第13話 Calling
「お待たせ、どう……かな?」
(なんか……照れちゃう)
真田家のリビング。透子の後ろから、艶やかな浴衣姿にうっすらメイクを施した小春が現れた。こちらも浴衣姿の蓮斗は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻る。
「ほら、蓮斗どう? 聞かれたんだからちゃんと答えてあげなさい」
透子が微笑みながら促す。
「……かわいい」
伏し目がちにボソッと言う蓮斗。その仕草を目の当たりにして、今度は小春が(そっちのほうがかわいい……!)と心の中で絶叫する。
「ママー、瑠奈にもお化粧して!」
「瑠奈はまだ小学生でしょ、そのままで十分」
「やだー! お願い!」
瑠奈が駄々をこねる。その様子もまたかわいいと小春は思った。
「んじゃ、マ……おふくろ、行ってくる」
「気をつけてね、私も後で合流するわ」
いよいよ花火大会がおこなわれる臨海公園へと出発。蓮斗と小春、浴衣姿で肩を並べて歩く……はずが、蓮斗の浴衣の裾を瑠奈が握りしめて離さない。
「ねーねー蓮斗、お化粧した瑠奈かわいい?」
「あーはい、かわいいかわいい」
「全然こっち見てないじゃん! もー、ちゃんと目を見て言って!」
結局チークとリップだけ薄く塗ってもらった瑠奈の猛アピールが止まらない。その様子を微笑ましく思いながら、ふたりの後ろを歩く小春。でも、自分の気持ちに正直すぎるほど正直な瑠奈を少しうらやましくも思った。
「あれ? 小春じゃん! めっちゃカワイイ!」
(浴衣似合ってる! メイクまで!)
公園の入口で駆け寄ってくる青いワンピース姿の女子。綾乃だ。
「いいなー、私も浴衣で来ればよかった」
(持ってないけど)
「こんにちは、五十嵐さん」
(浴衣かぁ……いいな)
白いシャツにデニムの幸太郎もいる。
「真田くんも浴衣でカッコいい……こちらは?」
(生意気そうな女の子……)
「妹の瑠奈」
「へぇ、こんなちっちゃい妹いたんだ! 瑠奈ちゃん、いくつ?」
(うっすらメイクしちゃって、かーわいい)
「……八歳」
「じゃあ小学二年生かぁ。お兄ちゃんと一緒に花火大会いいねぇ」
(やっぱり生意気……)
「……ほんとは蓮斗とふたりがよかった」
幼い見た目とは正反対のセリフを真顔で吐き捨てる瑠奈。
「え? いや、でも、小春はさ、蓮斗くんの彼女なわけだし……」
(これがブラコンってヤツ……?)
「瑠奈はまだ認めてない」
「は? もー、そんな……」
(めんどくせー……ある意味やっぱり兄妹ね)
綾乃が顔を引きつらせる。
「もうそんぐらいにしとけ、瑠奈……すまん、まだまだガキでさ」
「瑠奈、ガキじゃないもん!」
「あ、綾乃と柳くんも花火観にきたの?」
(瑠奈ちゃん半端ない……)
たまらず助け舟を出す小春。
「うん……こーたんが一緒に行こうって」
(私も誘うつもりだったけど)
「違うよ、あやのんが先に行きたいって言ったんだろ」
(言わなくても誘うつもりだったけど)
「そうだっけ? まぁどっちでもいいじゃん」
(以心伝心ってことで)
「いいけど」
(お互い行きたかったんだもんね)
そう言い合って笑うふたりのやりとりを見て、小春はほっこりした。
「あのふたり、なんかいい感じだな」
綾乃と幸太郎が去ったあと、蓮斗がボソッと呟く。
「うん……そうだね」
(ラブラブオーラが出てた)
安心したと同時に、小春は少しうらやましくも思えた。好きな人と心が通じ合うって素敵なことだ。でも、私たちは……。
「あ、瑠奈、リンゴ飴食べたーい!」
屋台を見つけ急に走り出す瑠奈。さっきまでの言動と打って変わって八歳の無邪気さ全開だ。小春と蓮斗も慌てて後を追った。
「わぁ甘ーい!」
「よかったねぇ、瑠奈ちゃん」
(なんやかんやでまだまだ子どもだなぁ)
早速包み紙を剥いて舐め始めた瑠奈をにこにこして見守る小春。その手にもリンゴ飴が握られている。
「こら瑠奈、ちゃんと前見て歩け」
そう注意しながら蓮斗もリンゴ飴をかじる。しっかりお兄ちゃんしている蓮斗を見て、小春はさらに笑顔になった。
「瑠奈ねー、蓮斗と金魚すくいしたーい。射的とかヨーヨー釣りとかねー、あとは……」
瑠奈が蓮斗のほうを振り向き目をキラキラさせながら言う。その様子はさながら恋する乙女だ。
「あっ!」
小石に足を取られよろける瑠奈。その拍子にリンゴ飴が手から離れ地面を転がっていった。
「あーあ、だから言ったろ」
「だって……」
あっという間に瑠奈は涙目になる。
「あ、よかったら私のあげるよ。まだ食べてないから」
(感情がジェットコースターだな)
小春がすかさず自分のリンゴ飴を差し出す。
「いいのか、五十嵐?」
「いいのいいの」
(ここでグズられても困るし)
「……ありがと」
瑠奈は少しこぼれた涙を拭きながらそれを受け取った。
「……じゃあ、オレの半分食う?」
唐突に蓮斗が小春に食べかけのリンゴ飴を向ける。
「え……い、いや、いいよ!」
(そそそ、それは間接キス! というかもはや濃厚接触!)
「ハハッ、冗談冗談」
「だよねー、もう……」
(悪い冗談やめてよ……)
いたずらっぽく笑う蓮斗に胸を射抜かれ、小春の顔は真っ赤になった。
「……やっぱいらない」
リンゴ飴を小春に突き返す瑠奈。その目にはまた涙が溜まっている。
「え? 瑠奈ちゃ……」
(なんで?)
小春が言い終わらないうちに駆け出していく瑠奈。
「おい瑠奈!」
「瑠奈ちゃん!」
(どこ行くの!)
名前を呼びながら追いかける蓮斗と小春。しかし、人の波に阻まれその姿を見失ってしまった。
「どうしよう?」
(探さないと)
「あーもう、ほっとけほっとけ」
「そういうわけにもいかないよ」
(物騒な世の中だし)
「……しゃあない、手分けして探すか」
スマホで連絡を取り合うことにし、一旦別々に瑠奈を探すことにする。
「瑠奈ちゃーん! おーい」
(あーもう、どこなの?)
両脇に屋台の並ぶ道を、辺りを見渡しながら早足で進む。
「パパー、早くー!」
(金魚すくいするんだっ!)
「ケンタ、あんまり走るなよ」
(無邪気なもんだ)
「アリサ、焼きそば食べたーい」
(あ、でも青のり歯につくかも)
「どこに売ってっかな?」
(そんなことよりオレはアリサを食べた……)
通りすがる人たちの様々な声と心の声。共通しているのはみんな楽しげなこと。そんな中、クソガキを探して私は何をやっているのか……小春は唇を噛んだ。
「瑠奈ちゃーん!」
(こっちかな?)
スピードを速めながら脇道へと逸れる。
「瑠奈……いた」
(こんなところに)
少し小高い丘にあるベンチに瑠奈はひとり腰掛けていた。
「探したよ……瑠奈ちゃん」
(まったくもう……)
目の前にしゃがみ込んだ小春の言葉に返事をすることもなく、瑠奈は下を向いたまま。
「ほら、リンゴ飴あげる、遠慮しなくていいから」
(機嫌直して)
「……だからいらないって! 瑠奈が欲しいのは……蓮斗のハートだけなの」
八歳とは思えぬ瑠奈の言葉にたじろぐ小春。
「でも……今はいいよ」
「え?」
(今?)
「瑠奈が子どもの間は、お姉ちゃんが蓮斗の彼女でいい……だけど、瑠奈が大人になったら譲ってね」
発想が子どもなのか大人なのかわからない。
「あ、あー……それはまた、その時に決めよ?」
(おそろしい子……!)
「でもお姉ちゃん、いい人そうでよかったー」
「そう……かな?」
(いい人?)
「うん、心の声も正直だし……あっ」
瑠奈が慌てて口を押さえる。
「……瑠奈ちゃん?」
(え? え?)
「……まぁいいや、お姉ちゃんだけに瑠奈の秘密教えたげる。まだ誰にも言ったことないからナイショだよ……あのね……瑠奈、他の人の心の声が聞けちゃうんだぁ」
小春はうまく言葉が出ない。おそるべし真田家の血筋。
「なぜか蓮斗やママのは聞こえないんだけど、それ以外の人のは聞けるの」
「……あー、えー、そうなんだー」
(それプロテクト……あっ、いや、わーわーわー!)
慌てて思考を停止させる小春。
「ぷろてくと、ってなぁに?」
「なっ、なんでもないの、なんでも……」
(マジで聞こえてんじゃん……)
ドンッ。
突然の耳をつんざく大きな音に驚いて顔を見合わせる小春と瑠奈。やがて大輪の花火が夜空を彩り始める。
「きれー……」
「きれいねぇ」
(本当に)
人気のないこの場所がまさか花火鑑賞の絶好の穴場とは……わからないものだ。しばらくふたりはその幻想的な光景に見とれていた。
「……はっ、そうだ! 真田くんに連絡しなきゃ」
(忘れてた!)
小春は我に返り、慌ててスマホを手に取る。程なくして蓮斗が透子を伴ってやってきた。
「おい瑠奈! まったくお前はほんとにクソ迷惑なガキだな……ママ……いや、おふくろにまで連絡して探してもらってたんだからな」
「瑠奈、ダメでしょ、勝手にどこかに行っちゃ」
「……ごめんなさい」
透子の前では素直な瑠奈。しかし、よくよく考えるとここにいる四人全員が能力者なわけで、小春はなんだかおそろしくなってきた。
「小春ちゃんごめんね、瑠奈が迷惑かけて」
「いえいえ!」
(まぁ見つかってよかったです)
「さ、もう子守りは終わりよ、あとは……若いふたりで楽しんで」
そう言うと透子はにっこりと微笑んだ。
「瑠奈、行こう。屋台でなんか買ってあげる」
「じゃあ……瑠奈リンゴ飴食べる!」
瑠奈の手を引き颯爽と歩き出す透子。去り際に蓮斗の肩をポンポンと二回叩いた。
「いや、ちょっ待っ……なんだよ、おふくろのヤツ……」
急にふたりきりにされてドギマギする蓮斗。それは小春も同様だった。沈黙の中、花火の音だけが響く。
「あの……さ、五十嵐」
「な、なに?」
(くるっ……! 絶対観覧車の件への言及くるっ……!)
顔を赤くしながら意を決したように呟き始める蓮斗。小春はもはや立っているのがやっとだ。
「オレ……この前から――」
「ワン!」
(小春!)
その時、犬の鳴き声と小春の名を呼ぶ心の声が確かにふたりには聞こえた。慌てて辺りを見渡す。
「……飼い犬か?」
「違う……ミントじゃない」
(この声……)
「ワン! ワン!」
(小春! 小春!)
脇道を通り過ぎる軽自動車。声の主である柴犬が、その後部座席の窓から身を乗り出し力の限り吠えていた。
「ちょっとタロー! 危ないわよ!」
(急にどうしたの!)
横に座る老婆が必死に柴犬を押さえている。
「ワン!」
(小春……!)
ふと頭の片隅に浮かんだある記憶……それが完全に蘇ると同時に、小春は走り出していた。




