第3話 顔の四カ所にニキビのある女の子
翌日。
拓人はいつものように高校に登校した。高校生活も半分終わってしまったというのに、拓人にはこれといって楽しい思い出もなかった。思い出と言えば、『振りニキビ』が原因で振られたことばかり。それがこれからも続くのだろうか?……拓人は暗い気持ちになり、フーッと息を吐いた。
「なに朝からしけた顔してんの?」
鞄を抱えた涼が、拓人の前の席に勢いよく飛び込んできた。いつもながら、朝から浮かれた顔をしている。脳天気な奴め……拓人は涼の顔をじっくりと見つめる。これが、沙織の言っていた『キュートな笑顔』か?そして、この唇が沙織の唇と……拓人は思わず自分の口を押さえた。
「何ジロジロ人の顔見てんだよ。気味悪りぃなぁ……お前、また振られたんだって?」
「!……関係ねぇだろ」
沙織のお喋りめ!拓人はムッとする。
「もしかして女の子には懲りて対象を男に移したとか?」
涼はククッと笑う。
「あっでも俺、男には興味ないんで。可愛い彼女もいるし」
「チッ、うっせーな。誰がお前なんかに興味あるか」
「フッ、でも考えように寄れば、お前は良いよな。たくさんの女の子とつき合えて。俺なんか沙織ちゃん以外の女の子とつき合ったことないし」
「沙織じゃ不満だって言うのか?」
「まさか、まさか。俺は沙織ちゃん一筋だから」
涼のデレーとした幸せいっぱいの笑顔を見て、拓人はますます暗い気持ちになる。
「……はぁ、キスだってもう経験済みだもんな……」
「え?何だよ。お前等仲の良い兄妹って言っても、そんな話までしてんのか?……滅多なこと出来ねぇじゃん」
「キス以上の経験なんか絶対許さないからな」
「お前は沙織ちゃんの親かよ……ま、それは置いといて、いつかダブルデートとかしてみたいよな。雪のゲレンデ、初めての甘い夜!」
他の世界に飛んで行ってしまいそうな涼を見つめながら、拓人はまたため息をつく。
「それには、お前の彼女が必要なんだから、頑張れよ!」
涼は、ぼーとしていた拓人の頭を小突く。
「テッ……」
拓人が頭をさすっていると、クラスの男子生徒が教室に駆け込んできた。
「お〜い、転校生だぜ!」
その声と共に、教室中が騒ぎ始める。
「男?女?」
「女だよ。女!スゲー可愛い子みたいだぜ!」
クラス中の男子が沸き始める中、拓人はぼんやりとした頭でまだ頭をさすっていた。もう当分彼女なんかいらない……勉強に集中していよう、拓人は心の中で決心を固めていた。
「五十嵐の隣りの席が空いてるから、とりあえずあの席に座ってくれ」
拓人は一時間目の数学の教科書に見入っていた。担任が転校生を連れてきて、自己紹介
をしていたような気がするが、全然聞いてなかった。
「おい、五十嵐、今日は佐藤に教科書を見せてやれ」
「え?……佐藤?」
拓人は名前を呼ばれようやく顔を上げた。
「初めまして!佐藤舞です。よろしくお願いします」
拓人が見上げたすぐ先に、転校生佐藤舞の顔があった。ニッコリと微笑む、整った美形
の顔……
「あっ!!……」
拓人は思わず大声を上げて立ち上がった。その拍子に、少し頭を下げていた舞の頭に思
い切り頭をぶつけてしまった。ゴツンと鈍い音がして、舞は後ろによろめいた。
「痛っ……」
おでこを拓人の頭とぶつけ、舞は顔をしかめておでこをさすった。
「あっ、す、す、すみません」
拓人も頭をさすりながら、頭を下げた。
「五十嵐何やってんだ。美人の転校生に見とれていたのか」
担任の言葉に教室中が沸く。前の席の涼も振り向いて笑っていた。拓人は顔を赤らめす
ぐに着席する。
「こちらこそ、ごめんなさい」
舞は怒っている風でもなく、また顔に笑みをたたえて拓人の隣りに座った。
「……」
確かに舞はつい見とれてしまうくらい美人だった。しかし、拓人がもっと注目していたこ
とは、舞の顔に出来ているニキビのことだった。昨日、沙織が冗談で言っていた言葉がよ
みがえる。
『四カ所にニキビがあるなら、どうなるんだろうね』……拓人はもう一度チラリと舞の
顔を見る。舞の顔には四つのニキビが出来ていた。一つは額に一つは顎に一つは左頬に、
そしてもう一つは右頬……まさに、舞は顔の四カ所にニキビがある女の子だったのだ。