5 傍観者を望む者、阻む者
※ストックが貯まったので、金・土・日で更新します。
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その音が室内の空気を振動させ、意味のある言葉として耳に届くと同時に、室内には重い静けさが漂う。
サリーアの表情は変わらない。その妖しくも美しい瞳に興味の光を宿したまま。されど、彼女からは圧が発せられている。
「――ふーん。〝至近に迫る混迷〟ねぇ……」
可憐な口元から発せられた音には、探るような興味と、訝しむ猜疑が交じる。当然のように、ダグラスに求めている。そう思うに至った思考の筋道を。その論理を。
「ふっ。サリーア様が俺に望んだのは、まさにこういうことでは?」
ダグラスはここぞとばかりにニタリと笑う。サリーアの妖しい微笑みとはまた別種のもの。それこそ、序盤で退場する悪役貴族のような笑みを、オークのような顔に張り付けている。
「――ふふ。それはどういう意味かな?」
上位者である彼女の笑みが深くなる。猜疑が抑え込まれ、より深い興味がその瞳に宿る。
「どうにも、マーヴェインの商売は好調のようでしてね。俺の立場では、すべての取引記録を辿れたわけではありませんが……ここ数年は特に〝商材〟の仕入れと、出荷する〝商品〟が増加しており、その出荷先にも奇妙な偏りが見られるようです」
「(ダグラス様は一体何を……?)」
それらはカティから聞いている〝原作〟知識にはない。だが、〝原作〟の流れを逆算して考えれば至る道筋だ。
第一部の学院編では、カイトとフェリシアの成長という主題の傍で、王国を取り巻く不穏な空気が背景として描かれる。
第二部の内乱編では、王位継承権を巡っての争いが起こる。王国の不和が具現化する。王家が歪なまま抑え込んでいた争いの種が芽吹く、花開く。
そして、第三部の戦争編。ギルギアス王国との戦が勃発する。
長らくの間、戦と和合を、勝った負けたを繰り返してきた隣国ギルギアスと決定的に対立するのだが――その戦の最中にも、中立を保っていたマルバ都市同盟の戦への介入、西の大国マウクト神聖国の暗躍などが描かれる。
内乱にしろ、隣国との戦にしろ、ある日突然はじまったりはしない。
たとえそう見えたとしても、物事には順序というものがある。原因があって結果がある。
『争乱が起こる』という〝結果〟をカティから聞かされた。なら、その結果に至る〝原因〟についても、逆から辿れるはずだとダグラスは考えた。大元までは無理でも、数年単位で調べれば、痕跡程度は見つかるだろうと。
おあつらえ向きに、実家の商売は争乱との関係性が深い。争乱が起こる前提でマーヴェインの取引履歴や関連する情報を追えば……ぼんやりと絵図が見えてきた。
「特に南方のバウフマン辺境伯領からは、ここ十年で取引の依頼が倍増する勢いがあります。同時にマルバ都市同盟からの依頼も。また、これまでほとんど取引のなかった、王都近郊の法衣貴族家のいくつかと、比較的規模の大きい商家からの依頼も増えていましたな。ちなみにマーヴェインの取引履歴とは別に、依頼のあった商家の周辺を調べさせたところ、南方交易路での賊の襲撃が増加の一途を辿っているとのこと。これらの動きは、魔獣の活性化や蛮族からの襲撃が増加している時とはあきらかに違う。単年だけのものではなく、十年単位での連続した動きが見て取れる――」
〝リナニア戦記〟においても、争乱へと至る事情などは説明されていたが、あくまでそれらは背景でしかない。ナレーションやキャラとの会話イベントでさらりと開示されただけ。
だが、テキストの一行、ナレーションの一文で終わる内容であっても、現実には、それ相応の人と物が動いた積み重ねの結果だ。そこにはどうしても痕跡が残る。
ダグラスはある程度の結果から逆算し、決め打ちして痕跡を拾っていったわけだ。
「――ダグラス・マーヴェイン。結局のところ、ボクが君に望んでいるモノはなんだと言いたいんだい?」
上位者が改めて問い掛ける。だが、問いの答えが欲しいわけではない。サリーアは、すでに確証を得た。
「ふっ。サリーア様が求めたのは、俺個人がどうのではなく……まさにマーヴェイン伯爵家の取引の履歴では? おそらく、別口から争乱の予兆を察知した。今はその予兆を補完するための情報を欲している――というところでは?」
ダグラスは、決して自分だけが気付いているなどと己惚れてはいない。
マーヴェイン家の取引から絵図を見出すことができるなら……同じように、他の記録、痕跡からも似たような絵図へ辿り着けるだろうとも考えていた。
そもそも〝絵図を描く側〟やそれに近しい者らも確かに存在しているのだ。
謀略を仕掛ける黒幕を気取ろうとも、痕跡を一切残さずに活動できるはずもない。
諸々の痕跡を追う者は必ずいる。
そして、ダグラスの前にサリーアがいる。現れた。
彼女がどちら側かの確証はなくとも、何者でもない今のダグラスにとっては大した違いでもない。
「正解だよ。見事なまでに……いや、気味が悪いまでにね。正直なところ驚いている。まさかマーヴェイン家の〝うつけ者〟が、ボクと同等の視座を持ち合わせているとはね。恐れ入ったよ、ふふふ」
サリーアの驚き。それは、手に入れたダグラスが、思いの外に優秀であったという喜びを含む。
「ふむ。身に余る光栄ではありますが……サリーア様と同等の視座を持つという点については、明確に訂正させていただきましょう」
「――へぇ?」
謙遜ではない。そこはカティという反則ありきだ。
また、ダグラスは争乱の影を、リナニアの混迷を感じ取ってはいるが、それ自体を何とかしたいと思わない。
それどころか、〝原作〟の流れ通りなら〝平和な国〟に辿り着くことを知っている。少なくともこれまでの流れは、カティの語る〝リナニア戦記〟から大きく外れてはいない。
それらを踏まえた上で状況を俯瞰すれば、ダグラスとカティは、むしろ〝謀略を仕掛ける側〟に近いと言える。知っていても止めない。止めようともしないのだから。
「俺の出発点は、マーヴェイン家を終わらせること。家の商売について調べ上げ、必要とあればその情報を外部に売ることすら考えていました。いっそ諸共に破滅させてやろうかと……そんな風に考えていた時期もありましたよ」
それは紛れもないダグラスの本音、本心。
もし、カティと出会わなければ……
もし、彼女がただの〝カティ〟だったならば……
もし、〝リナニア戦記〟を知らなければ……
彼は自らを無能だと断じた実家に、単身で反旗を翻していただろう。
もしかすると、実家への反抗が挫かれ、心が折れ、自暴自棄に、ただただ流されるままになってしまったのが……〝原作〟における〝悪役貴族のダグラス〟だったのかも知れない。
「そこまでマーヴェイン家が憎いなら、どうして君は実行に移さなかったんだい?」
内に秘められた、ダグラスの昏い感情に触れたサリーアは、至極当然の問いを重ねる。
「ふっ。それどころじゃないと気付いたからですよ、サリーア様」
嗤う。それは悪辣なる笑みであり、ある意味ではリナニア貴族への嘲笑でもある。
彼はカティから情報を得た。そして自らも調べた。
結果として、マーヴェインごときに構っていられないような事態が、リナニア王国を舞台に、静かに、それでいて着々と進行しているのを知った。確認した。
「マーヴェインの〝訓練所〟を離れた今、もう俺に有用な情報源はありません。なので、具体的に現状がどうであるかまでは分かりませんが……近い将来、間違いなくリナニア王国は荒れる。武力による衝突も含めて。しかしながら、俺には貴族家の者としての使命感などない。荒れる王国を何とかしたいとは思わない。ただ自らが生き延びる算段をしておきたいというだけ。――どうです? こんな俺が、大貴族の御令嬢たるサリーア様と同じ視座を持ち得ると?」
マーヴェイン伯爵家の者として、危機が迫る王国のために立ち上がる――そんな殊勝な思いはダグラスにはない。
リナニアの貴族社会はダグラスを否定した。
彼からすれば、貴族という仕組みには、あくまで生活の世話をしてもらったという恩義しかない。お互い、利用できる部分で利用し合えばいいという利己的な計算が彼にはある。
それはそのまま、目の前にいるサリーア・レイ=バルボアナにも言えること。
客分従士として仕えるのに抵抗はないが、状況によっては、サリーアの下を去るのに躊躇もない。なにしろ〝原作〟では、破滅するのが確定しているキャラだ。
「ふーん……なるほどねぇ。君はマーヴェインだけじゃなく、王国の貴族そのものに怒りを抱いているんだね?」
「ふっ。すでに怒りと言えるほどの熱はありませんよ。ただ、与えられた特権を散々振りかざしてきたんだ。荒れる王国の中で、せいぜい貴族様には、死力を尽くして頑張っていただきたいとは思いますね」
探るように見つめるサリーアの目に入ってきたのは、ダグラスが纏う〝無〟。
当人の言葉通り、彼には熱などない。
淡々と、粛々と、ただただリナニアの混迷を待っている。
「(この男は……戦がすでに避けられぬものだと理解している? マーヴェイン家の落ちこぼれという立場で得られる情報だけで、ここまで時流を読んで見せた? ――あり得ない。彼は何らかの隠し札を持っている。持っていなければおかしい)」
サリーアは察する。ダグラスが生き延びたいと願った真意を。
彼は荒れ征くリナニア王国を、高みから見物するような気分でいるのだと。
「(あー……ダグラス様、ちょっとぶっちゃけ過ぎでは? 無礼討ちとかにならないといいのだけれど……)」
あまりの内容に、カティの現実逃避も加速しているが……彼女は彼女で、最悪の事態を想定しつつある。いざとなれば、特殊オーブを使ってでも逃げる。
ダグラスを連れて。
まだ何とかなる。形振り構わず一人で逃げるほどでもない。
カティはダグラスとの誓約を守る。
彼女がまだ幼い主に、はじめて〝リナニア戦記〟を語った時。
ダグラスは想定もしていなかった反応を見せた。
それは……陰鬱で昏い愉悦。
〝リナニア戦記〟のシナリオは、言ってしまえば、混迷を極める王国で右往左往とする貴族どもを差し置いて、元・貴族の血を継ぐ、平民従士が成り上がっていく英雄譚だ。
さらに、終幕が〝平和な国〟なら申し分ない。
幼いダグラスは、その〝劇〟を自身の目で見届けたいと願った。そのために必要な準備をしてきた。労力と努力を惜しまずに。
カティの想定とは違っていたが、概ねの利害は一致した。
そうして特異な共犯者は、〝エンディング〟を見届けるための即興劇に身を投じたわけだ。お互いに助け合うという誓約の下に。
「――分かったよ。色々と知りたいことが知れた。ダグラス殿の気質を含めてね」
「従士として、主に我が身を理解していただくのは喜ばしい限りです」
特級オーブ〈死者たちの王女〉は、契約者に得体の知れないカティの危険を伝えていたが……サリーア個人としては、このダグラス・マーヴェインという人物にこそ危険を感じた。
『この者を野放しにしてはならない』
そんな警鐘が身の内から聴こえる。
だが、同時にダグラスが、優秀で得難き駒であると認識もした。
「(……くくく。面白いじゃないか。貴族家に生まれながら貴族を嫌う者か。ふふ、マーヴェイン家で落ちこぼれたくらいで知った風なことを。ボクたちがどれほどのものを背負って立っているか……駒として存分にこき使ってやるよ。真なる貴族の責務というものを、その身を以て知るがいいダグラス・マーヴェイン。この先、易々と傍観者を気取れると思うなよ?)」
なにはともあれ、こうしてダグラスとカティは、当座の目的と定めていた〝マーヴェイン家からの脱却〟をさっそくに果たす。
サリーア・レイ=バルボアナ伯爵令嬢の客分従士に収まることで。
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ヘルメイス魔導学院にて噂は巡る。
曰く、学院に在籍はしているものの、その姿をほとんど見せない、深窓なるバルボアナの御令嬢が、客分として新たな従士を迎え入れたらしい。
曰く、貴族家の嫡子でありながら、平民の従士に決闘で敗れるという無様を晒した者が、遂に学院を除籍になった模様。
曰く、除籍になった者と婚約関係にあった御令嬢についても、相手側の家から、正式に婚約解消の申し出があったのだとか。
曰く、どういうわけか、バルボアナの御令嬢が、ブランデール子爵家への支援を表明したそうな。
真相を知る者も多くを語らない。
噂は巡る。
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