3 原作キャラ
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ダグラスとカティは、まずは広大な学院敷地内を移動するための馬車へと案内される。すでに準備万端で待ち構えていた。
「(ふっ。やはりあの模擬戦はただの確認。最初から俺を招待するつもりだったというわけか)」
上級用の宿舎が立ち並ぶ一角へと向かう馬車に揺られながら、ダグラスはふとそんなことを思う。
まずは相手からの接触を待つ姿勢で、日課の再開とばかりに、演習場で素振りをしていたが――ダグラスは初日ですでに違和感を覚えていた。
気付く者が、思いの外に少なかったのだ。
下級部門に在籍しているのは、各貴族家から派遣された密偵紛いや交渉窓口役の従士だと聞いていたが、ダグラスの体感では、ほとんどが従士未満。マーヴェインの訓練所を〝商品〟として卒業できる者らは、数えるほどしかいなかった。
その数えるほどの者たちこそが、ダグラスの遅々とした素振りを見て、彼が貴族子弟ながら、白兵戦の鍛錬を長らく続けていると見抜いていた。
「従士フリント。別に侮辱の意図はないんだが――あの模擬戦の三人は、本当に〝従士〟なのだろうか? どうにも、貴公とは比ぶべくもないように思うが?」
それは到着までの時間つぶし程度の問い掛け。つい先ほどカティにも指摘を受けたが、相手側に立てば、あからさまな未熟者を使って、わざわざ模擬戦など仕掛けなければよかったのにと、ダグラス自身も疑問ではあった。
「ダグラス様。彼らは間違いなく我が主に仕える従士であり、私などよりも序列は上にございます」
折り目正しい姿勢。微笑みを浮かべたフリントはそのように応じる。そこに介在する個人の感情はない。つまるところ、それが答えだ。
「――ふっ。なるほどな。しかし、考えれてみれば当然か。マーヴェイン程度の家であっても色々とある。それが大貴族の御家事情ともなれば、正しさや強さだけで話が通るはずもないか。部外者の俺が言うべきではないが……貴公には要らぬ気苦労も多いとみた。腐らずに精進するよう切に願う」
従士フリントが、他の従士より優れているからといって、それがそのまま彼の評価に繋がるとは限らない。
当人の努力でどうにもならないことなど、世に溢れるほどある。大貴族の従士ともなれば、準貴族のような立場に等しい。利権やしがらみ、足の引っ張り合いはあってしかるべし。ないはずもない。
たとえ平民同士であっても生まれの貴賤はある。代々世襲で貴族家に仕えている親を持つ者と、親に捨てられた孤児院育ちのスラム出身者では、どうあっても周囲からの扱いは違ってくる。それが現実だ。
貴族家の嫡子でありながら、〝魔導士〟としてはどうしようもなく落ちこぼれたダグラス。彼もまた、己の意思が介在する余地のない、生まれと才能によって仕分けられた側。
世の仕組みについて、多少は察せられるというもの。
「私には、今の立場への不満や要らぬ気苦労などはありません。――ですが、貴台の御忠告には万の感謝を捧げます」
「部外者からの不躾な言葉だった。この馬車を下りた後は、綺麗さっぱり忘れてもらえれば助かる」
従士フリント。ごく僅かなやりとりでしかないが、ダグラスは彼がただ者ではないと看破している。
馬車の中という閉鎖空間で相対していても、まるで隙がない。
柔和な物腰ではあるが、それはある種の余裕だ。
仮に今、ダグラスが突然殴りかかっても、対応できるだけの余白を思わせる佇まいが彼にはある。
魔導士の護衛として、白兵戦を主戦場とする者として、紛うことなき強者の風格を纏う。
また、大貴族の従士ともなれば、授けられるオーブも上質な物であるのは間違いない。下手をすれば、そこらの貴族子弟より、魔導士としても優秀な可能性すらある。
「(――こうもあからさまに優秀でありながら、先の不甲斐ない従士もどきの方が序列が上とはな。大貴族の庇護下に収まる方が都合がいいと思ったが……マーヴェインとは質の違う問題も多そうだ)」
ダグラスは、まだフリントから主の名を知らされていない。だが、むしろその事実が、相手が大貴族に連なる者である証左。
いかに学院で恥を振りまく無能扱いであろうが、いかにマーヴェイン家がリナニアの貴族社会で疎まれていようが、伯爵家の嫡子を相手に、名を伏せたままに呼び付けられるほどの有力者は、今現在学院に在籍する者で考えれば……そこまで多くはない。
また、相手が誰かというのに関連してなのか、主の横で平静を装いながらも、先ほどから、不自然なまでに口を開かない従士にも異変を感じ取っていた。
「(――ふむ。カティがここまで〝よそ行き〟になるということは……相手は〝原作〟に関わる者か? もしや、この従士フリントもか?)」
後に判明するが、ダグラスの考察は的中していた。
この時の彼女は下手に動けなかった。なにをしても、〝原作〟の流れに干渉する危険があったから。それらの判断がつかなかったから。
不意の〝想定外〟に対して、カティは内心で焦りながら、ただただ口を噤むのみ。
そんな主従が、しばし馬車に揺られて辿り着いたのは、さる貴人が滞在している宿舎。
同じ上級と言えど、少し前までダグラスに、マーヴェイン伯爵家に割り当てられていた宿舎とは雲泥の差がある。
馬車を下りたダグラスとカティは、従士フリントに案内されるがままに連れられて行き、出会う。出会った。
特級オーブ〈死者たちの王女〉の契約者にして、大貴族バルボアナ伯爵家の御令嬢。
サリーア・レイ=バルボアナに。
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風に乗って届く。遠くの喧騒が聞こえる。
怒号、悲鳴、武具の衝突音、魔法が炸裂する破壊音。
人々の営みが容易く壊れる音だ。
そんな戦場の唄が微かに聞こえてくる状況ながらも、張り詰めた静けさ湛える場所があった。
霊峰リ=ナウアの中腹。山林を切り開いて築かれた城が、ひっそりと鎮座している。リナニア王国の中心地である、王都リーンゼアルを見下ろすように。
周辺国との戦がより身近だった頃に築かれた、王都が陥落した後に、最後の砦となるべき城だと伝えられている。
当然のように、その存在は一般には公にされておらず、その詳細や正確な場所については、王家や一部の公爵家が秘匿していた。
秘されし最後の砦。名もなき城の中で対峙する者ら……謁見する者の姿がある。
「――残念だよ、フェリシア・ブランデール嬢。結局のところ、君もただの〝兵〟でしかなかったということか。なぜに大局を見ようとしない? リナニア王国は――王家は一度滅ぶべきだよ。これほどまでの大罪を、君は見過ごすのかい? なに食わぬ顔で、これからも王家に傅くと?」
決して大きくはないが、その凛とした呟きはよく通った。
陽光を弾く新雪のような真白い真白い髪に、見る者を虜とする妖しい宝石のような紅い紅い瞳。
目鼻立ちは整っており、淡い魔導灯の下でその姿を見れば、伝承に語られる美貌の不死族と見紛うことだろう。
秘されし城の玉座に腰掛けた、年若い女。
呟きの主は、リナニア王国でも強い影響力を持つ、建国の徒である古き貴族のバルボアナ伯爵家。
その後継筆頭と目されていた、サリーア・レイ=バルボアナ伯爵令嬢。
「サリーア殿。もやは問答の時は過ぎました。お覚悟を……」
一段低くなった場所から、サリーアを軽く見上げるのは、彼女に負けず劣らずの美貌の乙女。
まるで蒼穹を閉じ込めたかのような深く鮮やかな蒼。美しい意匠が施された芸術品のような鎧兜に身を包むフェリシア。
その手には、複雑で精微な飾りが施された、こちらも儀礼用や美術品にしか見えないような白銀の剣が構えられている。
それは顕現する奇跡。
王家から下賜された、今代では彼女にしか扱えないとされる、固有の特級オーブ〈戦乙女〉。
「ここでボクと君が争ってどうする? この城は霊峰リ=ナウアの龍脈の上に配されている。これもかつての王家が仕組んだ愚策の一つだ。この地で特級オーブ同士の魔法がぶつかれば、それこそ何が起こるか分からない。山が崩れでもすれば、王都の大半を押し潰すかも知れないよ?」
サリーアは玉座に腰掛けたまま、呆れたように、駄々を捏ねる幼子を諭すように、臨戦態勢のフェリシアに告げる。
この城によって、霊峰リ=ナウアが、王都を破壊する兵器になり得るのだと。
「……」
しかし、一方の戦乙女は意に介さない。無言のまま、白銀の剣を大上段に構える。その刀身は、エーテルの凝集により美麗な光を纏う。
「愚かだね……」
軽く頭を振りながら、心底に失望したという様子で深い深いため息を吐き出すサリーア。
そんな彼女の嘆きに呼応するかのように、剣を構えるフェリシアの背後に、一つの影が迫る。
瞬間。
「ッ!?」
甲高い金属音と共に影が弾かれる。吹き飛ぶ。
気付けば、フェリシアの背後に一人の男が立っていた。
従士カイト。
魔導士である主を守るのは、他でもない従士の役目。
彼は風と水の属性を操ることで、光を屈折させる極々薄い膜を纏って姿を消していた。はじめから主の周囲に潜んでいた。守護者として。
「――――ふーん、従士カイト。まだ生きていたんだ。なるほどね。先の戦の折に戦死したというのは、偽装だったというわけか」
声色は平坦ながらも、サリーアは僅かに目を見開く。いかに潜んでいたとはいえ、己が従士の一撃を、こうも容易く防がれるとは思いもしなかった。
「……サリーア様、申し訳ございません。早急に仕留めます」
主の命を実行できなかった従士。先ほど吹き飛んでいった影――従士フリントは、改めて剣を構える。
〈死者たちの王女〉のサリーアと〈悪霊〉の従士フリント。
〈戦乙女〉のフェリシアと〈四精〉の従士カイト。
王都にて繰り広げられている決戦の裏舞台で、お互いの主従は、今、密やかに決着の時を迎える。
◆◆◆ ◆◆◆
「――なるほどな。サリーア殿と従士フリントは、主人公たちの敵というわけか」
陽も沈み、夜も更けた頃。上位者とのひりつくような逢瀬を終えた後。
下級部門の粗末な宿舎の一室で、ごくごく小さい魔導灯の灯りを頼りに、さる主従が密談に耽っていた。
「……決着後の〝イベントシーン〟にて、案の定、霊峰リ=ナウアが地滑りを起こして王都が被害を受けます。第二王子率いる反乱軍はそのどさくさで鎮圧されるんですが、〝サリーア〟と〝フリント〟は逃げ果せます。そして、第三部の戦争編の中盤にて、敵国ギルギアスの将として再び〝カイト〟の前に現れます。ダグラス様とは違い、二人は敵役でも重要キャラですので、その事情はそこそこに触れられるんですが……何故かギルギアスの将となった経緯は描かれていません。第二部の内乱を扇動してた者たちが、実はギルギアス所縁の者たちだったというのは後に判明するんですが……〝サリーア〟は立場的に少し違う感じでしたし……」
びっしりと暗号のような文字が書き込まれた手帳。抜粋した一部の概略を、手帳の持ち主が説明している。
サリーア・レイ=バルボアナ伯爵令嬢と紫銀のフリントについてを。
「まぁ色々と事情はあるんだろうさ。で? その第三部で再登場したサリーア殿と従士フリントはどうなる? カイトたちと戦って終わりか?」
若干以上に熱の入った従士の語りを聞かされても、ダグラスは淡々としたもの。彼からすれば、まさに〝劇の脚本〟のようにしか感じない。
「〝サリーア〟と〝フリント〟は、戦闘時の特殊な会話イベントこそありますが、戦闘後には特に何もなく、勝てば普通にいなくなります。なので、おそらく主人公との戦いで死亡という結末かと……その辺りは〝原作〟ではさらりと流されていました」
「なるほどな。なんにせよ、〝原作〟の流れ通りであれば、あの二人は〝平和な国〟までは辿り着けないということか」
ただ、それを知ったところで、今のダグラスとカティにできることはほぼない。
『あなたは近い将来に死にます』と告げ、『なるほど。それはそれはご丁寧に忠告をありがとうございます』とはならない。
相手にされないだけならまだいい。マシな部類だ。下手をすれば、刃傷沙汰や決闘騒ぎになりかねない。あるいは憐憫。気が触れた可哀想な人扱いをされるだろう。
「ダグラス様は……いかがなさるのですか? サリーア様の提案をお受けするのでしょうか?」
魔導灯の揺らめきに合わせ、小刻みに踊る影を見つめながら、カティは問う。
彼女とて重々承知している。
リナニアの貴族社会において、上位者からの提案を断れる状況というのは限られている。その限られた条件から外れながらに断れば……それすなわち、相手に唾を吐きかけるのと同義だ。
この度、ダグラスに投げられた提案は、その内容と今の状況を考えれば、残念ながら断れる範疇にはない。
「ふっ。今の俺に選択権はない。というより、このままマーヴェイン家に縛られ続けるくらいなら、サリーア殿の手を取る方がマシだ。古き大貴族であるバルボアナの庇護下に入る方が、〝原作〟を見守るのにも都合はいいだろうさ」
先の破滅を避けるために行動を起こせば、今すぐに破滅する。
動きたくても動けない。そんなもどかしい思いのカティとは違い、ダグラスは今の状況が、マーヴェインの縛りを脱せられる好機だと見ている。
また、昼間に接したサリーア・レイ=バルボアナ伯爵令嬢についても、彼個人としては特に嫌悪もない。むしろ好感を抱いたほど。
いかに〝原作〟で主人公に敵対すると言われても、別にそれを理由に相手と敵対する必要もない。
カティの先々の不安をよそに、そんな風に割り切っている。
実のところ、転生者(暫定)であるカティよりも、現地人であるダグラスの方が、目の前の現実と〝原作〟のあれこれを、舞台劇のように俯瞰して見ているのかも知れない。
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