3〝結果〟に繋がるには……
◆◆◆
ダグラスとカティには予想できた。結果から逆算するという形で考察できた。
『バウフマン領の変』
白昼の街中で要人暗殺を為すのだ。当然のように、対象者付近に内通者や協力者が潜んでいるだろう。なんなら実行犯にしても、すでに内部に、間合いに入り込んでいるだろうと。
いかに詳細が不明とはいえ、無計画に、真正面から、武力一辺倒の討ち入り……だとは流石に思えなかったから。
それらを考察しつつも、ダグラスとカティは静観するつもりでいた。変事の周辺には近寄らないようにと身構えていた。
が、結局はこうなる。
「ぅッ!?」
「くッ!? こ、これは……ッ!!」
カティが短剣の刃を当てがい、動くなと命じたシリウス側の従士二人。まだ年若い女と壮年の男性。
まず、皆が感じたのは臭い。屋外でありながらも、その場では瞬間的に鼻を突く強烈な腐臭が広がる。
そして、従士の二人はその場に膝から崩れ落ちた。その目から、鼻から、口から、ドス黒いナニかをだらだらと垂らしながら、ごぼごぼと吹き出しながら。
倒れ伏した二人はそのまま動かない。死んだ。とても生きているとは思えない。
短剣を構えていたカティはすでに退避している。
自然に発生するような状況、状態などでは断じてない。また、嫌疑を掛けられた当人らが、潔く自害したとも考えにくい。
異常な事態であるのは、誰の目にもあきらかだ。
「エ、エリサ……ッ!? ギルマールもッ!?」
背後からの声に反応して振り向いたシリウスの目には、信頼していた従士らの異様な姿、変わり果てた姿が飛び込んで来た。当然に混乱が先に立つ。
「シリウス様! お下がり下さいッ!! ジョナスッ!」
「はッ!」
が、彼女の従士らは即応する。主の身の安全の確保に動く。ジョナスと呼ばれた若い男が、シリウスの身を抱えて跳ぶ。東屋から距離を取りつつオーブを起動し、己と主を守る魔法障壁を張る。
指示を出した初老の男――ウォーレンも魔法を起動している。こちらは攻撃のためのもの。標的は……ダグラスとカティ。
「……二人とも動くな。許可なく動けば撃つ」
「ああ。俺とカティは貴殿の指示に従う。許可なく動かないと誓うが――」
ダグラスは相手の要望に応じる。動かない。すでに従士ウォーレンが起動した魔法……魔力の矢がぴたりと狙いを定めており、その魔法の発動は術者の意のままなのは誰にでも分かろうというもの。
「――今はその二人の遺体から少々距離を取ることを勧めたい。先ほどのは、おそらく条件発動型の呪術魔法の系譜だろうが……当人の口封じと共に、周囲を巻き添えにするための魔法が、連動して発動するやも知れん」
「……」
魔導士としては二流以下の才しか持ち得なかったとはいえ、ダグラスとて生まれは貴族家の嫡子だ。
各種オーブによる魔法やその特性、それらを活かすための戦法、戦術利用などについては、それなり以上の高度な教育を受けている。
内通者が余計なことをピーピーと囀らぬように、口封じのための魔法を事前に仕込んでおくのは、初歩的な一手と言える。
今の状況もそれに当てはまる。なんらかの魔法によって口封じが為された二人。
おそらく、彼らに仕込まれていた魔法の発動条件を満たしてしまったカティは、二人に触れた短剣を即座に投げ棄てた。
下手をすれば、触れた短剣から次の魔法が発動しかねない。その危険を彼女も察していた。
「ウォ、ウォーレンッ! ここはダグラス殿の言う通りだ! まずは退避するッ! その上で遺体の検分ができる者の手配だッ!」
遅ればせながらも、状況を把握したシリウスが指示を飛ばす。
「し、しかしシリウス様! この者らの処遇はいかがいたします!?」
退避するにしても、部外者である二人をどうするのか。ウォーレンとしては当然の疑問だ。
「今はいいッ! ……サリーア殿ッ!!」
冷静さがいくらかは戻って来た御令嬢が、ダグラスとカティの飼い主に問う。
「ダグラス殿らについては、このボクが一切の責を負う。この件には関わりがないと、バルボアナの家名に懸けて誓おう」
優雅に椅子に腰掛けたままの幻影のサリーアが、改めて宣言する。この件について、ダグラスとカティが潔白であると。
もっとも、いかに責任の所在を宣言しようが、その家名に誓おうが、謀略を仕掛ける側に回れば、サリーアとてやる時はやる。貴族の矜持や家名の誇りなど何の保証にもならないのが実情だったりする。
だが、今回、シリウスはサリーアを疑っていない。そもそも、バウフマン領とマルバ都市同盟との抗争激化について、共に謀略の影を掴もうとしていた協力者なのだ。
にもかかわらず、その従士に対して余計な物言いをしてしまったのは、他でもないシリウス自身の浅慮でしかない。
結果として、思わぬところから謀略の影を引き摺り出すことになったが……それが幸か不幸かの判断は、まだ先送りにしておこう。
「退避する! 貴殿らも来い!」
「承知した」
警戒は残しつつも主の命に従う。ウォーレンは魔法を解き、ダグラスとカティにも退避を促す。
いかにも口封じという遺体を前に、シリウス一行は庭園から一時的に撤収した。したのだが……すでに〝変事〟は動き出している。
◆◆◆
エリサとギルマール。
二人はシリウス・バウフマン直属であり、バウフマン家が承認した正規の従士という立場。
特にエリサはバウフマン家の傍流……いわば親戚筋の娘であり、幼い頃からシリウスに仕えていた、深い馴染みの間柄――だった。
ギルマールにしても、平民ながら、代々世襲にてバウフマン家に仕えるという出自であり、シリウスのみならず、バウフマン家からの信任も篤いという人物――だった。
シリウスにしても、同じく彼女の直属の従士であったウォーレンとジョナスにしても、まさか二人が間者であるなどと、露とも思っていなかった。疑いを抱いたことすらない。
「……まずは聞かせてもらいましょう。ダグラス殿にカティ殿。なぜにあの二人が間者だと気付いたのか? いつから見抜いておられたのか?」
焦燥と疲労の陰が色濃く残る、シリウス・バウフマン辺境伯令嬢が問う。
そこは分厚い石壁に囲まれた部屋。じっとりとした薄暗さ。淡い魔導灯の灯りが周囲を照らすだけ。地下牢へと続く回廊に設置された、いわゆる看守部屋の一つだ。
簡素ながらも頑丈な机を挟み、これまた頑丈な椅子に座らされているダグラス。
厳密には武装解除やオーブ封じ、身体拘束はされていないが、流石に大剣は手に届かぬ位置で壁に立て掛けられている。
まさに取り調べの最中というところ。
立場上、カティはダグラスの後ろに控えるように立っているが……下手に動くなという圧を、その身にひしひしと感じている。
もちろん、二人が〝仕掛けた側〟ではないのは、すでにシリウスたちも承知の上だ。あくまで『真相の解明にご協力を願う』という形。
「率直に言えば、俺はあの二人が間者であると確信があったわけではありません。あくまでそこのお二人……ウォーレン殿とジョナス殿でしたか? お二人とは違い、例の二人は従士としてあきらかにおかしな態度を示したため、その事情を聞くためにカティを放ったまでのこと。元々、バールライラでの抗争激化には裏があるという話でしたので……情報漏洩の疑い程度はありましたが、まさか、その身命を懸けるほどの間者であるなどとは――流石に想定していませんでした」
嘘ではないが、すべてが真でもない。
ダグラスはそれなり以上の確度で、例の二人が間者だろうと見越していた。気付いたタイミング自体は、確かに会談の中でだが。
「従士としてあきらかにおかしな態度?」
「俺がシリウス様に吠えた時です。厳密には、その前から少々不自然な印象はありましたが……あの二人は咄嗟に逃げようとした。退避行動を取ったのです。主人ではなく、己を守るために身構えていた。その後、シリウス様の後背を守るような素振り、取り繕いはしていましたが……」
ダグラスとカティが抱いた違和感。
だが、無慈悲な口封じを仕込まれていたとなれば……その微妙な心理状態も分かろうというもの。同時に、あの二人が覚悟の決まった〝本職〟の間者でないことも。
「あの二人は、自らに嫌疑が掛かれば死ぬという条件を知っていたと?」
「おそらく。そもそも、相手の同意なしで、命を左右するほどの条件発動型の魔法を、事前に、それも当人に気付かれぬ内に仕込むというのは……いかに特級オーブの固有魔法であっても難しいかと」
「……ふぅ。確かに、ダグラス殿の言う通りでしょうね」
この問答はただの確認でしかない。すでにシリウスも、ある程度の事情は把握している。
あの場から退避した後、現場を封鎖し、改めて二人の遺体は慎重に検分されたが、口封じ以外の魔法の痕跡は見つからなかった。
ただ、検分した者らが驚いたのは、口封じのための呪術式の魔法自体はごくごく簡易なモノであり、その発動条件も『嫌疑ありで接触』というあっさりしたものだったこと。
命の扱いが軽く、当人が自力で苦境を切り抜ける余地もない。疑われれば死ぬという苛烈な条件だ。
とても長期的な運用を考えてのものではない。でなければ、当人らがそんな魔法を受け入れるはずもない。いや、普通に考えれば、ごく短期的な計画であっても、そこまで苛烈な口封じを、易々と受け入れるとは考えにくい。
あの二人はそれでも受け入れた。そこには何らかの圧が……報酬の金以外にも、人質を取るなどの脅迫的な圧力があったと考える方が自然だ。
少なくともシリウスは、死んだ二人の従士に対して『圧力があった』『抗い難き事情があった』と信じたい。仕方がなかったのだと。
「シリウス様。すでに承知しておられるだろうが……何らかの計画が進行しており、すでにその計画は最終段階に差し掛かっていると思われる。これが、バールライラでの抗争激化に関連するものかは分からないが……まったく無関係とも思えない」
「……」
ダグラスは結果を知っている。
それは〝バウフマン辺境伯婦人とその娘の暗殺計画〟を経て、バウフマン領とマルバ都市同盟との関係悪化。
さらに、暗殺騒動の真相究明に本腰を入れず、マルバとの関係を重視する王家の動きを見て、バウフマン家と王家、ひいてはリナニア王国との関係にも亀裂が入る。
そして、〝リナニア戦記〟の第二部で描かれる、バウフマン辺境伯領の独立騒動へと繋がっていく。
「ダグラス殿、大変に貴重な意見を頂戴した。今後の参考とさせてもらう。さて、そんな貴殿らに不自由な思いをさせて申し訳ないのだが……我らにも色々と時間が要る。しばし、こちらにてお待ちいただけるだろうか?」
当然、ダグラスとカティに拒否権などない。
シリウス側からすれば、たとえ嫌疑がないにしても、今の状況下で、部外者のダグラスたちを野放しにはできない。下手に動いてもらっては困るというもの。
「ええ。この部屋でおとなしくしておきますよ」
「無理を言ってすまない」
ダグラスもこんなところで駄々を捏ねたりはしない。素直に従う。
なにより、暗殺が起きるのは邸宅内でだ。
厳密には邸宅内ではあるが、とても貴人が出入りするとは思えないこの地下の一室にいれば、最悪、事件が今すぐ起きても、巻き込まれずに済むかも知れない――という打算もダグラスにはあった。
ただし、もはや〝巻き込まれずに済む〟というのが、甘い甘い、希望的観測に過ぎないのを自覚した上でだ。
◆◆◆
部屋に鍵までは掛けられていないが、扉はきっちりと閉ざされ、上階へと上がる階段の前にも、しっかり見張りが立てられている。
そんな軟禁状態で、カティは主に問う。
「ダグラス様。いっそ、我関せずを貫いてもよかったのでは?」
「ふっ。確かにな。わざわざあの場を荒らさない方が、結果としてはよかったのかも知れん」
ダグラスとカティは堅牢な石造りの部屋の中、会話が聴かれているのを前提に、今回の件について語り合う。振り返る。
カティからすれば、この度のダグラスの行動には微妙に疑問符が付く。
変事にはなるべく近付かない。事の推移を静観するつもりだったはずだと。
「なら、どうしてシリウス様に突っ掛かるような真似を? 私たちは、サリーア様の駒として振る舞うはずでは?」
あくまで今のダグラスとカティは、サリーアが持つ手駒の一つでしかない。また、その経緯は多少特殊ではあるが、彼女の持つ他の手駒と比べても、飛び抜けて重用されているわけでもない。
しかも、ダグラスたちの立場からすれば、サリーア陣営で活躍し、功績を上げたところで特に利点もない。いずれサリーアの下を去るのが確定しているのだから。
「ふっ。すまんな。実はあの瞬間はそこまで深く考えていなかった。シリウス様が、あまりにリナニア貴族然とした振る舞いだったから……少々苛立ってしまったというのが本音だ。もちろん、それだけでもないが――」
「ふぅ……やはりバールライラに赴いたのは、ダグラス様には悪影響の方が強いようですね。以前のダグラス様であれば、シリウス様のような振る舞いを前にしても、特にどうということもなく受け流していたでしょうに……」
ここに来てカティの悪い想定が的中している。
戦地でタガが外れたダグラスは、蛮族スタイルに少々馴染み過ぎた模様。我慢が利かなくなっている。
「いや、だからそれだけじゃないと言ってるだろうが」
「はぁ……まぁ一応、聞くだけは聞いておきましょうか……ふぅ」
「……あからさまに態度が悪いな」
カティとて、ダグラスにも何らかの思惑があったことくらいは理解している。ただ、その思惑が嫌な方向のものだったというだけ。
「ま、結局、確信が持てたのは事後なんだが……カティ。前提として、俺たちはシリウス様のことを知らなかっただろ? だが、実際にはどうだ? サリーア様と連絡を取り合い、バールライラでのマルバとの緊張の裏にある謀略を追っていた。フリント殿の〈悪霊〉の起点として、俺もこの地に足を踏み入れたが……そもそもバールライラの緊張は昨日今日の話じゃないんだ。サリーア様とシリウス様はこれまでも連絡を取り合っていただろうし、当然、俺以外の〈悪霊〉の起点となる者も、この地にはそれなりにいるはずだ」
ダグラスは、バウフマン辺境伯領の内情について特別詳しく知っているわけでもない。バウフマン領とマルバ都市同盟との関係性にしても、マルバ側の情勢にしてもそうだ。
しかし、サリーアについては多少知っている。大貴族の御令嬢であり、家の権勢を利用することができる上に、当人も有能ときた。まさに上位者という立場が、嫌味なく当たり前に馴染んでいるほど。
そんな彼女が、この地の上位者である、シリウス・バウフマン辺境伯令嬢と協働していたわけだ。
「? ダグラス様は一体なにを仰りたいのですか? サリーア様の手駒が……〈悪霊〉の起点となる者がいたからなんだと?」
カティはよく分からないという体でダグラスに聞き返す。その裏で、静かにオーブを起動し……無銘の中級程度に偽装した短槍を、いつでも手元に顕現できるようにと待機させる。
「要するにだ。権限のある上位者たちが動いていたにもかかわらず、謀略の影をなかなか掴めないという状況に陥っていたわけだ。そして、あろうことか、シリウス様の従士が間者と成り果てていた。聞く限りでは、二人とも正規の従士であり、昔からバウフマン家に仕えていた者たちだそうだ」
ダグラスは頑丈な椅子にどっかりと腰掛けたまま、従士からの問いには答えず、ただ淡々と語る。客観的な事実を並べる。
「いえ、だから……ダグラス様はなにを仰りたいんです?」
白々しく重ねて聞きながら、カティは部屋の扉の前へ歩を進める。位置取りを変える。
「ふっ。疑問には思っていたのだ。『バウフマン領の変』の〝結果〟こそは聞いていたが、その〝結果〟を今の状況から再現しようとすると……どうしても外部からの襲撃だけでは、少々説得力に欠ける――とな」
ダグラスの言葉が終わるか終わらないか。
「ぐぶ……ぅッ……!?」
湿り気のある呻き声がする。続いて、部屋の外でがちゃりという音。なにかを落としたかのような音だ。
それらはカティが短槍を顕現した結果。木製ながらも重厚な扉を貫き、扉の外にいた者の命に届く。
シリウスの命により、ダグラスとカティを地下に留めて置くようにと、見張り役として残っていた者。年若い使用人の男。
硬い扉を貫いた刃だ。その胸にもあっさりと風穴が開き、彼は自らの命の他に、持参した木製のトレイとその上に乗せていたコップを取り落としてしまった模様。
「ふぅ。その動きにしろ、剥き出しの殺気にしろ、まるで素人ですね。取り落としたのは、いわゆる毒杯というやつでしょうか? ずいぶんと分かり易い手を打って来ましたねぇ」
扉の下から、細かく血が流れ込む。
「くくく。おそらく〝仕掛ける側〟も人材不足なんだろうさ。あるいは、本当に時間がなかったのか……どちらにせよ、時期が悪かったのは確かなようだ」
立ち上がる。これからに備え、自らの得物である大剣を握りしめながら、ダグラスが自嘲気味に嗤う。
『バウフマン領の変』
凄惨な事件ではありながらも、〝リナニア戦記〟においては背景情報の如く、さらりと語られるイベント。
あくまでぼんやりとではあるが、ダグラスは一つの推論を、極論を思い描いていた。
しかしながら、まことに残念ながら、今となっては確信するに至ってしまった。
「さて……ダグラス様はいかがいたします? ここから、いっそ変事を止められるか試してみますか?」
扉を貫いていた短槍を引き抜き、そのまま血払いをしつつ、カティは選択肢を投げ掛ける。主を試す。
「ふっ。愚問だな。たとえ変事の渦中にあっても、知らぬ間に舞台に上げられていようとも……俺の望みは変わらん。まずは生き延びることを優先するまでだ」
「――承知いたしました。では、とっとと逃げましょうか」
サリーアやシリウスという上位者が動いても、真相に届かないという状況。
逆算して考えれば、いっそ簡単な話だった。
単にそれよりも上の者が関与していただけ。主導していただけ。
この地においての真なる上位者が。
◆◆◆




