜しってことしか聞いてない。誰を捜すんだよ?」


 脚の長い探偵は一歩の歩幅が大きい。そのうえ、脚を動かすのも速いのだから、歩く速度は軽く常人の二倍はある。秋人は置いていかれないようついていくのがやっとだ。たいていの場合、移動の間に物事の説明をする探偵は、ちょうど話が終わったころに目的地に到着するよう、話す内容や速度、それにかかる時間などを計算して会話をする。なので、ほうっておけばそのうち秋人の知りたいことも話してくれるとわかってはいた。いつも彼のペースにのまれてばかりなのが癪だったので逆らってみただけだ。


「早川敦志。レスペル国に住む十九歳の男だ」


「早川……敦志? 敦志って言ったか、今」


「何度も言わせるな。心当たりがあるようだな」


「心当たり――っていうか、俺の友達だよ。あいつ今、家が大変なことになってるってのは知ってたけど、いなくなってたのか? 弟の――春斗くんはどうしたんだ」


「その背景も知っているなら話は早い。その早川敦志を捜してほしいと、弟の早川春斗が依頼してきたのだ。よって、私はお前を呼びつけた。これ以上ない適任だ」


「まあ、たしかに、顔も性格も知ってるから、適任っちゃあ、適任だろうけど……人捜しなんて、そうそう簡単にはいかないだろ?」


「そうでもない。今回に限って言えば、すぐに見つけ出せるだろう」


「探偵は既に全部わかっている」


 そう決めつけて言うと、探偵は鼻で笑った。


「無論だ」


「なら今、俺にも教えてよ。探偵がわかってること、全部」


 探偵がめんどくさそうにため息をついた。


「……仕方ない、特別だ。ひと足先に、少しばかり教えてやろう」


 まず、と探偵は指を一本立てる。この男は自分の推理を他人に語るとき、いくつかある結論のうちのひとつを提示してから、話を始める癖がある。


「今回の事件は、言ってしまえばとても単純だ」



 *



 ここがいったいどこなのかを理解するのに、そう時間はかからなかった。ギルドの部屋のベッドの上で目が覚めた僕は、ぼんやりと石材造りの天井を見上げる。


 夢を見たのだ――と思った。


 かすかに聞こえる雨の音。ああ、また降ってきたみたいだ。今日は降らないのでは、と淡い期待をいだいていたのに。ゆっくりと体を起こす。今朝と同じく、全身が重い。ひどい疲労感だ。


 意識がはっきりしてくるにつれ、疑問、疑惑、不安、恐怖、数えきれないほどの、ありとあらゆる負の感情が腹の底から湧き上がってくるのを感じた。ため息をついて、曲げた膝を腕で引き寄せて顔をうずめる。端的に言うとこれは、大きなストレスだ。とても一人では消化しきれない。


「……柳季」


 目を覚ましてすぐに気が付いていた。僕の親友、柳岸柳季は部屋の真ん中で椅子に腰かけてうつむいている。僕の声に、柳季はわずかに顔を上げた。目が合う。続く言葉が思いつかない。なにから言うべきかを迷っていた。


 どうしてお前がここにいるんだ。森で倒れていた秋人はどうなったんだ。この組織はいったいなんなんだ。兄さんはどこにいるんだ。


 兄さんは――。


 夢ではない。わかっている。


 すべて、現実だ。


「春斗、動けるか? 動けるようなら、探偵さんの部屋に。礼さんたちが待ってる」


 僕がなにかを問う前に、柳季が言った。


「礼さん、が?」


「もちろん、俺も一緒に行くよ。その前に、春斗。いくつか確認しておきたいんだ」


 いつになく真剣な顔つきの柳季と向かい合うように、僕はその場で座りなおした。


「これはこの世界における一般常識だから、まったく知らないわけでもないと思うけど――カルセットや能力者についての知識は、お前にはどれくらいある?」


 能力者。カルセット。その言葉は、言葉だけなら知っていた。


 カルセットとはひと言でいうと魔物のことだ。野生の獣とは違う、禍々しい力を蓄えたバケモノ。魔獣と呼ばれることもある。人に害があるものも、そうでないものもいるらしい。そして能力者とは、そのカルセットに対抗できる力を持った人種のことで、異能力を駆使して戦う人々だ。その程度の認識だが、もちろん知っている。


「カルセットも、能力者も、そんなの都市伝説やおとぎ話みたいなものだろ?」


 僕は見たことがない。十六年もの間、この世界ロドリアゼルで生きてきたが、カルセットも能力者も、僕のまわりには現れたことがない。あまり詳しく教えられもしなかった。実際にいるのだと言われても、幽霊が本当に存在するのかどうかというような話と同じようなものだ。この目で見たことがないから信じない。それに尽きる。


「春斗がそういうのに関心がないっていうのは、俺もわかってる」


「わかってるなら……っていうか、なんで今、そんなことを?」


 問いかけるが、柳季は僕の言葉を聞いていない。


「それをわかってながら、俺もそのことについて詳しく話したりしなかった。知らなくても生きていけるし、実際に、今まで生きてこられた」


 たしかに、なくても困らないような情報だ。


「それは俺の落ち度だったのかもしれない」


 その言葉が僕には理解できなかった。


「どういうこと?」


「春斗、カルセットはいる。たしかにこの世に存在している。能力者もそうだ。それはおとぎ話でも都市伝説でもなんでもない。まぎれもない事実だ。それを理解していないと、敦志さんには辿り着けない。……そう言われてる」


「なにを――言ってるの? 兄さん、兄さんとなにか関係があるのか? 言われてるって誰に……探偵さん、に?」


 柳季は頷く。でも、僕はこの急な話の展開についていけない。


「で、でも、能力者なんてそんなの、僕は見たことない」


「いや、見ているさ。お前が気付いていない――知らされていないだけだ」


 そこで一旦言葉を切り、少しためらうそぶりを見せた柳季に、僕は少しじれったくなった。


「なんだよ」


「このギルドに所属するほとんどの人が、まさにその能力者だ」


「は――」


「ちなみに、俺は違う。探偵さんも、秋人さんも敦志さんも非能力者だ。でも他のギルド員――たとえば、礼さんや郁夜さんはそうだ。あの人たちはそれぞれ異能を持った能力者なんだ」


「礼さんと、郁夜さんが?」


「思い当たる節はないか? とくに礼さんに対して。あの人の他人に対する態度で、なにか妙に思ったことは?」


「あ――」


 ある。


「ひ、人の、考えを全部、見透かしてるみたいな」


「それだ。あの人はな、春斗。他人の考えを見透かしているみたいなんじゃない。すべてが見えているんだ。相手の思考も、感情も、過去ですら」


「すべてが、見えてる」


 それならば。


 その話が本当ならば、礼の不可解な言葉の数々に合点がいく。いや、だが、本当に?


「あの人、眼鏡かけてただろ? あの眼鏡は特別なんだ。あれをかけている間だけ、あの人はなにも見えない状態になれる。逆に、眼鏡がないと全部が筒抜けになる。礼さん自身の意思は関係なく」


「それって……制御ができない、ってこと?」


「そうだ。……探偵さんの近くにいる、寿っていう小さい子はわかるか?」


「え、あ、うん。探偵さんの助手っていう、あの?」


「あれはカルセットだ」


「えっ? で、でも、小さい男の子にしか。カルセットって、魔物でしょ? なんかもっと、こう」


「たしかに、ひと目で異形の怪物だとわかる外形のカルセットも多いけど、ヒト型のカルセットっていうのも珍しくはない。人語を解し、声帯も人間と同等に発達しているから、辛抱強く教えればちゃんと言葉による意思疎通ができる。でもあの子、無口だっただろ?」


「あの子はまだ喋れないの?」


「喋れない――ってわけじゃないけど、俺たちが話してるみたいにすらすらとはいかないらしい。どうしても難しいみたいで、だから必要なとき以外はあまり話したがらないんだって、探偵さんはそう言ってた」


 ――あの小さいバケモノは寿という、私の助手だ。


 探偵が言っていた、あの言葉はそういう意味だったのか。


 探偵。


 そうだ、探偵は。


「り、柳季! 探偵さん、探偵さん、が、あ、秋人さんを――」


「大丈夫、心配ないよ。それはお前の誤解なんだ。あの人は信用していい。俺を信じろ」


 震える声で森での出来事を説明しようとする僕をなだめると、柳季は静かに立ち上がった。


「そろそろ行こう。お前の知りたいことを、すべて教えてくれるはずだ」

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