あの程度で処刑だなんて納得が出来ませんわ
「あの程度で処刑だなんて納得がいきませんわ~!」
思わず大声で叫びながら飛び起きた。
小鳥の囀り、朝の陽射し、目覚めのお茶が香るいつもの朝。
咄嗟に触れた首は胴体とくっついている。
ヴィオレッタはそこでようやく安堵した。
どうやら夢だったらしい。
周囲を見渡せば見慣れた自分の部屋だった。
それにしても理不尽な夢だった。
婚約者であるシャルル殿下の浮気相手、マリーには確かに多少の嫌がらせはしている。
靴を隠したり悪口を書いた紙を背中に貼ったり、彼女の座る席の調味料の蓋を緩めたり、教室の入口に黒板消しを挟んだり……その程度だ。
そんな小さな嫌がらせで処刑されるなんて納得がいかない。
しかしシャルル殿下ならやりかねない。
彼は自分に甘く他人に厳しい。特別ヴィオレッタには厳しい。
なんというか、女性に夢を見すぎている。
家の決めた婚約だから仕方なく妥協していると言うのに、ヴィオレッタは自分に惚れ込んでいるものだと信じている彼は結婚前の遊びくらい許されて当然だとでも言うようにとにかく女性関係にだらしがない。
そして平民同然のマリーという女に入れ込んでいる。
ヴィオレッタを邪険に扱う程度には。
別に婚約解消してくれるのであればそれで構わない。
けれどもあんな平民に負けたなどとヴィオレッタの自尊心が傷つけられるようなことは認めたくなかった。
つまり、八つ当たりだ。
ささやかな嫌がらせをしたかった。
が、あの程度で処刑されるのであればあの浮気男は1000回は首を刎ねられるのではないだろうか。
「……納得がいかないわ……」
あの程度で処刑だなんて割に合わない。
かといって黙っているなんて論外だ。
つまり、ヴィオレッタのとるべき行動は……。
悪事を磨くことだ。
もっと徹底的にやる。
ついでにあの浮気男もやる。
どうせ処刑されるのだ。なにをしたって構わないだろう。
計画は緻密に組み立てられるべきだ。
しかし、いざ大それた悪事をと考えるとそうそう浮かばないのが悩みどころだ。
足りない頭で必死に考え、とりあえず教室の入口に罠を仕掛け、足を糸に引っ掻け転ぶと開いたハサミが待ち構えるようしする。
こんな古典的な罠に引っ掛かるバカはいないと知りつつもやってしまうのがヴィオレッタであったが、引っ掛かるバカは存在した。
マリーだ。
どうやら今日は彼女が転校してきたその日だったらしい。
確かに全員が教室に入ったことを確認してから魔法で罠を仕掛けた。
けれども彼女が居ないこと自体に気づいていなかったからどうせ引っかかっても教室から出ようとする教師が躓く程度だろうと考えていた。
それなのに。
「きゃぁっ」
玩具みたいな悲鳴を上げて、あの女が躓いた。
そして、想定よりも背が低かったらしい。
喉元に待ち構えるはずのハサミは彼女の頭のてっぺんに当たりバサリと髪を切る。
悪くない眺めだ。
けれどもこんな結果になったヴィオレッタの方が驚く。
あんな罠に引っかかるバカが存在するだなんて。
「なにこれ……え? 私の髪が……」
明らかに動揺しているマリー。
こんなことがあるなんて信じられないと言う様子だが、ヴィオレッタだって信じられない。
「誰ですか! こんな危険な悪戯を仕掛けたのは!」
教師が声を張り上げて教室全体を責めるように見渡す。
皆動揺している。ヴィオレッタだって動揺しているのだ。犯人が見つかるはずもない。
しばらく教師が犯人捜しをしていたが、シャルル殿下が頓珍漢な推理を披露し「外部犯の可能性が高い」と結論づけられた。
婚約者がこんな無能だという事実の方に驚愕したヴィオレッタは効率的な婚約解消方法を見つけ出さなければ自身の立場は夢よりも悪化するのではないかと頭を悩ませることになった。
どうせ処刑されるなら、歴史が名を記すことさえ嫌悪する悪になってやろう。
やることが小さくても大逸れていても処刑されるという結果は変わらないのだから。
しかし、窃盗なんてものは貴族がやるにしてはちんけな犯罪だ。もっと貴族的で極悪な……つまり、金を握らせ他人を使ってこそできるようなことを……。
「……豚の血を頭から浴びさせる、とか?」
もう既にやっている人がいそうだ。
山羊に足の裏を舐めさせたり……は平民にはそれほど衝撃を与えられなさそうだ。
もっとなにかいい案がないだろうか。動物を使うというのは不確定要素が多い。かと言って他人を使うとなると想定外の出来事に対処出来なくてはいけない。
手始めに下級生の平民を金で雇って、外を歩くマリーの頭上に植木鉢を落としてもらった。
霧吹きで水をかけているときに手が滑って落ちるのだ。過失だ。あなたは罪に問われないと説得し、多すぎない金を握らせる。ここは多すぎるとかえって警戒されるから小遣い程度、そう、娯楽本が一冊買える程度の金にしておくことが重要だ。
それと同時進行で、プライドばかりが高いシャルル殿下のロッカーに悪口を書いた紙を貼っておく。
罵り言葉が上手く浮かばず「しらが」と書いた紙を糊で貼り付ける羽目になったが、これはあくまで標的をシャルル殿下だと思わせる為に必要な行動だ。
ついでに文字は定規を使って筆跡を誤魔化し、ヴィオレッタが自分の手で貼った。こればかりは他人に任せられないのだ。
それに、万が一現場を目撃されたとしてもこの程度であれば、構って欲しい婚約者の悪戯で見逃して貰える可能性もある。寧ろあの婚約者様ならばそう都合よく解釈してくれるだろう。
アリバイ工作を兼ね、生徒会室で既に終わっている仕事を確認するふりをして時間を潰す。
二度目なのだ。試験も作業も問題ない。
ついでだからとっておきの嫌がらせも考えておこう。
イマイチ頭の足りない殿下を出し抜くのはそう難しいことではないから。
「なっ……私は決して白髪などではないぞ!」
ロッカーの貼り紙を見つけたらしい。叫び声が響く。
白髪ではなく銀髪だと言い張るシャルル殿下ほなんとも情けなく見えた。
「ヴィオレッタ、私の髪は決して白髪などではない。銀だ。お前ならわかるだろう? この美しさ」
一瞬紙を貼った犯人であることを見抜かれてしまったかと思ったが、シャルル殿下の残念な頭がそう結論づけることはなかった。
むしろ自分の美を褒め称えてほしいとでも言うように、期待した視線を向けられる。
「え、ええ……そうですね。女神が嫉妬するほどの美しさです……」
正直好みではない。黒髪の方が素敵だと思う。けれどもそんなことは些細なことだ。今はヴィオレッタが犯人だと疑われなければそれでいいのだから。
「ふっ、当然だ。きっとこの私の美貌に嫉妬した愚か者の仕業だろう」
どうやら気をよくしたらしい。
本当に頭が残念すぎて我が国の将来が不安になってしまう。
「お前の役目は私を彩り引き立てることだ。忘れるなよ」
ぽんっと背を叩いて満足そうに立ち去る……頭部装飾男、もといシャルル殿下。
本当に、あんな頭で我が国の将来は大丈夫なのだろうか。
最早悪事を極めるよりも亡命先を探す方が現実なのではないか。そんな思考が過る。
あんな残念な頭の男に処刑されるだなんて……絶対に納得できない。
むしろあいつを断頭台に乗せてやりたい。
ギリギリと奥歯を噛み締める。
私の首はあの頭部装飾男よりも価値がある。
そう思いたいだけではないだろう。あそこまで残念な頭をしていないもの。
ヴィオレッタは何とか思いつく限りの悪事で衝撃を与えようと頭を捻る。
とっておきが思いついた。
けれども。
「……そんな性格の悪いこと……」
正直ためらってしまう。
しかしとっておきなのだ。こんなに酷いことができるなんて人間ではない。そう思えてしまうほどのとっておき。
問題はそれを実行するだけの覚悟ができるかという点ただ一つ。
どうしても……あの処刑に納得がいかない。
ヴィオレッタは処刑を思い出し、決意を固める。
どうせ処刑されるならこの程度。やるしかない。
学園祭。庶民的な響きでみっともないとは思うけれど、やはり生徒の立場からすると楽しみな行事のひとつだ。
最終日にささやかながら舞踏会が開かれる。生徒達が一番楽しみにしている催しで、人生を左右すると言っても決して大袈裟ではない行事だ。
この舞踏会のパートナーが将来のパートナーなどということも決して少なくはない。この舞踏会で運命を感じ、卒業後一緒になる人間もいるという。
あの、頭部装飾男にとびきり衝撃を与えるには相応しい日だ。
そのための事前準備に生徒会の立場と家の権力、そして財力をかなり使用することにはなったけれど、こんな底意地の悪いことを思いつく人間なんてそうそういないだろう。
ついでにヴィオレッタの支援者たちが大活躍してくれた。
つまり、マリーを仲間はずれにしてくれたのだ。
最早準備は済んでいる。
あとはシャルル殿下が会場に現れるのを待つだけだ。
一応婚約者であるシャルル殿下から舞踏会用のドレスは贈られている。まったくヴィオレッタの趣味とはかけ離れているけれど、厄介な身分のことを考えるとどうしても身に纏わなくてはならない。
ヴィオレッタは溜息を吐いて会場に入る。
浮かれた生徒達がそれぞれ思い思いの盛装で賑やかな笑い声を響かせている。当然、羽目を外しすぎる人間も現れる空間だ。
一際華やかに見えるシャルル殿下は窓に映る自身の姿に見惚れているようにさえ見える。
エスコートひとつしない男だ。今更驚きもしない。
しばらくして、シャルル殿下を含め、数人の男子生徒が周囲を見渡し不思議そうに首を傾げる。
「おや? マリーの姿が見当たらないね」
最初に口に出したのはシャルル殿下だった。
「ヴィオレッタ、マリーを見なかったかい?」
「いいえ、見ていません」
見てはいない。原因はヴィオレッタにあったとしても。
別にこの時間軸のマリーにはさほど怨みはない。ヴィオレッタが処刑された時間軸ではシャルル殿下を誘惑した女として多少目障りではあったが、今となってはこんな頭部装飾男にそれほどの価値を見出せない。
しかし、強烈な悪事の生贄になって貰うことにさほど躊躇いもない相手なのだ。
「今日は舞踏会ですもの。彼女も浮かれているのでしょう」
そう。
ひとりきりの舞踏会で|。
実は、前夜に舞踏会会場を変更した。
ただ、その知らせをマリーには渡していないだけだ。
わざわざ変更された会場をマリーに教えるような同性の友人はいないだろうし、既に舞踏会で会う約束をしているお相手は帰宅後届いた会場変更のお知らせをわざわざマリーに伝えたりなんてしない。
そもそも、平民のマリーと夜中に連絡を取り合う手段を持つ人間なんて、彼女が関わろうとする人間の中にいるはずがない。
今頃ひとりきりの会場で首を傾げていることだろう。
素晴らしい成果だ。
これほどの悪事であれば処刑の原因になったとしても受け入れられるかもしれない。
いや、まだだ。もっと大きな悪事を働かなければこの首とは釣り合わない。
男子生徒にざわめきが広まっている。
けれども校長が開会を宣言し、音楽が流れ始めると踊らないわけにはいかない。
「ヴィオレッタ」
少し躊躇いながらシャルル殿下がヴィオレッタを呼ぶ。
「はい」
「……当然、婚約者であるお前が私のパートナーだろう?」
「まあ、一般的にはそうですわね」
とても王族に対する態度ではないが、仕方がない。
もう、価値のないものに見えてしまっているのだから。
「一般的にはとはなんだ。それ以外になにがある」
シャルル殿下は不満そうに頬を膨らます。
子供染みている。
いくら容姿が整っていてもこれでは全く魅力を感じない。
所詮顔だけ男。王家の装飾品でしかないのだ。
「てっきり、殿下には私の他にだれかいい人がいらっしゃるのだと思っていましたの」
拗ねていますのよ。そんな表情を作れば、少し驚いた表情を見せられる。
「……お前、そんな表情もできたのだな」
どういう意図でそんな言葉を口にしたのか。ヴィオレッタには理解出来ない。
ただ、強引に手を取られ、ダンスに引きずり込まれる。
かつては焦がれていたこのワルツも拒絶感が強まる。
魅力を感じなくなった婚約者との密着は苦痛だ。
どうせなら、この男も隔離舞踏会に放置しておけばよかった。
そんなことを考えながら数曲付き合わされる。
意外な事に、シャルル殿下はダンスを好む。
どうせ自分がどう美しく見えるかばかり意識しているのだろうなどと考えるが、その割にはしっかり額縁と花を守れているのが不思議だ。
「……ヴィオレッタ、踊るときは笑顔が基本だろう。この私のパートナーなのだぞ?」
不満そうな声さえどうでもいい。
「……表情筋が疲れましたの」
「なっ……」
言い返そうとして言葉が出てこないらしいシャルル殿下は僅かに指先に力が入りながらも踊りをやめるつもりはないらしい。
そろそろ四曲目に差し掛かるというのに素晴らしい体力だと呆れていると、勢い良く会場の扉が開いた。
突然の音に演奏家も驚いたのだろう。一瞬大きく音が外れたが、それでも演奏を生業としているだけありすぐに再開される。
しかし、会場の視線が乱入者に集中した。
「ど、どうして! 会場の変更を教えてくれないんですか!」
涙を滲ませたマリーが叫ぶ。
なんて図太い女だ。
仲間はずれにされたにもかかわらず変更された会場に足を運ぶなんて。
「あら、あなたの会場はあちらよ」
ヴィオレッタはシャルル殿下から離れ、ねぇ? と支援者達に視線を向ける。
「当然ですわ。舞踏会は招待状のない人間は入れなくてよ」
「平民は平民の会場で楽しめばいいのよ」
くすくすと笑う彼女たちにマリーがぷるぷると震え出す。
「ヴィオレッタ、どういうことだ?」
不機嫌そうなシャルル殿下がヴィオレッタを睨む。
「そういえば、会場の変更を申し出たのはお前だったな」
「ええ。こちらの会場の方が音響がいいのですわ」
わざわざ理由をこじつけるためだけに選んだ会場なのだ。音響はよい。
「マリーに招待状が渡っていなかったようだが?」
「直前にやっと確保した会場ですの。夜遅くに彼女に連絡出来る人がいなかったのでは?」
さあ、どんな反応をするだろう。
ヴィオレッタはシャルル殿下を注視する。
マリーは既にシャルル殿下がヴィオレッタを罰することを期待するような表情を見せている。
「ヴィオレッタ……お前……」
シャルル殿下は視線を足元に落とし、握った手を僅かに震えさせる。
これはどんな暴言が飛び出すか。
ヴィオレッタは思わず身構えた。
しかし。
彼の口から飛び出した言葉はヴィオレッタの予想とは異なった。
「お前がそんなにも情熱的な女だったとは知らなかった」
がっしりと手を握られ、困惑する。
「ここまでして私を独占したいなど……だったら早くそう言え」
「は?」
一体なにを言い出すのか。
今、なにが起きているのか。ヴィオレッタは理解出来ない。
「いつも澄ました顔ばかりしているお前は、私がどんなに火遊びをしたところで小言程度だったではないか。こんな大それた手を使ってまで私を独占したがるなど……可愛いところもあるではないか」
一体どんな好意的解釈だ。
呆れすぎてなにも言えないヴィオレッタに気付かないのか彼はそのまま続ける。
「私を彩る伴侶はお前一人に決まっている。が、お前に嫉妬されるのは気分がいいな」
「いえ、返品させてください」
こんなにも頭が空っぽな王位継承者がいる国なんて危険すぎる。とっとと国外へ逃げよう。出来るならばなるべく遠い国へ。
「照れ隠しか? そう照れなくとも、私はお前の伴侶となる男だ。もっと素直に甘えてみろ。その方が可愛げがあるというものだ」
なぜか、シャルル殿下が上機嫌だ。
「私、顔だけ男には興味がありませんので……マリー、この頭部装飾殿下はあなたに差し上げますわ」
衝撃的な嫌がらせをしようと思ったのに、想定外過ぎる反応をされて戸惑う。
さっさとマリーに押しつけようとしたのに、シャルル殿下ががっしりとヴィオレッタの腰を掴んだ。
「なぜ逃げようとするのだ。私がお前を逃がすわけないだろう……」
手に入らないなら殺してやる。
そう、囁かれたような気がするのは錯覚だっただろうか。
背筋がぞわりとする。
「お前以上の私の彩りは存在しない」
身勝手すぎる物言い。
しかし、嫌な予感がする。
「まさか……殿下……私のことを……好いていらっしゃる?」
「……っ、当然だろう。そうでなければ私の彩りに置いたりしない」
誰に対しても失礼になりそうな物言いだというのに、彼らしさの塊としか感じない。
「お前は私だけを見ていればいいのだ」
耳元に息が掛かるほど接近される。
まさか。
「私がマリーにばかり構うと、それを理由に処刑したりするおつもりですか?」
思わず訊ねると、彼はハッとしたような様子を見せる。
「そう、だな。お前の首を部屋に飾るのも悪くない。しかし……胴と離しては腐敗してしまうだろうから、優れた防腐加工を行える職人を確保してからにしなくてはな」
笑えない。
なにしろ彼は本当にそれを実行する人間なのだから。
逃げなくては。
ヴィオレッタが動こうとすると腰に回された腕で引き寄せられる。
「今日はワルツを楽しもう。お前と密着するこの時間が好きだ」
処刑される前ならば飛び上がって喜んだかもしれない。
けれども、今のヴィオレッタにその言葉は響かない。
こんなの。
いっそ処刑された方がマシなのではないだろうか。
助けを求める様にマリーに視線を向ける。
すっかり立場が逆転した気分だ。
しかし、マリーは呆れたような溜息を漏らすだけで、小さく手を振って「いってらっしゃい」とでも言うように見送りの仕草を見せる。
殿下を狙っていたのではなかったの?
もう少しごねてくれればいいのに。
マリーに視線で告げようとすれば、強引に顎を引かれる。
「ヴィオレッタ、私ほど美しい顔はないと思うが?」
こっちを見ろと、顔面以外誇る部分がない男が言う。
こんなこと、望んでいない。
そのはずなのに、微笑まれ、一瞬視線を奪われてしまう。
どうかしている。
理不尽にヴィオレッタを処刑する男から逃げられないなんて。
ヴィオレッタは終わらないワルツに捕らわれ、逃げ道を塞がれてしまった。




