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第2話 転校生フラグ

「ただいま、ミント……ママは?」


「ワワン! ワン!」

(おかみさんは夕飯の食材を買い忘れたようで、スーパーへ行ってやす)


小春が膝を折ると、チワワのミントは尻尾を振ってその上に乗っかった。そのまま抱きかかえ、リビングのソファに腰を下ろす。


他人の心の声にすっかり辟易していた小春だったが、愛犬の心の声も聞こえるようになったのは予想外の嬉しい出来事だった。


「じゃあ、ミントひとりでお留守番してたんだ」


「クゥーン」

(ひとりでいるのは慣れてやす……前世でも天涯孤独の身でしたから)


しかし、愛犬が前世の記憶を持っていて、しかもこんなにもハードボイルドな中身なのはあまりにも予想外過ぎた。


「ミント、私なんだか疲れちゃったよ」


「ワウン」

(心の声が聞こえるってぇのはさぞ大変でしょう……心中お察ししやす)


「恋って……なんなのかなぁ?」


「ワン」

(お嬢ももうそんな年頃ですかい)


「一般的にはそんな年頃なんだろうけど……なんか自分が恋してる姿が想像できなくて」


「ワンワン、ワオン」

(理屈で考えるようなもんじゃありやせんぜ、恋ってのは。気づいた時にはもう落ちてる。どんなに抗っても止められないもんなんでさぁ)


その愛くるしい見た目からは想像もつかないような内容の低音ボイスが小春には聞こえる。


「そうなんだ」


「ワワン」

(あっしも今でこそこんな犬畜生の身ですがね、前世で人間だった頃はホレたハレたもそれなりにありやした)


「ふーん」


「ワオン……」

(でも、本気で愛した女は、たったひとり……)


「ミントただいまー! あ、小春も帰ってたの」

(じゃあ小春に買い物頼めばよかった)


ミントの独白を遮るように、小春の母が慌ただしく帰宅した。


「急いで夕飯作るから待っててね。えっと、その前に……はい、ミントはエサの時間!」

(忙しい忙しい)


「ワオーン!」

(飯じゃあああああっ!)


ソファから勢いよく飛び降りドッグフードをむさぼり食うミント。


「クゥーン、クゥーン……」

(抗えんもんなんでやす、恋も食欲も……)


「そういうもんかぁ」


小春はミントの背中を優しく撫でた。


* * *


「ねぇリコ、髪型変えた? 超かわいい!」

(ビミョーだけど一応ほめとこ)


「うん、ありがと!」

(なんかウソくせー)


翌朝。クラスメイトの相変わらずの上辺だけの会話に小春は耳を塞ぎたくなった。


「はいはい、おはよう」

(あー帰りたい)


やる気のない担任教師の中川がのそのそと教壇に立つ。


「えー、今日はみんなに転校生を紹介します」

(かったりぃなぁ)


中川に促され教室に入ってきた少年に一同の視線が集まる。


「真田蓮斗です、よろしく」


素っ気ない挨拶の後、彼は空いていた小春の斜め前の席に座った。


「え……カッコよくない?」

(イケメン!)


「モデルみたい……」

(眼福ですわ)


ヒソヒソ声で囁く女子たち。そして昂ぶりまくるその心の声。様々な言葉が小春に波のように押し寄せる。そんな中、小春は他の女子たちとは違う理由で動揺していた。


(さっき、心の声、聞こえなかった――?)


一限の授業が終わると、早速色めき立った女子たちが蓮斗を取り囲んだ。


「真田くん、よろしく!」

(近くで見てもやっぱカッコいい!)


「困ったことあったら言ってね」

(困ってなくてもお話したいわ)


「家は近いの?」

(あわよくば一緒に登下校なんて)


「ちょっと、そんないっぺんに話しかけたら真田くん困っちゃうじゃない! ねぇ真田くん?」

(ポイント稼がなきゃ)


「とりあえず……みんなよろしく」


(……やっぱり聞こえない)


女子たちの隙間からじっと蓮斗を見つめる小春。今まで例外なく聞こえてきた心の声が、なぜ蓮斗に限って聞こえないのか。あまりに見つめすぎて、不意に振り向いた蓮斗とバッチリ目が合ってしまった。


(ヤバッ)


慌てて視線を逸らすと、その先には隣の席から小春をじっと見つめる幸太郎の姿があった。


「こ、こんな時期に転校生なんて珍しいね、あと一ヶ月もしたら夏休みなのにね」

(五十嵐さん、転校生のことめちゃくちゃ見てた……。これは強力な恋のライバル出現か?)


「そ、そうだね」


「どうしたの、小春? イケメン転校生が気になっちゃう感じ?」

(どさくさに紛れて柳くんに接近!)


席までやってきた綾乃があけすけに言う。


「いや、気になるっていうか……なんていうか」


「そ、そりゃ新しいクラスメイトは誰でも気になるよねぇ、五十嵐さん」

(なんていうか、ってなんだよ! こっちが気になるって!)


「じゃあ……柳くんも、真田くんのこと気になる?」

(緊張してなに言ってんだ私は! どういう質問よ)


「まぁ、なかよくはしていきたいよね」

(五十嵐さんとの関係性によるけど)


「そうだね」

(私は柳くんとなかよくしていきたーい)


平行線のふたりの心の声に思わず顔を伏せる小春。その様子を再び振り向いた蓮斗が見ていたことなど、知る由もなかった。


* * *


「ズバリ、それは恋ね」

(一目惚れってヤツ)


夕方、いつものファストフード店で綾乃が断言する。


「は?」


あまりに予想外の返答に小春はうまく言葉が出ない。


「ほら『恋は盲目』って言うじゃない? それと似たようなもんよ。だから真田くんの心の声だけ聞こえないってわけ」

(割と自信あるわよ)


「そんなこと……」


「小春も隅に置けないねぇ……まぁ無理もないよ、真田くんイケメンだもん」

(それでも私は柳くん推しですが)


「だってさ、そういうのって、もっとこう胸がキュンとなってさ! それで……あの……」


顔を赤らめながら小春が反論する。


「あのね、恋ってね、気づいた時にはもう落ちてんの」

(雑誌の受け売りだけどね)


「……ミントと同じこと言ってる」


「小春はまだ自分の本当の気持ちに気づいてないだけ」

(他人の恋バナって楽しいなぁ)


「納得できないよ……そりゃ真田くんが見た目イケメンなのは認めるよ。でもだからって好きとかそういうのはまだ別に……」


なおも反論する小春に綾乃が続ける。


「あのね、小説や漫画でもだいたいそうじゃない。転校生がやってきて女の子が違和感を初対面で感じたら、それはもう恋のフラグなの!」

(間違いないわ)


「……なんかそれ、さらっとヤバいこと言っちゃってない?」


小春は味の薄くなったオレンジジュースを一口飲んだ。

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