第5話 ダブルラブショック
「や、柳くん……」
(これ、絶対コクる気じゃん!)
幸太郎の並々ならぬ気迫にうろたえる小春。
「ハァハァ……探したよ、五十嵐さん」
(いけ幸太郎! お前ならやれる!)
「あ……あ……」
(どーしよどーしよっ! 今コクられたら……)
「柳くん、待ってったらぁ! あ、小春」
(まったく、真田となに話してたのよ)
「ああ……」
(綾乃の前で柳くんが私に告白……こんなの誰も幸せにならない!)
「なんか大変だな」
蓮斗が冷静に呟く。
「もう、他人事だと思って!」
(ムカつく!)
その時、小春の脳裏にあるひとつの案が浮かんだ。この切羽詰まった状況下で、それは幸太郎の告白をやめさせ綾乃との友情を守るただひとつの方法のように思えた。
「五十嵐さん! 僕は……」
(いっけえええええっ!)
「……真田くん!」
(お願い! 今だけでいいからツキ……)
心の声を発するか発さないかのタイミングで蓮斗の右腕が小春の肩に伸びた。そして次の瞬間、小春は蓮斗の胸に半分顔をうずめていた。
「オレたち、こういうことだから」
「ぎやあああ」
(そこまでしろとは言ってない!)
小春は蓮斗の懐の温もりより自分の顔のほうが数倍も数十倍も熱を帯びているのを感じていた。
「だってさ、こんぐらいやんねぇと柳は納得しねぇだろ」
蓮斗の声をゼロ距離で聞きながら、小春はちらりと幸太郎のほうを見やった。
「……は?」
(こういう……こと……?)
幸太郎は鯉のように口をパクパクさせ、現実を受け止められていないようだった。
「えー! なによ小春、いつの間に!」
(私になんの相談もなく!)
「……う、ウソだ! ウソだウソだウソだ! だってお前、まだ転校して一週間しか……!」
(こっちは三か月、三か月片想いだったんだぞ!)
綾乃の声で我に返った幸太郎が悲痛な叫び声をあげる。
「恋に期間なんて関係ねぇだろ……落ちる時は、一瞬さ」
「ひー」
(キザすぎるってぇ!)
「カッコいい……」
(いいなー、小春)
「ぐぬうっ……!」
(なんだこれは……? なんだこの感情は……? 完璧なビジュから繰り出されるそのセリフ……なぜ僕は恋敵にキュン死させられようとしている……? 敗北……圧倒的敗北……! これが、これがイケメン様のパワーだというのか……?)
蓮斗の言葉に三者三様の喰らい方をする面々。
「ちょっとクサかったか?」
「だいぶね」
(どこの漫画のセリフよ)
「いいなー、なんか妬けちゃうなー……あ、そういえば柳くん、小春に話したいことがあるって言ってたよね」
(私、柳くんの言ったことは全部ちゃんと覚えてまっす!)
「え? あ……あ、いやさぁ、日直の仕事は無事終わりましたよーって……あは、あははっ……」
(空が青いやぁ……!)
もう幸太郎のライフはゼロだ。
「……見てらんねぇな」
「……ごめんね柳くん」
(真田くんが原因の部分もあると思うよ)
「おい、だってそもそもお前がそう願ったんだろ」
「そうだけど……あと、そろそろ普通の体勢に戻っていい?」
(これ以上は心臓が持ちません)
「あ、すまん」
蓮斗が手を離すと、小春は赤面したままスッと直立し両手で顔を覆った。
「……ねぇ、柳くん」
(……小春が幸せになった今、私だって負けてらんない!)
間隙を縫って、綾乃が意を決したように幸太郎に話しかける。
「島本さん? は、はい?」
(あー、今夜の晩ごはんなにかなー)
「私……柳くんのことが好き!」
(いっけえええええっ!)
直角にお辞儀をして手を差し出す綾乃。
「なっ……!」
さすがの蓮斗も驚いた。
「綾乃、ダメッ!」
(絶対今じゃないって!)
小春は慌てふためいた。
「へぇ、すき……あ、すき焼き? 晩ごはん? 暑い時に熱いもの食べるってのもいいよねー、ははっ、すきね、す……え? すすす、好き⁉」
(好きなの? 僕なの? 今なの?)
幸太郎の目に生気が戻った。
「ツキあってください! お友達からでもいいから!」
(お願いします!)
「あの、島本さ、あの……まぁ、お友達からなら……」
(感情がもうぐっちゃぐちゃ……)
幸太郎は笑顔とも泣き顔とも言えない表情を浮かべ、綾乃の手を取った。
「ありがとう、うれしい……! じゃあ私、柳くんのこと、これから『こーたん』って呼ぶね!」
(カップルといえばオリジナルのあだ名!)
「こー……たん?」
(いきなり?)
「こーたん、私のことは『あやのん』って呼んで!」
(特別だよっ!)
「あや……のん?」
(展開に理解が追いつかない……)
「めでたしめでたし……か?」
「……わかんない。でも、とりあえずあっちはあっちに任せて、私たちのほうの展開考えなきゃ」
(どうやってなにもなかったことにするか) 、
アフリカとシベリアほど温度差のある綾乃と幸太郎を尻目に、小春は今後の身の振り方を考え始めた。
「あのさ、たとえば三日くらいでやっぱ違うなってことで別れたみたいな――」
(あんまり重くなりすぎない感じで――)
「おめでとう!」
(ダブルカップル成立!)
中庭を見下ろす校舎の二階の窓から、クラスメイトの男子が顔を出した。
「いやー、いいもん見させてもらったわ」
(ばっちり後つけて来たもんね)
「なんかいいなぁ、純愛って感じ」
(もうキスとかしたんか)
「末永くお幸せに!」
(リア充爆発しろ!)
……男子たちが顔を出した。
「五十嵐さん、島本さん、やったね!」
(柳はともかくとして、真田くんをどうやってオトしたのよ五十嵐!)
「いいなー、うらやましー」
(五十嵐なんて陰キャのどこがいいのよ……ま、島本さんと柳はお似合いだけど)
「ヒューヒューだよっ!」
(ウソよ、ウソだと言って真田くん! 柳はどうでもいいけど!)
……女子たちも顔を出した。
祝福の拍手と歓声、そして、決してそうでもない心の声がクラスメイト一同から降り注ぐ。
「……柳、人気ねぇな」
「そこじゃないでしょ! どうすんのよ! なにが『ここは人気がなくて静かでいい』よ!」
(絶好の告白観戦スポットじゃない!)
顔を真っ赤にした小春が蓮斗に詰め寄る。綾乃は無邪気にクラスメイトへ手を振り、幸太郎はピカソの絵のような表情になっている。
「知らねぇよ、転校して一週間だぞ! 昼休みは静かなんだ……しかしこれ、簡単には別れられなそうだな」
「うう、クラスの女子全員敵に回した……」
(今すぐに撤回する? 今ならまだ……)
「ま、オレはしばらくツキあってもいいぜ」
蓮斗がニヒルな笑みを浮かべる。
「は?」
(そ、それって、どういう……)
「下心丸出しの女子たちに言い寄られるの、飽き飽きしてんだよな。それにさ……なんかおもしれーじゃん」
「……おもしろい?」
(なにがよ)
「恋愛に対して一ミリも期待してないヤツ同士が、恋人のふりするなんてさ――」
(ま、確かに……そっか)
蓮斗の言葉に同意しながらも、さっきから胸の奥で起こっているかすかなざわめきを小春はうまく説明できずにいた。




