無言の時間
山本は、たまに映画館に行く。半年に一回ほどだが、そのときは一日で二本から三本ほどの映画を見て、ぐったりして映画館から出てくる。さすがに三本も見ると頭がぼんやりとするが、その状態で見る映画も乙なものだ。山盛りのポップコーンを抱えながら、余計なことを考えずに見られる。
今日の三本目は、ミステリーものだ。近代ヨーロッパを舞台にした医療ミステリーもの……当時の技術を考えれば、DNA鑑定や指紋採取もできないだろうから、どんなミステリーになるのかと気になって選んだ。
指定席に座ると、映画館の広告が流れてくる。まだ目が慣れていないから、少しまぶしい。新作映画の広告で、おもしろそうな映画と公開日をなんとなく頭に入れる。残念ながら、映画館を出たときには公開日を忘れてしまっていることが多いから、チラシを持って帰ろう。
隣でごそごそとポップコーンに手を突っ込む音がする。山本は隣に座った恋人をチラリと見た。
「ポップコーンの塩味とキャラメル味、どっちが好き?」
「どっちも。交互に食べる」
「じゃあ塩キャラメル味だ」
映画がはじまる。空撮を用いて街中を映し、そこからだんだんと主人公が歩く様子に画面がズームする。シックなレンガ作りの街並みに、活気のある市場──主人公の医師が診療所に帰ってきて、帽子を壁にかけた。
主人公が殺人事件の説明を、モノローグではじめた。画面が回想シーンのセピア色に変わる。事件現場で直接話すわけじゃないんだな、と山本は不思議に思った。持ち運べない医療器具でもあるのだろうか。
山本は、他人の思惑に乗るのがあまり好きではない。だから映画を見ていても、「これ伏線なんだろうな」とか、「このあとこういう展開になるに違いない」とか、「泣かせにきてる」とか気になってしまうと、楽しみきれないことがある。
一日でたくさん映画を見るのは、余計なことを考えないようにするためだ。映画の世界にどっぷりと浸って感情移入し、物語を擬似体験する。今まで一日で見た最高記録は五本だが、さすがに具合が悪くなったので、一日三本までと決めている。
映画の中では、警察が主人公の見立てに耳を傾けている。捜査記録と突き合わせて、真相に近づいていくという展開のようだ。現場に雨が降っていたこともあって、捜査が難航している。
雨だと、足跡とか血痕が消えちゃうことがあるからな……と、山本は少しもどかしくなる。
大盛りのポップコーンに手をつっこんだ。ごそごそとつかんだポップコーンは、塩味とキャラメル味が混ざっている。キャラメルの甘い匂いがした。
警察の捜査と、主人公の協力が功を奏して、無事事件が解決した。
山本は座りっぱなしで痛くなった腰を伸ばしながら、エンドロールをながめた。隣にいる恋人はぐったりしている。
「さすがにちょっと疲れるね」
「まあね」
「でも不思議な時間でしょう。一緒にいるのに、こんなに長く話さないなんて」
劇場内が明るくなってから立ち上がると、恋人と映画の感想を話しながら、映画館を出た。
すでに外は暗くなっている。目がチカチカして、遠くのビルの光がぼんやりとかすんで見えた。
「無言でも心地よい時間を過ごせることが、いい関係の秘訣らしいよ」