私は殿下に婚約破棄されて幸せでした
「アウレリア・ベルツ伯爵令嬢! 俺はお前との婚約を破棄する。そして、ここにいるバーバラ・リント子爵令嬢を今日から俺の婚約者とする」
そう宣言する彼の隣にはバーバラが寄り添っている。
彼はそんな可愛らしい少女に首ったけの様子で鼻の下を伸ばしていた。
アウレリアは目を一瞬伏せて小さく息を吐くと、ドレスの裾を持ってお辞儀をする。
「かしこまりました。殿下の婚約お申し出、承ります」
そう言って彼女は二人から去っていった。
アウレリアと第一王子フランク・リヒテンシュタインが婚約したのはちょうど春の陽気に包まれた頃だった。
『よろしく、アウレリア』
『……よろしくお願いいたします。殿下』
そう言葉を交わしたのが最初だった。
二歳差の二人は母親同士が仲が良く、両家も交流があったため幼い頃から顔を合わせ、遊び、そして婚約したのである。
内気な性格だったアウレリアをフランクは何度も根気強く遊びに誘い、少しずつ仲を深めていったのである。
『アウレリア、今日は庭まで出てみないかい?』
『殿下が傍にいてくださるなら……』
侍女やメイドともほとんど言葉を交わさない彼女。
それでも彼はずっと見放さずに声をかけて、傍にいてくれた。
『アウレリア、見てこれ』
『……メルーナ蝶ですね』
『メルーナ蝶……?』
『はい、鮮やかな青紫色ですが夜になると光るんです』
『アウレリアは物知りだな!』
そうして褒めてくれる彼の言葉が彼女はとても嬉しかった。
部屋に籠って本を読みふけっているばかりで、外が怖くて学院にも通えない。
そんな日々の中で家まで尋ねてくれる。
アウレリアの人生を変えた存在がフランクだったのである。
婚約破棄から数日が経った頃、フランクはバーバラと共にカフェにいた。
「お前は気立てもいいし、傍にいて楽しいな」
「それは嬉しいですわ」
バーバラは笑みを浮かべるが、すぐに浮かない顔に戻ってしまう。
「どうした?」
「…………」
彼女から返事がない様子にフランクは不思議に思う。
そういえば彼女は元々物静かな子ではなかっただろうか。
(バーバラと初めて会ったのはいつだ)
フランクが彼女との出会いを思い出そうとするもなかなか思い出せない。
(俺がバーバラをなぜ好きか思い出せない)
そう気づいた瞬間、バーバラが勢いよく立ち上がった。
「殿下! ついてきてください」
戸惑う彼の手を引いてバーバラはある場所へと向かっていく。
やがて街から少し離れた郊外の屋敷へとたどり着いた。
すると、そこには黒い服に身を包んだ人々が大勢いるではないか。
その光景を見て全てを悟ったバーバラは自分の犯した大きすぎる過ちに顔を歪めた。
一方でフランクもまた衝撃を受けていた。
なぜなら、彼が見た棺の中に眠っていたのはアウレリアだったからだ。
「アウレリア……」
フランクの来訪にアウレリアの親戚皆頭を深々と下げる。
涙を流して別れを偲ぶ中、彼女の母親はあまりの悲しみに目を腫らしていた。
「どうして……」
屋敷傍の墓地に送られた彼女を見て、フランクはそう呟く。
すると、バーバラが全てを明かし始める。
「殿下、騙していて申し訳ございませんでした」
「騙していた……?」
「殿下が私に想いを寄せていたのは、私の『魅了』の魔法のせいです」
「なに……」
バーバラからの告白を聞いてフランクは納得した。
そうか、だから彼女への恋心に「どうして」がなかったのかと。
そうしてバーバラは一カ月前のアウレリアとの会話を伝える。
『殿下に「魅了」の魔法を……? どうして?』
『バーバラ、あなたの「魅了」なら殿下をも虜にできる。私はもう永くない。彼と国を支えるのは強い魔法を持ったあなたが適任よ』
『でも、アウレリア! それじゃあ、あなたの気持ちはどうなるの!?』
『お父様にもお母様にも、それに国王陛下にも王妃様にも伝えて了承いただいているわ』
『そうじゃなくて! あなた……あんなにも殿下をお慕いしているのに。お願い、彼を一人にしないで』
『でも私は傍にいられなくなるわ。だから、あなたが殿下をお守りしてほしいの』
「そんな……じゃあ、アウレリアは……」
「はい。あなた様の為を思って私に殿下のお傍にいるようにと願いました。申し訳ございませんでした。私が……私がお二人の仲を引き裂いてしまった……」
後悔と謝罪の涙を流す彼女は何度もアウレリアに頭を下げている。
返事もしない動かない彼女に──。
「私が、私が間違ってた! ごめんなさい……」
その瞬間、バーバラの肩に一匹の蝶が止まった。
「蝶……?」
「メルーナ蝶だ」
「え……?」
「バーバラ、俺と共に王国を守ろう。君が犯した罪も、俺が彼女を信じきれなかった罰も背負っていくんだ。アウレリアの愛したこの国を守るために……」
フランクはそう言って空を見上げた。
彼はそれから生涯、正妃をとらなかった。
バーバラもまた国のために尽くし、フランク亡き後は修道院に入り、亡くなった。
フランクが統治した時代は王国で一番穏やかで平和なものだった。
そして国王であるフランクの傍にはいつも彼を見守る蝶が一匹いたという。
『メルーナ蝶……?』
『はい、鮮やかな青紫色ですが夜になると光るんです』
『アウレリアは物知りだな!』
『この蝶は番で子どもを育てるのだそうです。だから、このある国ではこう呼ばれているんだそうです』
『幸せの守り人と──』




