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第3話 告白

綾乃と別れた後の帰り道でも小春は悶々としていた。


確かに蓮斗の心の声が聞こえないのは事実だ。ただ、それが恋によるものだなんて到底思えない。蓮斗のビジュがいいのは認める。ただ、一目惚れなんてありえないし、そもそも軽く人間不信気味の自分が恋に落ちるなんて考えられなかった。


これまで街中でたくさんのカップルの心の声を耳にしてきた。それらはどれも低俗で打算的でその時に口から出る言葉とは乖離していた。「愛してる」なんて言いながら心の中ではまるで自分のことしか考えていない。場合によっては相手に対して「殺してやりたい」とまで思ってる。そんな恋愛というウソっぱちの幻想に自分が巻き込まれるわけがない。


でも……だったら蓮斗の心の声が聞こえない理由はなんなのか? 頭の中がぐちゃぐちゃになったまま、小春は帰宅した。


水曜日は仕事で母の帰宅が遅い。作り置きの野菜炒めと冷凍ご飯をレンジで温める。


「ワン」

(お嬢……またなんだか思い詰めているようでやすね)


足元にすり寄ってきたミントが心配した様子で鳴く。温まった夕飯を食べながら、小春は蓮斗のことを洗いざらい話した。


「ワオーン」

(確かに気になりやすね、犬畜生のあっしの心の声ですら聞き取れるお嬢が)


「でも、さすがに恋ってことはないと思うの」


「ワンワンワフン……」

(それはわかりやせんぜ。確かに転校生に恋をするってぇのは小説や漫画ではありがちなパターンでごぜぇやすから……)


「ミントまでそういうこと言う」


「ワーン」

(まぁ、事実は小説より奇なりなんて申しやすから、なにか意外な理由があるやもしれやせんな)


「あの……前から気になってたんだけどさ、ミントみたいに犬はみんな前世の記憶を持っているもんなの?」


考え続けても答えが出なそうなので、小春が話題を変える。


「ワオンワオン」

(あっしがこちらのお宅でお世話になる前の経験で申しやすとそうでした。ただ、前世が人間とは限りやせんのでね……口ではワンなんて吠えてても前世が猫だったりもするんでやすよ)


「へぇ、おもしろい」


「ワンキャン」

(そうなると犬同士でも会話はできやせん。なんとなくニュアンスで意志は汲み取れやすがね。あっしの知る限り、前世が人間で会話が成り立ったのは、ペットショップにいた頃に出会った一匹の柴犬だけでやんすね)


「ふぅん、犬にもいろいろあるんだね」


「ワフン」

(あっしもこの姿で生まれるまではそんなこと想像もしやせんでした。でも……お嬢が能力をお持ちでよかった。こうしてあっしの心の声を聞いてくれるおかげで随分と気持ちが楽になってやす)


「それは私もそうだよ。ミントにたくさん話聞いてもらえて助かってる……あ、ごめんごめん、ミントもそろそろご飯の時間だね」


「ワン!」

(待ってやした!)


ミントがゴムまりのように飛び跳ねて喜ぶ。


「ワンワン! クゥーン……」

(飯! 飯! あ、あの……あんまり食べてるとこ見ねぇでもらえやす?)


「どうして?」


「ワワン」

(犬食いが恥ずかしいんでやすよ。身体的機能が備わっていたなら、本当はきちんと箸やらスプーンやらで食べたい……こういう時になまじっか前世の記憶があるってぇのは厄介なんでやす)


「……そういうもんなんだ」


「キャン! クゥーン……」

(ごちそうさん! あの……できればこのあとも見ねぇでもらえやすか?)


そう吠えると、ミントは部屋の隅のトイレへ一目散に駆け込んだ。


* * *


蓮斗が転校してきて一週間が経った。


幾多の女子が甘い声で蓮斗に話しかけても、彼は素っ気なく返すばかりで会話が続かない。男子とはもう少し話すようだが愛想はなく、彼はすっかり一匹狼となりつつあった。


小春はそんな彼を斜め後ろの席から注視し続けている。


(ウルフカットの髪……切れ長の目……高い鼻……シャープな顎のライン……細身のスタイル……どこをとってもビジュは最強よね……でも、だからといって私はときめいてるってわけじゃない。やっぱりこんなの恋じゃない。それにしても、なんでそんなにひとりになろうとするんだろ? 性格なのかもしれないけど、あからさまに他人と距離を置こうとしているようにしか思えないのよね。心の声が聞けるなら、数少ない発する言葉からその理由も明らかにでき――)


「はい五十嵐! 答えはなんだ?」

(絶対聞いてなかっただろ!)


教壇から中川が半ニヤの表情で小春を指名する。


「はい! あ、あの、えっと」


「答えられないか? 授業中にろくでもないこと考えてボーッとしているからそういう……」

(たるんだJKを上から目線で説教……これぞ教師の醍醐味よ。話を聞いていれば簡単にわかる、答えが中臣鎌足なんてこと……)


「中臣鎌足です」


「え! そ、その通り……」

(なんで答えられんだよ!)


(あー危なかった)


安堵し大きく息を吐く小春。視線を上げると、振り向いた蓮斗が真顔でこちらを見つめていた。慌てて顔をそらす。


(なんなの? 時々アイツめっちゃ見てくるのよね……もしかして、私のこと気になってる? いや、そんなわけない! ありえない!)


頭の中でわずかに浮かんだうぬぼれた想像を小春は必死に打ち消した。


授業が終わり昼休みになると、蓮斗はひとりで教室を出ていってしまった。


「真田くん、どこ行ってんだろうね? 転校以来ずっとこうだよね」

(五十嵐さん、最近ずっと真田のことばっか見てるよな……これは非常によろしくない!)


蓮斗を目で追う小春に幸太郎が慌てて話しかける。


「うーん、そうだね……」


「小春、お弁当一緒に食べよー」

(お腹すいたよー)


綾乃が椅子を持ってやってきた。


「あ、あの、よかったら柳くんも一緒にどう?」

(綾乃、勇気出しちゃう!)


「え! いいの?」

(チャンス到来! よし、五十嵐さんと話せるぞ……ナイス島本さん!)


「ぜひぜひ! いいよね、小春?」

(柳くんへの私の気持ち知ってんなら空気読め、小春)


「あ……もちろんいいよ」


「じゃ、じゃあ、机をくっつけるね」

(五十嵐さんとまずは物理的に急接近!)


「わぁ、柳くんのお弁当おいしそー!」

(まずは親御さんをホメる、これ鉄則!)


その後、小春の食べた弁当はちっとも味がしなかった。


* * *


五限終了のチャイムが鳴る。下校の時間だ。


「五十嵐……時間ある?」


小春が帰り支度をしていると、不意に蓮斗が声をかけてきた。


「ちょっと、オレについてきてくんねぇ?」


突然のことに小春は思考が追いつかない。


「あ、でも五十嵐さん、まだ日直の仕事が……」

(な、な、なんだと? 放課後に呼び出しなんてもうこれから起こりうることはひとつだろ? そんなことさせるかって!)


「いいのいいの柳くん、日直の仕事は私が代わるから……小春、行ってきな」

(とうとう動き出したわね……しかし、いきなりなんて大胆じゃない、真田! しかもこっちはこれで柳くんとふたりきりで日直の仕事……ウィンウィンの関係よ!)


幸太郎と綾乃の心の思惑が漏れ聞こえる中、小春は無言で蓮斗の後に続いた。


(なんなのこれ? いきなりなに? わけわかんない……放課後に呼び出されてふたりきりって、もうアレしかないじゃん! 私のことちらちら見てたのもやっぱり? いや、ないない! こんな陰キャで地味な女のどこにイケメンくんが魅力を感じたっていうのよ? とても現実とは思えない……なにこれ三流ラノベ?)


小春があらぬ妄想を繰り広げているうちに、中庭の片隅で蓮斗が立ち止まった。


「オレ、昼休みはいつもここにいるんだ。ここは人気がなくて静かでいい……」


「そ、そうなんだ」

(なんなの? シチュエーションによってはそのセリフ犯行予告よ?)


「あのさ、五十嵐」


「は、はい!」

(く、くる! 来ちゃうの?)


小春の人生史上マックスの緊張感が走る。


「お前も、聞こえんだな……他人の心の声」


「……え?」

(どういうことー⁉)

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