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前世で初恋の人に「絶対に許さない」と言われてしまったので近寄るつもりはないのですが、不可避イベントは仕方がないですよね  作者: と。/橘叶和


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2/2

アーティ視点

 夢を見る。ひどく恐ろしい、昔の夢を。



『許さない! 絶対に許さないからな!』

『……ごめんねぇ』



 たったの一歳差であるのに年上だと振る舞い、いつだって問答無用で僕を引きずっていった少女は、いつものように笑いながら涙と血を流して逝ってしまった。


 それからのことは、あまりよく覚えていない。毎日同じようなことを繰り返していただけだった。起きて食べて、魔物を斬って、寝て、そして起きて、その繰り返しだ。怒りだけが僕を突き動かしていた。その怒りのままにとうとう魔物を統べる王とやらも倒したが、特記すべき感情はなかった。


 もう、何もなかった。


 両親や親族、親しくしていた使用人たちと領民、そしてあの、いつだってへらへらと笑っていた少女ももういない。怒りの矛先さえも、もう。僕には何も残っていなかった。唯一生き残った叔父が僕の後見に名乗りを上げてくれたが、それすらもどうでもよかった。空っぽの僕に、公爵など務まらないのだから。


 叔父に公爵を押しつけ、ただぼんやりと生きていた。あまりに空っぽで何もなさすぎて、自死すらも思いつかなかった。世界が色をなくす、なんて詩的な表現があるが僕の場合は味だった。あの身の丈に合わない高位聖職者の衣装を着た少女が死んでから、何の味も感じない。皆がもてはやす美しい料理も強烈な香りを放っているらしい香辛料も海水や泥水でさえ無味だった。


 けれどもそれもどうでもよかった。もう、何もないのだから、なんでもいいのだ。そんなある日のことだった。



【お前、ちっとも嬉しそうではないのね】



 夢だと分かる夢、というものだとすぐに気がついた。そして僕は、自身の夢の中だというのに膝を突き首を垂れた。そうしなければいけなかった。



【せっかく魔物を統べる王を斃してしまったのに、どうして? ほかの子たちはお前の偉業を称えようとお祭り騒ぎだというのに】



 答えを、口にすることができない。しかしこの、絶対的な存在の前に言葉など不要だった。



【あら、そんなにあの子のことが大事だったの? そうねえ、あの子はいい子だったからすぐに転生させず、わたくしの傍に暫く置いておこうと思っていたのだけれど。そんなに言うならすぐにそちらに戻してやってもいいわ。魔物を統べる王を斃した褒美です。ありがたく受け取りなさい】



 どんなにか顔を上げたくて、けれどできなかった。疑問も抗議も感謝すら、伝えることはできないのだ。それは不必要なことであるから。



【いいのよ。わたくしの庇護下で、あんなものにのさばられると目障りだから。お前は頑張ったわ。ああ、死んだお前の近しい者たちはね、もう魂の傷を癒して転生しています。もう誰も苦しんではいないから、お前もそろそろ元気を出しなさいね】



 夢は、そこで途絶えた。


 それから僕は、人並みの生活を送れるよう努力した。相変わらず食事の味は分からなかったが、それはもう慣れたからいい。入隊したことによって中断していた勉強ももう一度やり直した。叔父の仕事を手伝わせてもらい、貴族としての体面も整えた。嫌だったが、言われるがまま社交にも出た。女王の恩情で伯爵を賜り、待った。


 あの夢は、女神からのお告げである。そして女神は褒美だと言った。つまり、ソフィアは必ず僕の前に現れる。……妄執でも構わなかった。あの夢だけが僕の生きる希望だった。


 気づけばあれから二十年もの月日が流れていたが、僕は、ソフィアにもう一度会う為だけに生きていた。



「今年、成人を迎えました、ソフィ・アルスと申します」



 ああ、女神は本当におられるのだ。


―――


 ソフィア改め、ソフィを上手いこと丸め込んだ僕は、そのまま彼女の家に転がり込むことに成功した。女神からのご褒美であるのだから、当然の権利ではある。と、貴族社会で喧伝する訳にもいかないので根回しは一通りやった。叔父の仕事を手伝わせてもらっていてよかった。人生まだまだ捨てたものではない。



「アーティ、覚えています? 貴方が昔、怒ってかくれんぼした時のこと」

「あれはかくれんぼではなく、隠れていたんですよ。どこかの聖職者様が僕のことを引きずって行こうとするので」

「同じことでは?」

「まったく違いますが」



 そうかしら、と言いながら僕の隣で紅茶を飲むソフィはとても優雅だ。伯爵家の教育がよいのだろう。しかし、以前の彼女も粗雑な言動はしなかった。あれは教会の教えだったのだろうか。



「それで、かくれんぼがどうしました?」

「あの時、野いちごを見つけたでしょう。美味しかったですよね、貴重な甘味でしたし。あの頃から私、いちごに目がなくて」

「ああ……」



 そういえば、と思い出す。辛く大変なことばかりの行軍だったけれど、確かにそういった思い出もあった。僕を探しに来たソフィアが皆の為にと採りだして、手伝わされたのだ。彼女が起こす突拍子もない行動は、非常時であるということをよく忘れさせてくれた。


 両親や親族が殺されてまともな精神状態ではなかった僕が無理矢理に飛び込んだ隊は、かなりまともな隊だったのだ。そう、今になれば分かる。ひどいところは本当にひどかったから。そんなところに配属されていたら、子どもが見つけた野いちごなど全て取り上げられて踏みつけられていたかもしれない。



「いちごをね、うちの領でも作れないかしらって、思うのです」

「ああ、ルクス公爵領で育てている地域があるので、苗を融通してもらえないか聞いてみましょうか?」

「まあ、本当?」

「ルクス公爵領は国の食糧庫、って聞いたことありませんか。あの領地で育てていない食物は少ないですよ。気温や土など特別な条件を満たさないと育てられないものでも、魔道具や魔法を駆使して少量ですが作っていますよ」

「いちごも……?」

「いちごはまあ、比較的育てやすい部類ですから」



 アルス伯爵領は涼しい地域なのでむしろ向いているだろう。この地域の特産である川魚を交換条件に出せば、二つ返事で融通してくれそうだ。ルクス公爵領では農作物を育てるだけなく畜産や漁業、養殖など手広くやっている。伯爵領にしかいない川魚なんて、研究者たちが喜びそうだ。


 そう伝えると、ソフィは嬉しそうに微笑んだ。彼女は昔から、いつだって楽しそうに笑うのだ。



「それが本当になればこんなに嬉しいことはありません。この辺りでは新鮮ないちごが手に入りづらくて……。いちごジャムも美味しいんですけど、できればなっているものを取って食べてみたかったんですよね」

「ですが、貴女が何かに執着するなんて意外です」

「そんなこともありませんよ。私は昔から、気に入ったものには一途ですから」



 そっと頬を撫でられ、ぐ、と息が詰まる。この、十七歳も年下の少女は、けれど未だに僕より年上のつもりでいるのだ。



「本当にアーティは理想のお婿さんです。いちごを栽培している領地からお婿さん貰えないかなって思ってて」

「は?」

「ん?」

「何ですか、それ」

「何、とは?」

「つまりソフィは、いちごを栽培している領地の男なら誰でもよかったと?」

「え? え、ええっとお……」



 ソフィがあからさまに目を逸らしてくるので、がしりと手を掴む。びくりと肩が跳ねるが別に遠慮はしない。彼女が今でも聖属性の魔力を持っていることは知っているのだ。誤魔化しているだけで、以前のように使いこなせるのだろう。本当に嫌であれば、彼女は男一人くらい軽く押しのけられる。まあ、今の僕には効かずとも本気で抵抗されれば引くつもりだ。それをしないのであれば、わざわざ手を抜いてやる必要はない。



「大体、前から思っていたんですよ。貴女、ソフィアとしての記憶があったのにどうして僕に接触してこなかったんですか。貴女のお気に入りに対する一途さってその程度なんですか」

「いえほら、自分で勝手にそう思っていただけかもしれませんでしたし、確証がなくて……」

「成人の祝いの時もそうなんですよ。僕のほうを一度も見なかったでしょう」

「不審者に思われたら嫌だなあって……」

「はぁ?」

「だ、だって、覚えていないって言われたらって、それに、怒ってるって」



 言い訳を重ねるソフィから目を離さず黙ってじっとしていると、彼女は観念したかのようにへにゃりと体の力を抜いた。



「ごめんなさい、アーティ」

「それは何に対しての謝罪ですか」

「寂しい思いをさせてしまったことへ」

「……」

「ごめんなさい」



 子どもにでもするみたいに抱きしめられるのは、悪い気がしない。しないが、けれど今はそうではなく、ああもう。



「はあ……」

「あら」

「いいですよ、もう。よくないですけど、とりあえずいいです」

「うーん、本当によくなさそう」

「それはそうですよ。惚れた弱みというだけなので」

「……え!?」

「いや、え、とはなんです」

「だってそんな、そ、い、いつから……?」

「……さあ? 教えてあげません」

「えええ、ひどいわ」

「僕のこと置き去りにした貴女がよく言えますよね、そんなこと」

「やだやだ、それは一旦置いておいて教えてください」

「嫌です」

「アーティっ」



 珍しく必死なソフィを見て、僅かに胸がすく。しかしこれはそもそも意識をされていなかったということなのだろうか。以前の僕は多少分かりづらかったかもしれないが、今では年甲斐もなくこんなふうであるというのに。



「駄目です。貴女自称お姉さんなんですから我慢してください」

「うー……。あ、私が貴方のこと好きになった時のことを教えますから」

「……それは聞きますけど、貴女僕のこと好きだったんですか?」

「え」

「へえ」

「え?」



 意識は、されていたようだ。僕はにやりと口角を上げて、女神に感謝をしながらゆっくりと顔を寄せた。




読んでいただき、ありがとうございます。

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