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最終話 声

「悪かったねぇ、タローのお世話してもらっちゃって……あらま、すっかりお嬢ちゃんに懐いたみたいだねぇ」

(そんなに尻尾を振って)


「あの、今度またパ……タローとお散歩していいですか?」

(おっと危ない)


「もちろん! 大歓迎よ」

(助かるわぁ)


老婆はにこにこしながら、アイスを2本差し出した。


「こんなものしかないけど、今日のお礼よ……あとそっちのおチビちゃんには、はい、ビーフジャーキー」

(ほんとにありがとうね)


「わ、ありがとうございます!」

(すいません)


「ありがとうございます」


「ワン!」

(かたじけねぇでやす)


「ワワン……」

(小春、またな……)


名残惜しそうにタローが鳴く。


「うん!」

(また来るね)


「ワオワオン……」

(ケンゾーさん、娘と妻をよろしく頼みます)


「ワウワウ!」

(ああ、任せるでやす!)


「……ウー」

(……それから、真田くん)


「は、はい」


「ウー……ワンワン!」

(娘を泣かせるようなことをしたら……私は獣になるよ!)


「こらタロー、いつまで吠えてるんだい! じゃあね、またいつでもおいで」

(ほんとにいい子たちねぇ……)


手を振る老婆とずっとこちらを見つめる柴犬を背に、ふたりと一匹はその場を後にした。


「……よかったな」


「うん」

(話せてよかった)


「ワオン」

(カズマも元気そうでやしたなぁ)


ぽつりぽつりと言葉を交わしながら川沿いの道を歩く。


「……あのさ、五十嵐」


急に蓮斗の声が真剣になる。


「オレ、五十嵐に言わなきゃいけないことがあって……」


「……え?」

(花火の時の続きクる……!)


小春の緊張感が一気に高まる。


「アルティメットランドで、観覧車に乗った時――」


「……ワン」

(……外したほうがよさそうでやすな)


ミントがおずおずと鳴いた。


* * *


「あの……なんかアレだな、こう何度も話が中断すると、改めて切り出しにくいっつーか」


「だ、だよねぇ」

(でも、続きはよ)


一旦ミントを小春の家に留守番させ、再び外に出てきたふたり。核心手前で寸止めの状態にドギマギしながら、川沿いのベンチまでやってきた。既に陽は西に傾き始めていた。


「いや、だからさ……オレ、観覧車に五十嵐と乗った時――」


「……聞こえちゃったんでしょ? 私の心の声」

(もうガマンできない)


小春は待ちきれず、とうとう言ってしまった。


「もともと、恋愛に一ミリも期待してない者同士が恋人のふりしてるだけ……だったよね?」

(だったけど……)


俯きながら無言で頷く蓮斗。その姿を真っ直ぐ見つめ、小春が震える声で問いかける。


「じゃあやっぱり……ほんとに好きになっちゃったら、契約違反?」

(キャーッ!)


そのセリフに蓮斗は驚いた表情を見せた。そして、ゆっくりと口を開いた。


「契約違反は……厳しくねぇ?」


「え、それは……許すってこと? つまりその、え? え?」

(どういう意味?)


「は? っていうか……むしろ許してほしいのはオレのほうだし」


「えっ?」

(はぁ?)


「オレ……観覧車の中でオヤジの話したじゃん。あの時、五十嵐が一生懸命励ましてくれてさ……それを見てたら急に……聞こえなくなったんだ、五十嵐の心の声が――」


予想外の蓮斗の告白に、小春は言葉が出ない。


「ざまぁねぇよな……散々あれこれ言っときながら、結局……」


「私の心の声が聞こえない……ってことは?」

(そういうことなの?)


「あーもう、察せよ! それよりさ……五十嵐、観覧車から降りる間際にかなり動揺してたけど、あの時、心の声でなんて言ったんだ? ちょうどその……聞こえなくなった直後でさ」


(ということは、私が心の中で言ったあの二文字、聞こえてなかったってこと……?)


少し安堵した後、小春の胸にじわじわと喜びがこみ上げてくる。そして、真っ赤な顔をしながら蓮斗に告げた。


「……たぶん、今の真田くんとおんなじ気持ち」


「え? ってことはつまり……」


「……聞いてみてよ、私の心の声」


小春がイタズラっぽく笑う。


「いや……だから聞こえないんだって」


「プロテクトかけてないのに聞こえないってことは……どういうことなんだっけ?」


「う、うるせぇ!」


蓮斗の顔も真っ赤だ。


「心の声では今、たくさん言ってるのになぁ……」


「はっきり口で言えよ!」


「真田くんこそ!」


「オレだって……心の声じゃずっと叫んでる」


顔を見合わせて笑うふたり。


「……わかった、じゃあ同時に言おうよ」


「しゃあねぇなぁ……せーの――」


次の言葉を発するか発さないかのタイミングで蓮斗の右腕が小春の肩に伸びた。まるで、学校の中庭で幸太郎の告白を阻止するために初めて小春が抱き寄せられた時のように。


ただ、今回はあの時とは違っていた。


蓮斗の端正な顔が小春の顔に近づき、そして「す」の音を発するために少し突き出していた唇に唇が触れる。


(好きだ、五十嵐……)


初めて小春に蓮斗の心の声が聞こえた。


(真田くん、好き……)


蓮斗も久しぶりに小春の心の声を聞いた。


互いのぬくもりと想いを唇で感じた後、閉じていた目を開ける。


「「好き――」」


同時に初めてはっきりと口にしたその言葉。せわしない蝉の合唱がふたりを祝福する歓声に聞こえた。


* * *


「わたくし、芸能のお仕事を始めましたの!」


夏休み明けの教室。姫花が教卓で週刊誌片手に力説する。


「アルティメットランドでのムッキーくん顔出し写真がSNSでおバズりあそばせましてねぇ……『かわいすぎる中の人』として、世界初の着ぐるみグラビアデビューですのよ!」


週刊誌には、マッチョなムッキーくんの着ぐるみの体でポージングする笑顔の姫花の写真があった。


「スゴい……けど、需要ある?」


「僕たちにはまだわからない世界があるんだよ、きっと」


「『限界露出!』って見出しに書いてるけど、着ぐるみが上裸だからでしょ?」


「むしろ露出は低いよね……」


ヒソヒソと囁き合う綾乃と幸太郎。


「おはよう」


「おはよ」


「あ、小春、真田くん、おはよ……ふーん」

(あらあら……)


綾乃がニヤニヤしながら見つめるその視線の先では、小春と蓮斗がしっかりと手を繋いでいた。


「おはよう」

(あの蓮斗くんが手繋ぎ……?)


「おはよー」

(なによ……見せつけちゃって)


「ふたりともおはよう」

(なんか五十嵐、かわいくなってねぇ?)


「久しぶりー」

(夏休みで別れてるかと思いきや、むしろ仲深まってる……?)


「おふたりともごきげんよう」

(やはり「れんこは」推し甲斐がありますわぁ……)


ふたりに集中する視線と、押し寄せるクラスメイトのさまざまな心の声。しかし、もうそんな雑音は気にしない。心の声は聞こえなくても、互いに信じ合って乗り越えられる存在がいるから。


「蓮斗……教室ではちょっと」


「あ、ごめん、小春」


蓮斗が慌てて繋いだ手を放す。


「へーえ、下の名前で呼び始めたんだぁ」

(どこまでいってんの?)


「いや、それは……そんなこと言ったら、綾乃と柳くんはどうなのよ?」


頬を赤らめる小春。


「えへへ、こーたんとはねー……」

(先週……)


「ちょっとあやのん! それ以上は今言わないで!」

(みんなの目もあるから!)


「はいはい、みんな着席ー」

(あーあ、ずっと夏休みでいいのに)


相変わらずやる気のない担任教師の中川が教室に入ってくる。


席についた小春が斜め前に視線をやると、それに気づいたように振り向いた蓮斗が目配せをした。


(あーもう……大好きっ!)


心の声で、思い切り叫んだ。

他のサイトで連載しつつ、ついでにこちらにも載せていたのですが……こちらのほうがたくさんの方の目に触れている気がいたします。


つたない物語を最後までお読みいただきありがとうございました!感想などありましたらぜひ……。

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