第17話 相思相愛ニキビ
ケーキを焼け食いした拓人は、その夜激しい腹痛に襲われ、一晩中トイレを往復するハメになった。結局、翌日の日曜は一日寝込んでしまうことになった。
しかし、月曜には腹痛も治まり、心の傷も癒えて、学校にも登校出来た。
「五十嵐君、おはよう。風邪は治った?」
何事もなかったかのように、舞は微笑んで拓人に話しかける。舞の姿を見た時、拓人は少しだけ心が疼いた。だが、それはほんの少しで、もうズキンと心が痛むことはなかった。
「あ、うん……もう大丈夫だよ」
「五十嵐君、痩せたんじゃない?風邪には気をつけてね」
「うん、ありがと」
舞は笑みを浮かべたまま、去って行く。
その様子をぼんやりと見ていると、教室に飛び込んできた涼にいきなり頭を小突かれた。
「よっ!ケーキの食い過ぎで酷い目にあったんだってな」
涼は拓人を見て、ククッと笑う。
「でも、体の中から何もかも出し切って、スッキリした顔してるよな。拓人君、クリスマスケーキは俺が作ってやっから」
「……ケーキの話は当分いい」
拓人は鞄から教科書を取り出す。
「お前、本当に良いのか?」
涼は、親しげに話している舞と達也の方に目を向ける。拓人がいない間、どうやら舞は達也に告白したらしい。2人の雰囲気からして、上手くいっているようだ。
「もちろん。俺、キッパリ諦めたから」
「気持ちも伝えないままで?舞ちゃんのこと嫌いになったのか?」
「いや……今でも嫌いじゃない。けど、恋愛感情じゃない。友達だな。だから、舞さんを困らせたくないし、彼女が幸せそうに微笑んでいればいいんだ」
「そっか。意外と潔いな、感心感心」
「将来のこととかまだハッキリ決めてないけど、俺、大学目指すから、これからはもっと受験勉強に力入れることにする」
「大人になったね、拓人君。当分、彼女はいらないってこと?」
「そういうこと」
拓人は、教科書に目を落として微笑んだ。
まだ何も見えてこない拓人の将来。だけど、今は遠い未来に目を向けるより、今この瞬間を大切にしていこうと、拓人は思った。
それから数日後。
11月も終わりに近づき、すっかり寒くなってきたある朝。拓人はいつもより少し寝坊して目を覚ました。洗面所に行き、冷たい水で顔を洗って眠気を覚ます。
「うぅっ、冷てぇ!」
バシャバシャと顔を洗ってタオルで顔を拭き、鏡を見つめる。
「……あれ?」
拓人は鏡を見ながら、鼻の頭を触ってみる。ニキビなど滅多に出来ない拓人だが、ちょうど鼻の真ん中に、赤いニキビが出来ていた。
「なんだよ、これ……目立つな」
この前ケーキを食べ過ぎたせいだろうか?と拓人が鏡に見入っていると、着替えを済ませた沙織が近づいて来た。
「おはよ!兄貴自分の顔に見とれてるの?」
沙織は笑って鏡の中の拓人を見る。
「違うよ。ケーキ食い過ぎてニキビが出来たんだよ」
「ニキビ?どこ?」
「ここ」
拓人が指さした鼻の頭を、沙織はじっと見つめる。
「そこって鼻の頭じゃん!?兄貴、スゴイよ!」
「……何?またニキビ占いじゃないだろうな……」
拓人は不吉な思いにかられ、声を落とす。
「大丈夫!今回のはすっごくラッキーなニキビだもん。あのね、鼻に出来たニキビは『相思相愛ニキビ』って言うんだよ」
「相思相愛?」
「そう、だから絶対ベストカップルになること間違いなし!」
「……」
拓人は、もう一度鏡を見つめる。鼻の頭に一つだけ出来たニキビ。ニキビ占いなんて、もううんざりだと思っていたが、やはり気になる。しかも、今回のニキビはとても縁起の良いニキビのようだ。
ニキビを見ているうちに、拓人はおみくじで大吉をひいたような浮かれた気持ちになっていった。