第11話 ケーキは元気の源
舞と並んで家に帰る。こんなにも早くお互いの家を行き来出来る仲になるとは、拓人は思っていなかった。今までの女の子との付き合いは、どれも短期間で終止符を打っていたため、女の子の家に上がるということもなかった。
もしかしたら、今度は俺が舞さんの家にお邪魔してもいいのかな?……拓人の期待は大きく膨らむ。どうしても舞の部屋を想像してしまい、拓人の顔は赤らむ。
えーと、家に帰ったら何しようか?……とりあえずビデオでも観たらいいのかな?
頭の中で色んな想像を膨らませながら、拓人は家の玄関まで辿り着いた。ドアのノブを回すと、カチャッと扉が開いた。拓人の期待は外れて、家には誰かいるようだ。
「なんだか良い香りがするわね」
舞は大きく息を吸い込む。拓人が開けたドアから、甘く美味しそうな香りが漂ってきた。
「……」
玄関には見慣れた男物のスニーカーが脱いであった。涼のスニーカーだ。
舞を案内し台所に行くと、テーブルの上に焼き上がった丸いケーキが置かれ、涼と沙織が側に立っていた。涼はエプロンをつけて、ケーキを覗き込んでいる。
「何やってんだよ、ひとんちの台所で!」
「え?見て分かんない?ケーキ作ってんだよ。後はクリームとフルーツで飾り付け、ここからが肝心なんだよね」
涼はチラリと拓人を見ると、また真剣な表情でケーキに目を落とした。
「兄貴、お帰り、早かったね!あ、舞さんも一緒?こんにちは!」
沙織は舞に笑顔を向ける。
「こんにちは。玄関からすごく良い香りがしてきたわ」
舞も笑顔で答える。
「沙織、家に誰もいない時に涼を入れるなって言ってるだろ」
「え〜何で?」
「何でって……その、密室になるんだから……」
「え〜!何で?俺、ケーキ作ってるだけだぜ」
涼は顔を上げ、沙織を真似てそう言うと笑った。
「何想像してんの?拓人君ってスケベ。そう言うお前こそ、俺達がいなきゃ舞さんと2人きりになってたんじゃねぇの?」
涼はククッと笑う。
「……」
拓人の顔は赤くなる。拓人の頭の片隅にあった密かな期待も妄想も見事に崩れ去った。
「吉澤君、すごいわねぇ。なんだか本格的なケーキが出来上がるみたい」
舞は回りの会話を気にすることもなく、微笑みながらケーキを見つめた。
「ヘヘ、美味しそうでしょ?舞ちゃんにも後で味見してもらうよ。俺、ケーキ屋でバイトしてんだけど、今度店長がオリジナルケーキを作ってみろって言うから、今考えてるとこなんだ」
「涼ちゃんはパティシエ目指してるんだもんね!私、ケーキ大好きだから、すっごく嬉しいな」
涼は頭の出来は良くないけど、昔から器用だもんな……涼が手慣れた様子でケーキを飾っていく姿を見て、拓人は思う。沙織と舞に感心され注目を浴びている涼を、羨ましく思う拓人だった。何かに夢中になれること……勉強はその過程でしかない。拓人にはまだ将来の夢や希望がハッキリと決まってはいなかった。
涼の作ったケーキは、そのまま店頭に出してもおかしくないような出来映えだった。ケーキは苦手な拓人だが、少しだけ食べてみた。甘ったるくなくて、フルーツの味がいかされている。大きなケーキは涼と沙織と舞によって、あっという間に食べ尽くされていった。
「もう最高!また、作ってね涼ちゃん」
「沙織はフォークについた残りのクリームもなめていた。
「もっちろん!もうちょっとだけ手直ししたいからね。また作りに来るよ」
涼は満足げに答える。
「ホントに美味しいわ」
舞も満面笑顔になっている。ちょっと元気のなかった舞だったが、いつの間にかいつもの舞に戻っていた。甘いケーキは心を幸せ気分にしてくれるのかな?と拓人は思う。
「いくらでも食べられそうね……でも、ちょっと恐い、またニキビが出来ちゃいそうで」
舞がポツリと言った。
「ニキビ?私はニキビより太っちゃうことが恐いよ」
沙織は笑いながら舞の顔に目をやる。
「あっ……」
沙織はフォークを口に入れたまま固まった。舞のおでこと顎と両頬に一つずつのニキビ……
「どうかした?」
舞は、じっと顔を見つめて黙り込む沙織を不思議がる。
「ううん、何でもない。美味しすぎて言葉を失っちゃった!」
沙織はハハハと笑いながら、横目で拓人を見つめた。兄貴気づいてるのかな?