エピローグ
いつもより遅く起きたうえに、鼻のニキビを気にしていたせいで、拓人は家を出るのがすっかり遅くなってしまった。
慌てて駅の階段を駆け上がり、発車寸前の電車を目指す。
「やばい!遅刻だ」
人をかき分け電車に飛び乗ろうとした時、ドスン!と思いっきり誰かとぶつかった。鞄が飛び教科書やノートが散乱し、拓人もホームに倒れる。
その頃、涼もまた走って駅の階段を駆け上がっていた。と、携帯の着信音が鳴る。沙織からだ。涼は走りながら携帯をとる。
「沙織ちゃん、今ピンチ!後でかけ直すよ」
「待って!こっちも急ぎなんだから。あのね、クリスマスツアーまだキャンセルしないで」
「クリスマスツアー?分かったその話は後で」
涼は息を切らせながら、ようやくホームにたどり着く。
「絶対だよ。兄貴の相手見つかるかもしれないから!」
「え?なんで……」
「だって、兄貴に『相思相愛ニキビ』が出来たんだもん!」
「相思相愛ニキビ?何それ?」
「鼻の頭に出来たニキビのことよ。もし、相手の鼻にもニキビが出来たら、最高のカップル間違いなしね!」
電車に乗ろうとした涼は、ホームにしゃがんで鞄に教科書を詰め込んでいる拓人の姿を発見する。その側には他の高校らしい女生徒の姿があった。2人は謝りながら一緒に教科書を拾っている。
「……ああ、なるほど!そのニキビ、さっそく効き始めたみたい。じゃ、結果報告はまた後で」
涼は携帯を切ると、影で2人の様子を見つめていた。
やがて、女子高生は立ち上がり、拓人に頭を下げて電車に飛び乗った。
「あれ?拓人、何やってんだ……」
拓人は鞄を持ってゆっくりと立ち上がると、電車に乗り込んでいく女子高生の方を見ていた。そして、電車のドアは閉まり、拓人を残し慌ただしく電車は去って行く。
涼は拓人の元に駆け寄る。
「バカ!何で一緒に乗らないんだよ。せっかくのチャンスなのに」
「え?」
拓人はぼんやりとした眼差しで涼を見る。
「……あっ!?」
「あの電車に乗り遅れたら遅刻だ。お前のせいで俺まで遅刻したじゃないか」
「なんで?」
涼はため息をつくと、制服のポケットから生徒手帳を取りだした。
「やばいなぁ、これで遅刻回数9回目になる。10回溜まると謹慎処分になるんだぜ」
そう言いながら、涼は遅刻マークの押された手帳を拓人に見せる。
「謹慎処分が嬉しそうじゃないか。俺なんて、遅刻は初めてだ……」
拓人はポケットの手帳を取り出す。
「あれ?……」
拓人は手帳を見て驚く。それは、いつもの見慣れた白い生徒手帳ではなく、初めて目にする青い手帳だった。
「えっ!?手帳が替わってる……」
「あー!もしかして、それさっきの女の子のじゃないか?見せてみろ」
涼は拓人から手帳を受け取り、学校名と名前を確認する。
「海風高校3年3組、柳本 藍、だって。いっこ年上だな。海風高校ってお前が受験を諦めた高校じゃねぇか」
拓人は涼から手帳を取る。
「手帳返さなきゃ」
「フンフン、これ絶対チャンスだぜ。運命的出会いだよ、拓人君!」
「運命的出会い?……」
「そう、その鼻の頭のニキビのお導きってやつ」
涼は拓人の鼻を指さして笑う。
「……」
拓人はそっと鼻に触ってみる。
「で、その藍ちゃんってどんな子だった?」
「え?……慌ててたから、顔とかよく見てなかった」
「なんだよ、それ、ちゃんと見とけ。遠くから見た感じじゃスラリと細くて可愛い感じだったけど。お前、やっぱり海風受けときゃ良かったのにな」
「あっ、それより俺の手帳どこいったんだろ?……」
拓人は回りを探してみるが、どこにも落ちていなかった。
「きっと、彼女が持ってるんだよ。今頃、お前のこと考えてるかもな。いいじゃんか、この展開!クリスマスのゲレンデで愛は深まっていくって感じだな」
「……」
涼のからかう声を聞きながら、拓人はもう一度生徒手帳に目を落とす。
その頃、込み合う電車に揺られながら、藍はそっと拓人の手帳を見つめていた。
「五十嵐拓人……」
さっきぶつかった人の手帳よね……格好良くて優しそうな人だった。もう一度、会えたらいいな。藍は電車の窓にうつる自分の顔を見ながら微笑む。
そして、そっと鼻の頭に一つだけ出来たニキビを指で押さえた。 完
最後まで読んで下さってありがとうございました!
ネタ提供をしてくださった快丈凪さん、本当にありがとうございます。約一ヶ月間、とても楽しく執筆することが出来ました。
結局、拓人は『ニキビ占い』の呪縛から解放されないみたいですが(^^;)、きっと幸せな冬を迎えられると思います。
これから寒い冬が訪れますが、心の中はいつもホカホカ温まっていますように……