4 惨劇
◆◆◆
サリーアとフリント。
学院の施設内に用意された邸宅。その一室である執務室での一幕。
「サリーア様。バウフマン領にいる者の一部と接続が途切れました」
〝動き〟があったことを、従士が主へと報告している。
「……そう。別に死んだわけではないんだね?」
「はい。残念ながら、これは大規模な魔力遮断による反応でしょう。領都にいた者たちを中心に接続が同時に途切れたため、まず間違いないかと……」
状況の確認を行っているのだが、その内容は、サリーアの想定の中でも〝あまりよろしくない事態〟を示していた。
「――そうか。結局のところ、マルバとの関係悪化は……バウフマン辺境伯の思惑によるものか。どうりで尻尾が掴めないわけだ。シリウス殿とのやり取りを含め、探りを入れる動きも把握されていたんだろう」
サリーアとて想定はしていた。
が、その想定は少々危うものだった。
証拠もなければ動機も不明瞭。損得勘定を含めれば、よほどの事情がない限り、そうはならないだろうという類の想定。
しかしながら、現実には、そのよほどの事情があったのだろうと言わざるを得ない。
「……サリーア様、いかがいたしましょう? バールライラの砦に駐留している者に、領都の様子を見に行くようにと指示を出しますか?」
「今さら砦から向かったところで間に合わないだろうけど……状況を確認しろと指示を。次の盤面に備えるために」
「承知いたしました」
オーブの奇跡は、魔法には強い力がある。
特異で特殊な例ではあるが、稀少で強力なオーブに宿る魔法の中には、単独で街を消し飛ばすほどのものさえある。
もし、そのようなオーブ契約者が、超強力な魔導士が、ふらりと街中に現れた場合……街の者に抗う術はないのか?
その答えが魔力遮断。オーブ封じ。
いかに奇跡の力を発揮するはいえ、魔力そのものを封じてしまえば、オーブの魔法を使うことができなくなる。
対魔導士の際には、基本となる考え方でもある。
ただ、相手が魔法を使う軍勢ともなれば、個人用の魔力遮断などほとんど意味をなさない。
広範囲にわたっての魔力遮断が必要になる。
稀少な特級オーブを、オーブの力を増幅させる術式に組み込み……任意で街中での魔法の行使を力尽くで抑制する――という考えに至る。
当然、そのような特殊オーブを用いた、都市防衛型の超魔導具が、市井の者らの気分によって使用したりはできない。
まさにその地を治める貴族家当主の制御下にある。
「当代のローネル・バウフマン辺境伯は、一体なにを成そうとされているのでしょう……?」
思わずフリントが零す。
マルバ都市同盟との関係悪化は、バウフマン領にも悪影響がある。リナニア王国としても、マルバとの関係決裂を表立って望むはずもない。
一般的な損得勘定で考えれば、あまりにも損益の方が大きい。
「正直なところ、ボクにもローネル公の真意は分からない。だが、どうにも嫌な予感が収まらない。魔力遮断まで使用した以上、まずは領都で何らかの事を起こす気だろうけど……主たる目的が不明だから、その方向性も読めない」
「関係決裂を望むなら、分かり易いのはマルバ系の商人や移民の捕縛などでしょうが……」
「魔力遮断を使ってまでやる必然性はないね。むしろ、オーブや魔法を有効化しておかないと、余計に手間が掛かる。弾圧や虐殺にしても同じくだ。オーブを封じた以上……ふぅ。あまり考えたくない想定しか残らないね」
サリーアの考察は、どうにも悪い方向でよく当たる模様。
◆◆◆
場面は変わる。
バウフマン領の領都オーセルの一部地域では、静かなる混乱が広がっていた。
その混乱は、まさに領の中心地と言える、バウフマン家の邸宅を兼ねたお役所……領主官邸からはじまる。
突如として、一斉に魔導具が停止した。また、オーブ使いたちも異常を察知する。魔導具だけでなく、オーブも沈黙したのだ。
サリーアとフリントは現象を知っていたが、いかに魔導士といえども、領主権限でもある広域型の魔力遮断については知らぬ者も多い。
これまで、息をするほどに身近だったオーブの反応が消えたのだ。混乱するのも分かろうというもの。
ただ、その異常事態に対して、即座に思い当たる者もいる。
「くッ!? こ、これは!!」
シリウス・バウフマン。
彼女のオーブは〈慈悲の短剣〉という銘を持つ上級。名の通り短剣として具現化し、脇に吊るしていたのだが……突如として具現化が解けた。
あきらかに強制力のある事象。瞬間的に自身への攻撃としてのオーブ封じを疑ったが、周囲も混乱しているのが目に入る。自分だけでないと察する。
「ア、〈守護者の息吹〉なのかッ!?」
実際にそれが起動した状況を経験したことはなかったが、知識としては当然に知っていた。叩き込まれていた。領都オーセルを守護する最終手段の一つだと。
なぜ? 今この場で〈守護者の息吹〉が起動しているのか? 脅威が迫っているのか? どこから? 父上が敵を捉えたのか? 警告もなくいきなり? どういうわけだ?
シリウスの脳裏には様々な疑問が駆け巡る。
――が、その疑問の答えは、すぐさま脅威となって彼女の前に姿を現す。いつまでも考えていられない。
「シリウス様ッ!!」
背後から冷徹なる金属音が響く。刃が出会う音。従士ジョナスが抜剣し、敵を迎えた音だ。
「なッ!?」
従士ウォーレンも動く。オーブの具現化ではない、正真正銘の鋼の剣を抜き放ちながら吠える。
「貴様らッ!! この御方がシリウス・バウフマン辺境伯令嬢と知っての狼藉かァッ!!」
吠えながらも、実のところウォーレンも困惑している。
なぜなら、武器を手にしている者たち、敵意を向けて来る者たちの中に……馴染みの顔が交じっているから。
他でもない。自分と同じくバウフマン家に仕える者たちだ。
あきらかにシリウスを狙っている。武器を手ににじり寄って来る。
さらに、すでに周囲には血が滲む。悲鳴が聞こえる。叫び声がこだまする。戦闘がはじまっている。
魔力遮断で混乱した状態で、為す術もなく使用人に首を切られた従士がいる。
庭仕事用のガーデンフォークで腹を突かれた警護兵がいる。
また別の警護兵が剣を振り回し、使用人を襲撃している。
バウフマン家の御令嬢の背に、無言で剣を振る使用人がいる。
「な、何をしているッ!? なぜだッ!?」
「貴様らァァッッ! シリウス様には近付けさせんぞッ!!」
疑問はあれども、シリウスの従士二人は己の仕事を全うする。剣を振るい敵を寄せ付けない。シリウスの退路を確保しようと動く。
「シリウス様! 逃げますぞ!! 囲まれると不味い! ジョナス! 先を征けいッ!」
「承知しました! シリウス様、俺の後ろにッ!!」
「え、ええ! 分かったわッ!!」
都市防衛型広域魔力遮断魔導具――〈守護者の息吹〉の発動と同時に、襲撃を開始する者たち。
武器を手に、慣れぬ様子で襲い掛かって来る使用人らを斬り捨てつつ、シリウス一行は逃げの一手を打つ。
胸に去来する疑問の数々はあれども、今はのんびりと考えている暇はない。
駆ける足元。回廊には赤い色が。
血の臭いが不愉快に鼻腔をくすぐる。
自らの心音と共に、誰かの断末魔の悲鳴が耳に届く。
〝変事〟の現場は、混乱と血の色で彩られている。
◆◆◆
「ふん。実に醜悪だな。事情を知らされていた者にせよ、知らされなかった者にせよ……どちらにとっても酷い話だ」
地下から這い出て来たダグラスとカティ。
ほどなくして〈守護者の息吹〉が発動し、魔力が遮断された。
そして、目の前の広がる光景を、はじまった〝変事〟の現場を醜悪だと断じる。
「私も戦場を駆け、カティという人物が心底から酷く醜いやつだと自覚もしましたが……どうやら、私よりも醜悪な輩というのは、そこそこに存在するようですね」
二人は傍観者であることを望む。舞台を観劇する側であることを。
舞台の上で、演者たちがあまりに酷い行いをすれば、それを指摘するくらいはする。思うところくらいはある。
しかしながら、自分たちが醜悪である自覚を持ったままにだ。決して、自分たちは手を下していないから清廉潔白だ――などという幻想は抱いていない。流石に、そこまでお花畑な思考じゃない。
実際、二人の足元には、襲撃してきた使用人の死体が数人分、無造作に転がっている。相手の事情がどうであれ、殺しに来るなら殺すというだけ。
「ふっ。醜悪なる者らが踊り狂う舞台など、さっさと下りたいものだがな。さて、それらの愚痴はともかくとして、これは広範囲にわたって魔力を封じる術式か? 一体どこまでが範囲内なのか、カティには分かるか?」
「そうですね。これは街の防衛のためのものらしいので、最大範囲は街を包むくらいはありそうですが……流石に今はそこまでの出力で発動していないでしょう。ただ、少なくともこの邸宅の敷地程度は範囲内かと」
カティは〝リナニア戦記〟の知識で理解したが、マーヴェイン伯爵家の落ちこぼれ程度では〈守護者の息吹〉の機密に触れることもないため、ダグラスは状況を理解するのに少々時間を要した。
「つまりだ。逆に考えれば、この邸宅内に限れば俺にはすこぶる有利ということだな?」
「……まぁ、確かにそう考えられなくもないですけど……さっさと逃げませんか?」
「ふっ。あれが少し気になってな。流石に寝覚めが悪い」
周囲から聞こえる惨劇の音を後目に、どこか余裕のあるダグラスが、軽く顎をしゃくる。その視線の先には見知った顔。
「ああ、シリウス様……ですか。なんとなくそうじゃないかと思っていましたが、あの方も〝惨劇の被害者〟側だったようですね」
遠目には、シリウスとその従士ジョナスが、邸宅の壁を背にして〝敵〟に追い詰められている状況が見えた。
すでに従士ウォーレンの姿はなく、重傷を負ったのか、血濡れのまま剣を振るジョナスにも勢いはない。シリウスも自ら剣を取り、まさに殺し合いの渦中にいるが、情勢はあきらかに悪い。多勢に無勢に劣勢だ。
バウフマン家の使用人たちは、自らが斬り付けられようと、周囲の仲間が剣で刺されて斃れようとも、物静かに、虚ろな目のままに、ただ淡々と、手に持った武器を標的へと突き出す。傍から見れば、その姿はとても正気とは思えないが……。
「ふむ。場の魔力を封じているにもかかわらず、連中はどういう仕組みで動いているんだかな。カティには分かるか?」
相手を洗脳状態にし、指示を守らせるような魔法があるにしても、この場の魔力は広範囲にわたって遮断されている。洗脳の魔法も発動しないか、発動していても解けるはずだとダグラスは読む。
「流石にちょっと分からないですね。魔力の遮断すらも弾くという……そのような特性を持ったオーブであれば可能でしょうが、そうじゃないとすれば、薬物の使用による洗脳などが疑われますね。ただ、領主の主導で自作自演の惨劇を生むくらいですから、操られているような動きに見えて、実は単に覚悟を決めてるだけかも知れませんよ? 家族の安寧を担保に、襲撃する方も死ぬ前提だったり? シリウス様の生え抜きの従士ですら間者となっていたわけですから、他の使用人だって似たようなものかも知れません」
「ふん……『抗えない事情があった』というやつか」
そんな話をしながらも、ダグラスとカティは歩を進めている。命の灯火を削られつつあるシリウスに向かって。
周囲への警戒は維持しているが、二人がすたすたと歩く姿は、無人の荒野を行くがごとくだ。
決死の抵抗の中にあるシリウスや従士ジョナスは、正直なところそれどころじゃないが、襲撃者側は当然、背後から近付いて来る二人に気付く。
「……」
物言わぬまま、即座に走り寄って行く。
警備兵と思しき男が、手にした槍を勢いよくダグラスへと突き出す。
また、中年の使用人と見られる女は、庭仕事用なのか、柄の長いスコップを振りかぶり、そのままカティに殴り掛かろうとする。
「――ふッ!」
「ごッ!?」
「ぅぐッ!」
哀れな襲撃者二人は、ダグラスが振るった大剣により、強制的にただの物体へと変じる。
横薙ぎの一太刀。
使用人の女は肩付近から、警備兵の男は胸元から、上と下に泣き別れる羽目に。
「……どうやら、薬での洗脳なんかじゃないようですね」
「ああ。この者らにはあきらかに意思があった。――本当に醜悪だな。どのような条件で、死出の旅路を無理矢理覚悟させられたのか……ふん」
吐き捨てるダグラス。真正面から二人を斬り捨てた彼には、はっきりと見えた。
襲撃者の二人の瞳には、隠し切れない葛藤が浮かんでいた。揺らいでいた。
人を殺すことに慣れていない。殺される覚悟にも恐怖が混じる。
そんな者たちを襲撃者として仕立てた。その過程に、結果に、どうしようもない悪臭を感じてしまうダグラス。
「まったく反吐が出る……ッ! これだからリナニア貴族は――」
「いえ、ダグラス様。流石にこれは、リナニア貴族という主語で語れる状況ではありませんよ?」
「ふぅ。分かっているさ。いちいち細かいやつだな……」
従士を相手に、どうでもいいやり取りをしながらも、ダグラスは大剣を……具現化したオーブを担ぐように構える。
そして――吠える。
「ガアアァァァッッッ!!!」
「!?」
「ッ!」
「ぅッ!!」
多数が振り返る。
そして――襲撃者は見た。
放たれた砲弾のごとき速度で、迫って来る者を。
「ダ、ダグラス殿かッ!?」
シリウスもここで気付く。
そして――彼女は見た。
バールライラの戦場で、〝オーク〟の異名を持つ者の振るう剣を。
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