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ニキビ  作者: 春野天使
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第16話 悲しみはケーキと共に去って行く

  柔らかな陽が降りそそぐ、カフェのテーブルの上に、10個のショートケーキが並んでいる。彩りの良い個性的なケーキ達は、それぞれが自己主張しあっているようだ。

「ねぇ、涼ちゃんまだ?」

 涼はさっきから熱心に一個一個のケーキを携帯のカメラで撮していた。

「あ、ちょっと待って。ここのケーキって俺が目指しているケーキに近いんだよね。参考にしとかなきゃ」

 涼はケーキの角度を変えながら、写真を撮り続ける。沙織はそんなことより、早くケーキを味わってみたくてしょうがない。

「いいのか?ライバル店の写真なんか撮って」

 拓人は呆れた様子で見つめる。沙織と涼に連れて来られた先は、カフェ『ラ・メール』だった。舞とのことを思い出すこのカフェは、出来れば来たくない場所だったが、思い出を塗り替えるために、もう一度来てみるのも良いかと拓人は思った。

「そんなの誰でもやってることだろ。いいんだよ、良い物はどんどん吸収していかなきゃな」

「それにしても10個も食うつもりかよ?……」

 小さなケーキと言えども、拓人には一個で充分だった。

「よし、完了!」

 涼は写真を撮りおえると、携帯をしまう。

「では、そろそろ始めますか?拓人君の『心の傷快復祝い』パーティ!イェーイ!」

 涼は声を上げて片手を上げる。

「イェーイ!!」

 沙織も両手を上げてはしゃぐ。

「なんだよ、それ……」

 拓人は低く呟く。

「拓人、ノリ悪ぃな。今日はお前が主役なんだから、俺達とことん付き合ってやる」

「って、言いながら、お前等が行きたいとこに連れてきただけじゃん」

「ま、それは置いといて、拓人『ラ・メール』って意味知ってる?」

「ラ・メール?フランス語だろ。確か『海』っていう意味」

「おっ、さすが拓人君、頭良いな」

「えっ?そうだったの。だから、ここってブルーが多いのね」

 沙織は店内を見回す。海の絵とかブルーの装飾品が飾られ、テーブルクロスも淡いブルーだった。

「で、もう一つ『ラ・メール』には『母親』『お母さん』っていう意味もあるんだよ」

「そうなの?詳しいね、涼ちゃん」

 沙織は素直に感心する。飾られた絵をよく見ると、海をバックにした母親らしき女性の姿も描かれていた。

「まぁな、お菓子にはフランス語がよく使われってっから」

「お前をれを自慢したかったわけ?」

「話は最後まで聞けよ。それでだ、拓人君に『海』と『母』に抱かれて、心の傷を癒してあげたかった訳だよ。その上に、甘く美味しいケーキで心に元気を与えるという、親友の優しい心遣いがこもってるんだ。拓人、お前は幸せ者だなぁ」

「はいはい……」

 拓人は軽く息を吐く。

「けど、俺、ケーキあんまし好きじゃないし」

「えー!美味しいよ。兄貴も食べてみてよ。ほっぺた落ちそうになるから」

「あっ、沙織ちゃん、待って」

 涼は、目の前のケーキにフォークを突き刺した沙織を制する。

「え?まだなんか話あるの?」

「一応、パーティの主役は拓人君だから」

 涼は笑って拓人に目を向ける。

「まずは、拓人君のご挨拶からどうぞ!」

 涼は大げさに拍手する。沙織はケーキを気にしながらも、一緒に拍手する。

「兄貴、頑張れ!」

「……別に、そんなのいいよ」

「よくない。お前は俺と沙織ちゃんに心配かけさせて、クリスマスツアーの夢も奪ったんだ。きちんと謝ってもらわなきゃな」

「涼ちゃん、あのツアーもうキャンセルしちゃったの?……」

 沙織は少し残念そうな顔をする。沙織も4人で行けるツアーをずっと楽しみにしていた。

「キャンセルはまだ。来週にはキャンセルしなきゃな……拓人、キャンセル料払えよ。ま、残念だけど、来年に期待するとして」

 話がそれそうになり、涼は言葉を切る。

「拓人の今の心境を聞きたいんだ。今日は俺と沙織ちゃんは聞き役に回るから、何でも話してみなよ」

「そんなの、ケーキ食べながらでもいいじゃない。兄貴は緊張しやすいタイプなんだから、その方がリラックスして話せるよ」

「お前はケーキが早く食べたいだけだろ」

 拓人はフッと笑う。沙織はニコリと笑うと、既にケーキを口に運んでいた。

「それでは、ケーキパーティ始めますか。こんな上手そうなケーキが目の前にあったら気になるもな」

 ケーキをほおばり満面笑顔になってる沙織を見て、涼もケーキを掴み、ペロリと食べた。

「拓人君もどうぞ」

 涼は口をモグモグさせながら言う。

「……ありがと。2人には感謝してる」

 拓人は美味しそうにケーキを食べる2人を見ながらそう言った。

「挨拶はそれだけかよ?」

「沙織と涼とケーキで、なんか元気出てきた」

 拓人は目の前のケーキをパクリと一気に食べた。

「兄貴、大丈夫?」

 ケーキをほおばり過ぎて喋れない拓人は、沙織を見ながら頭を縦に振った。

「もっと味わって食え、こんなに上手いケーキなのに」

 拓人はどうにかケーキを飲み込むと、コーヒーをゴクゴクと飲んだ。

「……たまにはケーキもいいな」

 そう言うと、拓人はもう一個ケーキを食べ始める。

「なんだよ、拓人。もしかしてやけ食いとか?」

 涼は黙々とケーキを食べる拓人を呆れて見つめる。

「そうかも。……俺、二日間ベッドの中で色々考えたんだけど、結局俺って今まで一度も自分から人を好きになったことなかったって思う」

「え?そうなの?舞さんのことも好きじゃなかったの?」

 沙織は驚いてケーキを食べる手を休める。

「お前等に勝手にセッティングされて、付き合うようになって、それから段々本気で好きになってきたけど、最初は特に何とも思ってなかった。それより、舞さんのニキビのことが気になったりして、付き合ってみたらどうなるんだろうか?とか、そんなこと考えたりして。今までだって、彼女がいないことを気にしてばかりでさ、とりあえず彼女がいさえすれば良いみたいな考えしかなかった。本気の恋っていうか、もっと本気で人を好きにならなきゃダメだね。恋愛なんて焦る必要ないんだよ。誰かにお膳立てされた恋愛じゃなく、俺、運命的出会いを待ってみる」

 拓人は一気に喋ると、三個目のケーキに手を伸ばす。

「おい、拓人食べ過ぎ」

「兄貴、全部食べないでよ」

 2人を無視して、拓人は食べ続ける。

「いいじゃん、俺が主役のパーティだろ?今日は全部涼のおごりな」

「チッ、お前もしかしてケーキ食べると人変わる?さっきからやけに陽気でよく喋るな……」

「ケーキが兄貴にとってはお酒みたいなものかもね?いいよ、いいよ、今日はじゃん、じゃん食べちゃって」

 沙織は明るく笑う。

「涼ちゃん、ケーキ追加注文していい?」

「いいだろ、涼はバイトしてるんだし、ツアー代も払わなくてよくなったんだから」

 拓人も声を立てて笑いながら、四個目のケーキを目指す。

「……拓人、後でどうなっても知らねぇからな」

 涼は拓人を睨むと、手を挙げてウェイターを呼んだ。   


       

  


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