第5話 ケーキの美味しいカフェ
次の土曜日。
沙織は朝早くから起きて、服選びとおしゃれに時間を割いていた。柔道で体を鍛えているだけに結構筋肉質な沙織だが、おしゃれな服を着るとスリムに見える。着やせして見えるが、本人は、骨太なところを気にしていた。 遅いな沙織……おしゃれには興味のない拓人は、早々と支度を済ませていた。2人で出かける時は化粧もせず服も普段着なのに、今日は念入りにマスカラまでつけている。
まるでデートの前みたい……デートかぁ。女の子はデートの前には色々気を遣っているんだな。今日は沙織とデートする気分で過ごしてみようか。
拓人がぼんやりと考えていると、ようやく沙織がやって来た。
「遅くなっちゃった、ごめんね……」
突っ立っている拓人を沙織はジロリと見つめる。
「兄貴、その白いパーカーやめてブルーのジャケット着てきなさいよ」
「え?いいだろ、これで。ケーキ食べに行くだけだし」
「ダメダメ。出かける時はちゃんとお洒落しなきゃ。髪ももっとビシッと決めてきて」
「いいよ」
「良くない!」
沙織は強引に拓人を部屋に連れて行き、手早く髪のセットと服の着替えを行った。
「うん、ずっと良くなった」
沙織は鏡に映る拓人の姿を見て、ニコリと笑う。
「たかがケーキ食べに行くだけなのに、面倒くせぇな……」
拓人は、沙織がスプレーで固めた髪の毛をツンツンと触ってみる。
「何言ってんの。いつどこでどんな出会いが待っているか分からないのに。身だしなみはいつもちゃんとしてなきゃ」
「もういいよ、出会いなんて。俺、当分彼女なんかいらないから」
「そんな弱気になってちゃダメ!兄貴は何でも諦めが早いんだから」
……13回も振られ続けりゃ諦めたくもなるさ。拓人は鏡の中の自分を見つめる。だが、何に対しても自信のないところは自分でも認めている。、柔道も途中で挫折し、高校受験にしてももっとレベルの高い進学校を受けられたはずなのに断念してしまった。弱気で諦めの早いという欠点は解っていた。
予定していた時間より少し遅くなって、拓人と沙織はカフェに到着した。『ラ・メール』という名の新しく出来た店は、ブルーを基調 とした落ち着いた雰囲気のカフェだった。
「あ、良かった……」
沙織はキョロキョロと店内を見渡す。
「何が?」
「え?……お気に入りの席が空いていたから」
沙織は拓人の腕を引っ張って、店外の席に連れて行く。
「お気に入りって、沙織ここに来るの初めてなんじゃないのか?」
「ああ、友達に聞いたのよ、通りに面した外の席が良いって。今日なんてすごく気持ち良いでしょ」
外の席は陽が降りそそぎ、穏やかな風が吹いていた。
沙織は慣れた様子でさっそくボーイに注文する。
「兄貴のケーキも注文したから。一番甘くないのにしたよ」
「って、お前何個注文したんだよ」
拓人にはよく分からないケーキの名前を、沙織は4つくらい言っていた。
「いいの、いいの。ここのケーキって小さいから何個でも食べられちゃう」
「……」
沙織は笑いながら腕時計に目をやった。
「本当に初めて来たのか?」
なんだか何度も来ているような感じだな……と拓人は沙織を観察した。
しばらくすると、ケーキ4個とコーヒー1杯が運ばれてきた。確かにケーキは小さい、大口開けたら一口でもいけそうだ。
「わぁ、美味しそう!え〜と、兄貴のはコレね」
沙織はブルーベリーののった渋めのケーキを拓人に差し出した。
「あまり甘くないから」
そう言いながら、沙織はまた腕時計をチラリと見る。
「沙織は飲み物注文しなくていいのか?なんかさっきから時計ばかり気にしてるな」
「え?そうかな?」
沙織は拓人を見て微笑むと、バックから携帯電話を取り出してメールのチェックをする。
「……食べないのか?」
「うん、ちょっと待って……」
メールを打ちながら「遅いなぁ」と小さく呟く。
「あ、良いよ兄貴先に食べてて」
「……」
ケーキ好きの沙織がケーキを目の前にしてそんなことを言うのはおかしい……いつもなら食べるなと言われても食べているはずだ。
拓人が不審に思い始めていると、沙織の携帯からメールの着信音が鳴る。沙織はすぐにチェックすると、ホッとしたように笑った。
「やっと来た」
「え?……」
店の入り口の方に目を向ける沙織につられ、拓人も振り返る。
「よっ!お待たせ!」
「……」
いつもの脳天気な笑い声と共に、涼が近づいて来る。その涼の隣りには舞がいた。