第9話 ジェットコースター
先行する綾乃、それを追いかける幸太郎、後ろをゆっくり並んで歩く蓮斗と小春。入場ゲートをくぐり、隊列はすぐに決まった。
「……なぁ、五十嵐」
「え、は、はいっ!」
(いきなりなによ?)
蓮斗の横顔に見とれていた小春は、突然の呼びかけにドギマギしてしまった。
「あれ、なに?」
蓮斗が指差した先には、入場者に愛嬌を振りまく二体の着ぐるみがいた。
一体はスキンヘッドで筋肉質の上裸に赤いホットパンツの青年、もう一体は金髪ポニーテールにスポーティな黒シャツとレギンス姿のグラマラスな美女だ。
「ああ、あれはここのマスコットキャラ、ムッキーくんとマニーちゃんよ」
(知らないの?)
「知らない」
「そう……ネットでは結構有名なんだけどね、キモカワってことで」
(まぁキモが勝つけど)
小春たちは小さい頃から見慣れているのでなんとなく受け入れているが、確かに初見の人にしてみればその風貌はかなり奇妙かもしれない。
「この遊園地のオーナー会社がスポーツ関係らしくて」
(だからといってどうかとは思うけど)
「やぁボク、ムッキー! ハハッ!」
「こんにちは! マニーよ」
着ぐるみ内蔵のスピーカーから時々発せられる定型のセリフ。
「なんていうか……ギリギリじゃね?」
「……うん」
(濃いめのグレーゾーンって感じ)
「ねぇねぇ、まずはどうする? 私、マッスルソフト食べたーい!」
(腹が減っては戦はできぬよ!)
綾乃が弾んだ声で主張する。せっかくのスペシャルフリーパス、ということでソフトクリームを食べながらこのあとの計画を練ることになった。
「本当にタダでもらえちゃった……」
(すごい)
「ねーっ! 三条さんのおかげだよ」
(持つべきものは裕福なクラスメイト!)
フードコートのテーブル席に腰掛ける四人。
「な、なんか、改めて四人で座ると新鮮だね」
(緊張しちゃうなぁ)
幸太郎がソワソワしながら言う。
「確かに。私と小春は幼なじみだからよく知ってる仲だけど、こーたんと真田くんはまだそんなに親しくないよね?」
(冷静に考えたら知り合ってまだ一ヶ月くらいなわけだし)
「そうだなぁ、ふたりで話したことないかも」
(親しくなんかしないよ……恋敵だからね!)
「まぁでも……だいたいは知ってる」
蓮斗がぶっきらぼうに答える。
「え、どういうこと?」
(まさか真田って……小春みたいに心の声が聞こえる?)
「あー! いや、その、柳くんって目が大きいから! 目は口ほどにものを言う、ってね、あはは、ははっ……」
(なにブッこんでんの、真田くん! そして綾乃は本当に鋭い!)
綾乃のおそろしい勘に小春がフォローになってないフォローを入れる。
「あはは、なんだよそれ」
(なんで五十嵐さんが慌ててるのかわかんないけど……かわいい)
幸太郎が笑いながら目尻を下げた。
その後も噛み合っているのかいないのかわからない四人での会話が続き、とりあえず綾乃と幸太郎はジェットコースターに乗り、小春と蓮斗は下で待っていることになった。
「本当にいいの? 乗らなくて」
(せっかくなのに)
「うん、私、ジェットコースター苦手だし」
(マジでマジで)
「あの……僕も苦手なんだけど……」
(マジでマジで)
「なに言ってんの! 彼女が乗りたいっつってんだから、こーたんも乗るの!」
(ひとりで乗らせる気?)
「ああっ、お、お助け……」
(五十嵐さーん!)
綾乃が幸太郎を引きずるように連れて行く。
「……まだ五十嵐のこと好きなんだな、柳」
「……うん」
(なんとか綾乃に気持ちが向けばいいんだけど)
蓮斗の指摘に小春はため息をついた。幸太郎の自分への気持ちに対してもだが、蓮斗がそれについて微塵も感情を乱されていないことに対しても。
「よかったの? ジェットコースター乗らなくて」
(別にひとりで待ってもいいのに)
「さすがに乗れないだろ……たぶん一般的な彼氏だったら一緒に待つんじゃないの」
「内心助かったと思ってない?」
(本当は真田くんも怖いんでしょ?)
「そ、そんなことねぇよ! こんなん余裕だよ」
こうして蓮斗に対して軽口を叩けるくらいの関係にはなってきた。だからこそ、蓮斗が自分にそういう気がないのがちょっぴり悔しい。
「ねぇ見て、あの人めっちゃカッコいい!」
(ビジュよすぎ!)
「横にいるの彼女かなぁ?」
(なんかパッとしないけど)
「うーん、どうかなぁ?」
(だとしたら釣り合ってないよね)
通りすがりの二人組の知らない女子がこちらを見てヒソヒソ話している。その心ない心の声が聞こえてくるやいなや、蓮斗が小春の腕を引いた。
「ぎょえええ」
(密着!)
「なーんだ、やっぱり彼女か」
(イケメンって意外とそうよね)
「あんな彼氏、うらやましい!」
(いいなーいいなー)
去っていく二人組の後ろ姿を、小春は蓮斗と腕を絡めながら見つめていた。
「あの……勘違いすんなよ、オレは目の前で誰かが傷つくのを見たくないだけだ」
耳元で囁かれる言い訳。しかし、小春がにわかに汗ばんできたのは、夏の陽射しのせいだけではない。
「……来た」
「やっほー! おふたりさん!」
(ぴったりくっついちゃって!)
「うわあああああっ! ぐわあああああっ!」
(怖い怖い怖ーい! 許さん許さん許さーん!)
猛スピードで滑走するジェットコースターから綾乃と幸太郎の悲喜こもごもが聞こえてきた。
「……来た」
「……また?」
(今過ぎたじゃん)
「いや、違う」
「やぁボク、ムッキー! ハハッ!」
「こんにちは! マニーよ」
今度はマスコットの着ぐるみ二体がひょこひょこと近づいてきた。
「ちょ、ち……近い!」
(近すぎ!)
小春と蓮斗の目の前に立ちはだかる二体。
「……つい」
(……ですわ)
「え?」
(ですわ?)
「あづいっ! 暑いですわぁっ!」
(もう限界ですわよっ!)
「……三条?」
「ささ、さんじょーさん!?」
(なな、なんで!?)
ムッキーくんがスキンヘッドを外すと、汗だくの姫花が現れた。
「宇都宮っ! 水っ!」
(早く!)
姫花が叫ぶと、マニーちゃんの金髪ポニーテールの頭が外れ、白髪七三分けの爺やが現れた。
「姫花様どうぞ……水というか、もはや白湯ですが」
(還暦過ぎた身に着ぐるみはきつうございます……)
宇都宮と呼ばれたグラマラス爺やからペットボトルを受け取ると、マッチョ姫花は浴びるように飲んだ。
「生き返りますわぁっ!」
(水はぬるいですけれどっ!)
「ぷはぁっ……申し遅れました。わたくし、三条家で執事をしております、宇都宮と申します」
(姫花様がいつもご迷惑をおかけしております)
流れる汗と口から溢れた水でぐちゃぐちゃになりながらも、礼節は忘れない宇都宮。しかしその着ぐるみの体はボン・キュッ・ボンだ。
「……せめて着ぐるみ逆じゃね?」
「……多様性の時代、かな?」
(絶対違うけど)
このカオスな状況下でも冷静にツッコむ蓮斗と小春。
「楽しんでますこと? わたくし、応援団長として少しでもおふたりを近くで見届けるべく、本日限定でマスコットの中の人に就任いたしました」
(TVプロデューサーの父にお願いしましたの)
「そ、そこまでする?」
(正直引いてます)
筋骨隆々の腕で額の汗を拭う姫花を見て、小春は違う汗が出てきた。
「ところで、アルティメットランドといえば……ご存じですわよね? あの言い伝え」
(有名ですものね)
「言い伝え?」
「あ、いいのいいの、気にしないで真田くん!」
(知らないほうがいい……)
「もちろん乗りますわよね、観覧車。そして……」
(勇気をお出しになって!)
小春が必死に隠した言い伝え。それは、アルティメットランドの観覧車でキスをしたカップルは永遠の愛で結ばれるというもの――。
「観覧車?」
「もう! いいったらぁ!」
(知ったら絶対意識しちゃうじゃん……)
「よくありませんわ! わたくしが本日のデートをお膳立てしたのは、すべてこのた――」
(そう、推しの幸せこそわたくしの――)
「ママー!」
(怖いよぉ!)
耳をつんざく甲高い声。声の方向を見ると、五歳くらいの男の子が怯えた表情でこちらを指差していた。
「しっ、見ちゃいけません」
(なんなの……せめて裏で頭取ってよ)
顔を隠すように男の子を抱きすくめる母親。
「三条さん、ヤバいって!」
(バレてるバレてる!)
「はっ! いけませんわ……宇都宮!」
(子どもたちの夢を壊すのは本意ではございません!)
地面に置いていた着ぐるみの頭を慌ててかぶる姫花と宇都宮。しかし、無情にもそれは……。
「やぁボク、ムッキー! ハハッ!」
としゃべる、金髪ポニーテールの上裸赤ホットパンツ青年。
「こんにちは! マニーよ」
としゃべる、スキンヘッドのスポーティグラマラス美女。
「マ、ママー!」
(怖すぎるよぉ!)
「見ないでぇっ!」
(これが多様性の時代……?)
「さ、三条さん! 宇都宮さん! 逆!」
(なにやってんのよぉ!)
小春の叫びに顔を見合わせる姫花と宇都宮。
「え? もしかして……」
(スキンヘッドが見えますわ……ということは……)
「わたくしたち……」
(姫花様、これは……)
『入れ替わってるうううううっ!?』
((ひいいいいいっ!))




