第13話 友達ニキビ
テーブルの上に無造作に置かれていた携帯電話が鳴った。ソファにもたれ、テレビを観ながらくつろいでいた沙織は、手を伸ばして携帯を取る。発信者は涼だった。
「涼ちゃん?今日バイトじゃなかった?」
時計は午後6時前を指している。涼のケーキ屋のバイトは9時までのはずだった。
「今、休憩中。拓人もう帰って来た?」
涼は、ケーキ屋の外に出て電話をかけていた。外はもう日が暮れてすっかり暗くなっている。
「え?兄貴?まだだよ。そう言えば今日は遅いな」
「そっか、拓人の携帯にかけても出ないんだよ……」
「ふ〜ん、舞さんとどっか行ってるんじゃないの?」
沙織の笑い声が聞こえて来たが、涼はなんとなく気になることがある。
「だよな、2人仲良くどっかに出かけていればいいけど」
「何?兄貴と舞さんなんかあったの?」
「う〜ん、多分」
「なんか今日の涼ちゃん元気ないね」
「そうか?実はね……」
涼は手短に、放課後拓人が舞に呼び出されたことを話した。
「俺、バイトあるからすぐ帰ったけどさ、午後からの拓人普通じゃなかったし、屋上に行くときだってガチガチに緊張して、まるで、そうだなぁ死刑執行される直前の囚人みたいな歩き方だった」
「涼ちゃん、それ例え悪い」
沙織は笑った。
「でも、なんだか気になるね……」
沙織は笑うのをやめる。拓人は緊張しやすいタイプだから、いつも肝心な時にミスってしまう。『石橋を叩いて渡る』が『石橋を叩きすぎて橋を叩き割ってしまう』タイプなのだ。それで、壊れた橋の残骸と共に、川の中に墜落する……
「あいつ、舞ちゃんの呼び出し=告白って考えてたけど、普通付き合ってる時に『大事な話』の呼び出しって言ったら、逆の場合想像しねぇか?」
「えー!?別れ話の呼び出し?……」
沙織は思わず大声になる。
「拓人が余計に心配すると思って触れなかったけどな」
「そんなこと絶対ないよ!だって2人ともすごく良い感じだったじゃない!」
沙織の声がガンガン響き、涼は携帯を耳から遠ざける。
「……俺もそう思ってるんだけどさ、ちょっと気になったから」
沙織はソファにどっかりともたれかかり、ぼんやりと天井を見上げる。
「別れるなんて絶対ない。……だって、舞さんには4つのニキビが出来ているんだから」
「4つのニキビ?何それ」
「ニキビ占いよ」
沙織は涼ニキビのせいで拓人が振られ続けていることを話す。今までは左頬の振りニキビのせいで振られていたが、今回は四カ所にニキビがあるのだから、振られるはずはない。 ニキビ占いなど信じない、と言ってはみたものの、いざ窮地に立たされるとニキビ占いを良い方に解釈したいと沙織は思った。
沙織と涼が携帯で話し合っていた頃。
拓人は日の暮れた学校の屋上にいた。空には星が瞬き始め、夜風が冷たく吹き抜けていたが、拓人には気にならなかった。広い屋上の片隅に、一人でペタリと座り込んでいた。 もうどれくらいの時間、ここにいるのだろうか?何度か携帯が鳴ったが、拓人は相手も確認せずにそのまま電源を切った。今は誰とも話したくない、誰とも会いたくない。
「……ニキビ占いの呪いは、まだ消えてなかったんだ……」
拓人は低く呟き、フッと力無く笑ってみる。自分で自分を笑ってみると、急に惨めな気持ちになって、じわじわっと涙が溢れてきた。
舞に別れを告げられたわけではない。舞はいつものように微笑んだまま、『ずっと、お友達でいてね』と言った。舞のその言葉が拓人の頭から離れなかった。
ずっと友達でいようね!って言うことは、永遠に友達のままそれ以上の関係には発展しないということ。言い換えれば、友達以上の関係にはなりたくない、ということだ。
「そっか、そう言うことか……四カ所にニキビがあるってことは、4つのニキビが反応しあって、何の作用も起きなくなるんだ……」
思いもしない、思われもしない、振りもしない、振られもしない、友達のままニキビなんだと、拓人は確信した。
「今日のシチュエーションって、あの日七海ちゃんに初めて振られた時に似ていたな……」
拓人は頬を伝って流れ落ちた涙を手で拭うと、舞との会話を思い出す……