6 変事を仕掛けた側
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魔力遮断。
それは対魔導士の基本戦術の一つ。もちろん、魔導士に限らず、従士を含めたオーブ使い全般に効果がある。
いかに相手のオーブを、魔法を、魔力を、一方的に封じることができるかというのが戦術的な命題になるのだが……それはそれとして、リナニア王国では防衛については、力技でのごり押しを推進した。
結果、オーブの神秘と魔導技術を結集して生み出されたのが、都市防衛型広域魔力遮断魔導具の〈守護者の息吹〉。
広範囲にわたって、丸ごと魔力を封じる以上は、防衛側も魔法を使えなくなってしまうが、そのような状況も当然想定されている。想定していないとなれば、流石にそれは駄目だろう。
リナニア貴族の文化からすれば、それは野蛮であり、下々の者の役割だとなるが……とりあえずのところ、対策はあるということ。
ちなみに、その対策というのは単純明快。
オーブを使わない。魔法に頼らない。以上。
ごくごく当たり前の対応でしかないのだが、戦場においての当たり前とは……突き詰めれば、相手をいかに殺すかということ。それが防衛戦であっても同じだ。
リナニアの魔導士に望まれる、火や水を撃ち出すような〝普通の魔法〟の才が乏しく、身体強化での白兵戦を得手とする、従士寄りのダグラス。
オーブがなくとも、魔法が使えずとも、人は人を殺せる。
それらを〝普通の魔導士〟よりも理解してたはずのダグラス。
実感する。させられる。
「ぅッ!? ダグラス様ッ!! 防御をッ!!」
庭園を突っ切り、そのまま屋敷の外へと向かっていた一行だったが、開けた場所へと足を踏み入れた瞬間。
先を行くカティの目に写ったのは兵たちの姿。まだ少し距離はあるが、はっきりと見えた。
片膝を突いた兵士たちが、横一列に並び、手元に構えている。装填済みの機弓(※速射式のクロスボウ)を。
急制動。叫びながら、姿勢を低く取りカティは下がる。ダグラスの後方を目指す。
「くッ!? 機弓かッ!!」
状況を理解すると同時に、ダグラスは大剣を自身の前に突き立てる。担いでいたシリウスを、自身の背後に放るように落とす。多少の怪我など気にしていられない。
「撃てェッ!!」
指揮官と思しき男の号令が場に響く。
ビンッという、小さな音の集合体が発生すると同時に、一斉に矢が射出される。空気を切り裂きながら飛ぶ。ダグラスたちを目掛けて。
「っぅ……ッ!」
転がりながら大剣の後ろに、射線から逃れようとしたカティは、僅かに間に合わない。いや、状況を考えれば、十分に間に合ったと言えるか。
肩と背中、脹脛付近に矢が掠め、少々身を抉られただけだ。
「ぐぅ……ッ……!」
若干の時間差を生みながらも、激しい衝撃音と共に、大剣によって矢は弾かれた。
しかし、いかに幅広の大剣を盾にし、身を屈めたところで、飛来する矢のすべてを防げるはずもない。
ダグラスの左肩と左下腿には矢が突き刺さっている。また、後ろのシリウスを庇うためにか、多数の矢に身体のあちこちを少量ずつ抉られた模様。それなり以上の手傷を負う。
いかに身体強化の魔法を展開していても、流石に生身で、機弓の矢を弾くほどには達していない模様。
「……ダグラス様。深手はありませんか?」
「ふん。大したことはない。ただ……」
「ええ」
機弓による一斉射後の静寂の一時。
素早く状況の確認をするダグラスとカティだったが……すでに詰んでいる。
「第二陣ッ! 構えェッ!!」
敵は正規兵。やったか!? と、喜色を浮かべて結果を確認したりはしない。
即座に次だ。
装填済みの機弓を抱え、後列に控えていた兵たちが前へ出て来る。先の兵たちと入れ替わるように。
そして、先ほどと同じように、片膝を突いた状態で機弓を構える。
違うのは、横に広がり角度を付け、大剣の横を抜くようにしてダグラスたちに狙いを定めている点か。
馬鹿正直に、大剣の正面しか狙わないなどということはない。
「……仕方ありません。私の切り札を使います」
チート能力を大っぴらに使いたくないなどと言っていたが、天秤の片側に自分の命が乗るなら即決即断だ。カティに迷いはない。たとえ、代償を支払う必要があっても。
「魔力遮断の影響は? それとも俺の〈無銘〉と同じか?」
「いえ、私のオーブにその大剣のような特性はありません……が、どうとでもなります」
軋む。カティの瞳の奥に、魔力に似た異質なる煌めきが灯りはじめる。魔力遮断の影響を押し返すかのように。食い破るかのように。
やると決めた以上は、様子見や逡巡などない。
リナニアの魔法を越えたナニかが、カティの身の内で首をもたげる。
「ダグラス様。屋外で、それもあの人数相手にオーブを解放すれば、私はしばらく動けなくなります。私の運搬や身の安全についてはお任せしますので……」
その時だった。
「――話があります。抵抗は止めなさい」
「ッ!」
場の空気が変わる。
凛とした、冬の氷原のような声が、場に沁みわたるように響く。
ダグラスたちの真正面。機弓を構える兵の幾人かが立ち上がり、左右に分かれて場を譲る。現れた上位者に。
その見た目は、バウフマン領軍の礼装でありながらも、血の海と化した庭園に不釣り合いなほどの可憐な乙女。
ダグラスとカティは、その面差しに見覚えがある。似た者を知っている。だからこそ、該当する人物へと思考が巡る。
「あれは……もしや、アイリーン・バウフマンか?」
倒れたままのシリウスにちらりと視線を向けた後、改めて現れた人物を見やる。
双子とまではいかずとも、赤の他人とするには似過ぎている。あきらかに血の繋がりを感じさせる、血によって共有された造形美が二人にはある。
「……兵たちの殺気が鎮まりましたね」
あきらかに上位者然とした乙女の登場により、場が止まる。
カティは思わず、身の内から覗いてた、異質なるナニかをなだめに掛かる。〝しばし待て〟だ。
機弓の狙いは定まったままではあるが、つい先ほどまで、ダグラスたちを抱きしめていた、濃密な死の気配が若干遠ざかる。抱擁の圧が緩んでいる。
「ふん……どうやら相手さんは、この場で俺たちを殺す気はないようだな」
「は? 先ほどの待ち伏せからの一斉射は、あきらかに殺意が乗っていましたが?」
「くく、細かい奴だな……『相手さんは、別に俺たちが死んでも構わないようだが、生きているなら話がしたいらしい』とでも訂正しておこう」
相手側が殺意一辺倒ではなくなったため、ダグラスとカティは相手の出方を待つことに。もちろん、切り札の準備はしたままに。
「話があるというなら聞こうッ!」
大剣の柄を握り直し、抉られた身から血を垂らしながらにダグラスは叫ぶ。
その叫びに応じるように、兵たちの間を割って、前へと進み出る乙女――アイリーン・バウフマン辺境伯令嬢。
〝リナニア戦記〟では、そのビジュアルすら登場しなかった、悲劇的な変事の被害者。ナレ死の御令嬢でしかないのだが――。
従士すら伴わない。ただ一人でさらに前へと出て来る。
彼女とて、この場を支配する〈守護者の息吹〉の影響下にある。当然のようにオーブの加護も、身を守る魔法もない。
にもかかわらず、彼女はまるで、自室の絨毯でも踏むかのような足取り。血の臭いがする場を歩くような姿には見えない。それほどに自然体。
それは兵たちに守られているという自信に非ず。アイリーンには、上位者としての胆力が備わっている。
「聞き分けがよくて助かります。〝オーク〟などと聞き及んでおりましたから」
鈴を転がすような、しかし感情の欠落した声。
はっきりと顔が視認できる距離で立ち止まったアイリーンは、そう語りながら片手をわずかに挙げる。
機弓を構える兵たちが一斉に動く。ダグラスたちに狙いを定めていた機弓を、上向きの待機状態にして構えを解く。
圧倒的に優位な側から譲歩して見せる。
魔法という奇跡の通じない空間で、ダグラスは、目の前の少女から血統と権威からなる圧力を感じていた。
「(……見た目こそ似ているが、悪い意味で〝リナニア貴族らしい〟シリウス様とはかなり印象が違うな。年若くとも、すでに大貴族の後継たる風格を備えている。……そんな彼女を、自作自演の悲劇の被害者として使い潰す? 今さらだが、どうにも不可解だな)」
アイリーン・バウフマン辺境伯令嬢は、母と共に暗殺される。
〝結果〟を知るが故の猜疑。
ダグラスには、バウフマン家の内情も陰謀の詳細も分からない。
が、どうせ切り捨てるなら、当人には失礼極まりない話だが、元々始末する予定だったシリウスだけで十分ではないか?
『バウフマン家の御令嬢が、マルバ都市同盟の差し向けた不埒者どもに暗殺される』という表題に変わりはない。
ふと、そんなことまで考えてしまう。
「……この野卑な〝オーク〟ごときを見知って頂けているとは、光栄の極み」
相手側の譲歩に応じる形で、ダグラスはゆっくりと立ち上がる。自らの身を大剣の外へと晒す。後ろの兵たちを刺激しないよう、静かに、大袈裟なほどに緩慢な動きで前へ出る。アイリーン嬢と対峙する形を取る。
ちなみにその後ろでは、カティが倒れたままのシリウスをいそいそと大剣の際まで運ぶ。せめてもの守りとして。相手が対話を望んだからと言って、まだ安心はできない。できるはずもない。
もちろん、そんな小手先の足掻きはアイリーンにも見えているが、彼女は大剣の後ろへと一瞥をくれただけ。その瞳に、生死不明の姉の身を案ずるような温もりはない。
「バールライラの〝オーク〟、ダグラス・マーヴェイン殿で間違いないかしら?」
微笑みながら、囁くように語る御令嬢。ただ、その瞳と声は冷たい。
「我が身はダグラス・マーヴェインに間違いありません。現在はサリーア・バルボアナ様の従士という立場であり、主命によりこの地に赴き、バウフマン家の食客として、バールライラで領軍の作戦にも参加しております」
上位者との会談に臨んだという形で、貴族式の礼を取りながらダグラスは応じる。血濡れのままに。
「――まず、貴殿らに謝罪を。サリーア様とは改めてお話をする予定だったの。こちらの意図として、従士の方々を騒動に巻き込むつもりはなかったわ。しかも、貴殿は領軍に属して戦果もある勇兵。愚姉シリウスの身勝手がはじまりではあったけれど、それを制することができなかったのはバウフマン家の落ち度よ」
殺意満点の一斉射を浴びせたのは、アイリーンの中ではすでになかったことになっている模様。
もちろんダグラスとて理解してる。謝罪などと口にしているが、彼女の言は『受け入れろ。でなければ死ね』という宣告以上の意味はない。この場での生殺与奪の権は、間違いなく彼女の手の中にある。
「貴台の謝罪を受け入れましょう。大局を観る指揮者と現場との間で、その指示や意図が錯綜するのはよくあることです」
様式美的な白々しさを感じながらもダグラスは受け入れる。そうしなければ話が進まない。バウフマン側がサリーアとの対立を望んでいないなら、それこそ本題が残っているはず。
「謝罪の受け入れに感謝を。――さて、ここからが本題なのだけれど……まずは屋敷の中へ案内するわ。いつまでも、無駄に〈守護者の息吹〉を起動し続けるわけにもいかないから」
「(ふっ。つまり、邸宅の中には小型のオーブ封じが施してあるということか。しかしまぁ……この醜悪な惨劇を生んだ後で〝無駄〟と言い放つか。おおかたの〝目的〟を達した以上、確かに無駄な労力なんだろうが……くく、どうであれ好きになれん感性だな)」
内心で嫌悪を吐いている間にも、アイリーンの目くばせ一つで、兵たちがダグラス一行を取り囲むように寄って来る。場所を変えるのは確かだが、あきらかなる連行スタイルだ。
場所を変えたとて、いつ始末されてもおかしくないという状況自体は変わらない。
ただ、ダグラスとしては、ここから『バウフマン領の変事』という〝結果〟にどう繋がるのかを訝しんでいるが……事が終盤に差し掛かっているのは間違いないと感じている。
「……あぁ、もちろん武装は解除するが……その大剣は愛用の品でな。できれば一緒に運んでもらえないだろうか? あと、俺の従士が手にしている剣は、シリウス様の従士ジョナス殿の形見の品。俺の大剣は適当でもいいが、その剣についてはどうか丁重に扱って欲しい」
がっちりと自身を取り囲む兵たちに、しれっと装備の運搬を依頼するダグラス。
また、本題はこちらだとばかりに、ジョナスの形見の剣を丁重に扱えと訴えを重ね、相手方に断りにくくもする。
「貴殿はあくまで客人という立場。その持参物はこちらで運ばせて頂く。――従士ジョナスの形見については……こちらから礼を言おう。気付かずにただの武具として扱うところだった」
要望を聞いた兵の一人が、ダグラスに謝意を示す。命令に従い、醜悪な惨状を生みはしたが、兵たちもそれぞれで思うところはあるのか、主を守るために落命した従士に対して深い哀悼の意を示す。敬意を払う。
カティから受け取ったジョナスの片手剣を、どこからか持って来た真白い布で丁寧に包み、兵の一人が、まるで奉じるかのように眼前で両手で持ち、そのまま運んでいく。
その横では、カティが装備していた短剣などを外し、兵の用意した麻袋に放り込んでいたり、ダグラスの大剣を兵が二人掛かりで運ぶ様も見られた。
ちなみに、シリウスは未だに意識を失ったままであり、兵たちに簡易の担架にて運ばれて行く。
状況が速やかに〝次〟へと移行している。
この場では誰も気付かない。気にもしていない。
兵たちはおろか、上位者であるアイリーンさえも。
流石に今の状況を見越していたわけでもないが……これまでの日頃からの行いが、地味ながらも多大な影響を残していることに。
連行されて行く、とある主従の視線が僅かに交差する。
内心で微かに笑う。
生き延びるための手札が増えたと。
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