第8話 幸せ
月曜日の朝。
拓人がいつもの電車に乗りドア付近に立っていると、涼が慌てて駆け込んできた。ピピーという駅員の笛の音がして、涼が電車に乗ると同時にドアは閉まった。
「今日は早いな」
涼はいつも、拓人が乗る電車の一つか二つ後の電車に乗っている。当然、学校に到着するのもギリギリになる。
「みたいだね。赤信号に全然かかんなかったせいかな?今日はラッキーデイかもしんないな、俺!」
「幸せだな、お前って……」
朝からテンションが高く満面笑顔の涼を見て、拓人が呟く。こいつに悩みなんてあるんだろうか?……
「幸せ?もっちろん幸せだよ、俺。『幸せは自分の心が決めるもの』だよ拓人君!」
「……もう一つ早い電車に乗れば良かった。なんか、お前とは波長合わねぇ……」
拓人は軽く息を吐く。だけど、子供の頃からずっと涼と連んでいるのは何故だろう?拓人には疑問だった。
「朝から暗い顔してると、幸せは逃げていってしまうのだよ、拓人君!」
涼は声を上げて笑う。
「で、お前、昨日も舞ちゃんとデートしたの?」
「え?……昨日は会ってないよ」
「なんで?押しが甘いなぁ拓人は。じゃんじゃんアプローチしなきゃ。俺なんか暇さえあれば、沙織ちゃんを誘うけど……日曜は沙織ちゃんの柔道の稽古があるから会えなくてさぁ……俺も柔道習おうかな?」
「お前には無理無理。舞さんには学校に行けば会えるんだからいいじゃないか」
「ふ〜ん……佐藤さんから舞さんになったか、一歩前進だな」
涼は意味有な視線を拓人に送る。
「余裕だよな。もう心は繋がっているとか?信頼関係が出来てるわけだ」
「そんなんじゃねぇよ……」
ふと拓人は舞の顔を思い浮かべ、顔が熱くなる。
「いいねぇ〜これでクリスマスツアーはばっちしだ!頼んだよ、拓人お義兄さん」
「誰がお義兄さんだ」
「近い将来、拓人が俺の義兄さんになるかもしれないじゃないか」
「絶対、ありえない!」
クスクス笑う涼から視線を外し、拓人は窓の外に目を向ける。クリスマスツアーか……クリスマスを好きな子と過ごす、ということに拓人はずっと憧れていた。本来のクリスマスはそんな風習はないはず、キリスト様の誕生を祝う日だ、と自分に言い聞かせてはいたが、恋人と2人だけのクリスマスを過ごしたいという気持ちは、拓人にもあった。
今年こそは、大切な恋人とクリスマスを過ごせるかもしれない……そう思うと拓人の心は弾んでいった。
涼と一緒に教室に入って行った拓人を、席に着いていた舞は微笑んで迎えてくれた。
「おはよう」
「あ、おはよう……」
舞の柔らかい笑顔を見ると、拓人も自然と笑顔になる。口笛を吹いて冷やかす涼を無視して、拓人は舞の隣りの席に座った。
「土曜日は楽しかった。図書館にまで付き合ってくれてありがとう」
「あ、いやこちらこそ……俺も図書館好きだから」
「本当に?良かった。五十嵐君も本が好きなの?」
「うん、まあまあ、そんな読書家じゃないけど。あの図書館の静かな雰囲気が好きなのかも。試験期間はよく図書館で勉強しているし」
「そうなの?私も図書館大好きよ。私たちって気が合うのかもしれないわね」
舞はフフッと嬉しそうに笑った。そんな舞を見ていると、拓人も幸せな気分になる。涼が言ってた『幸せ』ってこういう気分なのかな?と、拓人はふと思う。
俺、舞さんのこと本気で好きになりそうだなぁ……拓人は幸せ気分をかみしめる。