第2話 美しい兄妹愛
「また、振りニキビのせいで振られた……」
拓人はどっかりと、居間のソファに沈み込む。亜実に振られた翌日も、拓人はまだ立ち直っていなかった。
「13人もの女の子に振られて、しかもみんな左頬に振りニキビがあるなんて……これは、呪いだ。俺はニキビに呪われてるんだ」
拓人は低く呟いた。
「そんなことないって、偶然よ。ほら、ココアでも飲んで元気出して」
沙織はココアを入れたマグカップを拓人に差しだし、拓人の隣りに腰を下ろす。
「13回も偶然が続くことってあるのか?」
「……あるかもしれないじゃない」
沙織はひきつった笑顔を浮かべながら、マグカップのココアをすする。
「兄貴はねぇ、ニキビのこと気にしすぎるからいけないんだよ。『振りニキビ』だなんて迷信なんだから、忘れちゃいなさいよ」
「そう簡単に忘れられるか……」
拓人は深くため息をついて、フーフーしながらココアを口に含む。
「はぁ……この先も俺はニキビの呪いを受けて振られ続け、一生彼女が出来ないんだろうなぁ……」
「そんなことないって。拓人は小さい時から女の子に人気があるって涼ちゃんも言ってたよ」
「涼が?……」
吉澤涼は、拓人と同じ学校に通う同級生で、拓人の幼なじみだった。そして、今では妹沙織の彼でもある。涼のことを話題にするだけで、沙織はいつも笑顔になる。
「いいよなぁ……お前等ずっとラブラブで」
小さい頃から家に遊びに来ていた涼と沙織がつき合うようになるのは、自然な流れだ。涼と沙織は仲のいいお似合いのカップルだと思うが、幼なじみと妹にずっと先を越されているようで、拓人は焦りにも似た気持ちになる。
「あいつのどこがいいんだ?」
「涼ちゃん?」
沙織は満面の笑みを浮かべる。
「明るくて優しくて面白くて、笑顔がキュートなところ!」
「笑顔がキュート……」
拓人は沙織の言葉を単調に繰り返す。拓人から見れば、ただの間抜けな笑い顔にしか見えない。
「でしょ?私より年上だけど、なんか可愛いのよ」
「……可愛い」
あいつは母性本能っていうのをくすぐるタイプなのか?
「可愛い男っていうのもモテんのか?」
「そりゃそうよ。わたし、兄貴も結構可愛いと思うよ。なんか、守ってあげなきゃって気持ちになって」
拓人は思わずココアを吹き出しそうになる。誉められているのか喜んで良いのか?拓人は複雑な心境だった。
「……で、その、お前等付き合い始めて一年以上になるけど……どうなんだ?」
拓人はさりげなく、気になっていることを聞く。
「どうなんだって?何が?」
「いや、その……中学生には早いよなぁ」
拓人は一人で顔を赤くしながら、照れ笑いする。
「何?どこまで進んでるかってこと?お互い好きなんだもん、キスくらいは経験あるわよ」
沙織は笑顔であっけらかんと答え、拓人は手に持っていたマグカップのココアをこぼした。
「!……」
キス!キス?キス……高校生の俺はキスどころか、女の子の手を握ったことさえないのに……拓人は動揺する。涼の奴め……拓人は一段と『振りニキビ』を呪った。
「でも、キス止まりね。それ以上の経験はまだいいわ」
「あ、あ、当たり前だろ!そんなの……」
拓人は声をうわずらせ、顔を赤らめる。
「もし涼がそれ以上の変なことしてきたら、投げ飛ばしてやれ」
沙織は小学生の頃から柔道を習っていて、今は初段の腕前だ。もともと体の弱かった拓人と一緒に始めた柔道だったのだが、拓人は習い始めて半年も続かなかった。
「そんなことしたら涼ちゃん骨折っちゃうかも」
沙織は明るく笑った。電車内の痴漢を何度も現行犯で捕まえ、警察に感謝状までもらった沙織だから、本当にそうなるかもな……と拓人は思った。
「とにかく元気出して。『振りニキビ』のことでは、私もすごく責任感じてるんだから。ニキビの出来てない女の子なら、いつかニキビが出来ちゃう可能性あるじゃない。……いっそ、顔中にニキビのある子なんてどう?」
「……」
こいつ、他人事だと思って……拓人は沙織を横目で睨む。
「冗談だよ、冗談。でも、四カ所にニキビがあるなら、どうなるんだろうね」
沙織はハハハと笑った。やっぱ他人事じゃねぇか、こっちは真剣に悩んでるのに……拓人は黙ってココアを飲んだ。