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リナニア戦記 ~悪役貴族と転生従士は平和の国の夢を見るか~  作者: なるのるな
2 別の舞台

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9/20

6 裏の舞台へ

 ◆◆◆



 リナニア王国南方に広がる山間部。


 マルバ都市同盟と隣接している地域であり、領土問題による諍いが絶えない場所。


 人々の日々の営みは農業や林業、狩猟などが中心であり、本来であれば領土を巡って相争うような土地柄でもないはずなのだが、リナニアにせよマルバにせよ、目の付け所は当然別にある。


 資源だ。


 周辺には古代魔導王朝の遺跡が点在しており、神秘の魔導具たる魔導宝珠(オーブ)や魔石が発掘され続けている地。


 一説によれば、遺跡の奥深くにて、女神が施したとされる〝神代の魔法〟が発動し続けており、今もなお新たなオーブや魔石が次々に生成されているのではないかと言われている。


 しかしながら、魔法の発現場所に辿り着いた者やオーブ生成の現場を実際に確認した者はいない。


 あくまでも仮説止まりなのだが……既に発掘し尽くされ、多くの者が〝枯れた〟と確認された遺跡群から、後日、新たなオーブや魔石が発見されるという不可解な現象が実際に起きている。勘違いや気の所為では済まない頻度で。


 それ故にか、この地域に〝神代の魔法〟が存在するという言説は、一般庶民はおろか、識者の間でも広く信じられていたりもする。


 遺跡以外でオーブが発掘・発見されないのは何故なのか……という謎については、依然として謎のままではあるが。


 ようするに遺跡群の眠るこの地は、神秘の魔導具や魔石という資源を巡っての争いが起こる要地ということ。


 そのような地域であるため、当然ながらリナニア王国は、武力において信頼の置ける者を配備している。


 遺跡群の管理を含めて、当該地域を代々治めているのは、リナニア王国の大貴族バウフマン辺境伯家。


 武力行使をはじめ、独立的な権限を認められた辺境伯であり、有事の際には大公という扱いになるが、あくまでリナニア王家に忠誠を誓う臣下だ。


 ただ、周囲からその領地は、有事の際に限らず日頃から〝バウフマン大公国〟と認識されていたりもする。


 表立っての関与は白々しく否定しているものの、マルバ都市同盟側からすれば、バウフマン家は何度となく煮え湯を飲まされて来た相手。一部の者たちからすれば、まさに怨敵。憎々しい相手とも言える。


 さりとて、マルバ都市同盟側も全面的な攻勢に出たくない事情もある。


 あくまでも一地方の紛争止まりにしたい。どさくさ紛れに遺跡からオーブや魔石を盗掘したいだけ。求めるのは目先の利益のみ。


 遺跡の管理権や領地の切り取りを求めてしまえば、全面的にリナニア王国と対立してしまう。そうなれば、マルバ都市同盟が圧倒的に不利なのは明白。


 また、リナニアもマルバとの断絶を、決定的な対立を望んでいるわけでもない。


 魔導具の輸出に職人や魔導士の派遣による技術供与などは、リナニア側にとって利益の大きい事業であり、金払いがいいマルバを切りたくないというのが本音。


 マルバ都市同盟は名の通り、複数の都市が同盟という連帯によって国家に準ずる形をなしているため、そもそもが一枚岩のはずもない。あくまで周辺国に飲み込まれぬための自衛としての連帯。リナニアとの友好を強く望む都市も多い。


 逆を言えば、マルバ都市同盟の中にもリナニア王国……というよりもバウフマン家に対して、積極的な攻勢を望む勢力があったりもする。


 なんにせよ、この地ではマルバ都市同盟の〝非正規部隊〟……〝正体不明の賊〟とバウフマン家との争いが絶えないということ。


「例の()()()が現れただとッ!? 連中、ついこの間はビョルン方面にいたんじゃなかったのか!?」


「隊長! そ、そうは言っても実際に我々の宿営地が襲撃を受けているようです! このままでは退路を断たれてしまいます!」


「くそッ! あの豚野郎がッ! 馬鹿の一つ覚えみたいに同じ手を何度も何度も繰り返しやがってッ!」


 リナニア王国の南方に広がる山々。バールライラ山脈。とある遺跡にて怒号が響く。


 山間の平野部には人々の営みもあり、雄大な自然に抱かれた厳しくも穏やかな日々が流れているのだが、深く広大な山中に足を踏み入れると、遺跡からの発掘品を巡って局所的に戦端が開かれている。


 バールライラ山脈の中には、バウフマン家が管理する古代魔導王朝の遺跡群が点在しているが、人よりも獣の方が勝手を知るという地であり、そんな険しい霊峰が連なる山岳地帯で規律をもって活動できるのは、ただの盗掘集団などではあり得ない。正真正銘、訓練され統率された兵であり部隊。


 盗掘を防ぐため、バウフマン側も遺跡やそこへ辿り着くまでのいくつかのルート上に兵を配置して警戒しているが、そもそも遺跡の数が多く、天候や季節によっては補給物資の輸送すらままならないのがバールライラ山脈という場所。


 全ての遺跡に兵を常駐させるのは現実的ではなく、マルバ都市同盟側の盗掘部隊を完全に防ぐのはほぼ不可能。


 ならば、ある程度の盗掘被害は仕方ないと割り切り、それ相応の防衛網を敷くのみ。


 もちろん、盗掘部隊を捕捉すれば追う。叩く。しかし、相手も兵の接近を察知すれば当たり前に逃げる。まさにイタチごっこというやつだ。


 とはいえ、国同士での経済的な交流は続いているため、マルバ側とて、盗掘したオーブや魔石があまりにも稀少性の高い品であれば、〝寄贈〟という形でリナニア側へ返却したりもする。リナニアはリナニアで、それに対してマルバに返礼をする。


 長年そんなやり取りが続いていたため、バウフマン家とマルバの盗掘部隊の間では、〝お互いにやり過ぎないように〟という暗黙の了解が、現場レベルでは成り立っていたのだが――その暗黙の了解が崩れつつある。


 近年、一線を越えての戦闘が散見されており、不穏な空気が濃くなってきている。


「発掘は一旦中止だ! シラー小隊は戦利品をかき集めて先に中継基地へ迎え! 他は戦闘準備だ! あの豚野郎を今こそ仕留めるぞッ!」


「は、はいッ!」


「シラー小隊! 急ぎ中継基地へ向かいますッ!」


 部隊を率いる壮年の男の命令により、皆がそれぞれに動き出す。その動きは機敏であり、よく統制が取れいているのが窺える。


 マルバ都市同盟の兵たち。密かにバールライラ山脈へと潜入し、遺跡からオーブを盗掘する部隊。やっていることは盗掘行為であり字面では情けなさが若干漂うが、その練度は本物。マルバ側の精鋭と呼べる者たちだ。


「た、隊長、あれをッ! しゅ、宿営地の方角に火の手が見えますッ!」


「なッ!? あ、あの豚野郎……ッ! まさか山中で火を使いやがったのかッ!? くそったれが! 〝協定〟を完全に無視するつもりかッ!?」


 そんな彼らの目に映ったのは、木々の合間から立ち上る煙。また、物が燃える臭いが風に乗って鼻につく。


 襲撃の伝令が届いた直後のこのタイミング。当然に自然発生的な山火事などではあり得ない。人為的なもの。


 宿営地の焼き討ち。山の中で火計を用いるというのは、暗黙の了解を軽々と超える行為だ。


 しかし、マルバ側とて近年は〝やり過ぎ〟が目立っており、むしろ先に一線を越えたのはマルバだったのだが、自分たちのことは棚に上げ、敵の火計に対して現場の兵らには怒りが宿る。


「くッ! シラー小隊も留まれ! 中継基地行きはなしだ! 全員戦闘準備ッ! ここであの豚野郎をぶっ殺すぞッ!」


「た、隊長! 既に火の手が回った宿営地に戻るのは自殺行為です! そもそも間に合いません! ここは一旦基地まで引くべきは!?」


「馬鹿野郎ッ! それが奴らの狙いだ! 奴らはこちらの中継基地を探ろうとしてる! この派手な火計はそのための撒き餌だ! 俺たちに分かり易くアピールし、中継基地まで下がらせる魂胆が分からんのかッ!?」


 隊長と呼ばれた男ニエスは、敵の蛮行に憤りを覚えながらも現場指揮官として冷静さを保っていた。


 瞬時に敵側の狙いを予想する。


 このまま引けば、自軍の基地を探られる危険がある。むしろ、敵の狙いはそれ以外にないとニエスは確信している。


「リナニアとマルバの争いは、あくまでも遺跡群やバールライラ山脈内のみという暗黙の了解があった。お互いに片目を瞑ってきた。だが! 今のバウフマン家やあの豚野郎は違う! 山脈の外にまで争いの火を拡大させるつもりだ! ここで叩かなければ、別の隊にも同じ事が起こるんだぞッ!」


 怒りを内包しながらも、敵の火計に怯む兵たちにニエスは檄を飛ばす。敵を放置すれば、争いが他の隊や〝外〟にまで拡大するのだと。


「しょ、承知しました!」


「敵は宿営地までのルート上で待ち伏せしている可能性が高い! あと、流石に罠を設置する時間はなかっただろうが、そちらも警戒しておけッ!」


「は、はいッ! 哨戒を出します!」


 襲撃者を撃退するために急ぎ宿営地へ戻る予定だったのが、潜む敵を狩り出す作戦へと切り替えざるを得なくなったニエス中隊。


 宿営地を失ったことで補給の問題もあるが、だからといってこのまま基地まで引き返すこともできない。


 敵に誘導されていることをひしひしと感じながらも、ニエスたちは進むしかない。


 現に戦っている兵たちからすれば、ここはまさに戦場。


 遺跡やオーブを巡るバールライラ山脈での戦い。紛争。正々堂々の決戦などとは程遠い、泥臭い戦いだ。


 誇りや名誉、大義などを気にするリナニア魔導士(貴族)からすれば、この地の戦いは取るに足りない諍いでしかない。


 所詮は遺跡の管理や警備、盗掘者への対応でしかないと鼻で笑うだけ。


 そして、それはマルバ都市同盟とて似たようなもの。


 直接戦場に出向くことのない権力者たち、大局を動かす者たちからすれば、この地の争いはあくまでオーブや魔石を巡る商取引の延長のような認識でしかない。


 たとえ兵の損耗があろうとも、それ以上の収穫があればどうということもない。


 だからこそ気付かない。まだ気付けない。


 バールライラ山脈での〝暗黙の了解〟の逸脱。


 数年前、マルバ側が先に一線を越えてから双方で徐々に()()が増えてきつつあるのだが、その発端は現場の暴走などではない。意図的に演出されたもの。


 マルバの好戦派を通じて仕掛けられた、リナニア王国への謀略の糸の一端。


 リナニア側も、謀略に加担しているはずのマルバ側ですらも、この時点で全容を把握している者はいない。多少の違和感を抱いている者が少々といった具合。


 ()は違う。


 謀略の詳細までは知らずとも、その結果がどうなるのかだけは知っていた。


 とある従士から聞かされていた。



 ◆◆◆



 マルバ都市同盟軍の士官であるニエス。


 バールライラ山脈に潜入しての盗掘任務に就く中隊長。


 食い詰め者として軍に入り、いくつかの作戦で生き延びて戦果を上げ、下級とはいえオーブを支給されるほどには認められた。偶然や運に恵まれたこともあったが、叩き上げでここまできたという自負が彼にはあった。


 だが、今やその自負は砕かれ、自身の命運が尽きたことを悟る。


「――ば、化け物め……ッ! な、何なんだ……き、貴様……は……ッ!?」


 ニエスは当然に警戒していた。


 半年ほど前から突如として話を聞くようになった、神出鬼没の敵部隊。


 襲撃を受けた隊のほとんどが混乱のままに敗走しており、当初は敵の全容がなかなか掴めなかったが、交戦が増えるに従い、敵部隊の情報が徐々に明らかとなっていった。


 部隊を率いているのは、ぶくぶくと肥え太った醜悪な見た目の男であり、得物として大剣を使う。


 目撃情報などから、マルバ側では侮蔑を込めて、いつの頃からかその男を〝オーク〟や〝豚野郎〟などと呼ぶようになっていた。


 ただ、その鈍重そうな見た目に反し、〝オーク〟の動きは機敏であり、その戦力は侮れない。


 足場も悪く、木々に囲まれた狭い場所であっても、大剣を巧みに操りマルバ兵を寄せ付けない技を見せたかと思えば、木々を薙ぎ倒す勢いで、力任せに大剣を振り回す様も見られた。


 高度な武技と、まさにオークのようなデタラメな膂力を併せ持つ。


 また、付き従う兵たちも精強。


 やけに若年者が多いように見受けられたが、強兵には違いない。その動きなどから、全員がオーブの契約者であり、魔法による強化があると目された。


〝オーク〟が率いる部隊の戦法は単純明快。


 奇襲。


 森の中に潜む。不意に崖を駆け下りてくる。時には遺跡の中で待ち伏せされた部隊もいた。こちらの隙を突いての強襲。そして速やかな離脱。その繰り返し。


 これまでニエスの部隊は〝オーク〟たちと遭遇したことはなかったが、別の隊が現に被害を受けており、憎々しく思いながらも決して油断はしていなかった。そのつもりだった。


「ふっ。何だ貴様はと言われてもな。ここは名乗りを上げるような〝行儀の良い〟戦場でもないだろ? それに、俺はただの〝オーク〟だ。お前たちマルバがそう呼んでるだろう?」


「ぐぅ……ふ、ふざけたことを……がはッ……ごふ……ぅ……ッ!」


 苦しげに呻き、血痰を吐き出すニエス。すでに満身創痍。


 退路を確保するための宿営地が襲撃されたことにより、不退転の覚悟で〝オーク〟部隊を狩り出すつもりだったが、彼の部隊はあえなく瓦解した。


 実のところ、宿営地から火の手が上がった時点で詰んでいたのだ。


 いざ動き出そうとしたニエス部隊は、間を置かずに強襲を受ける。〝オーク〟は宿営地までのルート上で待ち伏せなどしていなかった。その必要がなかった。


 彼らはすでに、ニエスたちが盗掘作業に勤しんでいた遺跡の至近に潜んでおり、宿営地襲撃の報や焼き討ちこそが陽動。


 混乱の中でニエスは相対した。遂に出遭ってしまう。噂の〝オーク〟に。


『ぶくぶくと肥え太った醜悪な見た目の男』


 確かに、遠目に見ればそう見えるかも知れない。しかし、至近で相対したニエスは噂の決定的な間違いと正しさを悟った。


 刀傷の痕がある、獣じみた凶相により分かりにくいが、思いの外に若い。


 それほど背は高くない上に、横に広く重厚感のある肉体。


 だが、その厚みはただ肥え太っているわけではなく、鍛え抜かれ、はち切れそうな筋肉の上に脂肪が乗っている状態。まさに肉体という自前の鎧を纏っている。


 身の丈に迫るほどの大剣を片手で軽々と振るいながらも、その体幹は無駄にぶれることもなく、不安定な足場であっても根を張ったように動じない。


 山岳地で平地と同じような挙動を可能としている。


 しかも驚くほど速い。動きに迷いがない。


 当然に魔法による強化があるだろうが、それ任せでは説明が付かない。


 素の身体能力の高さと、天性のものではない、あきらかに修練によって裏打ちされた技術を持っている。


 また、その鋭い眼光と凶相により魔物感を醸し出しているためか、敵として向き合う者が醜悪さや嫌悪を覚えるのも無理はない。


 ニエス自身も、中隊長として兵をまとめる立場。叩き上げの職業軍人。当然に個人の戦闘能力においては、オーブ使いとして一般兵を軽く凌駕する力を持っている。


 ――が、噂の〝オーク〟にはまるで歯が立たなかった。戦いにすらならない。不意を突かれはしたが、それが言い訳にならないほどの差があった。


 唸りを上げる大剣の一撃を逸らそうとしただけで、彼の片手剣はあっさりと折り斬られ、その衝撃により手首と前腕の骨も砕けた。


 返す形の次の一撃……大剣の腹で弾き飛ばされ、ニエスは軽々と宙を舞う。


 痛みと浮遊感を味わった数瞬後には、激しく地に叩きつけられ、そのままの勢いでかなりの距離を転がる羽目になった。


 魔法により身を(よろ)う間もない。攻勢に転じるなど論外。


 あきらかに死なぬようにと手加減された一撃だったが、それでもニエスは、戦闘の継続はおろか起き上がれないほどの重症を負う。


 大剣で打ち据えられた脇腹は骨が砕かれ、内臓も痛めたのか呼吸もままならない。


「ぐぅ……とっとと殺せ……お、俺がこの隊の指揮官と見て生かしたんだろうが、俺は何も喋らんぞ。き、基地は不定期で場所が変わる上、そもそもお前らが喜ぶような情報など……も、元々持たされていない……ッ……!」


 兵の命すら金に換算するようなマルバ都市同盟に対して、ニエスは忠誠心など抱いていない。


 それでも、彼には軍に対しての義理があった。共に戦う戦友や部下を裏切れないという意地がある。


 そもそも、任務中に命を落とすのは当然に想定していた。


 ()()なってしまった以上、今さらどう足掻いても目の前の〝オーク〟を出し抜ける気もしない。


 ならば、軍や戦友に迷惑を掛けぬよう、後は速やかに死ぬだけだとニエスは覚悟を決める。


「ほぅ。俺が今まで相手にしてきた兵たちは、揃いも揃って軟弱者ばかりだったが……マルバにも気骨のある兵がいるようだな。まぁどちらにせよ貴様を殺す気はない。()()()からの指示により、今回は現場の指揮官を生かして捕らえろと言われているからな。――だが、どうしても自害したいというなら止めはしないぞ?」


「……ぐ……ぅ……ッ……!」


 選択を委ねられた形だが、ニエスにはどうすることもできない。


 自害しようにも体が言うことを聞かない。もはやまともに動けないのだ。


 周りでは部下たちが抗戦する音も聞こえはするが、その音も徐々に小さくなっている。制圧されつつある。


 ニエスはこの場で即座に殺されないのが幸いだとは思えない。思えるはずもない。


 もはやリナニア側に捕らえられるのが確定してしまっているが、あくまで自分たちは、マルバ都市同盟の兵ではないという白々しい設定があり、正規の捕虜として扱われることもない。


 ようするに、目の前の〝オーク〟やバウフマン家の裁量により、まともに()()()()()()()()()可能性すらある。


「……概ね終わりました。念のために何人かは生かしていますが、連れて行くのはこの隊長の男だけですか?」


 唐突に別の者の声。遠のく意識の中で苦悩するニエスをよそに、いつの間にか〝オーク〟の横には別の兵が立っていた。すらりとした長身の年若い女。


「いや、今生きている者は全員連れて行く。最近は『敵兵を殺し過ぎるな』とも言われているからな。砦で治療した後、バウフマン家へと引き渡す」


「ふぅ……ここだけの話ですが、バウフマン家にしろバルボアナの御令嬢にしろ、少々甘いですね。この者たちはマルバの正規兵ではなく、あくまでも〝正体不明の賊〟という扱いです。禍根を残さぬためには、徹底して排除するのもありだと思います」


「戦場で殺し合った者同士は和解などできない――か?」


「はい。戦による憎しみの連鎖を止めるというならば、どちらかが滅ぶまでやるしかありません。中途半端に双方に生き残りがいれば、憎悪は脈々と受け継がれていくでしょう。おためごかしの和平など、結局は権力者のパワーゲームであったり、市井の者らの疲弊による妥協でしかありません。殺し殺された者同士、その遺族同士が、心の奥の、奥の、その奥底にある本心から、赦し合って和解するなど……私は到底信じられません」


 厳しく現実を語る女。偽悪的に語ってはいるが、まさしく本音が乗ったもの。それは実体験によるものだけではない。悲しいかな、彼女の知る〝歴史〟がそれを肯定してしまっている。千年以上の時を経ても、憎しみの連鎖が途切れない事例を、かつての彼女はこれでもかと学ばされていた。


 ただ、そんな彼女とて理解している。


 国同士、組織同士、人同士の取り決めの必要性を。


 時には清濁併せ呑んでの損得勘定が求められることを。


 彼女が悪し様に語る権力者とて、自らの家族を殺した怨敵と笑顔で握手を交わさなければならないような……気が狂いそうな場面もあるのだと。


 そして、世の中には妥協と偽善というモノの出番が、思いの外に多いということも。


「ふっ。極論だな。それで国や組織がつつがなく回るなら苦労もないだろうに……サリーア様は、人は憎しみや利害関係、その生まれや立場を超えて分かり合えると信じているそうだ。そうでなければ、リナニアは周辺国を滅ぼすまで戦を止められないことになると。――あるいは滅ぼされるまでか」


「あの御方の理想がどうであれ、雇われの身としてはただただ生き延びることを願うまでです。ついでに言えば、〝筋書き〟が大幅に狂わぬことも」


 暗幕が掛かっていく意識の中でニエスは思う。


「(……い、一体……この〝オーク〟は……な、何者……なん……だ……?)」


 彼がその疑問を解消できるのはもう少し後。


 悪役貴族キャラダグラス・マーヴェイン異世界転生者(従士カティ)


 傍観者を望みながらも、何故か戦場を征く羽目になった――〝原作〟の外にいる者たち。


 

 ◆◆◆

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