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第1話 私だけが知っている

「へぇ、サキちゃん、地元横浜なんだ」

(胸でけぇなぁ)


「うん、そうなの」

(ほんとは川崎だけど)


「今度案内してよ、中華街とか」

(エロいわー、マジで)


「全然いいよぉ」

(あんたの奢りならね)


夕方のファストフード店。隣の席の若い男女の会話を小耳に挟みながら、小春はうんざりしていた。


(ホンネとタテマエ、世の中そればっか)


他人の心の声が聞こえるようになったのは、小春が小学六年生の頃。最初はノイズ混じりだったものが、高校一年生になった今でははっきり聞こえる。そのせいで随分と屈折した青春を送っている自覚はある。


表面上は当たり障りなく話している人々の胸に秘めたえげつないホンネ。それらは、本来であれば未来への希望に胸ときめかせる年頃の少女の表情を日に日に曇らせていくのに十分だった。


「お待たせー」

(チョコパイチョコパイ!)


綾乃がウキウキしながら前の席に座った。


「……また聞こえちゃってんの?」

(大変だな、小春も)


俯く小春の表情を見て綾乃が心配する。綾乃は小春と同じ高校に通う小学校からの幼なじみであり親友、そして、小春の秘密を知る唯一の人物である。


「ゲスよゲス、ふたりともゲス」


「そんなこと言わないの……聞こえるわよ」

(まぁ見た目でもそんな感じするけど)


「いいよね、綾乃は。悩みがなくて」


「そんなことないよ! 私にだって悩みはある」

(アップルパイのほうがよかったかな)


チョコパイを一口かじりながら綾乃が反論する。


「食べ物のことばっかじゃない」


「いやいや、今はそうかもしれないけど!」

(また心の声聞かれてるなー、これ)


「でもね、綾乃はそういうとこがいいの。天真爛漫で裏表なくて。そういう人って珍しいから」


「そう……かな」

(それ褒めてる?)


事実、それは小春の本心だった。綾乃の言葉には嘘はない。心の声でも自分を気遣ってくれていることがわかる。ホンネを浴び続けて年々ふさぎ込みがちになっていく小春にとって、綾乃は貴重な心の拠り所になっていた。


「今日の数学の小テストどうだった?」

(私は全然ダメだった)


「うーん、まあまあかな」


「そう、私は全然……」

(そっかぁ)


「ダメだったんでしょ?」


「話が早い」

(みなまで言うな)


「隣の席の柳くんがブツブツ言いながら解いてたから……それで助かったかな」


「まさか小春……」

(心の声を?)


「まぁ……役得というか」


「なんなのズルい!」

(きったねー)


「しょうがないじゃない、勝手に聞こえてきたんだから。これが私の体質よ、個性よ」


「うーん、でもなぁ」

(納得できん)


心の声は小春の耳に四六時中聞こえるわけではなく、相手が言葉を発した時に限られる。その制限のおかげで、まだギリギリ心の平穏を保てている部分はある。


「……柳くん、独り言多いんだ」

(ということは)


「それなりに」


「ふーん」

(小春には柳くんのいろんな情報が入ってきてるってことよね)


「そんなには……知らないけど」


「また先回り!そんなことないでしょ」

(私の気持ち、わかってるくせに)


「いやまぁ、それはね」


「柳くんの好みのタイプとか好きな人とか、そういうの聞こえたら絶対教えてよ!」

(マジで気になる……でも、知るのが怖かったりもするなぁ……やっぱり言わないで! でも……)


「……揺らいでるねぇ」


「そりゃ揺らぐわよ、恋する乙女は」

(イケメンってわけじゃないけどなんか母性本能くすぐられるのよね、柳くん。たまに捨てられた子猫みたいな目する時あるじゃん、あれが刺さるのよ、マジで。あと、友達と音楽のこと話してるの盗み聞きしてたら私と結構好みカブってて! ちょっと運命感じたよね。カットインしようかと思ったもん。でも、そこで行けないのが私の純情なところ……)


「すいません、お腹いっぱいです」


「……ごめん、私は柳くんで頭がいっぱいです」

(うまいこと言ったった)


「ごちそうさまでした」


「あ、でもほんとに柳くんの恋愛事情とか知ってたら教えて! あの……もしかして、もう知ってたりする?」

(キャー、知ってて! でも知らないで!)


「いや……そういう情報は特に」


「そうなんだぁ」

(モヤるー)


小一時間ほど綾乃と他愛ない話をした後、ひとり家路につく。その道中、小春は大きくため息をついた。恋をしている綾乃は今までになくキラキラしている。それがなんだか羨ましい。


心の声が聞こえるようになってから、小春は恋とか愛とかまったく興味が持てなくなってしまった。希望を打ち砕かれた、と言ったほうが正しいだろうか。どんなに好き合った相手同士でも、心の中ではとんでもないホンネを秘めている……さっきのファストフード店の男女のように。それが聞こえるようになってしまった今、自分が恋に落ちる姿など想像がつかないし、これから先もきっとない。


「い、五十嵐さん?」

(うわーマジか、ビックリ!)


いきなり曲がり角で出くわした男の顔を見て、小春は心底ガッカリした。


「あ……柳くん」


「偶然だね……家、近くなの?」

(こんなことってあるんだ、もしかして運命?)


「いや、そんなに近くじゃないけど」


「そうなんだ、僕は今から塾でさ」

(じゃあなんでここにいるんだ……警戒されてる?)


「大変だね……あの、私は友達と駅前でしゃべってて、その帰り」


「あ、ああ、そっか……」

(友達って誰だろ? 五十嵐さんってあんまり友達とワイワイしてるの見たことないけど。あ、幼なじみの島本さんかな。きっとそうだな。五十嵐さんって普段は暗い顔してるけど、島本さんの前だけでは時々笑うもんな……その笑顔がたまんないんだ! 影のある感じから繰り出されるその笑顔! ギャップ萌え! ギャップ萌えの極み!)


「あの、じゃあ、行くね」


「あ! あ、ああ……明日また学校で」

(つれないなぁ……相変わらずミステリアス。でも、そういう感じも僕キライじゃないっすよ。そういう人ほどふたりきりの時では甘々だったりなんかしちゃったりなんかしちゃって。いかんいかん、妄想が過ぎるぞ! でもデレたらどんな感じなんだろうな、小春ちゃん……あ、まだ下の名前は早いね、落ち着け、落ち着け幸太郎!)


幸太郎の視線を背中に感じながら、小春はずんずんと早足で家へと向かう。そしてまた、大きくため息をついた。


(ホントのこと言えるわけないじゃん、綾乃に)


幸太郎から自分に向けられる暑苦しいまでの胸に秘めた好意。そして、親友の綾乃から幸太郎に向けられる暑苦しいまでの胸に秘めた好意。一方的に巻き込まれたトライアングル。それが小春の現状の大きな悩みだった。


「ただいま」


「ワン!」

(お疲れ様です、お嬢)


帰宅した小春に、愛犬ミントのダンディな心の声が響いた。

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