2 ある従士の告白
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〝リナニア戦記〟
それはとある場所、とある時代の流行り物。
元はシミュレーションロールプレイングゲームとして世に出たが、コミカライズにアニメ化と展開されていったコンテンツだ。
いわゆる剣と魔法の世界。
一見、中世から近世ほどの文明水準を思わせながら、その裏では近未来や古代超文明の影がちらつく――そんな世界観の中、リナニア王国を舞台に、内乱、他国から侵攻、王位継承を巡る陰謀が描かれていく。
人族、獣人族、エルフ、ドワーフ、ゴブリン、オーク、ドラゴン……。
およそゲームファンタジーの王道と呼べる種族がおり、主人公を中心に、登場人物たちの成長、絆、愛憎、悲哀、出会いと別れが、三部構成で紡がれる物語だった。
幸か不幸かどういうわけか。いわゆるところの異世界転生。
そんな物語の世界に迷い込んでしまった者がいるのだとか。
「ダグラス様。あなたは序盤で退場する、主人公の引き立て役的な悪役貴族キャラなのですッ!」
びしりという音がしそうなほどに指を突き付けてそう言い放つ。まだ面差しに幼さを残す少女――カティ。
「ふぅ。またおかしなことを言い出したな……」
そこは〝人買い伯爵〟と囁かれる、さる貴族家が運営する訓練施設。青々とした空の下、指を突き付けられた側は呆れたように応じる。
ずんぐり体型の少年。上背は高くなく、声も少し高い。年若いはずなのだが……その陰鬱で憮然とした顔の相と、平均を大きく超えた厚みのある身体つきにより、そこはかとなく年齢不詳な香りが漂っている。
「おかしなこととはなんですか。落ちこぼれていたダグラス様が〈四精〉の適性を示すことも、結局はそれを上手く扱えず、周囲から持て余されてしまうことも、婚約者であるフェリシア・ブランデール様が〝申し子〟として認定されることも……すべて私が前々から言ってた通りになったじゃないですか」
カティは、真っ直ぐに突き付けていた指を指揮棒のように軽く振りながら、出来の悪い生徒を諭すように語る。
彼女の語る内容は、確かにその通りだった。
オーブの適性ありとして、マーヴェイン家に〝保護〟された直後から、カティはこのような〝未来〟についての話を度々していた。
他でもない、目の前にいる主に。
「確かにその通りではあるんだが……お前が〝おかしなこと〟を言っているのに違いはないからな? 具体的で明確な予知など、特異中の特異でしかない。それこそ、異端審問の対象になるほどにな」
ダグラス・マーヴェイン伯爵子息。
教師のように振る舞うカティに対し、彼は更なる呆れを滲ませてそう応じる。
「……い、異端審問などと、そのような物騒なことをさらりと口にしないで欲しいのですが? 私が示した諸々については、厳密には予知などではないとお伝えしたはずです」
抗議を込めて、カティがじろりとひと睨み。
「あぁ分かった分かった。それで? その〝あくやくきぞくきゃら〟とは何なんだ? 俺がそれなのか?」
面倒くさそうな様子を隠そうともせず、ダグラスはカティの抗議を流しつつ先の説明を求める。
突拍子もなくはじまるカティの荒唐無稽な話には、彼も慣れたもの。
もっとも、カティ当人からすれば突拍子がないわけでもないのだが、彼女の諸々の事情を含め、余人には理解し難いのも事実だった。
「おほん。では気を取り直して……ダグラス様、先日行われたフェリシア・ブランデール子爵令嬢との顔合わせの席にて、フェリシア様の従士の中に赤毛の少年がいたのは覚えておられますか?」
「ん? ああ、後ろに控えていた従士候補の一人のことか? 才媛と名高いフェリシア殿の従士候補としては、少々見すぼらしい印象だったから逆に覚えている」
没落寸前となったブランデール家への支援と引き換えに、マーヴェイン家が彼の家の血と稀少オーブを求めた結果として、ダグラスとフェリシアの婚約は成立した。
まさに絵に描いたような政略というやつだ。
婚約自体は以前から決められていたことだが、当人同士が顔を合わせたのはつい先日のこと。
カティが話題に出した赤毛の少年もその場にいた。
主であるフェリシアはもとより、他の従士候補よりも見劣りしていたからこそ、ダグラスの記憶にも少々引っ掛かっていた模様。
「あの者の名はカイト。カイト・ルインダール。マーヴェイン家との利権争いで没落したという、ルインダール家の血を継ぐ者です」
「ルインダール? ……聞かない家名だな。没落というのはかなり前のことか?」
「どのくらい前の話なのか、正確なところまでは分かりません。ただ、私の知る限りでは、少なくともカイトの曾祖父母の世代よりも昔の話ではないかと……あ、ちなみに〈四精〉のオーブは、元々はルインダール家の家宝だったそうです」
カティにも分からないことは多い。本筋に絡まない細かい設定のすべてを網羅しているわけでもない。そこまで覚えているわけではなかった。そもそも、そのような描写や設定があったかどうかも、今となっては確認すらできない。
「〈四精〉が? ……いや、まぁいい。ルインダール家については後で調べるとして、そのカイトという者がどうした?」
当然のごとく、ダグラスはカティの本題が別だと察する。没落したルインダール家の血を継ぐ、カイトという者についてだ。
「ダグラス様。私はこれまで、それこそダグラス様からすれば〝おかしなこと〟を色々とお伝えして来ました。ですが、実のところ確証はありませんでした。もしかすると、ある程度の固有名詞がたまたま同じだけなんじゃないのか? あくまで似ているだけでは? 私が知る〝筋書き〟はただの妄想や夢の類じゃないのか? ……そんな風にも思っていました」
「そうか? その割には、えらく強めにあれこれと主張していたように思うが……」
「とにかく! この度、私は確信いたしました!」
ダグラスが抱いた疑問を打ち消すように、カティは続ける。自身の確信とやらを告げる。
「あのカイトこそが〝リナニア戦記〟の主人公!! この先、混迷を極めるだろうリナニア王国を救う英雄なのですッ!」
かっと目を見開き、ダグラスに向けて大仰に手をかざすカティ。映像作品であれば『ババーンッ!』という効果音が付き、コミカライズなら文字のフォントや吹き出しも強調されたことだろう。
「ふむ。なるほどな。あの者が、カティが前々から語っていた〝物語〟の主人公というわけか。つまり先ほどの〝序盤で退場する悪役貴族きゃら〟というのは、主人公と敵対し、〝物語〟の舞台から早々に退場する――それがダグラス・マーヴェインの役どころということか? これまで、いくら聞いても頑なに俺の役どころを明かさなかったのは、主人公の存在に確証が持てなかったからか?」
「……」
謎の決めポーズのまま静止しているカティを前にしながら、ダグラスは平静なまま。
カティから聞かされてきたこれまでの情報を統合した上で、自らの見解を示す。
「あ、あのぅ……言い出した私が言うことではないのですが、ダグラス様、ちょっと物分かりが良すぎません? 『そんな馬鹿な話があるか!』とか、『薄汚い平民の孤児がおかしなことを!』、『貴族である俺様が平民ごときに遅れを取るというのか!?』みたいになりません?」
信じて欲しいとは思うが、逆にこうもあっさり受け入れられると、それはそれでカティも若干不安になる。
「ん? カティが平民の孤児なのは事実で、荒唐無稽なことを言い出すのも今さらだろう? あと、いかに貴族子弟と言えども、扱うオーブや魔力の特性によっては、平民のオーブ使いに敗れるのも十分にあり得る話だ。そもそもリナニア王国が求める貴族というのは、高威力の魔法を遠方から敵軍に打ち込むというもの。一方で平民のオーブ使いは白兵戦や貴人の護衛などが主であり、それぞれに求められる能力が違う。こと戦場においては、魔導士とオーブ使いは、単純な優劣で語れるものでもない」
「……」
陰鬱で憮然とした顔の相。平均以下の上背と、平均を大きく超えた厚みのある身体つき――それこそ、ゲームファンタジー的なドワーフのようなずんぐりとした体型。
カティが知る〝リナニア戦記〟の序盤に登場する、悪役貴族キャラの少年時代という風貌。
ダグラス・マーヴェインは、まさに〝いかにも悪役〟という見た目ながらも、その中身はまるで違う。
「(……確か、ダグラス様はまだ十二歳のはず。前世で言えば中学一年生くらい。――でも、このダグラス様は弁えている。自らを取り巻く環境を、自分が生きる世界を理知的に俯瞰してる)」
この世界において、魔力を有し、オーブ適性がある子供は、年齢よりも早熟な傾向がある。だが、ダグラスの場合は少し違う。
どこか達観した振る舞いは、彼の生まれと、ある出会いによって形作られたものだ。
マーヴェイン伯爵家の長子として生まれ、周囲から多大なる期待を寄せられながらも、彼は成長と共に落ちこぼれた。リナニアの貴族社会が求めるような魔法を扱えなかったから。
伯爵家が保有する稀少な上級オーブを用いても、ダグラスはせいぜいが〝普通の魔導士〟止まり。
マーヴェイン家を継ぐにはあまりにも心許ない。
リナニア王国の貴族社会において、マーヴェイン家の風評がよろしくないがために、マーヴェイン家の当主たる者は、それらの悪評を跳ね返すほどの強い〝力〟が求められる。
〝稀少な上級オーブを使いこなす強い魔導士〟というのは、いわば分かり易い盾だ。
しかしながら、ダグラスはそうはなれなかった。そちら方面の才には恵まれなかった。
また、マーヴェイン家には彼の三つ下に母違いの双子の弟妹がいるのだが、成長と共にこの双子は強い魔導士としての才を示していった。
代わりができたことにより、マーヴェイン家では長子への期待が失せていった。
いずれダグラスは、優秀な弟妹のどちらかに嫡子の座を明け渡すのが確定してしまった。
彼は齢七歳にして、両親や周囲から見放される。もうお前は用済みだと言わんばかりに、従士候補の訓練施設を兼ねた別邸へと移されたのだが……そこでダグラスは出会った。
異世界転生だの、自分には前世があるだの、ここはゲームの世界だのと……そんな妄言を吐く子供に。
どのような因果の巡りがそうさせたのか、自暴自棄になっていた幼いダグラスは、暇つぶし程度の気まぐれで、その妄言を吐く子供――カティの言葉に耳を傾けた。
それが二人の出会い。一つのはじまり。
「ええっと、またしても、私が言い出したことで恐縮なのですが……その、ダグラス様は、主人公カイトの引き立て役というか、踏み台となって物語から退場するということについて――怒りなどはないのですか?」
「はぁ? いや、別にそんなことに怒りなどないな。カティの言い出した〝おかしなこと〟がこれからも的中するのなら……その主人公とやらがリナニア王国の危機を救うんだろう? なら、せいぜい主人公様には頑張ってもらわなければならんだろうさ」
特に強がっている風でもなく、ただただ自然体のままにダグラスはそう語る。
「は、はぁ……(うーん。前世知識を教えて来た影響なのか、やっぱりゲームの〝ダグラス〟とはまるで違う……見た目はほぼそのままだけれど……)」
妄言を吐いていた女の子。
カティは五年ほど前に目覚めた。前世を思い出した。
孤児であるため正確な年齢は分からないが、便宜上五歳とされた頃のこと。
ゲームシステム的な〝選定の儀〟という儀式によって。
魔導士が望まれ、適性があるのが当たり前となる貴族社会とは違い、いかにショボいモノであっても、平民社会ではオーブ適性があるというだけで食うに困らなくなる。
ただの平民の子にオーブ適性が判明し、あれよあれよと商家や貴族家に取り立てられていく……というのは、リナニアで広く親しまれている立身出世の夢物語だ。
だからこそ、まだ幼い時分に簡易なオーブ適性を調べるのが一般的にもなっている。
オーブ適性があれば、平民だろうが、脛に傷を持つ流れ者であろうが、スラムの孤児であろうが……成り上がるための第一歩になり得る。もちろん、後ろ盾を持たぬ者がいいようにこき使われるという負の一面もあるにはあるが。
カティの育った孤児院は、どちらかと言えば後者に縁があった。
前世を思い出すと同時に、彼女は孤児院からマーヴェイン伯爵家へと売られた。お買い上げされた。
一応、売り主と買い主の双方ともに外聞を気にしていたため、『心優しい貴族様が哀れな孤児を保護した』という形になったが、それを信じるおめでたい者はいない。
マーヴェイン伯爵家に買われたカティは、かつての記憶に刻まれていた、前世でやり込んだ〝リナニア戦記〟というゲームについても思い出す。
なにしろ、彼女は〝自分〟を知っていたから。
学院編の序盤に出て来るダグラス・マーヴェインの従士。いわゆる取り巻き。
『孤児院出身ながら、魔導宝珠への適性があったことでマーヴェイン伯爵家に引き取られ、厳しい訓練の末にダグラス・マーヴェインの従士となる』
名前にカーソルを合わせると出てくるキャラ説明であり、これがゲーム内におけるカティの設定の全てだ。
ビジュアルは多少の特別感があるものの、彼女を深堀りするような固有のエピソードやイベントなどはなく、一連の主人公イベントが終わった後は再登場もない。その生死を含め、結局のところどうなったのかということすら語られない。
序盤で使い捨てられるキャラであり、主人公からすれば、ダグラスというメインの敵役と一緒に出て来る〝ちょっと強いザコ的なネームドキャラ〟というだけ。
前世の記憶を思い出した当時のカティは悩んでいた。いや、今も現在進行形で悩んでいるのは間違いない。
「お、お言葉ですがダグラス様。このまま〝物語〟の通りに進むなら……ダグラス様はヘルメイス魔導学院にて、婚約者様の平民従士に決闘を挑まれます。そして、平民従士を圧倒して余裕を見せながらも、調子に乗って油断し、あろうことか逆転を許し無様に敗北してしまうのです。しかも事前の取り決めにより〈四精〉のオーブを失うという大失態まで。そのような醜態を晒してしまった以上、当然のように周囲からは嘲笑らわれ、ご実家であるマーヴェイン家からも見放されてしまい、ダグラス様はそのまま貴族社会から落ちぶれて……と、これらを聞いても、特に怒りはないと?」
迷いながらも、カティは〝リナニア戦記〟における流れを語った。この時点から数年後に訪れるだろう未来を。
「ふむ。『だからどうした』というだけだな」
即答。カティの語りを神妙に聞いた上で、それでもダグラスには特に思うことがない模様。
「元々俺は、父上や母上の期待に応えられぬ落ちこぼれでしかない。何の間違いか〈四精〉のオーブに選ばれはしたが、結局のところまともに使いこなせないという再度の期待外れを晒してしまった。もうマーヴェイン家での俺の評価は、〝落ちこぼれの出来損ない〟で確定している。しかも、俺のような無能を選んだことで、マーヴェイン家ではこの〈四精〉の価値すら暴落している有様だ」
特に熱もなく平静なままに、ダグラスは自身の右手首に巻き付く〈四精〉を、精微で古風な意匠の金色の腕輪をそっと撫でる。
発端となったオーブ。この稀少な〈四精〉という上級オーブは、そこらの下級、汎用のオーブとは違い、自らが契約者を選ぶのだと伝えられていた。
事実として、マーヴェイン家の記録においては、この〈四精〉と契約した者は誰もいない。ただ宝物庫で埃を被っていただけ。
それはある種の意地だったのか、マーヴェイン家では、一族でオーブ適性がある者がいれば、直系・傍系の区別なく、一度はこの〈四精〉の適合を調べるのが決まりごとになっていたのだとか。
そして、落ちこぼれだったはずのダグラスが、どういうわけか〈四精〉に選ばれてしまう。
当人にしてもそうだが、マーヴェイン家の中でも困惑と期待が湧き上がるのだが……その期待は早々に打ち砕かれた。落胆だけが蔓延していく。
ダグラスは〈四精〉の適合者となっても、〝普通の魔導士〟を少し超えるかどうかという程度でしかなかったのだ。
「この度のフェリシア殿との婚約にしても、父上はいずれ弟のオルガに引き継がせるだろう。そうなれば本格的に俺は用済み。あとは血を保つ予備としての飼い殺しがせいぜいというところ。――さて、カティよ。近い将来に学院で醜態を晒して落ちぶれるのと、今の俺の状況から見通される将来に……一体どれほどの違いがあるというのだ?」
くたびれて枯れたような雰囲気がそこにはある。ダグラスには諦念が染みついている。自身の状況を冷静に俯瞰できるからこそ、己の先行きがどうなるかも分かってしまう。
「……」
そんなダグラスの姿に、カティは自身の浅はかさを悟る。不意に気付かされた。
〝リナニア戦記〟に出てくるダグラス・マーヴェインというキャラは、主人公一族の仇となる貴族家のボンボンであり、メインヒロインの婚約者という役どころ。
平民を見下し、爵位やオーブの序列、魔法の強さなどに拘り、いっそ分かり易い選民思想を振りまく傲慢な悪役……かと思えば、序列が上の貴族家の者には媚びへつらうという小者臭い姿もありありと描かれていた。
カティが知る〝リナニア戦記のダグラス〟はそれだけ。あくまでゲーム序盤に登場する悪役貴族キャラというだけ。
主要キャラというわけでもない以上、ゲーム中の役割としてテンプレ的な一面しかプレイヤーには開示されなかった。その人物像を深く掘り下げるイベントなどもない。
しかしながらというべきか、はたまた当然というべきか。
見た目こそゲームキャラと同じだが、カティの目の前にいるダグラスには、ゲームのような分かり易い〝悪役貴族キャラ感〟はない。
前世を思い出し、マーヴェイン家で強制的に従士訓練をさせられて早五年の月日が経過していたが……カティは改めて思う。
「――ダグラス様。申し訳ございません。伏して謝罪いたします。私は知らぬ間に……ダグラス様をはじめとして、この世界に生きる人々のことを、軽んじていたようです」
普段のどこか飄々とした姿ではなく、カティは深く頭を下げて真摯に謝罪する。ちなみに、この世界においても謝罪スタイルは前世と同じだ。
「……どうしたんだ急に?」
「いえ、私は『ついに主人公を見つけた!』と、どうやら自分で思う以上に浮わついていたようです。また、ダグラス・マーヴェインという人物は、今私の目の前にいるダグラス様だけなのだと……改めて思い直しました」
「はぁ? またよく分からんことを言いだしたな……まぁいい。とにかく、この度の謝罪はダグラスがしかと受け取った。今後、今回の件についてカティを糾弾するような真似はしないし、他の者にもさせないと誓おう。楽にしてくれ」
ダグラスにはカティの謝罪の意味するところは分からない。対象やその内容についても。ただ、それが真剣なものであることを察して応じるのみ。
「ありがとうございます。私は〝カティ〟として……今後もこの世界の住民として生きていきます」
カティは不可思議な記憶を持つ。前世の自分がカティに転生、あるいは憑依したのか、カティという人物が前世を思い出したのか。それは当人にも分からない。
しかしながら、カティは確かにこの世界で生きている。その当たり前の事実を、改めて噛みしめる。
「――というわけで、ダグラス様は〝悪役貴族キャラ〟として、学院にて主人公カイトに無様に敗北し、盛大に醜態を晒して下さい」
下げていた頭をぴょこんと戻しつつ、カティはダグラスにそもそもの要望を伝える。
カティとして生きる云々の決意は、別に彼女の当初からの望みを否定するものでもない。ある意味では予定通り。
「……おい。急にもとに戻るなよ。一体何が〝というわけ〟なんだか。まったく、珍しく殊勝な姿を見せたと思ったら……」
「え? 先ほどの件については、このカティを糾弾するような真似はなさらないのでは?」
「ぐ……そ、それとこれとは違うだろ!? 相変わらずよく分からないやつだな!」
前世のゲームの記憶を持つ、異世界転生者 (たぶん)であるカティ。当時十歳(推定)。
序盤で退場する、踏み台系な悪役貴族キャラのダグラス。当時十二歳。
二人の〝物語〟が本格的に動き出したのは――ある意味では、この時からだった。
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