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リナニア戦記 ~悪役貴族と転生従士は平和の国の夢を見るか~  作者: なるのるな
3 変事の起こる地

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10/19

1 辺境の地にて

 ◆◆◆



 バールライラ山脈が見下ろすのは、バウフマン家が統治する領の中心地。


 石畳を行く隊商の荷車。


 路上で魔石の鑑定をする業者。


 砦帰りの兵士たち。

 

 人や物が行き交う領都。


 流石に王都エリオーンのにぎわいには及ばないが、リナニアの要衝の地でもあるため、辺境地という字面の印象以上に栄えている。


 そんな都にある、貴族街の邸宅の一つにダグラスはいた。招かれていた。


 山中で動き回れるようにと、比較的軽装となる鎖帷子に胸当てという(いくさ)装束(しょうぞく)のままで。


無銘(ナナシ)〉と名付けた、下級オーブたる大剣も背負ったままだ。


 主人公(カイト)の初期装備という来歴を持つこの大剣は、元々は常識的な両手剣サイズだったのだが……何故か徐々に大きく、分厚くなっていくという意味不明な仕様となっていた。


 カティがかつて語っていた〝隠し要素〟についても、真実味を帯びてきている。


 ただ、それが故にダグラスは、自身の得物については、オーブによって具現化した物ではなく、実在の武器だという体で通していた。形状が変化した際、得物を替えただけだと誤魔化せるように。


 もっとも、元が下級オーブであるために、周囲からは特に気にされることもないが。


「ダグラス様。先日捕らえた者たちについてですが、ようやく全員の治療と移送が完了したと報告がありました。おそらく、明日にでもバウフマン家からの呼び出しがあるでしょう」


 そんなダグラスに報告を入れるのは、紫銀の髪と瞳を持つ若い男。


 サリーア・レイ=バルボアナ嬢の客分従士であり、非正規ながらも彼女の腹心たる従士フリント。


「そうか。思いの外に時間が掛かったものだな。生かして捕らえた者らに、そこまでの重傷者はいなかったと思うが?」


「……部隊長のニエスという男が生死の境を彷徨い、砦の治療所から下手に動かせなかったようです。彼は間違いなく『そこまでの重傷者』でしたよ」


 呆れたように零すフリント。言外に『生け捕りの場合はきちんと手加減をしろ』と訴えている。なにしろ、同じような事例はすでに一度や二度じゃない。


「――フリント殿。ダグラス様の身の内に『適切な加減』という言葉はありません。そろそろ覚えて下さい。指示については、それを前提としていただければ……」


 ダグラスの横に控えていたカティが口を開く。こちらはストレートに『期待するな』と告げている。


「……ふぅ。カティ殿の言に理があるのを認めます。サリーア様にも、その旨は改めて報告しておきましょう。では、バウフマン側からの正式な呼び出しについては、こちらで調整してからご連絡いたしますので……本日はこれにて失礼いたします」


 どこかくたびれた顔を見せながらも、折目正しく頭を下げ、フリントは場を辞する。


 徐々にその姿は揺らめきながら薄くなっていき……最終的には、(かすみ)のように消え失せてしまう。


 痕跡もない。まるで、はじめからそこにいなかったかのように。


 事実として、彼の()はヘルメイス魔導学院に、サリーアの傍らにある。


 それは稀少オーブ〈悪霊(ケール)〉の固有魔法。


 自身の写し身を利用し、遅延のない()()()()()を可能とする魔法(モノ)


 この世界には、魔導具による通信技術もあるにはあるが、その距離にしろ、速度にしろ、労力(コスト)にしろ……特殊な魔法には及ばない。


 特に〈悪霊〉の魔法は桁違いの性能を誇っている。


「毎回思いますが、本当に便利な魔法ですね。前提条件があるにしても、遠方の者と双方向でやり取りができ、情報を素早く集約できるというのは――まさに〝チート(反則技)〟です」


 カティは〈悪霊〉の真価を知らなかった。〝リナニア戦記〟では、このような魔法の使い方は描かれておらず、〈悪霊〉は戦闘時に、幻惑や分身体の魔法を扱う強力なオーブでしかなった。


「確かにな。フリント殿の価値を知るからこそ、サリーア様は彼を客分のままにしているのだろう。正式な従士としてバルボアナ家の承認を得れば、どうしても公にせざるを得ない。彼の価値に気付く者が増えてしまう」


 ダグラスも少しばかりは知った。強権を行使できる大貴族の御令嬢であっても、己の裁量だけで動かせるモノは、その範囲は、周りが思うよりも限定的だと。


「では、同じく客分という立場である我々についても、サリーア様は公にしていないのでしょうか? ダグラス様はともかく、私についてはそっとしておいて欲しいのですが……」


「くくく。相変わらず身勝手なやつだな。だが、むしろサリーア様は、俺なんぞよりもカティを……お前が契約している、その不可解なオーブを警戒しているようにも見えるが?」


「――だからですよ。できれば、このチート(オーブ)は大っぴらに使いたくありませんので」


 ダグラスとカティが、サリーア・レイ=バルボアナの客分従士となってから、ヘルメイス魔導学院を除籍となってから、すでに一年ほどが経過している。


 当初は意識すらしていなかったが、流石にカティも、サリーアとフリントに、そこはかとなく警戒されているのは自覚した。


 良くも悪くも目立つダグラスではなく、添え物の自分が注目される場合、その心当たりは一つ。


〝リナニア戦記〟での知識を利用して得た、チート級の特殊オーブに他ならない。


 普段は無銘の中級オーブ程度に偽装しているが、その偽装に違和感を持たれている。


「ま、切り札は伏せておくから効果ありとも言う。切らないで済むに越したことはない。仮にどうしようもない状況に陥り、カティが切り札を切る段になったとしても――まず、俺が血路を切り開くのが先だ」


 戦装束のままに腕を組んだ、仁王立ちのオークが……もとい、ダグラスが凶悪な笑みを浮かべながら、彼女との《《誓約》》を口にする。


 サリーアの密命により、それなりの準備期間を経てから、ダグラスとカティは部隊を率いてバウフマン辺境伯領へと赴いた。


 バウフマン辺境伯の食客という形で、バールライラ山脈での〝正体不明の賊退治〟に参加するようになり約半年。


 山中での白兵戦において、無類の強さを誇るダグラスだったが、それでも多くの戦傷を得た。


 特に見る者に強く印象付けるのはその顔。額から右頬に掛けて、斜めに大きな刀傷の痕が残る。あと、左頬から左耳に掛けて水平に斬られた痕も。


 装備の下にも細かい傷は多く、その裸体はすでに歴戦の勇兵のごとくだ。


 もちろん、魔法による治療でそれらの傷痕を消すこともできたのだが――ダグラスは敢えて残した。すべては自らの弱さが招いた結果だと。同時に『これで少しは〝オーク〟らしくなった』と嗤う。


「――はぁ、まったく……ダグラス様はこちらに赴いてから、()()()()で活き活きとしていますね。戦いに明け暮れるのが性に合ってるなら、このままリナニアを出奔し、マルバ都市同盟で流れ者の傭兵にでもなりますか? 傭兵稼業に付き合う気はありませんが、マルバまでくらいなら同道いたしますよ?」


 盛大なる〝呆れ〟が乗せられた溜息を吐きながら、カティはそんな提案をしてみる。


 魔導士としては二流以下だったが、従士としては一級品の才覚を有してたこともあり、幼き頃から鍛錬を積み重ねてきたダグラス。


 戦場に解き放たれた今の彼は、少々()()が外れてしまっている。


 実家であるマーヴェイン伯爵家をはじめ、リナニアの貴族社会そのものに対する諦念もあり、ダグラスはカティから聞かされた〝リナニア戦記(カイトの英雄譚)〟の〝観劇〟を望んでいたのだが……脳筋な戦闘狂仕様に寄った今となっては、果たしてどうなのかというところ。


「くくく。確かに興味を惹かれる提案ではある。だが、今のところ〝筋書き〟に大幅な乱れはないんだろう?」


 学院在籍時に比べ、よりオークらしさを増したダグラスが、いかにも悪党っぽい笑みを浮かべながら応じる。


「はい。あくまでフリント殿、ひいてはサリーア様からもたらされる情報が正しければという注釈込みですが……学院で起こる演習の際の事故、遠征演習での魔物の襲撃、ブランデール子爵家の立て直し、身分を隠した第四王子との交流……と、従士カイトとフェリシア様は、着々と〝主人公的な動き〟をしています」


 ダグラスたちは、サリーアの手駒として学院を辞したが、学院の情報を得られるためのか細い糸は残した。


『婚約者であるフェリシア・ブランデール嬢にも自由を与えて欲しい。元々、マーヴェインがブランデール家の弱みに付け込み、支援と引き換えにという典型的な政略です。俺が客分従士としてサリーア様にお仕えすることで、フェリシア嬢やブランデール家が不利益を被らないようにお願いしたい』


『フェリシア嬢は俺に何の思いもないでしょうが、俺は彼女が健勝であることを望みます。可能であれば、かつての婚約者殿の近況を時折教えてもらえないでしょうか?』


 そのような白々しい取引を持ち掛けた。もちろん、裏がある望みなのは、サリーア側に見透かされているのを承知の上で。


 結果として、サリーアはダグラスの要求を受け入れた。


 マーヴェイン家との折衝(せっしょう)にブランデール家への支援。あと、元婚約者の近況報告。


 それらを(はかり)に乗せた際、サリーアの天秤は、ダグラスという特異な駒へと傾いた。


 金や権力、わずかな労力で解決できる問題は、今のリナニア王国においては些細なことだと判断する。


 また、恋慕(れんぼ)の熱量がないにもかかわらず、ダグラスが元婚約者への執着を見せたことで、サリーアの目もフェリシアへと向く。


 カティはそこまで計算していたわけでもなかったが、第一部の学院編にて、サリーア・レイ=バルボアナが、フェリシア嬢と従士カイトに若干の興味を抱くというのも……いわば〝リナニア戦記〟の流れに沿っている。


「ふっ。俺とて、サリーア様の采配に恩義を感じる心くらいはある。〝筋書き〟が破綻していないなら、今しばらくは彼女に付き従うさ――くくく」


「……ふぅ。ダグラス様、最近は顔だけではなく、性根の方も悪党っぽくなっていますよ? まぁ、私も人のことをとやかくは言えませんが」


 ダグラスの言は、カティとだけ共有できる辛辣なもの。


 なにしろ〝リナニア戦記〟の筋書き通りなら、サリーアは死ぬ。彼女は〝平和な国(エンディング)〟まで辿り着けない。


 局所的とはいえ、バールライラ山脈での戦場に立ったことにより、ダグラスは肌感覚としても理解した。やはり、リナニア王国の混迷は避けられないと。


「ふん。リナニアを取り巻く争乱の種は、とっくに芽吹きはじめていた。俺やカティがいようがいまいがな。サリーア様……バルボアナほどの大貴族でもどうにもできんのだ。俺()()()が何をしようが、今さら流れを変えれるはずもない。それこそ、後世に〝平和な国〟を望むなら……〝原作〟の流れに身を委ねる方が手っ取り早いだろうさ」


 ダグラスははじめから期待していない。自身が救国の英雄になるつもりなどない。なれないと知っている。


「その結果、見知った人たちが……謀略に関与しない、市井の人々が犠牲になったとしてもですか?」


「今さらだな。俺は生き延びるのを第一と考えている。その問いは俺にではなく、自身の胸にこそ問うべきだ。間違いなく〝はじまり〟はカティだろう?」


 だからこそ、彼は傍観者を望む。生き延びることを最優先とする。サリーアが役割を与えてこき使おうとも、ダグラスの芯は変わらない。今さらリナニア貴族の責務や矜持などでは、その心は震えない。


「ふぅ……そう言われると返す言葉がありません」


 そして、そんなダグラスに付き従うカティにしてもだ。


 彼女こそ異常。それこそ、戦が身近にない、平和な国で過ごしていた前世の記憶がありながらも、彼女は戦場で逡巡しない。忌避しない。


 マーヴェインの訓練所で厳しい訓練を経て来たが、カティには当然のように不安もあった。戦うことに。殺すことに。


 だが、実際に戦場に降り立った彼女に抵抗はなかった。平常心のまま戦いに臨み、短槍を振るう。


 明確に殺意を持って襲ってくる相手に対して、カティは冷静に、無感動に、いとも容易く、あっさりと一線を越えた。彼女の身体と心は、訓練通りの動きを気負いなく、余すところなく発揮してみせた。


 刃先で突いた。柄で殴打した。容赦なく敵を殺した。殺せる。


 その事実にこそ、思わず驚愕したほどだ。


 彼女は改めて思う。


『あぁ――私は本当に〝カティ〟なんだ』と。


 そして、それらしいことを口にしながらも、カティはダグラスを否定しない。


 何故なら彼女も同じ。傍観者であることに抵抗がない。


 リナニア王国の混迷を止めるために、我が身を捧げる気などない。殉じるつもりはさらさらない。


「ふっ。さて、()()()()()より、バウフマン家から呼び出しがあるらしいが……どうだ? ()()()()なのか?」


 さきほどの従士とのやり取りに感慨を抱くこともなく、あっさりと話題を変えるダグラス。


「正確なところは分かりません。ですが、学院でのイベントの進み具合を考えれば……近い内に事が起こるかと」


 カティも引きずらずに応じる。愛用する手帳をパラパラとめくりながら、〝リナニア戦記〟のイベント進行を確認する。


 ジュディ・バウフマン辺境伯婦人と、その娘アイリーン・バイフマン辺境伯令嬢の暗殺。


 白昼堂々と、領都の邸宅が襲撃されるという惨劇。


 暗黙の了解が完全に破棄され、マルバ都市同盟とバウフマン辺境伯家が決定的に対立する発端。また、これを機に、王家とバウフマン家にも確執を呼ぶこととなる事件だ。


〝リナニア戦記〟においては、ナレーションと登場人物との会話だけで済まされた……いわゆるナレ死的なイベント。


 どのように因果の流れが漂着したのか、ダグラスとカティは今、その現場に立ち会う可能性を有していた。



 ◆◆◆

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