第7話 あなたもわたしも
「蓮斗様っ!」
(さぁいきますわよっ!)
翌日、お昼のチャイムが鳴ると同時に姫花が蓮斗の席へ突進した。左手には花柄の風呂敷包みを携えている。
「あの……ご一緒にランチはいかが? わたくし、本日は蓮斗様の分も準備して参りましたの!」
(見てなさい、五十嵐小春っ!)
姫花はそう言うと、風呂敷の中身を蓮斗の机の上に広げた。
「おお〜、見事な三段重」
(ってか花見かよ)
「おい、三条の弁当ってお抱えのシェフが作ってんだろ? 絶対うめぇじゃん!」
(中身が気になるなぁ)
「ちょっと三条さん! 真田くんは小春と……」
(親友の恋路を邪魔するヤツは……!)
男子たちが色めき立つ中、綾乃が食ってかかる。
「……五十嵐、いいか?」
振り向いた蓮斗が小春に聞く。
「え、あ……うん」
(急に許可求められても)
「三条、ここじゃなんだから場所を移そう」
「ええ、もちろん! もちろんお供しますわっ!」
(やりましたわっ! 男心を掴むには胃袋から……いにしえよりの教えは本当でしたわ! 毎日菓子パンだけじゃ食べ盛りの男子高校生は満たされませんわよねぇ。さて、あとはお口に合いますかどうか……?)
満面の笑みで蓮斗の後に続く姫花。
「いいの小春? まったく、真田もなに考えてんだか!」
(もう浮気?)
「いいのいいの綾乃……じゃあ、今日は綾乃と柳くんのランチにお邪魔しちゃおっかな?」
「え、大歓迎だよ、五十嵐さん!」
(わーいわーい)
幸太郎が思わず即答する。
「ちょっとこーたん! なんで嬉しそうなの?」
(私とふたりがそんなにイヤ?)
「あ、いや、しょ、食事は大勢でしたほうが楽しいっていうかさ、その、別に島本さんが……」
(マズい! 感づかれた!)
「あやのん!」
(ちゃんと呼んで!)
「あ……あやのん」
(これでいいのか、幸太郎?)
まだまだ温度差を感じるふたりの心の声を聞きながら、小春は食事中も蓮斗のことを考えていた。
(真田くんならきっと気づいてるはず……でも……)
「小春、食べ終わったなら真田を探しに行きなよ」
(明らかに上の空じゃん)
「え、あ! うん……」
綾乃に肘でつつかれるまで、小春は自分が弁当を食べ終わったことすら気づいていなかった。
とりあえず昨日昼休みを過ごした場所に向かってみよう。階段を降りた渡り廊下の角で、正面から走ってきた女子とぶつかりそうになる。
「あぶなっ……三条さん?」
姫花だった。顔を隠すように風呂敷包みを両腕で抱き、その肩は小さく震えている。
「……嗤いなさいよ」
(こんな無様な姿見られるなんて)
「え?」
「嗤いなさいよ! この惨めな泥棒猫を――」
(末代までの恥――)
「三条さん⁉」
よろめいた姫花を小春は間一髪で抱きとめた。
* * *
「……ん」
(ここは……どこですの?)
姫花が目を開けると、保健室の天井と心配そうにこちらを覗き込む小春の顔が見えた。
「あ、よかった!」
「わたくし、なんでベッドに……」
(渡り廊下にいたはずですのに)
「びっくりしたよ……急に倒れるんだもん。真田くんとふたりで保健室まで運んできたんだよ」
「蓮斗様と……」
(さらに醜態を晒してしまいましたわ……)
俯いて落ち込む姫花に、小春がためらいながら声をかける。
「三条さん……昨日、徹夜したでしょ」
「……え?」
(なぜわかりますの?)
「目の下のクマ、左手の絆創膏……徹夜してひとりで真田くんのお弁当作ったんでしょ? そんな無理したら倒れて当然だよ」
「そ、それは……!」
(なんという推理力ですのっ! 五十嵐小春、おそろしい子……!)
もっともらしい物的証拠をあげたが、本当は事前に姫花の心の声が聞こえていたなどとは言えるはずもない。
「でもどうして? 三条さんならお抱えのシェフに作ってもらうことだって」
「それじゃ……意味がないんですの」
(わたくしが作らなければ)
「意味がない?」
「……わたくし、幼稚舎の頃から常に周りにはボーイフレンドがおりましたの。わたくしの美貌に吸い寄せられ、言い寄ってくる男の人は数知れず……いつもそれをとっかえひっかえで」
(とてもじゃないけど身が持ちませんでしたわ)
「あ、そう」
「……はじめて、でしたの」
(蓮斗様……)
姫花の声のトーンが変わった。
「はじめてでしたの……自分の力でどうしても手に入れたいと思った男の人……はじめてでしたの……はじめて、でしたのに……」
(なのに……蓮斗様は……)
両手で顔を覆い鼻をすする姫花。小春はなんと声をかけていいかわからなかった。
「いつも蓮斗様のこと、目で追ってしまいますの……クールで美しいあのお顔の裏側でいったいなにを考えているのか……気になって気になって」
(ああ、いっそ心の声が聞けたらいいのに)
小春は内心ドキッとした。
「……はっ! 取り乱しましたわ! わたくしとしたことがっ……よりにもよって、蓮斗様に選ばれた女の前でこのような泣き言を……あなた今、さぞ優越感に浸っているでしょうね……惨めなこの負け犬の遠吠えを聞いて」
「そんなことない!」
小春の大声に驚き、姫花が顔を上げる。
「そんなこと、ないよ……うまく言えないけど、きっと、三条さんも私も……一緒だよ」
「なにをおっしゃいますの? だって、あなたは蓮斗様とおつきあいを……」
(どういう意味ですの?)
「ううん……一緒」
俯く小春に、今度は姫花がなんと声をかけていいかわからなかった。
「これが恋、ですのね……きっと」
(五十嵐小春……あなた……)
そう呟いて再び鼻をすする姫花の隣で、小春は小さく頷いた。
* * *
「そっか、三条、少し元気になったか」
「うん、早退はしちゃったけどね」
(三条さん、意外と根は純情なんだなぁ)
肩を並べて川沿いの道を帰る小春と蓮斗。
「あのさ……どうやって断ったの?」
(三条さんの熱烈なアプローチ)
「え……『悪いけど、三条の期待には応えられない』って」
「ふうん」
(そんなふうに)
「言ったろ? オレは恋愛みたいな嘘っぱちに興味はないって……五十嵐だってそうだろうよ」
「……うん」
(嘘っぱち、か……)
そう答えつつも、なぜか心に感じるかすかな痛みに小春は戸惑いを覚えていた。
「でも、断るのツラかったなぁ……オレさ、本当は誰も傷ついてほしくねぇんだわ。嫌だろ? 心の中の悲しい叫びが聞こえてくるのって。それが自分のせいによるものなら……なおさらだよ」
「だったら三条さんとツキあえばよかったじゃない。ほら……あくまで私たちってツキあってるふりなんだし」
(どうせ嘘っぱちでしょ)
小春はふてくされていた。そして、そのことに少し自分でも驚いていた。
「そしたら……今度は五十嵐が傷つくだろうが」
「……え?」
(それってどういう……)
「で、でも、三条の弁当マジでうまかったぜ! さすが徹夜で作っただけはあるよな! あの肉じゃがなんて特に……」
ごまかすように饒舌になる蓮斗。その横顔を見ながら、小春は自分の心境の変化をはっきりと認めた。
三日くらいで別れたことにしようとしていたこの関係、今はずっと続けばいいと思っている――。




