第11話 アナザーストーリー
「わー、観覧車なんていつぶりだろ、あや……あやのん?」
幸太郎が振り向くと、綾乃は座席にしんみりとたたずんでいた。さっきまでの陽気さがウソのように。
「今日はありがとね……柳くん」
「急にどうしたの? こーたん、じゃないの?」
「……もうやめよ」
「え?」
「もう、ただのクラスメイトに……戻ろっか」
綾乃は笑顔で言った。でも、その表情が引きつっていることに幸太郎は気づいていた。
「……別れるってこと?」
「別れるっていうかさ……実際ツキあってもなかったと思う、私たち。私ね、最初から知ってたんだ……柳くんが小春のこと好きなの」
幸太郎には返す言葉が見当たらない。
「あー、やっと言えた……正直、めっちゃツラかった。知ってること、小春に悟られないようにしなきゃだから。ほら、あの子……勘が鋭いからさ」
小春は、他人が言葉を発した時しかその心の声は聞こえない。その特性を知っていた綾乃は徹底的に自らを律した。自分の好きな相手が親友のことを好きで、それを知っていることを親友に知られてはならない。恋愛、友情、嫉妬……幾重にも絡み合う想いにすべて蓋をして、綾乃は小春と会話していたのだ。
「心の奥の奥にさ、気持ちしまってカギかけて……柳くんには押しの一手で、どうにかして振り向かせたいと思ったけど……やっぱり、私じゃ無理みたい」
わざと明るく話す綾乃。ただ、その声は少し震え始めていた。
「あのさ、あやのん……」
「ごめんね、今まで散々振り回して……あー、でも悔しいなぁ! うーん、だけど小春かわいいもんねぇ……私みたいにガサツじゃないしさ。漫画だったら絶対ヒロインだもん。でも……私も、一話だけでもいいから、ヒロインに……ヒロインになりたかった……」
綾乃の瞳からとうとう想いが溢れた。
「ちょっ、ちょっと待って! あやのん!」
幸太郎が叫び、綾乃の隣におずおずと腰を下ろす。
「僕のほうこそ、ごめん……五十嵐さんが真田くんとツキあってることがわかって、自暴自棄になった時にあやのんに告白されて、僕……ただ流されてしまった。あやのんは真剣なのに、僕はずるずる気持ち引きずったまま……最低だった、ごめん」
「い、いーのいーの謝罪なんて! もう、最後なんだし……ほら、見てよこの景色!」
頂点に達しつつある観覧車。その窓の外では、街を自然を人をすべて夕陽がオレンジ色に染め上げていた。
「私、夢だったんだぁ……好きな人とふたりで、アルティメットランドの観覧車に乗るの……ありがと柳くん……思い出に……するね」
「あやのん!」
幸太郎がぎこちなく綾乃の両肩を掴む。
「あの、僕さ、今日……ひとつもカッコよくなかったでしょ?」
「……え?」
「ジェットコースターで取り乱して、お化け屋敷で泣き叫んで、そのあとも全然……。それでも、あやのんはずっと笑って僕のこと、こーたん、こーたん、って言ってそばにいてくれて……そんなあやのんのこと、今すごく……愛おしく思ってる」
「……こーたん」
「あの、つまり、改めてになるけど……僕とツキあってください……これからも」
綾乃の視界がまた滲む。でも今度は、その心は悲しみではなく喜びで満たされていた。そしてぼやけた世界の中、ふと唇に感じるあたたかな熱。幸太郎の震える手の振動が、綾乃の心臓の鼓動と共鳴する。
「……あ」
「……キス……しちゃったね」
綾乃が真っ赤な顔で俯きながらニヤニヤ微笑む。
「あっ、あっ、ごめん! その、なんていうか、すごく好きだなって思って、そしたら勝手にっていうか、本能っていうか、無意識に……」
「アルティメットランドの観覧車の言い伝えって、知ってる?」
取り乱す幸太郎に綾乃が囁く。
「……知ってる」
「アルティメットランドの観覧車でキスしたカップルは……?」
「……永遠の愛で結ばれる」
「……へへっ」
綾乃がいたずらっぽく笑い、幸太郎の肩を叩く。
「あー、あのっ、そこまで重い意味で……いや、別に軽い意味でしたわけでもないんだけどさ、その、永遠の愛とかそこまでのその、僕たちまだ高校一年生だしっ、その……」
「子どもの名前、考えとこっか」
「は、はあっ?」
「ふふっ、冗談……今はね」
「……うん」
観覧車のドアが開く。先に立ち上がり手を差し出したのは、幸太郎のほうだった。
* * *
「あ、あの、真田くんっ?」
(なんかしゃべってよぉ……)
先に観覧車から降りた蓮斗を慌てて追いかける小春。蓮斗は相変わらずさっきから口をきいてくれない。もともとお互いに恋なんてするわけがないという前提でのニセ恋人関係。「契約解除」の四文字が小春の頭の中を占めていく。
「あー……結局カッコ悪かったな……最後ぐらいカッコよくキメようと思ったのに……」
(ごめんね)
「ううん……そんなことない」
(こーたんはサイコーにカッコいい!)
その声に後ろを振り返ると、幸太郎と綾乃が寄り添って歩いていた。小春の視線に気づいた綾乃が笑顔で大きくピースサインをする。なんだか……あのふたり、うまくいきそう。小春は少しほっこりした。
「マジか……信じられねぇ……」
蓮斗が独り言を呟く。やはり小春はほっこりしている場合ではなかった。
「真田くん……そうだよね、信じられないよね」
(私だってさ、まさか本気で好きになるなんて思わな……あ)
また言った。
「あばばばっ! 違う、違うのっ!」
(神様っ、私にプロテクトを!)
「……やぁボク、ムッキー! ハハッ!」
「……こんにちは! マニーよ」
しどろもどろの小春の耳に、あの二体の声が近づいてきた。
「お待ちなさいなっ!」
(恥ずかしながら帰って参りましたわぁ!)
「姫花様ー! ハァハァ……頭を外すのはご法度とあれほど……」
(また怒られますわい……)
体だけムッキーくんの姫花が息も絶え絶えのマニーちゃんを従えてやってきた。
「三条さん……無事だったんだ」
(まだ着ぐるみ着てるんだ)
「TVプロデューサーの父が遊園地に多額の寄付をおこないましたの」
(円満解決ですわ)
「あ、そう……」
(保釈金かよ)
「で、どうですの? しましたの……キスは」
(ああ、永遠の愛……!)
芸能レポーターよろしく小春に鼻息荒く迫る姫花。
「い、いや、三条さん……」
(ちょっとそれどころじゃ……)
「……はい、実は」
(照れるなぁ)
「……しちゃいましたっ」
(あーん、言っちゃったぁ)
「ちょっと! わたくしは蓮斗様と小春さんに聞いておりますのよっ! 別に柳くんと島本さんがキスしようがしまいが……え?」
(キス……したんですの?)
一瞬の静寂。
「え、ええーっ! 綾乃おめでとう!」
(おめでとうで合ってるかわかんないけど!)
「……うん、ありがとー!」
(次は小春の番!)
小春の祝福に綾乃がはにかみながら応える。
「柳くん……改めて綾乃をよろしくね」
(もう私のことはいいからね、ほんとに)
「五十嵐さん……あやのんの笑顔は、必ず僕が守ります!」
(キマったぜっ!)
幸太郎の力強い宣言に、小春は思わず拍手を送った。釣られて姫花も拍手しそうになったが、寸前で踏みとどまる。
「いや、めでたしめでたし、じゃありませんわよ! ですから――」
(れんこはのほうはいったいどうなっ――)
「ママー! ムッキーくんがー!」
(たいへんたいへん!)
幼い少女がこちらを指差しながら駆け出す。
「姫花様! また子供の夢が……ええい聞こえんか……姫花様ーっ!」
(かくなる上は!)
宇都宮がマニーちゃんの頭をはずし叫んだ。
「ママー……ムッキーくんの中身って、こんなキレイなおねーさんだったのね!」
(びっくりしたぁ)
「……あらお嬢ちゃん、見る目あるじゃない」
(メイク直しておいて正解でしたわ)
容姿をホメられ、まんざらでもない姫花。
「おい見ろ! あのー、写真いいっすか?」
(確かに美人だぁ)
「よろしくてよ」
(この角度でいいかしら)
大学生の集団に囲まれても、なおまんざらでもない姫花。
「ありがとうございます! これ、SNSに上げていいすか?」
(これバズるぞー)
「ええ、よくってよ、よくってよぉ!」
(おバズりあそばせっ!)
「姫花様! さすがにそれは三条家の恥……!」
(いちミリも反省しとらーん!)
「おい、マニーちゃんの中の人は爺さんだぜ!」
(こっちも絶対バズるぞ)
「あああ、写真はやめて……私には妻も子供も孫も……!」
(こ、これがデジタルタトゥー……!)
大騒動の中でも、蓮斗はずっと黙り込んでいた。眉間にシワを寄せてなにやら考え込んでいる様子だ。
「……あのさ、五十嵐」
「は、はいっ!」
(ひいっ)
ついに沈黙を破った蓮斗に小春の緊張は極限に達した。
「連絡先、交換してくんねぇか」
「え? あ……うんっ、も、もちろん!」
(どういうことなんだろ? でも、少なくともマイナスの意味ではなさそう……ということは、契約更新……?)
ドギマギしながらスマホを操作する小春。
「……わりぃ、オレ帰るわ。また連絡する」
「へ? あ、あ、うん、またね……」
(やっぱり解除ーっ!?)
肩をすくめて帰る蓮斗の後ろ姿を小春はただ見送るしかなかった。
「……あのさ、小春」
(お取り込み中、悪いんだけど)
綾乃がヒソヒソ声で囁く。その横で幸太郎もなにやら難しい顔をしている。
「……三条さんって、ムッキーくんの中の人だったの?」
(衝撃すぎるんだけど)
小春は特大のため息をついた。




