不可解な死体
最初定吉を見つけたのは、社の掃除に訪れた女とその孫だった。
眠っているとしか見えなかったと言う。
だが、異変に気付くまでさほど時間は掛からなかった。
着衣の上からでも定吉の腹部が異様に凹んでいることは容易に見てとれたからだ。
女は、孫にその場にとどまるように言い置いて、定吉に近づいた。
不吉な予感が膨れ上がる。
定吉の端正な顔は、生きている人間にしては余りにも白い。奇妙な透明感は、着物から出ている手足にも認められた。
死んでいる。
女は直感した。
同時に訝しむ。まるで、血抜きでもしたようなこの白さは?
着衣の上から視線を走らせるが、死因となるような異常は見当たらない。
あの、奇妙な腹部の平たさを除いては。
そっと触れた定吉の顔はひんやりとして、こときれて久しいことが察せられた。
女は手を合わせて瞑目した。
可哀想に。この若さで。
こんなに綺麗な顔で。
それから、女は定吉の腹部に目をやり、改めて眉をひそめた。
これは異常だ。元からスラリとした体型の子ではあったが、これではまるで、腹部の着物の下に何もないみたいに見える。
そんなはずはないのだが…。
女は早くに寡婦となり、男まさりの膂力でイノシシさえ仕留めて、子供たちを育て上げた。豪胆な気性の持ち主である。
しかし。
上衣の合わせに手を掛け、左右に開いてみた女は、最初ヒュッと息を飲んだきり言葉が出なかった。
ようやく我に返ったのは、祖母の様子にただならぬものを感じた孫に、後ろから袖を引かれたからだ。
「ばあちゃん?」
幼い孫の声に、女はふと息を吐く。
「見るんじゃないよ。」
自分の体で孫の視線を遮り、仏の着物の前を合わせてやって、女は思案する。
定吉は、確実にもう死んでいる。
それには手の施しようがない。
だが、遺体をここに放り出して村まで知らせに戻る間に、熊などに遺体を喰い荒らされては寝覚めが悪いが…。
いや、と女は思い返した。
ヤドリギの尾根は獣の通り道から遠い。
山に食べ物が豊富なこの時期、わざわざここまで上がってくる獣は少ないだろう。
それだけではない。
この辺りは、何故か昔から、鳥も獣も避けているように見える。
何より…。
女はチラッと定吉を見た。
動物たちが最も好むのは内蔵だ。熊はまず柔らかな腹からかぶりつく。
だが、そこにご馳走はもうない。
定吉の腹腔内には、臓器が全く見当たらなかったのだ。
獣に喰い荒らされた様子ではなくて、臓物を丹念に抜いてから、さらに腹腔内を洗い清めでもしたかのように。
拭いて乾かして、元のように着物をきせた?
それならば、人の仕業か?
いや、と女は思う。イノシシやシカの解体は女も手慣れたものだが、これほど綺麗に出来るものだろうか?
出来たとしても、使用した刃物の痕は残るし、利き手や力加減でどうしても解体具合に偏りが出るものだが、定吉の遺体にその痕跡はなかった。
極端な左右の均一性。
丁度腹部の皮膚と肉と脂肪が綺麗に切り取りでもしたかのように消えている。
肺は残っていたようだ。心臓はわからない。
どこにも刃物のあとはない。白々と剥き出しになった腰骨の小さな突起まで、破損箇所はないし、ちらと覗く胸骨の尖った先端も傷付いてはいなかった。
これは、熟練の猟師にも不可能な手際だ。
だとすると、人の手によるものてはない。
まるで、無数の小さな虫が、定吉の腹の内側を食い尽くして、肉と脂肪と皮膚までもを食い破り、出てきたみたいな…。
いや、まさか。
女は何故か鳥肌立ち、周囲を見回した。
それで心は決まった。
こんな場所に長居はしたくない。まして、孫のことを考えるならば。
女は孫を抱き上げ、村に向かって下山した。
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