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リナニア戦記 ~悪役貴族と転生従士は平和の国の夢を見るか~  作者: なるのるな
2 別の舞台

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4 上位者

 ◆◆◆



 重厚な扉が、内側から静かに開かれる。蝶番の軋み一つない。さり気ない部分にまで、屋敷の管理の徹底ぶりが伺える。


 案内の使用人が一礼し、無言で退く。それを見て、ダグラスは一歩、室内へと足を踏み入れた。


 扉一つだけで空気が違う。香の匂いは薄い。過度な装飾もない。心地よい静けさが室内を支配している。


 室内には、わざわざ〝力〟を誇示するような押し付けはない。壁に掛けられた家紋は小さく、さり気ない。


 調度品も落ち着いた印象。もちろん、質の良い物で揃えられているのは間違いないが、その家格を考えれば、いっそ質素だと言えるほど。


 そこに見せ掛けの豪奢さはない。必要がない。


「昨日に引き続き、連日の御足労を願ってすまないね」


 凛としたよく通る声。


 他でもない、部屋の主――サリーアの声だ。


 大貴族バルボアナ伯爵家の御令嬢。


 学院では上級、貴族社会では伯爵位という括りがあるが、マーヴェイン伯爵家と比べれば、その家格には、越えがたき断絶があると言わざるを得ないほどの格差がある。


「ふっ。バルボアナの御令嬢からの誘いともなれば、万難を排して馳せ参じるのは当然でしょう」


 本来であれば、側仕えの者同士の儀礼的な問答を経た後に、招いた者と招かれた者が直接言葉を交わすという流れなのだが――流石に昨日の今日であり、形式的な儀礼は省いた模様。


 ダグラスも相手に合わせて応じる。ただし、招かれた者の礼として、声の主に向き直りながら、きっちりと頭を下げる。


 視線、頭を下げる角度、胸に沿える手の(りき)み、僅かに引いた片足の幅など、それぞれを意識していると思わせないほどに自然に、典型となる貴族式の礼を取った。


「昨日だけでも十分に理解していたけど――ダグラス殿。やはり君は〝うつけ者〟を演じていたんだね?」


 応接用のソファに気怠げにもたれ、上位者としての不遜な空気を纏ったサリーアが、薄く笑みを浮かべながら指摘する。ダグラスの貴族式の礼が、昨日今日のものじゃないのは一目瞭然。


『貴族子弟としての品位を大いに欠く』


『オークのように醜く、ぶくぶくと肥え太った無能な嫡子』


『使用人にすら愛想を尽かされ、金で買った従士しか学院に連れて来れなかった』


『上級オーブで底上げしただけの、典型的な見掛け倒しの〝偽魔導士(ニセモノ)〟』


 学院や貴族社会で流れていたダグラス・マーヴェインの噂、素行の悪さ、評価などとは一致しない。


「わざわざ演じるまでもなく、俺が〝魔導士〟として二流以下なのは事実であり、マーヴェイン伯爵家の後継に相応しくないという評価も至極真っ当なもの。ただ、それらの評価を()()()()()()()()をしていただけのことです」


 静かに頭を上げながら、ダグラスは、サリーアの妖しく美しい紅い瞳を真っ直ぐに見据える。


 いかに上位者と言えども、招かれた者の礼を、座ったままで応じるというのは、リナニア貴族の作法としてはよろしくない。サリーアの態度は礼を失する振る舞いだ。


 気が短く、作法に煩い者が相手であれば、この時点で会談は中止となってもおかしくはない。


 だが、ダグラスはそんなサリーアの無礼にはぴくりとも反応しない。その心にさざ波一つ立たない。平静なもの。


『彼女からすれば、自分などその程度だろう』……と、彼我(ひが)の立場の格差を受け止めている。サリーアの無礼に対して、特に思うこともない。


「――まさか欠片も揺るがないとはね。ふぅ……客人に対して、つまらない試しをしてしまった。謝るよ。この通りだ」


 気怠そうな態度から一転、すっと立ち上がり軽く頭を下げる。


 バルボアナの御令嬢は、優雅に、流麗に、貴族式の礼を行う。また、ソファの後ろに、影のように控える従士フリントも、主の動きに合わせて静かに頭を下げていた。


「ふむ。謝罪の必要も、その意味も分かりませんが……サリーア殿の謝罪は受け取りましょうぞ」


 ダグラスの偽らざる感想。そもそも己の価値を試される前提でここにいるのだ。上位者からの小手先の無礼など、彼にとっては本心からどうでもいい。


 そんな主の気質を、それなり以上に理解している従士カティも、サリーアの無礼と謝罪には一切動じず、ただただ、ダグラスの後ろで直立不動の置き物と化している。


「(うわぁぁ……〝重要キャラ〟は、やっぱりビジュアルに特別感があるなぁ、あはははは、はは……はぁぁ――)」


 というより、カティはある種の現実逃避中か。彼女には、第二部のボスキャラたちと接触する想定などなかった。


 せっかく〝原作〟の流れを大きく壊さず、平和的に舞台を下りられたのに、どうして今さら、〝リナニア戦記〟の登場キャラ、それも重要なポジションのキャラと関らねばならないのか――というところ。


「ふふ。従士への教育も行き届いている。マーヴェイン()()は、それなりに優良な運営のようだ」


 ただ、現実逃避中のカティの表面だけを見て、サリーアは彼女をそこそこに評価した。主への無礼を前にしても、主の動向に合わせられる従士だと。そして、そんな従士らを()()しているマーヴェインを皮肉る。


「確かに、マーヴェインの商売はそれなりに好調のようですな。個人的には、諸手を上げて肯定したくありませんが……()()を出た者たちが、それなりの待遇で他家に迎えられている事実を否定もできませぬ」


 ダグラスの本音。落ちこぼれた無能扱いではあるが、彼の生活のすべてが、マーヴェインの商売によって賄われているのは紛れもない事実。


 野垂れ死に寸前の孤児が、才を買われて訓練所に放り込まれることにより、衣食住の保障が為されるという似非(えせ)福祉的な一面も確かにあるが……呆気なく壊れていく者たちも多い。


 魔導士として見限られたことにより、ダグラスも幼い頃から訓練所で過ごしていた。血反吐を吐いて壊れていく者も、過酷な訓練を耐え抜いて〝商品〟として出荷される者も、そのどちらの事例も多くを見て来た。


 彼の立場からすれば、マーヴェインの商売……訓練所(牧場)の仕組みを、強く否定することができない。


「連日の呼び出しについてだが、ボクの中では、ダグラス殿を傘下に置くことはすでに決定事項だ。君とて、昨日の時点でそのくらいは理解しているだろう? ボクはその上で、君には色々と聞きたいことがある。その一つが、他でもないマーヴェインの商売についてだ」


 サリーアは、自身が上位者であることを十分に理解している。声を掛けた時点で、相手に拒否権などない。僅かに笑みを浮かべてはいるが、その紅い宝玉の如き瞳には鋭さが宿る。


「ふっ。バルボアナの御令嬢が、俺個人に興味を持つなどと思い上がってはいませんよ。なにかしらの目的があるのは承知の上。答えられるものであれば、このダグラスは応じましょうぞ」


「(あー……分かってはいたけど、やっぱりサリーア陣営への加入か。しかも、マーヴェイン家への探りが目的? 〝原作〟にはこんなエピソードはなかったはず。記憶にある限り、学院編での〝サリーア〟は顔見せ程度だったし、主人公サイドとの密な接触はないと思うけど……どちらにせよ、しばらくは下手に動けないか)」


〝原作〟には存在しない、ダグラスとカティの〝固有イベント〟発生というところ。


 それが吉と出るか凶と出るか、この時点では誰にも分かりはしない。



 ◆◆◆



 改めての会談。


 応接用のソファにもたれかかる上位者(サリーア)と、質が良いがため、重みが加味されてずっしりとソファに沈み込むダグラス。


 お互いに従士を後ろに控えさせ、相対している。


 口を開くのはサリーア。


「――まず、ダグラス殿とその従士は、バルボアナ家ではなく、ボク個人の客分(きゃくぶん)従士(じゅうし)という扱いにする。実はこのフリントもそういう立場でね。悪いけど、バルボアナ家の客人として厚遇はできない」


 客分従士。ざっくり言えば雇われ者だ。従士と名が付いているが、傭兵や用心棒のようなもの。


 貴族家が承認した正規の従士ではなく、あくまで非正規。本来であれば、他家の嫡子を客分従士に迎えるなど失礼千万。


 特段の事情により他家の子弟を迎え入れる場合であれば、客分の相談役という形にするのが通例だ。あるいは元の家と離縁した上での養子縁組か。


 当然、サリーアもダグラスも、その辺りの事情は知っている。知らないはずもない。


「なるほど。従士フリントにはそういう事情が……少々疑問には思っていましたよ」


 模擬戦の相手となった三人とは、比べるのも失礼なほどの有能さを見せる従士フリント。


 バルボアナ家において、彼の序列が低い理由の一端をダグラスは知った。フリントはサリーア個人に雇われた身だったのかと。


 それ以外の感想は特にない。


「――ダグラス殿は、客分従士という扱いで不満はないと? 平民である従士フリントと同じ立場になることに抵抗はないの?」


「ええ。特に不満などはありません。バルボアナ家の承認がないとはいえ、サリーア殿の客分ともなれば、マーヴェインも下手に手出しできぬでしょう。実家からの縛りを脱せるなら、ただの下働きであっても俺は構いませんよ。流石にマーヴェインからサリーア殿へ多少の抗議はあるでしょうが……現実的に考えれば、俺の処遇ごときを巡って、マーヴェイン家がバルボアナの御令嬢と決定的に対立するとは思えませんな」


 胃の痛みを覚えながら置き物に徹しているカティとは違い、ダグラスは、サリーア・レイ=バルボアナの客分従士という立場の価値を理解している。


 平民と同じ立場になる? だからどうしたというだけ。その価値を左右する要素ではない。


 それどころか、逆にフリントほどの人材であれば、バルボアナ家の正規従士として迎えるのが当然だろうと評価している。


「ふーん、なるほどね(――まるで動じてないな。やはり、ダグラス殿は〝貴族〟の典型から外れているようだ。それに……この従士も少し()()()()。オーブと契約していないはずもないのに……上手く魔力が読めない? 〈死者たちの王女(ヘカテ―)〉が微かに危険を感じている……?)」


 サリーアの妖しく美しいその瞳に、鋭さ以外のものが僅かに宿る。ダグラスへの興味が。そして、従士カティへの仄かな忌避が。


 今のカティは、サリーアに微妙に危険視されているなど意識すらしていないが……彼女のそもそも目的は、〝原作〟の平和の国(エンディング)まで生き延びること。


 そのために〝原作〟知識を活用するのは自然な流れ。まず、身を守るための力がないと話にならない。


 また、いかに便利、強力であっても、シナリオ上必須となるアイテムを先回りしてゲットしたりはできない。〝原作〟が破綻する。


 なので彼女は考えた。正規シナリオとは無関係なやり込み要素や、二周目限定要素などを。そして、カティは条件に合う、いわゆる隠し要素的な特殊オーブを手に入れたわけだ。


 しかしながら、その力を普段からひけらかしてしまえば、当然のように周囲から目を付けられる。下手をすれば〝原作〟にも影響が出てしまうかも知れない。あくまで、身を守るための最終手段として備えているだけ。


「(ふぅ……サリーア様の〝客分従士〟ねぇ。この世界が現実なのは今さらだけど、まだまだ知らない言葉や設定が出て来るなぁ……何となく意味は分かるけど、後でダグラス様に聞いておかないと……)」


 きりっとした外見に反し、内心では、現実逃避的に割とどうでもいいふんわりとした疑問を抱えるカティ。


 まさか、自身の最終手段な特殊オーブ(チート)の存在が、サリーアに勘付かれつつあるとは思いもしない。


「ダグラス殿に不満がないなら話が早い。今から、君たちをボクの客分従士として扱う。マーヴェインからの抗議があれば、このボクが対応すると誓おう。で、さっそくなんだけど……まず、ダグラス殿には二点聞いておきたいことがある。一つは先ほどにも言ったマーヴェインの商品や訓練所についてだけど――もう一つの方を先に聞いておきたい」


 従士カティに、そこはかとない違和感を抱きつつも、サリーアは話を進める。


「俺に答えられるものであれば、サリーア()の客分従士として、誠実にお答えいたしましょう」


「なら、聞こう。ダグラス殿は、何故に学院で〝うつけ者〟を演じていた? いや、マーヴェイン家を出奔したいというのは理解したが、ボクはその理由が知りたい。噂程度ではあるが、いずれ嫡子の座はダグラス殿から弟妹に移るだろうというのは聞いていたが……マーヴェイン家で〝予備〟として過ごすことが、そんなにも不満だったのかい?」


 サリーアは問う。それはそもそも、ダグラスに声を掛ける発端となったきっかけでもあるが、会談を経て、彼女の中でむくむくと湧いてきた好奇心という意味合いの方が強い。


 どうして、そこまでマーヴェイン家の縛りを嫌うのか? 


〝うつけ者〟を演じてまで。


 貴族家の縛りとは言うが、視点を変えれば、それは安寧や安泰を意味するのだから。


「俺がマーヴェイン家の縛りを脱したいのは……ふむ、そうですな……何といいましょうか……」


 歯切れのよい問答を続けてきたダグラスだったが、ここで少々言い淀む。もちろん、()()()であるサリーアに答えないという答えはない。


「(――? 確かこういう時は『幼い頃から受けていた仕打ちに耐えられない』と答えるようにと……ダグラス様と話し合って決めていたはず……?)」


 黙するダグラスに、カティは少々戸惑う。


 貴族子弟が実家からの出奔を望むというのは、あまり風評がよろしくない。だからこそ、ダグラスとカティは事前に、出奔を望む対外的な理由を話し合って決めていた。見解を統一するようにすり合わせていた。


 流石に『主人公カイトの英雄譚を見届けるため』などと口走り、周囲に理解されるなどとは思っていない。


「……」


 沈黙のまま、サリーアは新入り客分従士からの答えを待つ。その瞳には興味の光が増している。


 ずっしりと沈むソファに座ったまま、顎に手を当てて深く黙考するダグラス。


 彼とて、カティとの間での事前の取り決めを忘れているわけでもない。なにより、幼い頃から役立たずの無能という扱いを受け、マーヴェイン家に対して思うことがあるのは事実だ。


「……時間を頂き申し訳ない。サリーア様の問いにお答えいたしましょう」


「あぁ、お願するよ」


 しばしの時を経て、思索の海から顔を上げたダグラスの真正面には、薄く笑うサリーア。


「俺がマーヴェイン家の縛りを脱したいのは――」


 その口から発せられる。


「――至近に迫っている、リナニア王国の混迷を生き延びるためだ」



 ◆◆◆

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