第10話 好き
「あー楽しかった! ねっ、こーたん?」
(もう一回乗りたーい)
「あ、あはっ、そだねー、あはっ……」
(空が青いやぁ……!)
ジェットコースターを満喫した綾乃と精神崩壊寸前の幸太郎が帰ってきた。
「お待たせー……どうしたの小春? 汗だくだけど」
(なにかあった?)
「いや、ほ、ほら、陽射し強いから……」
(大変だった……)
ムッキーくんとマニーちゃん、もとい、姫花と宇都宮は大勢のスタッフに引きずられていった。今ごろ裏でガッツリ事情聴取だろうか。
「はい、次はお化け屋敷!」
(どんどん行こう!)
「あの、ぼ、僕、ホラーもあんまり得意じゃ……」
(怖いの苦手……)
「レッツゴー!」
(行っくよー!)
「話聞いてよぉ……」
(わーん)
綾乃と幸太郎の漫才のようなやりとりを聞きながら、その後ろをついていく小春と蓮斗。
「真田くんは怖いの平気?」
(私はちょっと苦手)
「まぁ割と平気かな」
「着いた! へぇ……このお化け屋敷、二人一組で入るんだぁ」
(もちろん知ってた)
入口の掲示を見ながら綾乃が小春に向けてニヤッと笑う。最初からそういう目論見だったのだろう。
「あの……まず五十嵐さんたち行ってよ」
(まだそっちのほうがマシ……)
幸太郎の懇願を受け入れ、小春と蓮斗が先に入る。真っ暗な廃病院。水の滴る音。
「不気味……」
(結構本格的)
「こんなのどうってことないよ、所詮は作りも……」
轟音とともにいきなり手術室の扉が開く。
「きゃあああ!」
(ひいいいっ!)
「うわっ!」
自然と密着するふたり。
「……平気って言ってなかった?」
(肘当たってますけど)
「いや、これはしゃあないだろ! いきなりは……」
なにかが這いずってくるような音。真っ赤なライトが半人半妖の白衣姿の怪物を照らす。
「タスケテ……タス……ケテ……」
(ったく、これで時給九百円は安すぎるよなぁ)
怪物の心の声にふたりは思わず顔を見合わせた。
「あ……お疲れ様です」
「タス……え?」
(はぁ? なんだよ、怖がれよ!)
戸惑う怪物を尻目に先へ進む。
「……聞こえた?」
「うん」
(バイト大変だね)
「なんかこういう時、心の声が聞こえると冷め……」
「ふぎゃあああああっ!」
(バケモンだあああああっ!)
後方で響く幸太郎の悲鳴に思わず再び密着する。
「ごわい! ごわいいいいいっ!」
(タスケテ……!)
「こーたん! くっつきすぎ!」
(怖がりすぎでしょ!)
「だっでえええええっ!」
(タス……ケテ……!)
「ちょ、どこ触ってんのよ!」
(まだ早い!)
「ごめんなさいごめ……びゃあああああっ!」
(ちびるうううううっ!)
「……他人が怖がりすぎてるのも冷めるな」
「……確かに」
(柳くん、大丈夫かな……)
出口でしばらく待っていると、幸太郎をひきずるようにして綾乃が出てきた。
「終わったよ、こーたん」
(どんだけビビりなの)
「……人生が?」
(死?)
「わっ!」
「ぶひいいいいいっ!」
(ホントに死ぬうううううっ!)
いつの間にか幸太郎の後ろに回り込んだ蓮斗が、幸太郎の肩に手を置いたままニヤニヤしている。
「……おもしろいな、柳は」
その笑顔を見て小春は安堵した。蓮斗もそれなりに今日を楽しんでくれている。
少しずつ打ち解け始めた四人は、ハンバーガーショップで昼食を食べ、その後も効率よくアトラクションを回った。それはすべて綾乃の先導によるものだった。どうやら綾乃はダブルデートへ向けて入念に下調べをおこなっていたようだ。
そして、太陽が西に傾き始めた頃――。
「じゃあ……最後は観覧車に乗りまーす!」
(いよいよクライマックス)
「四人で……じゃないよね」
(さすがに違うか)
「こーたん、なに言ってんの! もちろん『こーあや』と『れんこは』で分かれてよ」
(じゃないと……意味ないから)
小春の胸がざわめく。姫花が思い出させた余計な言い伝えのせいだ。今日一日で蓮斗とも距離が近づいた気はする。でも、だからって……キスなんて。
蓮斗は言い伝えのことは知らないはず。だったらなおさらありえない。でもふたりっきりで観覧車なんていかにもなシチュエーションだし……待てよ、そもそも自分たちはツキあってるふりをしているだけ。なにを舞い上がっているのか……だけど。
「おーきれい、海も見えるんだな」
立ったまま窓の外を見つめる蓮斗。自問自答を繰り返しているうちに、小春は既にふたりっきりで観覧車へ乗り込んでいた。
「オレさ……この街に引っ越してくる前は、海の近くの田舎町に住んでたんだ」
「へぇ、そうなんだ……真田くんって、どうして引っ越してきたの? そういえばまだ聞いたことなかったよね」
(気になる)
小春の質問に、蓮斗の表情が一瞬曇る。
「……おふくろの具合が、少しよくなったから」
「……そう」
(病気だったの?)
夕陽に顔を照らされた蓮斗が、窓の外を見つめたままぽつりぽつりと言葉をつなぐ。
「おふくろが病気になったのは……オレのせい。オレが壊したんだ……なにもかも」
「え?」
(どういうこと?)
深刻な様子に小春は思わず立ち上がり蓮斗の横顔を見やった。
「実はオレ、もともとこのあたりの生まれなんだ。オヤジとおふくろと妹と……四人で十歳の頃までマンション暮らししてた」
初耳だった。
「オヤジは出張の多い仕事で、家にはあまりいなかった。それでも、出張帰りには必ず土産を買ってきてくれたり、一緒に遊んでくれたり……少なくとも、オレにとってはいい父親だった」
「そっか」
(父親、か……)
「オレは小さい頃から他人の心の声が聞こえて、それが当たり前で育った。でも、それを知っているのはおふくろだけ。口止めされてたんだ、おふくろに。で、おふくろが同じ能力を持っていることもオレ以外は知らない。そして、前にちょっと言ったけど、おふくろはオヤジの心の声だけが聞こえない……愛していたからだ」
そう言うと、蓮斗は俯いた。
「ある日曜日、遊園地に行く約束がオヤジの急な出張で中止になった。せっかく久々に家族で出かけられると思ったのに……オレは悔しくてふてくされてた。オヤジは謝ってくれたよ『ごめんな、蓮斗』って。でも、心の声では全然違うこと言ってたんだ……(これでアリサと温泉に行ける)って……」
「アリサ?」
(まさか……)
「……不倫してたんだ、オヤジ。しかも随分長い間、誰にも気づかれずに。もちろん今ならなんとなく察するよ、でも……十歳のオレにはさすがにわかんねぇし、遊園地行けなくてふてくされてたし……それで……言っちまった。家族全員の前で『なんでパパはボクたちと遊園地に行かずに、アリサって人と温泉に行くの?』って」
小春はただ黙って蓮斗を見つめるしかなかった。さっきまでキスがどうだこうだと妄想していたのが恥ずかしい。
「それからはもう修羅場。泣き叫ぶおふくろ、必死に弁解するオヤジ、まだ赤ん坊だった妹もワンワン泣いて……オレも泣いた。結局そのまま両親は離婚して、おふくろは精神を病んだ……無理もねぇよ、唯一心の声が聞こえない相手、それでも愛して、信じて……信じ切っていた相手に裏切られたんだから。おふくろの今までの人生が、全部真っ黒に塗りつぶされたような気持ちだったろうよ」
そんなのツラいよ、ツラすぎる……小春の胸がギュッと締め付けられる。
「それでオレたちは、おふくろの実家に身を寄せることになった。最初のうち、おふくろは家から一歩も出れなかった。たぶん重度の対人恐怖症みたいなもんだったんだと思う。そしておふくろは、自分の心の声を聞かれることでさえ極端に拒んだ。その結果が……プロテクトだ」
「そんないきさつで……」
(なんて悲しい……)
「おふくろはただ引きこもってたわけじゃない。この能力に関するあらゆる情報を漁り、必死の思いで自力でプロテクトを会得した。そして、それをおふくろ自身だけじゃなく、オレにも、まだ二歳にもならない妹にもかけた。それでオレたちは……やっと普通の家族になれた。口から出る言葉でしか会話できない家族に。まぁ、妹はもともと能力は遺伝してなかったみたいだけどな」
「大変……だったね」
(そんな言葉で片付けていいかもわかんないけど)
「……あー、ごめん! 全部しゃべっちまった! こんなこと言うつもりなかったのに」
重くなった空気を振り払うように蓮斗が笑いながら言う。だが、すぐにその表情は再び暗くなった。
「だからオレさ……資格ないの」
「資格?」
(なんのこと?)
「家族を壊して、おふくろを壊して……妹なんて父親の記憶すらないんだぜ……そんなヤツ、一生幸せになる資格なんてねぇ……」
自嘲気味に吐き捨てる蓮斗。
「そんなことないよ! そもそも不倫したお父さんが悪いんだし、遅かれ早かれきっと……別に真田くんのせいじゃないよ……」
(そんなに自分を責めちゃダメ)
「それにさ、おふくろとオヤジの修羅場見ちまったから……人を愛するってことが、信じるってことが、正直言って怖いし……わからねぇ」
「それは……私も、一緒だった」
(わかるよ……わかる)
無意識のうちに小春は蓮斗に寄り添っていた。
「私も怖いしわからない……だけど最近、少しずつその感覚が変わってきてる気がしてる」
(真田くんに……出会ってから)
蓮斗の驚きをはらんだ視線が自分に向いたのがわかった。
「他人なんて信じられないし、裏切られるかもしれない……それでもいいから、そんなの関係なく信じたいって思える人がいて……それがきっと――」
(「好き」ってことなんだと思う――)
沈黙。
「……え?」
(あれ? 私、今もしかして、あれ? あ、ああ、あああああっ――!!)
漏れてしまった。心の声とはいえ、実質はっきり本人に言ってしまった――。今の小春の顔は、照らされている夕陽よりもたぶん赤い。
「さ、真田くんっ、違くてっ!」
(時を戻してえええええっ!)
慌てて見上げた蓮斗の表情は、驚きの感情のままフリーズしていた。
そして、ただただ見つめ合うふたりの耳に、観覧車のドアの開く音が響いた。




