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リナニア戦記 ~悪役貴族と転生従士は平和の国の夢を見るか~  作者: なるのるな
2 別の舞台

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1 下級部門

 ◆◆◆



 下級部門の演習場は、学院の敷地の端に置かれている。


 上級のような結界設備もなく、床面は剥き出しの土。


 演習場に隣接した、下級部門用の宿舎や講義堂もあるにはあるが、こちらも上級とは比べ物にならない簡素な造り。それなりの数と広さはあるが、実態は雨風が凌げるという程度だ。


 自前で従士向けの訓練施設を持つ貴族家もあるが、それらと比べても、特に秀でているわけでもない。


 王国が誇る魔導学院ではあるが、あくまで魔導士の育成や魔導の研究が主であり、平民が多数を占める〝従士〟に特化した専門の訓練や講義などはない。


 そもそも、学院では、貴族子弟が直属として帯同できる従士は三人までと決められており、ほとんどの者は、帯同する従士を一人に絞る。二人以上従士を帯同できるのは、リナニアの貴族社会において家格が〝上〟の者たち。そんな暗黙の了解がある。


 ただ、帯同できる者に制限はあれど、予備を含め、複数の従士や使用人らを引き連れ、学院へと乗り込んで来る者も多い。むしろ、そちらが普通だ。


 ダグラスにように使用人を連れず、従士であるカティ唯一人だけを伴って学院へ来る方が物珍しい。


 使用人たちについては、割り当てられた宿舎で主の世話をするという仕事と名目があるのだが、主に帯同できない従士らはどうするのか?


 その答えとして用意されたのが下級部門。


 当初は、暇を持て余した従士同士がトラブルを起こすことが多かったため、まとめて監視するための試みだったのだが、今となっては、下級部門は各貴族家に属する従士たちの交流の場として機能している。


 自然発生的に、表立ってはできない情報収集や、従士を介した貴族家同士の密かな取引、有望な従士の引き抜き行為なども横行しているのだが……学院側はそれらには積極的に介入しない。


 諸々を含めて、それが下級部門での暗黙の了解というやつだ。


 そのような事情があるため、学院の下級部門に属する平民従士は、名の通りに〝下級の従士〟というわけでもない。


 むしろ、今となっては、各貴族家の裏の窓口になり得る者らが集っていると言っても過言ではない。当然、上級部門で数日前に行われた決闘騒ぎについても把握している。


「……ふぅ。思っていたよりも、俺の醜聞は広く知られているようだな」


 従士カイトが受ける視線とはまた少し違う。下級の演習場へと足を踏み入れたダグラスは、四方八方から、探るような視線の洗礼を受けていた。


「当然のことかと。この下級の演習場にいるのは、いわば各貴族家の密偵やその見習いのような連中です。おそらく、主人である貴族子弟よりも、各貴族家の関係性や学院内の事情に精通しているかと……」


「ま、だからこそ、カティは()()を選んだんだろ? カイトたちと距離を置きながらも、それなりの情報が集う下級部門を」


 ダグラスとカティの狙いはあからさま。すでに退場した演者(キャラ)である以上、学院内で主人公たちの前をウロチョロするのは避けたい。同時に、原作のシナリオ通りに事が運んでいるのかも適宜確認したい。その二つの要望を叶えるために選んだのが下級部門というわけだ。


「はい。その通りです。ですが、この先の動きに関しては、ダグラス様はこのカティめに任せると仰られたでしょう?」


「ふっ。別にカティの選択に不満などはない。好きにやってくれていいさ。なにせ、〝原作〟通りに進めば、リナニア王国は救われるんだろう? 没落した貴族の血を受け継ぐ平民従士が、英雄として王国を救う――できるなら、俺もそんな英雄譚をこの目で見てみたいからな」


 ダグラスは不敵に笑う。


 彼はカティの語る〝おかしな話〟を疑ってはいない。数々の()()を目の当たりにしてきた。だが、それでもどこかで、とても信じられないという気持ちもある。


 この先、リナニア王国はどうなっていくのか? 


 従士カイトは、いかにして英雄として讃えられるようになるのか? 


 リナニアの王位継承に関する秘密とは何なのか?


 第二王子が乱心するのは何故なのか?


 隣国のギルギアス王国が、リナニアへと侵攻するのはどうしてなのか?


 あらましを伝えはしたが、カティは自身が持つ〝リナニア戦記〟の全てをダグラスに語ったわけでもない。


 そもそも、彼女とて知らない事情もある。


 あくまで〝リナニア戦記〟で描かれたのは、プレイヤーであるカイトの視点が中心だ。


 ゲームシナリオの進行上、カイト視点では知り得なかったり、プレイヤーに敢えて明かされなかった謎もある。重要キャラの、いわゆるナレ死も少なくない。


 だからこそダグラスとしては、まるで壮大な劇を観るような心持ちでいる。


 嫡子でありながらも、無能の烙印を押されてしまった彼が辿る本来の未来は、あまりにも窮屈で救いがなかったから。


「はぁ……何度もお伝えしていますが、私が知る〝原作〟通りに事が運ぶという保証はありませんからね? その点は、くれぐれもお忘れなきように。もし、私が知らない、まるで先を見通せない状況となれば……当初の約束通り、逃げる手伝いをお願いしますからね?」


 一方、ダグラスの期待をひしひしと感じているカティとしては、心許ない予防線を張るのが精々。


 もし、彼女の知る〝リナニア戦記〟の筋書きと状況が大きく違ってしまえば、カティは逃げる。そして、ダグラスは逃げる彼女を手伝うというのが、二人の間に交わされた約束事だ。


「分かっている。不本意でくだらないが、俺もリナニア貴族の端くれだからな。従士と交わした約束くらいは守ると誓おう。たとえ敵兵に囲まれるような状況になろうとも、退路を斬り開く程度はしてみせるさ。ふっ。ある意味では、俺はそのために鍛錬しているとも言える」


「私としては、そんな状況になる前に、安全に逃げ延びたいんですけどね」


 カティはカティで望みがある。最優先は身の安全。生き延びること。


〝リナニア戦記〟のシナリオ通りならば、エピローグは〝平和な国〟だ。


 具体的にどれほど続くかは不明だが、英雄カイトの活躍により、(いくさ)のない平和な時代が訪れました。めでたしめでたしという終わり。


 カティはその終わりを望んでいる。たとえその過程で、多くの血が流れるとしても。


 前世の記憶があり、この先の筋書き、ゲームのやり込み要素や隠し要素的な情報を知っていたとしても、カティは、主人公やヒロインに取って代わるつもりなどさらさらない。


 自らが先導し、〝リナニア戦記〟のエンディングに辿り着けるなどとは思っていない。微塵も。


「なら、俺はその安全のために、これまで通り鍛錬に励むとするさ。とにかく、従士カイトから()()()()、この無銘のオーブを使い込めばいいんだな?」


 ダグラスはそう言いながら、鞘から大剣を抜き放つ。両の手で軽く掲げる。


 決闘後、〈四精〉と交換という形になった、カイトが使用していた下級オーブだ。


 ほんの数日前に手にしたとは思えないほど、ダグラスの手に馴染んでいる得物。


「確かにその無銘の下級オーブは、主人公の初期装備にして()()()()です。覚醒イベントや分かり易いヒントもありませんが、使い込んで成長させれば、最終的に近接武器としては最強格となります。ですが、あくまでそれは〝原作〟での設定なので、現実にそうなるかは分かりませんよ?」


「くく。そうは言うが、カティもその隠し要素とやらで、特殊なオーブを手に入れただろ?」


「私のはオーブ自体に特殊効果があるタイプです。特に使い込んでどうのというわけではありません。そもそも、〝原作〟にあった要素のいくつかが確認できていませんし、オーブの成長についても不明瞭なままです」


 カティの懸念。


 固有名詞や人物、世界観、魔導具という便利アイテムにオーブという不思議パワーアイテムまで実在しており、ほぼ確実に、ここが〝リナニア戦記〟の世界であると考えているが……この世界には、原作ゲームにあった『ステータス』や『レベル』、『スキル』、『オーブ強化』に『オーブ覚醒』などというゲーム的なシステム、ユーザーインターフェースはない。


 幼い頃、意気揚々と「ステータスオープンッ!」と叫んだのは、今やカティの中では黒歴史だ。


 また、オーブの研究者や魔導士たちの間でも、使い込むことでオーブが強化されたり、突如として別の特性を獲得するなどという話はない。少なくとも、カティやダグラスが調べられる範囲で、そのような事例は見つからなかった。


「ふっ。この無銘のオーブに〝原作〟と同じ効果があるかどうかも、いわば実験のようなものか。ま、結果がどうであれ、俺はこの大剣が気に入った。特に文句はないさ」


 陰鬱な顔の相のままに、口角を上げてニタリと笑うダグラス。その表情は、まさに悪役貴族キャラの面目躍如。傍から見れば、よからぬことを企んでいる悪党にしか見えない。


 ダグラスはそのまま大剣をゆっくりと大上段に構え、これまたごくごくゆったりとした動きで振り下ろす。


 それはまるで、水の中で剣を振る……よりも遥かに遅々とした動き。


 振り下ろした剣の切っ先が、地に触れるかどうかというところで、穏やかに、静かに、のんびりと一歩を踏み出し、そのまま剣を前へと突く。


 突き出された剣が、目の前にいたであろう仮想の敵を貫くと同時に、ダグラスは手首を捻り、大剣を振り回すように払いながら、踏み出していた一歩を戻す。


 そうして、再び大上段の構えへと帰ってくる。ぴたりと大剣が頭上にて静止する。


 かなりの時間を掛けて、一連の動作を為すダグラス。形式的な演舞などよりも遥かに遅い。


 斬る、突く、払う。


 剣術というには、あまりにも原始的であり、その遅々とした動きも相まって、大剣という武器を振るいながらも、そこに迫力などあろうはずもない。


 遠目から視線を投げていた他家の従士たちにも、ダグラスの一連の動きがはっきりと視えていた。


「おいおい、なんだあれは? 貴族様が剣術ごっこか?」


「平民の従士に負けて、どうかしちゃったのかしら?」


「はは、習いたての小僧みたいだな」


「惨めなものね。あんな下級オーブを貴族様が使うなんて……」


 呆れたように笑う者。憐みの目で見る者。大袈裟に(あざけ)る者。


 下級部門に集う者らも平民ではあるが、それぞれの貴族家に世襲で仕える者たちであり、カティのように、孤児院から買われて従士に成り上がったという極端な来歴を持つ者は少ない。


 故に、ヘルメイス魔導学院に帯同する平民従士らにも、『自分はそこらの平民とは違う』という選民意識すらある。それは貴族子弟に仕える者としての誇りにして驕り。


 いかに貴族様だと言えど、平民従士に敗北するようなダグラスに対し、上から目線で見てしまうのも仕方ない。


 下級オーブを扱うことは当然として、直接的に武器を手に取ることは、リナニアの貴族社会では野蛮だとされている。


 貴族(魔導士)は、強力な魔法を優美に操ってこそ魔導士(貴族)。そんな文化が根付いている。


 中には、気まぐれに武芸に興じる貴族もいるにはいるが、変わり者だと後ろ指をさされるのが常だ。


 つまるところ、貴族子弟やその関係者が集まるヘルメイス魔導学院においては、伯爵子息という立場ながら、下級オーブの大剣を用い、従士が集まる下級部門で剣術ごっこに励むダグラス・マーヴェインは、皆の嘲笑の的になるのが当たり前。


「……あれがダグラス・マーヴェイン伯爵子息か」


 ただし、遅々とした動きで大剣の素振りを繰り返すダグラスを見て、数は少ないながらも、決してその姿を笑わない従士もいた。



 ◆◆◆

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