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第12話 真田くんの家庭の事情

「ワワン!」

(おめでとうございやす!)


帰宅した小春から今日の一部始終を聞いたミントが吠える。


「うーん……めでたいのかな?」


「ワオーン」

(そりゃめでたいでやすよ! 先方から連絡先教えてくれなんて、これはもうお嬢に夢中……とうとうお嬢にも初めてのラブロマンスが……)


「そう? 恋愛契約不履行の罪で訴えた時に逃げられないよう連絡先押さえたとかない?」


「ワフン」

(そんなに裁判所は暇ではないでやす)


小春はスマホを覗き込んだ。アドレス帳に表示されている「真田蓮斗」の文字になんだか信じられない気持ちになる。しかし、アルティメットランドで別れてから約三時間……一切連絡はない。


「ワンワン」

(そんなに気になるならお嬢から連絡したらどうでやんしょう? もはや好意は伝わってやすから押して押して押し倒してねんごろに……)


「だからねんごろって……」


ピコン。


メッセージの着信音に慌ててスマホを手に取る。


「週末の花火大会、一緒に行きませんか……だって!」


「ワオーン!」

(たーまやー!)


「……妹が行きたいって言ってるから? 案内してほしい?」


「ワン?」

(なぬ?)


小春とミントのテンションが乱高下する。


「なんだ、ふたりきりじゃないのか……」


「ワオワオン!」

(おのれ真田、いったい何を考えているでやす……お嬢の気持ちを弄びおって……貴様それでも男か!)


「まあまあ落ち着いてミント。妹に会わせるってことは少なくとも嫌われてはないってことだし……」


ピコン。


「……浴衣持ってる? えー、もし持ってなかったら……おふくろが貸すって言ってる? ちょ、何? どういうこと?」


「ワン……」

(妹に続き母親……)


「もしかして……恋愛契約不履行の私を捕らえて家族ぐるみでひどい目に……だってプロテクトを自ら習得しちゃうようなお母さんだよ! もはや魔法使いじゃん! どうする? 蛙の姿に変えられてとか……」


「ワン」

(まぁ……それはないでやす)


* * *


「……よっ」


駅の時計台の前。待ち合わせの時間に少し遅れて蓮斗はやってきた。いろいろと迷いや恐怖心もあったが、小春は蓮斗の誘いを受けた。やっぱり……会いたいから。


「今日はごめんな、妹が花火大会に行きたいって言って聞かなくてさ」


「ううん、大丈夫」

(とりあえず怒ってはないみたいだな)


「あと、その……彼女に会わせろってうるせぇの」


小春は思わず歩みを止めた。蓮斗はバツが悪そうに頭を掻いている。


「彼女って、私のこと?」

(とうとう……正式に?)


「そりゃそうだろうよ……たとえ形式上でも」


「あ、形式上ね……」

(だよねー)


笑顔が少しひきつる小春。


「妹さ、オレが言うのもなんだけどブラコン気味っていうか……ほら、赤ん坊の頃に両親離婚してっから、アイツ父親のこと覚えてねぇんだ。だから、オレのこと父親代わりに思ってる節があって……まだ八歳だしさ、独占欲がすげぇんだ」


「そ、そう……」

(少なくとも妹には歓迎されてなさそうね)


「口も達者になってきて何考えてるかわかんねぇんだけど……プロテクトかかってるから心の声聞こえねぇし」


「あ、そうか」

(プロテクトか……)


他人の心の声は聞こえず、自分の心の声も聞かれることはない蓮斗の妹。この能力を持っていなければ当たり前のことなのだが、能力を持つ側からすればひどくもどかしく感じるのは確かだ。


「あと……五十嵐におふくろが興味津々でさ、ぜひ話がしたいって」


再び小春の歩みが止まる。


「そ、それは……息子の彼女にもの申す、ってこと?」

(もう嫁姑問題……早すぎるか)


「いや、心の声が聞こえる件……後天性でその能力を持つ人間に会ったことがないらしくて」


「そ、そっか」

(あくまで研究対象……)


それでも小春は、蓮斗が家族に自分を彼女として紹介してくれたことを嬉しく思った……たとえ形式上だろうと。


「着いたぜ、ここの三階」


少し古びてはいるが立派なマンションだ。


「ただいま……連れてきたぜ」


「お邪魔します」

(緊張する……)


奥の部屋から長い黒髪の小柄な女性が現れた。


「はじめまして、蓮斗の母の透子です……あなたが五十嵐小春さんね?」


「は、はい! 五十嵐小春です、はじめまして……」

(わぁ、すっごい美人……!)


蓮斗から聞いたエピソードから恐怖心を抱いていた小春だったが、透子の柔和な雰囲気に少しホッとした。


「まぁ、美人だなんて……ありがとう。小春ちゃんもとってもかわいいわ」


その透子の言葉で再び小春に緊張感が走る。わかってはいたが、やはり心の声は透子にしっかり聞こえているのだ。


「田舎から引っ越してきて蓮斗が馴染めるか心配だったんだけど、どうにかやってるみたいで……おまけにこんな彼女までできちゃって。小春ちゃん、ありがとうね。この子、ぶっきらぼうで愛想もへったくれもないでしょう?」


「ちょっとママ……」


「ママ?」

(ママ呼びなんだ)


「……おふくろ」


小春の視線に気づいた蓮斗が少し顔を赤くしてそっぽを向く。


「ふふ、さ、上がって」


透子の案内でリビングに通される。


「ほら、瑠奈も挨拶しなさい」


ソファから立ち上がったポニーテールの少女は既に浴衣を着ていた。あどけない表情ながら、クールな目元は蓮斗そっくりだ。


「……瑠奈です」


「こんにちは、五十嵐小春です」

(真田くん譲りのぶっきらぼうだ)


少ししゃがんで目線を合わせた小春を瑠奈が上から下まで舐めるように一瞥する。


「……ふーん」


「よ、よろしくね」

(ふーん、ってなんなの!)


「蓮斗、こういう子がタイプなんだぁ」


「うるせぇ、生意気な口聞くな」


「蓮斗……」

(私ですら呼び捨てにしたことないのに)


いきなり敵対心を隠そうともしない瑠奈の様子に小春はタジタジだ。


「さ、小春ちゃん、私の部屋で浴衣の着付けしましょうか。蓮斗は自分で着れるでしょ? そこ出してるからね」


手招きする透子に連れられ奥の小部屋に入る。


「わぁ……」

(かわいい……)


そこは透子の寝室。窓際にかかる薄いピンク地に花柄の入った浴衣と赤い帯が目を引く。


「おせっかいかと思ったけど、花火大会なら浴衣のほうがいいかなって……私のお古で申し訳ないけど」


「いえ、嬉しいです! 私、浴衣初めて着るんで」

(そういう習慣なかったし)


真っ白な壁と床にベッドとタンスと化粧台。シンプルな配置は大人の女性の落ち着きを感じさせる。


「小春ちゃん……心の声、聞こえるんでしょ?」


小春の腰に帯を巻きながら透子が語りかける。


「……はい」

(おかあさんの声は聞こえないけど)


「私はね、プロテクトかけてるから……あのね、私も資料で読んだだけなんだけど、後天性で能力を持つには強い願いが必要らしいの。小春ちゃんはどう? 誰かの心の声が聞きたいとか……そう強く願った記憶ってない?」


「願い……」

(うーん……)


小春が他人の心の声が聞こえるようになったのは十歳の頃。記憶を必死に辿ってみたが全く心当たりがない。


「わからないです……」

(十歳の時、何を願ったんだろ?)


「そう……まぁ、無理もないか。六年前のことなんてなかなか思い出せないわよね。私も六年前のことなんて思い出せない……あまり思い出したくないっていうかね」


「あ……」

(離婚……)


「そう。蓮斗から聞いてるみたいだから言うけど……いろいろあったんだぁ、あの頃」


透子が気まずい空気を取り繕うように明るく振る舞う。


「人間不信になって部屋にこもって……一週間泣きながら血眼になって探したわ、かつて父からかすかに聞いたプロテクトの方法を。きっと心まで引きこもろうとしてたんだと思う。そして、本当に誰の心の声も聞きたくなくて、一番身近な蓮斗と瑠奈にもプロテクトをかけた……」


「そう、ですか……」

(ツラい……)


思わず小春も伏し目がちになる。


「だけど、今はわかる……もちろん一番悪いのはあの人よ、でも、私も悪かったなって。一度信じたからこそ、あの人の心の声は聞こえなくなった。それにあぐらをかいてしまったの……人の心は移ろっていくものなのに、その変化に目を向けようともしなかった。私は生まれつき他人の心の声が聞こえたから……知らず知らずのうちにそれで他人を判断してわかった気になっていたの。心の声も口から出る言葉も信じ過ぎてはダメ。大切なのは、それを聞いて自分がどう感じてどう受け止めるか……耳だけじゃなく、五感すべてでね」


五感すべてで……小春はハッとするような思いだった。透子は優しい声で続ける。


「小春ちゃんも他人の心の声に日々振り回されてると思うけど……そんな必要はないの。自分を信じて、自分の思うようにすればいい。蓮斗にもそれは繰り返し伝えてきたつもりよ。まぁ、恋に関しても……そうかな」


「えっ?」

(恋……)


「プロテクトのせいで蓮斗の心の声が聞こえないから、小春ちゃん悩んでると思うの。でもね……だからこそ蓮斗のこと、しっかり見つめてあげて。あの子、私からすればわかりやすいわよ……ポーカーフェイスが崩れてだいぶ感情が表に出るようになってきた。それはきっと、小春ちゃんのおかげね……はい、完成!」


小春が顔を上げると、鏡の中に美しく浴衣を纏った自分がいた。


「すっごく似合ってる……少しお化粧もしちゃおっか? 蓮斗を惚れ直させちゃいましょう」


小春は少し恥ずかしそうに笑った。


まぶたにアイシャドウを塗る手をふと止め、透子は目を閉じる。


「好きだ……」

(好きだ……)


あの人の口から出る言葉と心の声がぴったりと重なる。まだ高校生だった透子は、戸惑いながらも身を委ねた。浴衣の赤い帯がかすかに揺れる。唇の熱、蝉の声、胸に拡がるあたたかな気持ち……それが透子の聞いた、あの人の最後の心の声だった――。


ゆっくりと目を開けた透子は、まぶたを閉じたままの小春に囁く。


「大丈夫、私はふたりの味方よ――」

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