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リナニア戦記 ~悪役貴族と転生従士は平和の国の夢を見るか~  作者: なるのるな
1 幕が上がる

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3/7

3 舞台に上がる者、下りる者

 ◆◆◆



 ヘルメイス魔導学院は、魔導やオーブの研究機関であると共に、貴族子弟の学び舎でもある。そして、リナニア王国では、貴族社会の縮図などと囁かれる場所。


 オーブ適性を示した貴族子弟は、魔導学院に属することが義務付けられており、特に家督を継承する嫡子については、学院の課程を優良な成績で修了しなければ、家督継承を認めないとされている。


 もっとも、よほどのことがない限り、学院側の裁量で貴族子弟を()()()ようなことはなく、今や形骸化されたしきたりだ。


 だが、それでも学院を辞する貴族子弟はいる。


 他の貴族子弟との争いに敗れた者、醜態を晒した者、上位者の不興を買った者……そういう者たちは学院を去っていく。


 あくまで()()()()


 まさに貴族社会の縮図だ。


 強者が是とすれば、それがまかり通る。弱者は従うしかない。嫌なら力を示せというだけ。


 そして、この度、力を示した者がいた。



 ◆◆◆



 ヘルメイス魔導学院の朝は、いつも同じ音から始まる。


 中庭の噴水が低く水音を立て、石畳を踏む革靴の音、遠くから鐘楼の澄んだ音が響く。


 魔導灯は夜の役目を終え、白い石造りの回廊には、朝の光が薄く差し込んでいた。


 本来であれば、それはいつもと同じ風景であり、これまでと大きな違いなどないはずだった。


 だが、違う。しばらく前から少々空気が違っている。


 具体的には、貴族子弟と平民従士が決闘した後から。


 視線が増えている。それは奇異な者を見る目。興味と警戒と、下世話な好奇心が混じった、貴族子弟特有の見下ろすような距離感による産物。


「……」


 ここ数日、以前までにはなかった違和感を抱きながらも、カイトはそれを口に出したりはしなかった。


 石畳を踏むたびに、まだ少し身体が軋む。治療は受けた。だが、完全に痛みが引くほどの時間は経っていない。それでも彼は、背筋を伸ばして歩いていた。


 纏わり付くような視線を感じながら。


「――ふん。あれが例の従士か」


「無銘の下級オーブで、〈四精〉の魔法を斬ったとか?」


「偶然だろう。いくらなんでも出来すぎている」


「それはどうかしら? そもそもダグラス殿は、お世辞にも〈四精〉を使いこなしているとは言えなかったわ。下級オーブが通用してもおかしくはないんじゃない?」


「あり得る話だ。それに、もしかすると〈四精〉自体が、稀少なだけでそこまで強いオーブじゃないのかもな。現にあの平民がそのまま契約者になったんだろ?」


「はっ、〈四精〉の実際の能力がどうであれ、稀少な上級オーブなのは間違いない。平民従士の箔付けには申し分ない成果だ。結果として、フェリシア殿が良い〝手駒〟を手に入れたという話さ」


「手駒の箔付けか……しかし、実際のところ、平民の従士ごときが上級オーブを扱えるのかねぇ?」


 囁きは、回廊の天井に吸い込まれていく。声の主たちは、誰一人として近寄ってこない。


 貴族子弟らにとって、平民の従士など本来は〝背景〟に過ぎない。特に付き合いのない他家の従士ならなおさらだ。


 今のカイトは違う。


 皆が認識してしまった。一度でも注目されてしまえば、もう元の背景には戻れない。


「……」


 カイトは歩きながら、無意識に左手で右の手首に触れる。


 そこにあるのは、これまでにはなかった重み。


 契約者の証。具現化した〈四精〉のオーブが、金色の腕輪として存在している。


 それは没落した一族の悲願を象徴する物。


 決闘後、事前の取り決めに従い、ダグラス・マーヴェインから彼の手に授けられた物。


 本来であれば、従士という立場で持つべきものではない。しかしながら、〈四精〉はあっさりとカイトを契約者として認めた事実もあり、そのまま、彼の手首に収まることになった。


 その事実が、周りから注目される要因となっているのは言うまでもない。


「カイト」


 前を歩くはずの主から、不意に声を掛けられる。カイトがはっと意識を戻せば、目の前には、フェリシア・ブランデール子爵令嬢が振り返り、自身の従士を見つめていた。


 淡い色の学院制服に身を包み、いつもより少しだけ表情が硬い。


「無理はしていない?」


「……はい。大丈夫です」


 カイトはそう答えるしかない。主に心配をかけること自体が、従士としての落ち度だからだ。


 もちろん、主たるフェリシアは、カイトの言葉を額面通りに受け取りはしない。


「顔色が悪いわ。今日は座学だけにして、午後の演習は休みなさい」


「……しかし」


「これは命令よ」


 はっきりとした口調。だが、その奥には、昨日と同じ不安が滲んでいる。


 決闘は終わった。勝敗も決した。それでも、主従の間に残った緊張は、まだ解けない。解けるはずもない。


「……承知しました」


 カイトは一礼する。


 そのやり取りすら、周囲の視線を集めていた。


 決闘にて、伯爵家嫡男を下した平民の従士が、契約者を選ぶという稀少な上級オーブにも認められた。


 その従士を従えるのは、魔導大国を標榜するリナニア王国でもそう多くはいない、稀なる才を持つ〝申し子〟と認定された才媛。


 そんな主従の一挙手一投足が注目されるのは、当然と言えば当然のこと。


「フェリシア様」


「なに?」


「俺は……学院で耳目を集めるつもりはありませんでした」


 それはカイトの率直な思い。本心だ。


 フェリシア・ブランデールの従士として、彼がヘルメイス学院に来たのは、マーヴェイン家の者に一矢報いる機会を窺うため。


 いずれルインダールの怨讐(おんしゅう)を晴らす。


 それはカイトとフェリシアが共有する秘密でもあった。


 しかし、別に学院内でどうにかできると期待していたわけでもない。なにしろ、敬愛する主フェリシアの婚約者が、憎きマーヴェイン家の者なのだ。


 業腹ではあるが、フェリシアの従士であり続けることができれば、いずれマーヴェイン家とも縁が繋り、先々にも機会はできる。好機が訪れるまで、牙を研ぎながら待ち続ける覚悟がカイトにはあった。


 フェリシアも、主として彼の覚悟に付き合う心算だった。


 にもかかわらず、機会は突如として訪れた。訪れてしまった。準備不足と言わざるを得ないほどに早く。


「ええ。分かっているわ」


 フェリシアは小さく息を吐く。彼女も、まさかこれほどに早く、カイトの願いが、ルインダールの悲願が、実を結ぶなどとは思ってもみなかった。


「でも、もう無理よ」


「……」


「〝力〟を示した以上、もう戻れないわ。〈四精〉のオーブもあなたを認めたようだしね」


 それは、ある種の諦めに近い言葉。カイトは何も言えず、ただ静かに頷く。


 彼も分かっている。この学院で、貴族子弟の間で目立つということが何を意味するのかを。


 羨望。

 

 嫉妬。

 

 利用価値の査定。


 そして、敵意。


 それはある意味、〝力〟を示した者の宿命。


 身を守る力がない者は、より強い力で喰われるだけ。理由がどうであれ、中途半端に力を示すのは、とても賢明な判断とは言い難い。


「さ、行きましょうカイト。次は魔導理論の講義よ」


「――はい」


 二人は回廊を進む。改めて歩き出す。


 ほんの数日前は、誰も気に留めなかった光景。

 

 しかし、今は噂の中心として見られる光景。


 学院の在り様は変わらない。だが、当人たちの立つ場所が変わった。その変化は、静かに、確実に、波紋を広げていく。


 少し離れた場所。高い窓から、そんな波紋の中心を見下ろす影があった。


「どうやら()()()通りのようです」


 淡々としながらも、どこかほっとした声。従士カティは、ぱたんと手帳を閉じる。


 視線の先にはカイト(主人公)フェリシア(ヒロイン)。彼女が知る〝イベントシーン〟だ。


「学院の実力者をはじめ、有象無象にすら注目されはじめるという一幕です。〝原作〟においては、ここからが本格的なはじまりというところですね」


「ふっ」


 隣で、ダグラスが鼻を鳴らす。


「一先ずのところ、〝原作〟通りに話が進んでいるというわけか」


「はい。この先、上級オーブの契約者ということで、従士カイトも〝上級〟での演習へ参加を余儀なくされます。そこで、友と書いてライバルと読む者やサブヒロインとの出会いがあったり、ダグラス様のような雑魚とは違う、別の悪役貴族キャラや学院の実力者たちとのいざこざが起こります」


 カティは語る。この先の流れを。横に立つ主に対しての、無礼な一言を添えて。


「おい。今、わざわざ俺のことを雑魚とか言う必要あったか?」


「え? 私は、ダグラス様の原作での役どころを分かり易くお伝えしただけですが?」


 まさに曇りなき(まなこ)というやつで、不満げな主を真正面から見つめるカティ。悪気などは一切ないと、言外に堂々と主張している。


「お、お前は……まったく、相変わらずいい根性してるな。ふぅ……とりあえず、あの二人が筋書き通りに進んでいるならそれでいい。別に俺たちが出しゃばる必要はないんだろう?」


 ダグラスの方から折れる。この状態のカティ(無礼な従士)に構っても無駄なのは、彼も身に沁みて理解している。ある意味では以心伝心というやつだ。


「ええ。私たちはすでに舞台を下りました。もうあの二人に直接関わる必要はありません。むしろ、下手に関わると〝原作〟の流れを壊しかねません。あとは、筋書き通りに進んでいるかを適宜確認できれば……それで構わないかと」


「なら、俺はこれまでの〝上級〟ではなく、〝下級〟に属しながら、せっせと恥を振り撒いておくさ。くくく」


 学院の中では、家格や実力を踏まえて、学ぶ内容や演習が分けられている。


 稀少な上級オーブを扱う者を対象とした上級部門。


 上級から中級オーブを対象とした中級部門。


 名の通り、オーブや魔導の基礎を学ぶ基礎部門。


 そして、学院内で(あるじ)に帯同しない、()()()()二番手三番手以降の従士たちを対象とした下級部門。


 講義や演習によっては、それぞれの部門を超えての参加などもあるが、学院の基本的な振り分けはこの四つだ。


 上級、中級、基礎は、貴族子弟や第一の従士を対象した、魔導士を養成する課程となっているが、下級はいわばおまけのようなもの。


 学院側の意図としては、主に帯同しない従士たちが、暇を持て余さぬようにと、それぞれが訓練する場を用意したという体裁でしかない。


 魔導士としての実力はさておき、〈四精〉という稀少な上級オーブと契約を果たしていたダグラスは、当然のように上級部門に属していた。フェリシアもそうだ。


 だが、カティが知る〝リナニア戦記〟において、ダグラスは決闘に敗れた後も、学院内でカイトとフェリシアに突っ掛かって行くイベントがそこそこにあったが、上級部門での講義や演習などからは姿を消していた。


 それはシナリオの進行上の処理とも言えるが、現実に照らし合わせて考えても、決闘に敗れた次の日から、同じ上級部門にて、当人同士が顔を合わせるというのは……勝者側からしても居心地は悪いだろう。


 イベントで出て来る時以外のダグラスは、恥を晒したことで部屋に引きこもっていたと言われても、それはそれで納得できるというものだ。


「ダグラス様。わざわざ意図的に恥を晒そうとせずとも、今のダグラス様は、いわば恥晒しが服を着て歩いているようなものですから……大丈夫ですよ?」


 さも心底から主を心配しているような顔で、カティはしれっと言ってのける。


「く……ッ! ここぞとばかりに……いちいち不愉快なやつだなぁ!」


 なにはともあれ、こうしてダグラスは上級部門から姿を消す。


 主人公が、()()に〝原作〟の流れに沿えるようにと。



 ◆◆◆

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