第6話 ランチとアンチ
「ワン!」
(おめでとうこざいやす!)
ミントが尻尾を振り飛び跳ねる。
「うーん……別にめでたくはないなぁ」
夕飯の冷凍チャーハンをひとり食べながら、小春がため息交じりにこぼす。
「クゥーン」
(でも、成り行きとはいえ、真田殿とねんごろになったわけでやすから……)
「ねんごろって! そんなんじゃないのよ、たまたま利害関係が一致してそうなっただけで……」
「ワオン」
(でも、男と女ですから……嘘から出たまこと、ということもあるかもしれやせんぜ)
「……ないない!」
小春は残りのチャーハンを一気にかきこんだ。
* * *
「あ、五十嵐さん、おはよう!」
(噂をすれば!)
「おはよ、五十嵐」
(真田の彼女、か……)
「おはよー」
(真田くんと一緒じゃないんだ)
「……おはよう」
翌朝、教室に入ると早速クラスメイトの視線と心の声が突き刺さる。小春は思わず伏し目がちになった。
「ごきげんよう」
(五十嵐小春……今まで意識すらしてこなかったけど、改めて見てもザ・庶民ね……なんであなたみたいなパッとしない女が蓮斗様と……?)
フローラルな香水の香りに顔を上げると、目の前に三条姫花が仁王立ちしていた。カールのかかった栗色のロングヘアに派手な目鼻立ち、均整のとれたボディ、いかにもお嬢様といった立ち姿だ。実際、実家はかなり裕福らしい。そして……蓮斗が転校してきて以来、最もアプローチをかけ続けていたのもこの姫花だった。
「ご、ごきげんよう、三条さん……」
小春は一瞬上げた目線をすぐに伏せた。
「聞きましたわよ、蓮斗様とのこと……いつからですの?」
(姫花が蓮斗様と愛を育もうとしている中、いったいどこに入り込む余地があったというの?)
「あ、あの、その……気づいたら、いつの間にかっていうか……」
「いつの間にか……ですってぇ?」
(そんなヌルッとカップルに? それもう運命の人じゃない! そんなB級映画みたいな展開信じませんわ!)
正直言って、小春は姫花のことが苦手だ。
「あの、いや……」
「どちらからですの? どちらからそういった関係を持ちかけましたの?」
(でも、こんなおとなしい陰キャ女が自分から告白するとは思えない……だとしたら蓮斗様? いやいや、そんなこと万に一もありえません! 五十嵐小春、あなたいったいどんな手で蓮斗様をたぶらかしたというの? お金? カラダ? はっきりおっしゃい!)
「……いつの間にか」
「そんなわけないでしょ!」
(だから出会って一週間でいつの間にかツキあうのはもはや前世からの縁の類いよ! 認めませんわよ!)
「みんな、おっはよー!」
(渦中の人のお出ましでーす!)
「お、おはよう……」
(みんなの視線が痛い……)
綾乃と幸太郎の登場に、小春は心底救われた気分だった。
「綾乃、柳くん、おはよう……ふたりで登校?」
(お熱いことで)
「うん! 私がこーたんを迎えに行って」
(彼女として当然です)
「おいおい、早速見せつけんなって……よかったな、柳」
(オレも彼女欲しいなー)
「う、うん、どうも……」
(これでいいのか、幸太郎?)
「……おはよ」
綾乃と幸太郎によって騒がしくなった教室の空気を、遅刻ギリギリに現れた蓮斗が一瞬で静寂に変える。
「蓮斗様、おはようございますっ!」
(ああ、今日もお顔の美しい蓮斗様っ! 姫花は諦めませんわ! まだつけ入る隙はあるはず!)
「ああ、三条、おはよ」
いちオクターブ上がった甲高い声で接近する姫花を軽くいなす蓮斗。そしてそそくさと自分の席に座ると、斜め後ろの席の小春を真顔で一瞥した。
「おはよう、五十嵐」
「お、おはよ……」
(なにこの真田くんの余裕とオーラは? こんな人と彼氏彼女のふりなんて身が持たないって!)
「な、な……」
(なんなの、この長年連れ添った夫婦みたいな落ち着き方! 島本と柳みたいな初々しいバカップルみたいな感じもっと出しなさいよ! それとももうふたりの関係はその域まで達しているというの? きいいいいいっ!)
「はいみんな席につけー」
(今日も適当に授業してさっさと帰ろ)
朝から様々な感情が乱れ飛ぶ1年3組の教室であった。
* * *
「五十嵐、行くぞ」
お昼休みのチャイムと同時に蓮斗が告げる。クラスメイトのざわめきが聞こえる中、小春は後を追った。
「……まぁ、ここなら大丈夫だろ」
部室棟と校舎の間の古いベンチに蓮斗は腰を下ろした。
「もう中庭は使えないからな」
そう言って苦笑いする蓮斗の横に小春もおずおずと座る。
「……なんかいろいろごめんね」
(授業中もあることないこと言ってるみんなの心の声、聞こえてたよね)
「まぁしゃあない、そんなもんだろ……一応さ、ツキあってるってことにするなら昼休みは一緒にいなきゃ怪しまれるかと思って。作戦会議もしたいしな」
そう言うと、蓮斗は制服のポケットから出した菓子パンを一口かじった。
「それ……お昼ごはん?」
(足りる?)
「ああ、いつも昼メシは朝コンビニで買ってる。ウチ、おふくろが病気がちでさ、みんなみたいに弁当ってわけにいかねぇんだ」
「そうなんだ……」
(なんかいろいろ大変そう)
詮索したい気持ちを抑えつつ、小春は自分の弁当箱を開いた。
「お、うまそうじゃん」
「いやいや、冷蔵庫にあったもの適当に詰めただけだから」
(時間がなくてさ)
「……自分で作ってんのか?」
「うん、今日はね」
(ママ、仕事忙しいから……家計を支えなきゃいけないし)
「そっか」
その言葉を最後に流れる沈黙。
「あの、オレんち、両親が離婚しててさ、おふくろと妹の三人暮らしなんだわ。五十嵐んちも……そんな感じか?」
蓮斗がパンを頬張りながら話しかける。小春があれこれ聞きたがっているのを察して自ら口火を切ったのだろう。
「ウチはね……私が八歳の頃に、パパ死んじゃったの」
(交通事故で)
「……それはすまん」
「ううん、でももう平気だよ」
(ママもチワワのミントもいるし)
蓮斗が気まずそうにしているのを感じて、小春はわざと明るく言った。
「あ、犬飼ってんだ」
「見た目はすっごくかわいいんだけどさ、中身は昭和のハードボイルドなおじさんなの。知ってる? 犬ってさ、みんな前世の記憶を持ってるんだって」
(最初は本当に驚いたなぁ)
「へぇ、おふくろから聞いたことあるけどマジでそうなんだ……あ」
パンを食べ終わった直後の蓮斗のお腹がグゥーッと鳴った。
「……あの、なんの足しにもならないかもしれないけど、食べる? 芋の煮っころがし」
(やっぱり足りてないんじゃん)
「え、いいよ」
「いいのいいの、そんなお腹の音聞いたら放っておけないって」
(どうぞどうぞ、はい)
小春は芋をひとつ箸で掴み、蓮斗に向けて差し出した……ところで気づいた。
「あ! ごめん、つい無意識でやっちゃって! その……箸を逆にするからそれで食べて!」
(はい、あーん、じゃないのよ! これ本当のカップルがやるやつ! あぶなっ、もう少しで甘々な感じになるとこだった、あぶなっ!)
赤面して取り乱す小春。蓮斗はその箸先から芋をつまむと、口に放り込んだ。
「うまい! ごちそうさま」
蓮斗の笑顔に小春の目は釘付けになった。
(ヤバい、至近距離でこれ見たら女子はひとたまりもないって!)
もちろん小春も女子のはしくれ、心は多少ざわめいていた。でも、蓮斗とはあくまでツキあっているふりであって本当に恋をしているわけではない。蓮斗だって女子たちの求愛行動をかわすために小春を利用しているだけなのだ。それはちゃんとわかっている。だけど、こうしてふたりでいることを蓮斗が嫌がる素振りはない。むしろここまで積極的にツキあっているふりをしようとしている。いったい蓮斗の本心はなんなのか? 小春は蓮斗がプロテクトをかけていることを恨めしく思った。
そして、そんなふたりを物陰からこっそり見つめるひとりの影。
「ぬうぅ、五十嵐小春……許すまじ!」
(見せつけてくれるじゃない! でも、これで蓮斗様攻略の糸口は掴めましたわ……早速明日決行します! 五十嵐小春……恋愛ごっこはもう終わりですわよ!)




