第15話 自滅、そして愛と友情
「兄貴!夕ご飯持って来たよ」
ノックの音がして、沙織が夕飯をお盆に乗せて部屋に入って来た。
拓人は両親より遅く家に帰って来て、夕飯も食べずお風呂にも入らないで、そのままベッドの中に潜り込んでいた。
「どうしたの?」
沙織は、布団にくるまっている拓人に目をやり、お盆を勉強机の上に置いた。
「起きて食べなさいよ。冷めちゃうよ」
「食べたくない」
布団の中からくぐもった声で、拓人は答える。
「パパもママも心配してたよ。黙って二階に行っちゃうんだもん」
「何でもないよ」
拓人は布団から少しだけ顔を出す。両親は共働きで仕事が忙しく、いつも帰りが遅い。ゆっくり夕食を作る時間もないから、今夜もスーパーで買ったお総菜にみそ汁の組み合わせだった。拓人も沙織も小さい頃から、あまり両親に構われていなかった。彼らは本当に心配してくれているのだろうか?お総菜のおかずを見ながら拓人は思う。
どうでもいい、どっちみち食欲は全くなかった。拓人は投げやりな気持ちになり、また頭から布団をかぶった。
「少しでも食べた方がいいよ。食べたら元気が出るから」
「うっせーな!食べたくないって言ってるだろ」
面倒くさそうに拓人は答える。沙織は、俺と舞さんがどうなったか聞きたがっているんだ、そして涼に報告するに決まってる。人のことからかって面白がってるんだ。そう考えると、だんだんと腹が立ってくる。
「何よその言い方、兄貴のこと心配してるのに!」
沙織も拓人の態度に腹を立て始める。
「ほっといてくれよ!ひとが失恋したのがそんなに面白いのかよ!」
「失恋!?……舞さんに振られたの?」
『振られた』という言葉を聞いて、拓人の心がズキンと痛む。
「悪いか、これで14回目だ!涼と笑ってればいいだろ」
「何よ、それ」
「お前はいつもうっさいんだよ!とっとと出てけ!」
拓人の怒りは爆発する。
「出ていくわよ!兄貴のバカ!」
沙織は足早に部屋出ると、バタンッ!と乱暴にドアを閉めた。
「……」
沙織が出て行きシンと静まりかえった部屋で、拓人は次第に怒りが治まり惨めな気持ちになる。
何、妹にあたってるんだ……俺って最低。そっと布団から顔を覗かせ、沙織が持って来た夕飯に目をやる。温かいみそ汁から立ちのぼる湯気を見つめていると、拓人は自己嫌悪に陥っていった。
沙織は自分の部屋に戻り、ベッド寝ころぶ。久しぶりの拓人とのケンカだった。怒りがまだ治まらない。沙織は、ベッドの上のクッションを掴んだ。
「もう、ムカツク!!兄貴なんか背負い投げで投げ飛ばしてやる!」
沙織はクッションを思いっきり壁にぶつけた。ドスン!という鈍い音と共にクッションが壁から転がり落ちた時、ポケットの携帯が鳴った。涼の着信メロディだった。沙織は身を起こし、すぐに電話に出る。
「涼ちゃん!聞いてよ!兄貴ったら酷いんだから!!」
怒りに任せて大声になる。
「何?どうしたの?俺もそのことで電話したんだけど……」
「兄貴ったらさ……」
涼の声を聞いて落ち着きを取り戻した沙織は、突然悲しい気持ちになる。何であんなに怒ったんだろ?兄貴はきっとものすごく傷ついているんだ……沙織の瞳からポタポタと涙が落ちてくる。
「沙織ちゃん?どうかした?」
「……兄貴がね……」
沙織は言葉が続かず、携帯を握りしめたまま声を立てて泣いた。
拓人はそのまま2日間、ほとんどベットの中で過ごした。学校も休み、食事もほとんど喉を通らなかった。沙織は両親に、拓人が風邪をひいて寝ていると言っておいたが、すっかり意気消沈してげっそりとした顔の拓人を見たら、みんな病気だと思うだろう。本当にこのままでは、病気になってしまいそうだった。
そんな土曜日の朝。
晴れた日の休日、拓人は薄暗い部屋で、まだ布団にくるまっていると、突然部屋のドアが開いた。
「タ・ク・ト・くーん!遊ぼ!」
布団の中でじっとしている拓人をチラッと見て、涼が部屋に入って来た。その後から沙織も入って来る。涼は部屋のカーテンをサッと引き、窓を開け放つ。明るい日差しと冷たい風が部屋の中に入り込んでくる。
「ちょっと寒いけど、すっげー良い天気!遊びに行こう、拓人君。ちっちゃい頃よく誘いに来てやったろ?お前、友達少ないから他に遊び相手なくてさ」
「うっせぇな……」
拓人は布団の中から眠そうな声で答える。涼はツカツカとベットまで来ると、拓人の布団を一気に剥がす。
「うぅ、寒っ!」
温かい布団を取られ、冷たい風を真に受けた拓人は身震いする。
「何すんだよ」
拓人は、はがされた布団をもう一度かける。
「いつまで布団の中に籠もってんだ。いい加減起きろ」
涼は拓人の寝ているベッドに腰を下ろす。
「二日も学校サボってさ。舞ちゃんも心配してたぜ」
「……」
舞のことを思い出すと、拓人の心はまだ痛んだ。
「……舞さん、何て?」
消え入りそうな声で拓人が言う。
「学校には風邪だって言ってるから、『早く治るといいわねぇ』って」
涼は舞を真似てそう言うと笑った。
「今の全然似てない……」
「そろそろ立ち直れよ、拓人。ずっと部屋に籠もってるつもりか?」
「……」
「兄貴、この前は怒ってゴメンネ」
沙織は無言の拓人を布団の上から抱きしめた。
「大丈夫だよ。兄貴は一人じゃないから。もし、涼ちゃんと別れることがあったら、私が兄貴の彼女になってあげるから」
「え?……なんか君たち兄妹、危なくねぇか?」
涼はキョトンとして呟く。
「いいの。私、兄貴大好きだから!」
拓人は沙織の手を逃れ、そろそろっとベッドから起きあがる。
「変なこと言うなよ……俺も悪かったんだ……ごめんな」
布団を抜け出した拓人を見て、沙織の顔はパッと明るくなる。涼もホッとして微笑む。
「兄貴が大好きなのは、本当だから!さ、起きようよ」
沙織は拓人の腕を引っ張る。
「じゃ、今日は3人でデートに行きますか!」
涼はピョンとベッドから立ち上がった。